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「……カイン様。監察官補佐としての初仕事が、不倫現場の張り込みというのは、少しばかり私の才能を無駄遣いしていらっしゃいませんこと?」
王都の高級住宅街を一望できる、隠れ家風カフェの二階席。
私はウェイトレスに変装し(といっても、酒場での経験があるので様になっていますが)、隣に座る「客」に変装したカイン様に小声で毒づいた。
カイン様は眼鏡をかけ、分厚い本を読んでいるふりをしながら、視線だけを斜め向かいの個室ブースへと向けている。
「……無駄遣いではない。ターゲットのヴァン・ダルク伯爵は、国家予算の一部を愛人への貢ぎ物に充てている疑いがある。だが、彼は用心深い。君の『気づく力』が必要なのだ」
「ふうん。まあ、あちらの個室から漏れてくる『愛の囁き』の語彙力の無さを聴いているだけで、私の耳が腐りそうですけれど」
私はトレイを脇に抱え、プロの実況モードに切り替えた。
個室の中では、脂ぎった顔のヴァン・ダルク伯爵が、派手なドレスを着た若い女性の手を握りしめている。
どうやら自分たちが「完全な密室」にいると信じ切っているらしい。
「判定、入りますわね。……まず、伯爵のあの手の握り方。力が入りすぎて、女性の指が鬱血して紫に変わりつつありますわ。愛の深さを握力で表現しようとするのは、ゴリラの求愛行動と同じですわよ」
「……ゴリラか」
「そして、あの口説き文句。『君の瞳は、我が領地の特産品である最高級のブドウより美しい』……。カイン様、聞きました? 愛する女性を食料品と比較するそのセンス、空腹なのかそれともただの無粋なのか。ブドウ農家に謝るべきですわね」
カイン様が本を持つ手を微かに震わせた。
笑いを堪えているらしい。
意外とチョロいですわね、この騎士様。
「あ、伯爵が動きましたわよ。……おっと、懐から箱を取り出しましたわ。あれは……あら、王室専用の刻印が入った真珠の首飾りじゃありませんこと?」
カイン様の目が鋭く光った。
「……やはりか。あれは先月、国庫から『外交儀礼用』として持ち出されたものだ」
「あらあら。愛の贈り物に横領品を使うなんて、ロマンチックを通り越してただの犯罪(ポリス沙汰)ですわ。……はい、マダムの反応入ります! ああっ、首飾りを見た瞬間の、あの驚くほど現金な笑顔! 口角の上がり方が、伯爵への愛ではなく、換金レートを計算しているそれですわよ。金貨の音が聴こえてきそうですわ!」
私はトレイを回しながら、さらに身を乗り出して観察を続けた。
「あ、伯爵、調子に乗ってマダムの耳元で何か囁いていますわ。……『来週の夜会で、王子の不興を買ってでも君を一番にエスコートしよう』? まあ! カイン様、聞きました? あの伯爵、王子のことを『自分より頭の回らないお飾り』と評しましたわよ」
「……それは、非常に興味深い発言だな」
「さらに追撃! 伯爵、ワインを一口飲んだ拍子に、鼻から少し蒸気が出ていますわ。興奮しすぎです。あ、そのまま立ち上がって……あら? カイン様、伯爵のズボンの後ろ、見てくださいな」
「……ん? 何かあるのか?」
「クリーニングのタグが、ひらひらと蝶々のように舞っていますわ。今日のために新調したのか、あるいは借り物か。あんなに格好をつけておきながら、お尻から『新品』をアピールするなんて、高度なギャグですわね! 腹筋が崩壊しますわ!」
「……ふっ、くくっ……」
ついにカイン様が本で顔を隠し、肩を震わせ始めた。
鉄面皮の騎士をここまで追い詰めるとは、私の実況もなかなかのものですわね。
その時、個室の扉が開いた。
満足げな顔の伯爵と、首飾りをこれ見よがしに撫でる女性が出てくる。
「……さあ、仕事の時間だ」
カイン様は一瞬で無表情に戻ると、立ち上がった。
本物の監察官としての、冷徹な空気が周囲を支配する。
「ヴァン・ダルク伯爵。……お楽しみのところ失礼する。その首飾りの入手経路について、じっくりと伺いたいことがあってな」
「な、な……っ、近衛騎士団副団長!? な、なぜここに!」
伯爵が顔を真っ青にして後ずさりする。
私はその横を、涼しい顔で通り過ぎた。
「伯爵、最後に一つだけアドバイスですわ。その不倫相手の女性。……カバンの中に、隣国の商会の名刺が三枚ほど見えていましたわよ。貴方の『愛のブドウ』は、どうやら他所に輸出される予定だったみたいですわね」
「えっ、き、君、何を……!」
「あら、ただの給仕の独り言ですわ。……おっと、カイン様。伯爵が腰を抜かして床に座り込んだ拍子に、例のタグが床に張り付いてしまいましたわよ。剥がすタイミング、今がベストですわ!」
「……エリー。仕事中だ、あまり追い詰めてやるな」
カイン様は困ったように言いながらも、伯爵を拘束するよう部下に合図を送った。
初仕事は見事に大成功。
私はカイン様から「特上の働きだ」という言葉と、ご褒美のアフタヌーンティーセット(経費)を勝ち取ったのでした。
(ふふふ、王宮の闇を暴くのって、酒場の喧嘩よりずっと手応えがありますわ!)
