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「……はあ、今日も今日とてネタが向こうから歩いてきますわね」
酒場『荒くれ馬の蹄亭』の昼下がり。
私は看板娘(実況担当)として、テラス席の掃除をしながら通りを眺めていました。
するとどうでしょう。
数日前までは私を見て「あ、悪役令嬢だ……」と指を指していた街の人々の視線が、明らかに変わっているのです。
「おい、あのお嬢さんだろ? 王子の不倫現場を実況したっていう……」
「昨日の酒場での乱闘実況もすごかったらしいぜ。ハゲとカバの友情物語、俺も聴きたかったなあ」
ひそひそ話の内容が、恐怖から期待へとシフトしています。
どうやら私の「口撃力」は、平民の皆様にとって最高の娯楽として受け入れられたようですわ。
そこへ、恰幅の良いマダムたちが三人、おずおずと近づいてきました。
「あの……貴女が、噂の『ガヤの達人』のエリーさんかしら?」
「ガヤの達人……? まあ、新しい二つ名ですわね。ええ、左様ですわ。何か私にツッコミを入れてほしい案件でも?」
マダムの一人が、期待に満ちた目で自分の着ている紫色のドレスを指差しました。
「これ、昨日奮発して買ったんだけど、夫に『似合わない』って言われちゃって。エリーさんの正直な感想を聞かせてほしいの!」
私は掃除の手を止め、片目を細めてマダムをスキャンしました。
「判定、よろしいかしら? ……まずその紫色。色自体は高貴で素晴らしいですが、マダムの今日の顔色には少し強すぎますわね。まるで『熟しすぎたブドウ』が歩いているようですわ。それからその胸元の大きなリボン!」
「リボンが、何か……?」
「位置が高すぎますわ! 呼吸をするたびにリボンが上下して、まるで巨大な蛾が羽ばたいているようです。旦那様が『似合わない』と言ったのは、言葉足らずでしたわね。正解は『マダムがドレスに食べられかけている』ですわ!」
周囲で聞き耳を立てていた客たちが、ドッと笑い転げました。
マダムはショックを受けるどころか、「まあ! 熟しすぎたブドウ! 蛾! 最高だわ!」と手を叩いて喜んでいます。
「やっぱり噂通りだわ! こんなにハッキリ言ってくれる人、社交界にはいなかったもの!」
マダムたちは満足げに、お礼だと言って銀貨を置いていきました。
……実況が「お悩み相談」に進化しつつありますわね。
一方その頃、王宮の執務室では。
「……おい、どういうことだ! なぜ公務が一切進んでいない!」
ウィルフレッド王子の怒号が響いていました。
彼の目の前には、修正液の跡だらけの無残な書類が山積みになっています。
「で、殿下……。エリー様がいらっしゃった頃は、彼女が全ての書類に付箋を貼って『この文章は主語が抜けていますわ』とか『予算の計算が三ペニー合いません』とツッコミ……いえ、ご指摘くださっていたのですが……」
「今の私共では、どこから手をつけていいか……」
側近たちが青い顔で俯きます。
王子は頭を抱えました。
「マリアはどうした! 彼女なら、その……優しく励ましてくれるだろう!」
「マリア様は……先ほどから、重要書類の束を使って『折り紙』を楽しんでいらっしゃいます。『お花が咲きましたー!』と……」
「……!!」
王子の視線の先では、マリアが国家予算の草案を器用にひまわりの形に折っていました。
天然にも程があります。
「あ、あの、殿下……。それから、街で妙な噂が流れておりまして」
「なんだ、次はどんな不敬な噂だ」
「元婚約者のエリー様が、街で『ガヤの聖女』と呼ばれ、民衆から絶大な支持を得ているとのことです。彼女の毒舌を聞くと『憑き物が落ちたようにスッキリする』と、行列ができているとか……」
王子のペンが、パキリと音を立てて折れました。
「……聖女だと? あの、口を開けば嫌味しか言わない女がか!?」
「はい。さらに、近衛騎士団のカイン副団長が、公務外で頻繁に彼女のいる酒場に出入りしているという目撃証言も……」
「カインまで!? あいつ、硬派なふりをしてあの女の毒に当てられたのか!?」
王子の顔色が、マダムのドレスのような紫色に染まっていきます。
嫉妬、困惑、そしてほんの少しの――後悔。
「……お、面白い。ならば、私も変装してその『ガヤの聖女』の実態を暴いてやろうではないか!」
「殿下、それはさすがに危険すぎます!」
止める側近の声を無視して、王子はマントをひったくりました。
彼の中に芽生えたのは、「自分をコケにした女が、自分なしで幸せそうにしているのが許せない」という、極めて身勝手な独占欲でした。
しかし、彼が酒場で待ち受けているのは、さらに磨きがかかったエリーの「超高速マシンガントーク」であることを、彼はまだ知らないのでした。
