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「……はあ、今日も今日とて『毒消し』を求めるお客様で満席ですわね。皆様、そんなに日常に刺激が足りなくて? それとも、私の顔色を伺わないストレートな罵倒が癖になってしまいましたの?」
酒場『荒くれ馬の蹄亭』の熱気は、今や最高潮に達していました。
私はカウンターの上で空のジョッキを積み上げながら、客席の喧嘩の種を「実況」で摘み取る作業に追われていました。
すると、ガチリ、と金属の擦れる重厚な音が入り口から響きました。
騒がしい店内が、一瞬だけ静まり返ります。
現れたのは、近衛騎士団の制服に身を包んだカイン・ノリス様。
相変わらずの鉄面皮ですが、今日はいつになく真剣な……いえ、どこか「決死の覚悟」を決めたような眼差しをしています。
彼は真っ直ぐ私の方へ歩み寄ると、カウンターを拳でドンと叩きました。
「エリー。……貴殿に、折り入って話がある」
「あら、カイン様。そんなに怖い顔をして、私にツッコミの抜き打ちテストでも受けさせに来ましたの? 今の登場、威圧感は十分ですが、制服の三番目のボタンが少し緩んでいますわ。隙ありですわよ」
「……後で直しておく。それより、単刀直入に言おう」
カイン様は周囲に聞こえないよう、少し身を乗り出して低く、しかし熱のこもった声で告げました。
「――お前のその『口』が欲しい」
一瞬、酒場が凍りつきました。
そして次の瞬間、野次馬根性たくましい客たちが「ヒューッ!」と指笛を吹き、店主は「おいおい、騎士様が公開プロポーズかよ!」と声を張り上げました。
私は右手に持っていた布巾で、カイン様の鼻先をパシッとはたきました。
「はい、判定入ります! 今の発言、誤解を招く表現点マイナス一万点! 騎士たるもの、もっと言葉を精査しなさいな! 周囲の顔を御覧なさい、完全に『不埒な誘い』だと思われていますわよ!」
カイン様は一瞬ポカンとし、それから耳の先を微かに赤くして咳払いをしました。
「……語弊があった。訂正する。私は、貴殿のその類まれなる『観察眼』と、それを即座に言語化する『発信力』を……国家のために役立ててほしいと言っているのだ」
「要するに、情報屋かスパイになれとおっしゃりたいの?」
「もっと高尚な役職だ。『宮廷監察官補佐』……表向きは私の個人的な相談役という形だが、その実は腐敗した役人や、綻びの見え始めた王宮のシステムに鋭いメスを入れてほしい。貴殿のその容赦ない『ツッコミ』でな」
私はフッと鼻で笑い、カウンターの下から特製のベリージュースを取り出して飲み干しました。
「カイン様、お誘いは光栄ですが、今の生活の快適さをご存知? ここでは誰にも気兼ねせず、思ったことを口に出すだけで銀貨が降ってくるのですわ。わざわざ窮屈な王宮に戻って、お偉方の顔色を伺いながら仕事をするメリットがどこにありますの?」
「……王宮内のすべての食堂、および出入りする業者の『全メニュー、全商品のチェック権限』を与える。当然、不備があればいくらでも罵倒して構わない」
私は思わずジュースを吹き出しそうになりました。
なんと魅力的な、いや、恐ろしい餌でしょう。
「さらに、給与は今の三倍。そして……」
カイン様は声をさらに潜めました。
「……ウィルフレッド殿下やマリア嬢の不手際を、合法的に記録し、国王陛下に直接報告する権利も認める。どうだ?」
(……なんですって?)
あのスカポンタンな王子と、ふわふわ天然地雷原なマリア様。
彼らのやらかしを「公務」として実況し、しかもそれを陛下にチクる……いえ、ご報告できる!?
そんなの、人生最高のご褒美ではありませんか!
