婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの

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「……というわけでハンスさん。私の『ガヤ』、一晩お試しで使ってみる気はあります?」


私は昨日声をかけてきた劇場支配人のハンスと、路地裏のカフェで商談をしていた。


「ああ、もちろんだ。あんたのあの喋り、客を煽るには最高だよ。だがその前に、ちょっとした『実戦』を見せてくれないか? ほら、あそこにちょうどいい獲物がいる」


ハンスが指差した先には、またしてもあの二人――ウィルフレッド王子とマリアがいた。


どうやら昨日の醜態を挽回しようと、今日は「庶民派」をアピールするために市場を練り歩いているらしい。


「マリア、危ないよ。石畳は滑りやすいからね」


「はい、王子様! きゃっ、あ、あああっ!?」


フラグ回収が早すぎる。
マリアはこれ以上ないほど不自然なタイミングで足をもつれさせ、王子の胸元に向かってスローモーションで倒れ込んだ。


周囲の平民たちが「おっと」「大丈夫か?」と声を上げる。
だが、私の目は誤魔化せない。


私はスッとハンスの前に立ち、扇子の代わりに持っていた安物のメモ帳を広げた。


「はい、判定入ります! ただいまのマリア様の転倒、芸術点マイナス五十点! あまりにもお粗末ですわ!」


広場に響き渡る私の声。
王子とマリアが、弾かれたようにこちらを見た。


「ま、また貴様か! 昨日のカフェの……!」


「殿下、お黙りなさい。今は審査の最中です。……いいですか、マリア様。まず、転ぶ直前の『きゃっ』という声。あれ、高音が少し震えていて、いかにも『今から転びますよ』という予告信号になっていましたわ。サプライズ感がゼロです」


私はマリアに歩み寄り、彼女の足元を指差した。


「次に、その倒れ込む角度。王子の胸元を狙いすぎて、重心が完全に右に寄っています。これでは石畳に足を取られたのではなく、磁石に吸い寄せられた鉄クズと同じですわ。物理法則への冒涜です」


「て、鉄クズ!? 私、本当に足が……」


マリアが涙目で抗弁しようとするが、私は止まらない。


「さらに致命的なのは、地面に手をつく位置です。汚れを気にして、指先だけで支えようとしましたわね? 本気で転んだ人間は、もっと泥臭く、必死に足掻くものです。あなたのそれは『転倒』ではなく『着地』ですわ。着地。新競技ですか?」


周囲の観客から「確かに……」「あんな綺麗に転べるわけないよな」という納得の声が漏れ始める。


ハンスが横で腹を抱えて笑い出した。
「くっ……! 最高だ。着地って、あんた!」


「さらに言わせていただければ、スカートの翻り方も計算が透けて見えますわ。あざとい。あまりにもあざとい! そんなにパンチラを狙いたいなら、いっそ劇場の舞台に立たれたらいかが? マリア様のような『演出家』にはお似合いですわよ」


「な、ななな……! 酷いですわ! 私、王子様に守ってほしかっただけで……!」


マリアが本音を漏らした瞬間、私は逃さず追撃した。


「はい、自白いただきました! 『守ってほしかっただけ』。つまり、転倒は偽装であったと認められましたわね! 殿下、聞きました? 彼女はあなたの良心と反射神経を、自分の承認欲求のために利用したのです。これぞ究極の『感情搾取』ですわ!」


「感情……搾取……?」


王子が愕然としてマリアを見る。
マリアは顔を真っ赤にして、今度は本気で地団駄を踏んだ。


「もうっ! なんなんですの、あなた! いつもいつも、私のやることにケチをつけて! 私のことが嫌いなんですの!?」


「いいえ? 嫌いどころか、あなたの隙だらけの挙動は、私にとって最高の『ネタ』ですわ。マリア様、もっと精進なさい。次はせめて、王子の顎に頭突きを食らわせるくらいの勢いで転んでいただかないと、私のプロ意識が納得いたしません」


「頭突きなんてしませんわよ! ううっ、王子様、帰りましょう! ここ、変な人しかいませんわ!」


マリアは王子を引っ張って、逃げるように立ち去っていった。
その後ろ姿にも、私は容赦なく「逃走時の足運びがガニ股になっていますわよ!」とガヤを飛ばしておいた。


広場には再び爆笑の渦が巻き起こる。
ハンスが私の肩を叩いた。


「決まりだ、エリー。あんたをうちの看板『ガヤ師』として雇うよ。今夜から舞台の袖で、役者の大根芝居にどんどんツッコミを入れてくれ!」


「ええ、喜んで。……でも、ハンスさん」


私はニヤリと笑った。


「私のギャラ、高いですわよ? 何せ、王室公認の『毒舌』ですから」


「ハハハ! いいだろう、売上の二割だ!」


こうして私は、路頭に迷うどころか、自分の口一つで「プロの野次馬」としての第一歩を踏み出した。
公爵令嬢だった頃には想像もできなかった、騒がしくて痛快な日々の始まりだった。


……しかし、その様子を遠くから見つめる、鋭い視線があることに私はまだ気づいていなかった。
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