「悪役令嬢の貴様とは婚約破棄だ!」と殿下が仰るので。

黒猫かの

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王都の空は、抜けるような青空だった。

まるで、今日のイージアの「売上目標達成」を祝福しているかのようだ。

王宮の大広間は、すし詰めの参列者で埋め尽くされていた。

SS席の貴族たちは優雅にシャンパン(別料金)を傾け、立ち見席の市民たちは双眼鏡を片手に、今か今かと主役の登場を待っている。

会場の巨大スクリーンには、スポンサー企業のCMが延々と流れていた。

『奥様、そのシミ諦めないで! ベルク温泉の泥パックなら、三日で-五歳肌! 今なら初回限定半額!』

参列者たちが「おお……」「買わなきゃ……」とどよめく中、司会進行役のミナがマイクを握った。

『皆様、長らくお待たせいたしました! これより、イージア・フォン・ローゼン様と、アレクセイ・バーンシュタイン様による、世紀のブライダル・ショー……いえ、結婚式を執り行います!』

ワーッ! と割れんばかりの歓声と拍手。

ファンファーレが鳴り響き、重厚な扉が開く。

そこには、純白のドレスに身を包んだイージアと、白のタキシード姿のアレクセイが立っていた。

イージアのドレスは、ダイヤモンドと真珠が散りばめられ、歩くたびに「ジャラジャラ」と金目の音がしそうなほど豪華絢爛だ。

「……すごい熱気ね、アレクセイ」

イージアは小声で囁きながら、完璧な笑顔で手を振る。

「チケット完売は伊達じゃないわ。……見て、あのバルコニー席。あそこだけで金貨二千枚の売上よ」

「感動の入場シーンで、売上の計算をするのはやめてくれないか」

アレクセイは苦笑しつつ、しっかりとイージアの手をエスコートする。

「君が綺麗すぎて、他のことがどうでもよくなっている僕の身にもなってくれ」

「あら。お上手ね。……延長料金、払う覚悟はある?」

「一生かけて払うよ」

二人はバージンロードを進む。

その道中も、イージアの商魂は止まらない。

「あ、ランバート伯爵! ご参列ありがとうございます!(引き出物のカタログ、ちゃんと見てね)」

「おや、商会長! 素敵なネクタイですね!(来期の融資、期待してるわよ)」

イージアは参列者一人一人にアイコンタクトを送り、無言の圧力をかけていく。

祭壇の前には、緊張した面持ちの神父と、立会人のジュリアン王太子、そして国王陛下が待っていた。

二人が祭壇に到着すると、神父が咳払いをした。

「えー、これより、誓いの儀を行います」

神父は聖書を開き、厳かに問いかけた。

「新郎、アレクセイ・バーンシュタイン。あなたは、この女(ひと)を妻とし、病める時も、健やかなる時も……」

「ちょっと待った」

イージアが手を挙げた。

会場が静まり返る。神父が目を白黒させる。

「な、何でしょう、新婦?」

「その誓いの文言、少し曖昧すぎませんか?」

イージアはブーケの中から、隠し持っていたペンを取り出した。

「『病める時』というのは、具体的にどの程度の病状を指すのですか? 全治一ヶ月以上? それとも精神的な不調も含む?」

「え、いや、それは心の問題で……」

「契約において定義の曖昧さは致命的よ。それに、『富める時も貧しき時も』というフレーズも修正をお願いしたいわ」

イージアは聖書のページに、サラサラと書き込みを始めた。

「『貧しき時』は削除。私たちに貧困はあり得ないから。代わりに『損益分岐点を割った時も、直ちに経営再建に協力し、黒字化するまで死ぬ気で働くこと』を追加して」

「そ、そんな即物的な誓いは聞いたことがありません!」

「神への誓いより、現実の労働契約の方が重要でしょう?」

神父が助けを求めてアレクセイを見る。

アレクセイは、やれやれと肩をすくめ、イージアの手からペンを取り上げた。

「……イージア。そこまでだ」

「あら、まだ条項の半分もチェックしていないわよ」

「君との契約なら、昨日の夜に結んだはずだ」

アレクセイはイージアの腰を引き寄せ、耳元で囁いた。

「『維持費はかかるが、一生大事にする』……違ったか?」

イージアの顔がボッと赤くなる。

「そ、それは……オフレコ(非公開)の話でしょ!」

「ここでは僕がルールだ」

アレクセイは神父に向き直った。

「神父様。定型文は省略してください。僕の言葉で誓います」

「は、はあ。どうぞ……」

アレクセイはイージアの瞳を真っ直ぐに見つめた。

会場のスクリーンに、アレクセイのアップが映し出される。

女性客たちから「キャーッ!」と悲鳴が上がる中、彼は静かに口を開いた。

「イージア。僕は君の強欲さを愛している」

「……っ」

「君が世界中の富をかき集め、悪だくみをして笑う姿を、誰よりも近くで見ていたい。君が計算に疲れた時は、僕が肩代わりする。君が道に迷った時は、僕が地図を描く」

アレクセイは眼鏡を外し、優しく微笑んだ。

「僕の全ての資産、全ての時間、そして全ての愛を、君に投資する。……配当は、君の笑顔だけで十分だ」

完璧だった。

ロマンチックで、かつイージアの好みを熟知した、最高のプロポーズ。

会場中が感動の涙に包まれる。

ミナもハンカチで目頭を押さえている。

イージアは震える声で呟いた。

「……ズルいわよ、貴方」

「なんとでも」

「そんな好条件(ハイリターン)な投資案件……断れるわけないじゃない」

イージアは背伸びをした。

「契約成立(ディール)よ、アレクセイ」

二人の唇が重なる。

その瞬間、会場の四隅からバズーカ砲が発射され、大量の金色の紙吹雪(実はクーポン券)が舞い散った。

『おめでとうございますーッ! ただいまのキスの視聴率は、瞬間最高八〇%を記録しましたーッ!』

ミナの実況が響く。

『これを記念して、ベルク温泉入館料、本日に限り八〇%オフです!』

「おおおおお!」

参列者たちがクーポン券を拾おうと群がる。

ロマンチックな余韻は一瞬で吹き飛び、会場は再び「お得」を求める戦場と化した。

キスの最中、イージアは薄目を開けてその光景を確認し、心の中でガッツポーズをした。

(よし! 集客効果抜群! これで式場の設営費は回収できたわ!)

唇を離したアレクセイが、呆れたように、でも愛おしそうに彼女を見る。

「……君って奴は。キスの最中まで仕事か?」

「ふふ。貴方の奥さんになるなら、これくらい当然でしょ?」

イージアは悪戯っぽく笑い、新郎の腕に縋り付いた。

「さあ、次は披露宴よ! ご祝儀の回収と、記念グッズの販売会が待っているわ!」

「……お手柔らかに頼むよ、マイ・ハニー」

二人は大歓声(と欲望)の渦巻く披露宴会場へと、笑顔で歩き出した。

王国の歴史上、最も騒がしく、最も儲かった結婚式は、まだ始まったばかりである。
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