婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの

文字の大きさ
9 / 28

9

しおりを挟む
「……はあ、今日も今日とてネタが向こうから歩いてきますわね」


酒場『荒くれ馬の蹄亭』の昼下がり。
私は看板娘(実況担当)として、テラス席の掃除をしながら通りを眺めていました。


するとどうでしょう。
数日前までは私を見て「あ、悪役令嬢だ……」と指を指していた街の人々の視線が、明らかに変わっているのです。


「おい、あのお嬢さんだろ? 王子の不倫現場を実況したっていう……」
「昨日の酒場での乱闘実況もすごかったらしいぜ。ハゲとカバの友情物語、俺も聴きたかったなあ」


ひそひそ話の内容が、恐怖から期待へとシフトしています。
どうやら私の「口撃力」は、平民の皆様にとって最高の娯楽として受け入れられたようですわ。


そこへ、恰幅の良いマダムたちが三人、おずおずと近づいてきました。


「あの……貴女が、噂の『ガヤの達人』のエリーさんかしら?」


「ガヤの達人……? まあ、新しい二つ名ですわね。ええ、左様ですわ。何か私にツッコミを入れてほしい案件でも?」


マダムの一人が、期待に満ちた目で自分の着ている紫色のドレスを指差しました。


「これ、昨日奮発して買ったんだけど、夫に『似合わない』って言われちゃって。エリーさんの正直な感想を聞かせてほしいの!」


私は掃除の手を止め、片目を細めてマダムをスキャンしました。


「判定、よろしいかしら? ……まずその紫色。色自体は高貴で素晴らしいですが、マダムの今日の顔色には少し強すぎますわね。まるで『熟しすぎたブドウ』が歩いているようですわ。それからその胸元の大きなリボン!」


「リボンが、何か……?」


「位置が高すぎますわ! 呼吸をするたびにリボンが上下して、まるで巨大な蛾が羽ばたいているようです。旦那様が『似合わない』と言ったのは、言葉足らずでしたわね。正解は『マダムがドレスに食べられかけている』ですわ!」


周囲で聞き耳を立てていた客たちが、ドッと笑い転げました。
マダムはショックを受けるどころか、「まあ! 熟しすぎたブドウ! 蛾! 最高だわ!」と手を叩いて喜んでいます。


「やっぱり噂通りだわ! こんなにハッキリ言ってくれる人、社交界にはいなかったもの!」


マダムたちは満足げに、お礼だと言って銀貨を置いていきました。
……実況が「お悩み相談」に進化しつつありますわね。


一方その頃、王宮の執務室では。


「……おい、どういうことだ! なぜ公務が一切進んでいない!」


ウィルフレッド王子の怒号が響いていました。
彼の目の前には、修正液の跡だらけの無残な書類が山積みになっています。


「で、殿下……。エリー様がいらっしゃった頃は、彼女が全ての書類に付箋を貼って『この文章は主語が抜けていますわ』とか『予算の計算が三ペニー合いません』とツッコミ……いえ、ご指摘くださっていたのですが……」


「今の私共では、どこから手をつけていいか……」


側近たちが青い顔で俯きます。
王子は頭を抱えました。


「マリアはどうした! 彼女なら、その……優しく励ましてくれるだろう!」


「マリア様は……先ほどから、重要書類の束を使って『折り紙』を楽しんでいらっしゃいます。『お花が咲きましたー!』と……」


「……!!」


王子の視線の先では、マリアが国家予算の草案を器用にひまわりの形に折っていました。
天然にも程があります。


「あ、あの、殿下……。それから、街で妙な噂が流れておりまして」


「なんだ、次はどんな不敬な噂だ」


「元婚約者のエリー様が、街で『ガヤの聖女』と呼ばれ、民衆から絶大な支持を得ているとのことです。彼女の毒舌を聞くと『憑き物が落ちたようにスッキリする』と、行列ができているとか……」


王子のペンが、パキリと音を立てて折れました。


「……聖女だと? あの、口を開けば嫌味しか言わない女がか!?」


「はい。さらに、近衛騎士団のカイン副団長が、公務外で頻繁に彼女のいる酒場に出入りしているという目撃証言も……」


「カインまで!? あいつ、硬派なふりをしてあの女の毒に当てられたのか!?」


王子の顔色が、マダムのドレスのような紫色に染まっていきます。
嫉妬、困惑、そしてほんの少しの――後悔。


「……お、面白い。ならば、私も変装してその『ガヤの聖女』の実態を暴いてやろうではないか!」


「殿下、それはさすがに危険すぎます!」


止める側近の声を無視して、王子はマントをひったくりました。
彼の中に芽生えたのは、「自分をコケにした女が、自分なしで幸せそうにしているのが許せない」という、極めて身勝手な独占欲でした。


しかし、彼が酒場で待ち受けているのは、さらに磨きがかかったエリーの「超高速マシンガントーク」であることを、彼はまだ知らないのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

病弱を演じる妹に婚約者を奪われましたが、大嫌いだったので大助かりです

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『病弱を演じて私から全てを奪う妹よ、全て奪った後で梯子を外してあげます』 メイトランド公爵家の長女キャメロンはずっと不当な扱いを受け続けていた。天性の悪女である妹のブリトニーが病弱を演じて、両親や周りの者を味方につけて、姉キャメロンが受けるはずのモノを全て奪っていた。それはメイトランド公爵家のなかだけでなく、社交界でも同じような状況だった。生まれて直ぐにキャメロンはオーガスト第一王子と婚約していたが、ブリトニーがオーガスト第一王子を誘惑してキャメロンとの婚約を破棄させようとしたいた。だがキャメロンはその機会を捉えて復讐を断行した。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

処理中です...