「……カイン様、交渉術が上達しましたわね。相手の『欲望のツボ』を的確に突くその手腕、合格点を差し上げますわ」
私は差し出されたカイン様の手に、自分の手をパチンと重ねました。
「いいでしょう、そのお仕事お受けいたします。ただし! 私の報告書には一切のオブラートを包みませんわよ。カイン様、貴方のその『真面目すぎて面白みがないところ』も、バシバシ書いて差し上げますから!」
「……覚悟の上だ。むしろ、貴殿の言葉がないと、最近はどうも調子が狂う」
カイン様がふっと、本当に微かに微笑みました。
その様子を、酒場の隅でフードを深く被り、変装して潜入していたウィルフレッド王子が、歯ぎしりをしながら見つめていることには……まだ二人とも気づいていません。
「……エリー、カイン。貴様ら、私の目の届かないところでいつの間にそんな仲に……! 認めん、認めんぞおおお!」
王子の心の叫びが店内の喧騒に消えていく中、私は新天地での「実況無双」を想像して、不敵な笑みを浮かべるのでした。
酒場『荒くれ馬の蹄亭』の熱気は、今や最高潮に達していました。
私はカウンターの上で空のジョッキを積み上げながら、客席の喧嘩の種を「実況」で摘み取る作業に追われていました。
すると、ガチリ、と金属の擦れる重厚な音が入り口から響きました。
騒がしい店内が、一瞬だけ静まり返ります。
現れたのは、近衛騎士団の制服に身を包んだカイン・ノリス様。
相変わらずの鉄面皮ですが、今日はいつになく真剣な……いえ、どこか「決死の覚悟」を決めたような眼差しをしています。
彼は真っ直ぐ私の方へ歩み寄ると、カウンターを拳でドンと叩きました。
「エリー。……貴殿に、折り入って話がある」
「あら、カイン様。そんなに怖い顔をして、私にツッコミの抜き打ちテストでも受けさせに来ましたの? 今の登場、威圧感は十分ですが、制服の三番目のボタンが少し緩んでいますわ。隙ありですわよ」
「……後で直しておく。それより、単刀直入に言おう」
カイン様は周囲に聞こえないよう、少し身を乗り出して低く、しかし熱のこもった声で告げました。
「――お前のその『口』が欲しい」
一瞬、酒場が凍りつきました。
そして次の瞬間、野次馬根性たくましい客たちが「ヒューッ!」と指笛を吹き、店主は「おいおい、騎士様が公開プロポーズかよ!」と声を張り上げました。
私は右手に持っていた布巾で、カイン様の鼻先をパシッとはたきました。
「はい、判定入ります! 今の発言、誤解を招く表現点マイナス一万点! 騎士たるもの、もっと言葉を精査しなさいな! 周囲の顔を御覧なさい、完全に『不埒な誘い』だと思われていますわよ!」
カイン様は一瞬ポカンとし、それから耳の先を微かに赤くして咳払いをしました。
「……語弊があった。訂正する。私は、貴殿のその類まれなる『観察眼』と、それを即座に言語化する『発信力』を……国家のために役立ててほしいと言っているのだ」
「要するに、情報屋かスパイになれとおっしゃりたいの?」
「もっと高尚な役職だ。『宮廷監察官補佐』……表向きは私の個人的な相談役という形だが、その実は腐敗した役人や、綻びの見え始めた王宮のシステムに鋭いメスを入れてほしい。貴殿のその容赦ない『ツッコミ』でな」
私はフッと鼻で笑い、カウンターの下から特製のベリージュースを取り出して飲み干しました。
「カイン様、お誘いは光栄ですが、今の生活の快適さをご存知? ここでは誰にも気兼ねせず、思ったことを口に出すだけで銀貨が降ってくるのですわ。わざわざ窮屈な王宮に戻って、お偉方の顔色を伺いながら仕事をするメリットがどこにありますの?」
「……王宮内のすべての食堂、および出入りする業者の『全メニュー、全商品のチェック権限』を与える。当然、不備があればいくらでも罵倒して構わない」
私は思わずジュースを吹き出しそうになりました。
なんと魅力的な、いや、恐ろしい餌でしょう。
「さらに、給与は今の三倍。そして……」
カイン様は声をさらに潜めました。
「……ウィルフレッド殿下やマリア嬢の不手際を、合法的に記録し、国王陛下に直接報告する権利も認める。どうだ?」
(……なんですって?)
あのスカポンタンな王子と、ふわふわ天然地雷原なマリア様。
彼らのやらかしを「公務」として実況し、しかもそれを陛下にチクる……いえ、ご報告できる!?
そんなの、人生最高のご褒美ではありませんか!
「……カイン様、交渉術が上達しましたわね。相手の『欲望のツボ』を的確に突くその手腕、合格点を差し上げますわ」
私は差し出されたカイン様の手に、自分の手をパチンと重ねました。
「いいでしょう、そのお仕事お受けいたします。ただし! 私の報告書には一切のオブラートを包みませんわよ。カイン様、貴方のその『真面目すぎて面白みがないところ』も、バシバシ書いて差し上げますから!」
「……覚悟の上だ。むしろ、貴殿の言葉がないと、最近はどうも調子が狂う」
カイン様がふっと、本当に微かに微笑みました。
その様子を、酒場の隅でフードを深く被り、変装して潜入していたウィルフレッド王子が、歯ぎしりをしながら見つめていることには……まだ二人とも気づいていません。
「……エリー、カイン。貴様ら、私の目の届かないところでいつの間にそんな仲に……! 認めん、認めんぞおおお!」
王子の心の叫びが店内の喧騒に消えていく中、私は新天地での「実況無双」を想像して、不敵な笑みを浮かべるのでした。
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