婚約破棄された悪役令嬢ですが、毒を盛る暇があるならお肉を焼きたい。

黒猫かの

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王都の正門。かつて「悪役令嬢」として罵声を浴びながら追放されたその場所を、アルカは再び踏み越えた。


だが、人々の想像した「罪人の帰還」とは、あまりにもかけ離れた光景だった。


「……お、おい。あれを見ろ。公爵令嬢の帰還だろ? なぜ、馬車が巨大な肉塊を積んでいるんだ?」


「それより、あの馬車を引いている大男は何だ!? 馬より速いぞ!」


門兵たちの驚愕を余所に、ガラン卿が三台の馬車を連結した特製貨物を引き、猛スピードで王宮への坂道を駆け上がっていく。


その後ろでは、隣国の王子レオンハルトが「スパイスの鮮度が落ちる!」と叫びながら、馬車から身を乗り出して霧吹きで魔法の水を撒き散らしていた。


「着いたわね。……懐かしいわ、このカビ臭い権力の匂い。でも、今はこの奥にある『秘密の貯蔵庫』の匂いの方が気になるわ」


アルカは王宮の正面玄関に降り立つなり、出迎えた文官たちを突き飛ばす勢いで厨房へと突き進んだ。


「ま、待ってください、アルカ様! まずは陛下と王妃様への拝謁を――」


「後回しよ! 王妃様はお腹を空かせていらっしゃるのでしょう? ならば、挨拶よりも先に火を起こすのが礼儀というものだわ!」


アルカが厨房の重厚な扉を蹴り開けると、そこには白衣に身を包んだ数十人の宮廷料理人たちが立ち尽くしていた。


その中心で、一際高いコック帽を被った初老の男――宮廷料理長ヴァシュロンが、不快そうに鼻を鳴らした。


「……これはこれは、追放されたはずの公爵令嬢が何の御用で? ここは芸術を創造する聖域。素人が泥のついた足で踏み入る場所ではありませんぞ」


「芸術? ヴァシュロン、あなたの作る料理は、見た目ばかり凝っていて『魂の空腹』を無視しているわ。王妃様が太る一方なのは、満足感が足りないからよ」


アルカは手慣れた手つきで、腰の包丁ケースから北の地で研ぎ澄まされた愛刀を取り出した。


「今日から、この厨房の第一指揮権は私が預かるわ。文句があるなら、私の『瞬殺・雪見ウサギのタルタル』を食べてから言いなさい」


「な、なんですと!? 素人が料理長である私に口を出すとは……! 衛兵! この無礼者を――」


「ヴァシュロン、控えろ」


後ろから冷ややかな声が響いた。ジュリアン王子である。


「……彼女は母上の直命でここに来た。そして、彼女の隣にいるのはロセウス王国の第二王子、その後ろにいるのは我が国の騎士団副団長だ。文句があるなら、私ではなく彼らの筋肉に言ってくれ」


「うおおおおおっ! 調理開始だ! アルカ殿、火力の調整は任せておけ!!」


ガラン卿が調理場の巨大な薪を一瞬で粉砕し、竈(かまど)にくべた。


「師匠! サフランと、北の海で採れた幻の岩塩の準備ができました!」


レオンハルトが銀の盆を掲げる。


「……あ、あの……アルカ様。私、デザートのパンを焼き始めてもよろしいかしら? 王宮のオーブン、火力が安定していてワクワクしますわ!」


リディアも既に、宮廷料理人から小麦粉を奪い取って捏ね始めていた。


「な、な……なんだ、この一団は……。ここは戦場か!?」


ヴァシュロンが震える指で彼らを指差すが、アルカの耳にはもう届いていない。


「カイン! 冷蔵馬車から『あの子』を出して!」


「かしこまりました。……皆様、道を空けてください。北の最深部で捕獲された、幻の『スノーマンモス』の極上リブロースが通ります」


カインが恭しく運び入れた巨大な肉の塊を見て、厨房全体に衝撃が走った。


「……さあ、王宮の料理人たち。指をくわえて見ていたいならそれでもいいわ。でも、本当に美味しいものを知りたいなら、私の指示に従いなさい!」


アルカの宣言と共に、静かだった王宮の厨房は、一瞬にして怒号と香気が渦巻く戦場へと変貌した。


包丁がまな板を叩くリズム、スパイスが弾ける音、そして肉が焼ける官能的な香り。


王都中の貴族たちが、その異常な変化に気づき始める。


「……なんだ? 今日の王宮から漂ってくる、あの胃袋を鷲掴みにされるような匂いは……」


悪役令嬢による、王宮占拠という名の「フルコース革命」。


その幕が、今、劇的に上がったのである。
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