私はスコーンにたっぷりジャムを塗りながら、次なる「獲物」のやらかしを期待して、目をキラキラと輝かせるのでした。
王都の高級住宅街を一望できる、隠れ家風カフェの二階席。
私はウェイトレスに変装し(といっても、酒場での経験があるので様になっていますが)、隣に座る「客」に変装したカイン様に小声で毒づいた。
カイン様は眼鏡をかけ、分厚い本を読んでいるふりをしながら、視線だけを斜め向かいの個室ブースへと向けている。
「……無駄遣いではない。ターゲットのヴァン・ダルク伯爵は、国家予算の一部を愛人への貢ぎ物に充てている疑いがある。だが、彼は用心深い。君の『気づく力』が必要なのだ」
「ふうん。まあ、あちらの個室から漏れてくる『愛の囁き』の語彙力の無さを聴いているだけで、私の耳が腐りそうですけれど」
私はトレイを脇に抱え、プロの実況モードに切り替えた。
個室の中では、脂ぎった顔のヴァン・ダルク伯爵が、派手なドレスを着た若い女性の手を握りしめている。
どうやら自分たちが「完全な密室」にいると信じ切っているらしい。
「判定、入りますわね。……まず、伯爵のあの手の握り方。力が入りすぎて、女性の指が鬱血して紫に変わりつつありますわ。愛の深さを握力で表現しようとするのは、ゴリラの求愛行動と同じですわよ」
「……ゴリラか」
「そして、あの口説き文句。『君の瞳は、我が領地の特産品である最高級のブドウより美しい』……。カイン様、聞きました? 愛する女性を食料品と比較するそのセンス、空腹なのかそれともただの無粋なのか。ブドウ農家に謝るべきですわね」
カイン様が本を持つ手を微かに震わせた。
笑いを堪えているらしい。
意外とチョロいですわね、この騎士様。
「あ、伯爵が動きましたわよ。……おっと、懐から箱を取り出しましたわ。あれは……あら、王室専用の刻印が入った真珠の首飾りじゃありませんこと?」
カイン様の目が鋭く光った。
「……やはりか。あれは先月、国庫から『外交儀礼用』として持ち出されたものだ」
「あらあら。愛の贈り物に横領品を使うなんて、ロマンチックを通り越してただの犯罪(ポリス沙汰)ですわ。……はい、マダムの反応入ります! ああっ、首飾りを見た瞬間の、あの驚くほど現金な笑顔! 口角の上がり方が、伯爵への愛ではなく、換金レートを計算しているそれですわよ。金貨の音が聴こえてきそうですわ!」
私はトレイを回しながら、さらに身を乗り出して観察を続けた。
「あ、伯爵、調子に乗ってマダムの耳元で何か囁いていますわ。……『来週の夜会で、王子の不興を買ってでも君を一番にエスコートしよう』? まあ! カイン様、聞きました? あの伯爵、王子のことを『自分より頭の回らないお飾り』と評しましたわよ」
「……それは、非常に興味深い発言だな」
「さらに追撃! 伯爵、ワインを一口飲んだ拍子に、鼻から少し蒸気が出ていますわ。興奮しすぎです。あ、そのまま立ち上がって……あら? カイン様、伯爵のズボンの後ろ、見てくださいな」
「……ん? 何かあるのか?」
「クリーニングのタグが、ひらひらと蝶々のように舞っていますわ。今日のために新調したのか、あるいは借り物か。あんなに格好をつけておきながら、お尻から『新品』をアピールするなんて、高度なギャグですわね! 腹筋が崩壊しますわ!」
「……ふっ、くくっ……」
ついにカイン様が本で顔を隠し、肩を震わせ始めた。
鉄面皮の騎士をここまで追い詰めるとは、私の実況もなかなかのものですわね。
その時、個室の扉が開いた。
満足げな顔の伯爵と、首飾りをこれ見よがしに撫でる女性が出てくる。
「……さあ、仕事の時間だ」
カイン様は一瞬で無表情に戻ると、立ち上がった。
本物の監察官としての、冷徹な空気が周囲を支配する。
「ヴァン・ダルク伯爵。……お楽しみのところ失礼する。その首飾りの入手経路について、じっくりと伺いたいことがあってな」
「な、な……っ、近衛騎士団副団長!? な、なぜここに!」
伯爵が顔を真っ青にして後ずさりする。
私はその横を、涼しい顔で通り過ぎた。
「伯爵、最後に一つだけアドバイスですわ。その不倫相手の女性。……カバンの中に、隣国の商会の名刺が三枚ほど見えていましたわよ。貴方の『愛のブドウ』は、どうやら他所に輸出される予定だったみたいですわね」
「えっ、き、君、何を……!」
「あら、ただの給仕の独り言ですわ。……おっと、カイン様。伯爵が腰を抜かして床に座り込んだ拍子に、例のタグが床に張り付いてしまいましたわよ。剥がすタイミング、今がベストですわ!」
「……エリー。仕事中だ、あまり追い詰めてやるな」
カイン様は困ったように言いながらも、伯爵を拘束するよう部下に合図を送った。
初仕事は見事に大成功。
私はカイン様から「特上の働きだ」という言葉と、ご褒美のアフタヌーンティーセット(経費)を勝ち取ったのでした。
(ふふふ、王宮の闇を暴くのって、酒場の喧嘩よりずっと手応えがありますわ!)
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