婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの

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「……はあ、空気が美味しい! これよ、これこそが自由の香りですわ!」


翌朝、平民が通う安宿の硬いベッドで目覚めた私は、窓を全開にして叫んだ。


昨夜、公爵家を追い出された際、私が持ち出したのは最低限の着替えと、これまで「自分へのご褒美」としてコツコツ貯めていた、へそくり(宝石類)だけ。
でも、今の私にはそれ以上に価値のある武器がある。


それは、十年間封印し続けてきた「キレッキレの毒舌」と「超高速の状況把握能力」だ。


私はドレスの余り布で作った質素なチュニックに身を包み、街一番の賑わいを見せる広場へと向かった。
まずは市場の物価を調査して、今後のビジネスプランを練らなくては。


「あら……? あの見覚えのある、成金趣味全開の派手な馬車は……」


広場の中央、噴水の前で止まった馬車から降りてきたのは、よりにもよってウィルフレッド王子だった。
しかも、その隣にはピンクのふわふわしたドレスを着たマリア。


どうやら、婚約破棄を祝して(?)さっそくデートを楽しんでいるらしい。
周囲には「あれが噂の……」と野次馬が集まり始めている。


私は広場のカフェのテラス席に陣取り、一番安いハーブティーを注文した。
さあ、観劇の始まりですわ。


「マリア、見てごらん。この噴水の水しぶきよりも、君の瞳の方がずっと輝いているよ」


王子の甘ったるい声が、風に乗って私の耳に届く。
私は即座に、手近な紙ナプキンにペンを走らせ、小声で実況を開始した。


「はい、出ました! 王子殿下、本日一発目の激甘セリフ! しかし残念! そのセリフを言う際、殿下の左膝がわずかに震えています。おそらく、慣れないエスコートに足腰が悲鳴を上げているのでしょう。筋肉痛対策の湿布をお勧めしたいところですわね」


「まあ、王子様……。私、こんなに綺麗な景色、初めて見ましたわ!」


マリアがわざとらしく頬を染めて、王子の腕に抱きつく。


「続いてヒロインのマリア様、驚きの演技力です。初めて見たと言いつつ、視線が噴水ではなく王子の腰に下がっている財布に向けられているのを私は見逃しません。そしてその抱きつき方、王子の服にファンデーションがべったり付着しました。クリーニング代は誰が払うのか、非常に見ものですわ!」


私は誰に聞かせるでもなく、しかし周囲の客にはしっかり聞こえる絶妙な音量で喋り続けた。
すると、隣の席の商人風の男が、クスクスと笑い声を漏らした。


「お嬢さん、面白いことを言うな。まるで中継を聞いているみたいだ」


「あら、失礼。つい『職業病』が出てしまいましたわ」


私は不敵に微笑むと、さらにギアを上げた。


王子とマリアが、噴水のそばにある高級宝石店のショーウィンドウを覗き込む。
王子は格好をつけて、懐から金貨の袋を取り出した。


「マリア、好きなものを選びなさい。君に似合うものなら、どんなに高くても構わないよ」


「いいえ、王子様! 私、そんな贅沢……あ、でも、あのダイヤモンドのネックレス、とっても素敵……!」


私はハーブティーを一口飲み、一気に畳みかける。


「はい、来ました! 教科書通りの『遠慮しつつおねだり』コンボ! 殿下、見てください、あの金貨の袋の厚み。あれ、先月の軍事予算の余りから流用していませんか? 会計監査が入ったら一発でアウトの不穏な厚みですわ。そしてマリア様が指を指したのは、店内で二番目に高い商品。一番高いものを選ばないことで『私は欲張りではない』というアピールを忘れない。その計算高さ、ぜひとも我が国の財務省で活かしていただきたいものですわね!」


私の言葉に、周囲の客たちが「確かに……」「あの袋、怪しいぞ」とざわつき始めた。


その視線に気づいたのか、王子がムッとした表情でこちらを振り返った。
しかし、質素な服を着て、深くフードを被っている私を「元婚約者」だと気づくはずもない。


「……誰だ! さっきから野次を飛ばしているのは!」


王子が声を荒らげる。
私は優雅に席を立ち、フードを少しだけ跳ね上げた。


「野次ではありませんわ、殿下。これは『客観的な状況分析』です。それからマリア様、そのネックレスを試着されるのは結構ですが、先ほどから髪の毛に小さな虫が止まっておりますわよ。殿下へのアピールに夢中で、自然界の刺客には無頓着なようですわね」


「きゃあああっ!? 虫!? どこ!? 王子様、取ってくださいまし!」


マリアがパニックを起こして暴れ回る。
その拍子に、彼女の肘が王子の顎にクリティカルヒットした。


「ぐはっ……! マ、マリア……!?」


「お見事! マリア様の右エルボー、見事な角度で王子の急所を捉えました! これは一本と言っていいでしょう。愛の深さは、時として暴力へと変貌する……まさに人生の教訓ですわね!」


広場は爆笑の渦に包まれた。
王子は顔を真っ赤にして、逃げるようにマリアを連れて馬車に飛び乗った。


馬車が走り去るのを見送りながら、私は満足げにハーブティーを飲み干した。


「ふう。久しぶりに全力で喋りましたわ。……あら?」


気づくと、カフェの客だけでなく、広場にいた人々が私を囲んでいた。


「お嬢さん、あんた最高だよ!」
「あんなにスカッとする実況、初めて聞いたぜ!」


拍手喝采。
すると、一人の仕立ての良さそうな男が私に歩み寄ってきた。


「君、面白いな。実は今、うちの劇場で『客席からヤジを飛ばして盛り上げるガヤ役』を探しているんだが……興味はないか?」


(……ガヤ役?)


私の頭の中で、新しい人生の道筋がピカピカと輝き始めた。
そうよ、私のこのスキル、立派な「職業」になるんじゃないかしら!?


「お話、詳しく伺わせていただけます?」


私は、最高に性格の悪そうな、しかし魅力的な笑みを浮かべた。
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