酒場『荒くれ馬の蹄亭』の昼下がり。
私は看板娘(実況担当)として、テラス席の掃除をしながら通りを眺めていました。
するとどうでしょう。
数日前までは私を見て「あ、悪役令嬢だ……」と指を指していた街の人々の視線が、明らかに変わっているのです。
「おい、あのお嬢さんだろ? 王子の不倫現場を実況したっていう……」
「昨日の酒場での乱闘実況もすごかったらしいぜ。ハゲとカバの友情物語、俺も聴きたかったなあ」
ひそひそ話の内容が、恐怖から期待へとシフトしています。
どうやら私の「口撃力」は、平民の皆様にとって最高の娯楽として受け入れられたようですわ。
そこへ、恰幅の良いマダムたちが三人、おずおずと近づいてきました。
「あの……貴女が、噂の『ガヤの達人』のエリーさんかしら?」
「ガヤの達人……? まあ、新しい二つ名ですわね。ええ、左様ですわ。何か私にツッコミを入れてほしい案件でも?」
マダムの一人が、期待に満ちた目で自分の着ている紫色のドレスを指差しました。
「これ、昨日奮発して買ったんだけど、夫に『似合わない』って言われちゃって。エリーさんの正直な感想を聞かせてほしいの!」
私は掃除の手を止め、片目を細めてマダムをスキャンしました。
「判定、よろしいかしら? ……まずその紫色。色自体は高貴で素晴らしいですが、マダムの今日の顔色には少し強すぎますわね。まるで『熟しすぎたブドウ』が歩いているようですわ。それからその胸元の大きなリボン!」
「リボンが、何か……?」
「位置が高すぎますわ! 呼吸をするたびにリボンが上下して、まるで巨大な蛾が羽ばたいているようです。旦那様が『似合わない』と言ったのは、言葉足らずでしたわね。正解は『マダムがドレスに食べられかけている』ですわ!」
周囲で聞き耳を立てていた客たちが、ドッと笑い転げました。
マダムはショックを受けるどころか、「まあ! 熟しすぎたブドウ! 蛾! 最高だわ!」と手を叩いて喜んでいます。
「やっぱり噂通りだわ! こんなにハッキリ言ってくれる人、社交界にはいなかったもの!」
マダムたちは満足げに、お礼だと言って銀貨を置いていきました。
……実況が「お悩み相談」に進化しつつありますわね。
一方その頃、王宮の執務室では。
「……おい、どういうことだ! なぜ公務が一切進んでいない!」
ウィルフレッド王子の怒号が響いていました。
彼の目の前には、修正液の跡だらけの無残な書類が山積みになっています。
「で、殿下……。エリー様がいらっしゃった頃は、彼女が全ての書類に付箋を貼って『この文章は主語が抜けていますわ』とか『予算の計算が三ペニー合いません』とツッコミ……いえ、ご指摘くださっていたのですが……」
「今の私共では、どこから手をつけていいか……」
側近たちが青い顔で俯きます。
王子は頭を抱えました。
「マリアはどうした! 彼女なら、その……優しく励ましてくれるだろう!」
「マリア様は……先ほどから、重要書類の束を使って『折り紙』を楽しんでいらっしゃいます。『お花が咲きましたー!』と……」
「……!!」
王子の視線の先では、マリアが国家予算の草案を器用にひまわりの形に折っていました。
天然にも程があります。
「あ、あの、殿下……。それから、街で妙な噂が流れておりまして」
「なんだ、次はどんな不敬な噂だ」
「元婚約者のエリー様が、街で『ガヤの聖女』と呼ばれ、民衆から絶大な支持を得ているとのことです。彼女の毒舌を聞くと『憑き物が落ちたようにスッキリする』と、行列ができているとか……」
王子のペンが、パキリと音を立てて折れました。
「……聖女だと? あの、口を開けば嫌味しか言わない女がか!?」
「はい。さらに、近衛騎士団のカイン副団長が、公務外で頻繁に彼女のいる酒場に出入りしているという目撃証言も……」
「カインまで!? あいつ、硬派なふりをしてあの女の毒に当てられたのか!?」
王子の顔色が、マダムのドレスのような紫色に染まっていきます。
嫉妬、困惑、そしてほんの少しの――後悔。
「……お、面白い。ならば、私も変装してその『ガヤの聖女』の実態を暴いてやろうではないか!」
「殿下、それはさすがに危険すぎます!」
止める側近の声を無視して、王子はマントをひったくりました。
彼の中に芽生えたのは、「自分をコケにした女が、自分なしで幸せそうにしているのが許せない」という、極めて身勝手な独占欲でした。
しかし、彼が酒場で待ち受けているのは、さらに磨きがかかったエリーの「超高速マシンガントーク」であることを、彼はまだ知らないのでした。
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