婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの

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「……はあ、伯爵のタグ事件で笑いすぎて、お腹が空きましたわ。カイン様、監察官の仕事というのは、意外と体力を消耗するものなんですのね」


不倫調査という名の「粗探し」を終えた帰り道。
私はカイン様と共に、夕暮れ時の大通りを歩いていました。


すると、前方の広場から何やら「わあわあ」と騒がしい声と、何かが派手に崩れる音が聞こえてきました。


「……また喧嘩か? 近衛騎士団としては聞き捨てならんな」


カイン様が警戒して腰の剣に手をかけたその時、人混みの中心に見えたのは、見覚えのある「ふわふわピンク」の髪の毛でした。


「きゃああああっ!? ごめんなさい、ごめんなさい! 私、ただお花屋さんのお手伝いをしたかっただけで……!」


そこには、涙目で地面に座り込むマリア様の姿がありました。
周囲には、無惨にひっくり返った花車と、ぐちゃぐちゃに踏みつぶされたバラや百合の花……。


(……あらあら。これはまた、教科書通りの『ドジっ子属性』発動ですわね)


私はスッとカイン様の前に出ると、実況用の特製手帳を広げました。


「はい、現場に到着いたしました! ただいまの惨状、破壊規模は中規模、マリア様の涙の透明度は百パーセント! しかし、現場の店主さんの顔色の悪さはそれを上回る二百パーセントを記録しておりますわ!」


「えっ!? エ、エリー様!? どうしてここに……!」


マリア様が驚いて顔を上げました。
私は容赦なく、彼女の周囲に散らばった惨状を指差しました。


「マリア様。判定入りますわよ。……まず、その『お手伝い』の内容です。お花を色分けしようとして、なぜ台車ごとひっくり返す必要がありましたの? 重力とバランス感覚の不一致、あまりにも甚だしいですわ。物理学の教科書に謝ってくださいな」


「そ、そんなつもりは……! 私、綺麗に並べ替えたら、もっと売れるかなって……」


「続いて、その謝罪のポーズ! 両手を頬に当てて、上目遣いでウルウル……。確かに可愛らしいですが、店主さんの損失額を考えれば、その涙一滴が金貨に変わらない限り、ただの塩分を含んだ水分でしかありませんわ! 湿度の無駄遣いです!」


店主さんは私のツッコミに「そうだそうだ!」と激しく頷いています。


「さらに致命的なのは、その踏み潰したバラの処理です。マリア様、先ほどから『可哀想に』と言いながら、右足でさらにガーベラを圧殺していらっしゃいますわよ。無意識の虐殺者(ジェノサイダー)ですか? 慈愛の聖女を自称するなら、まずは自分の足元の安全確認を徹底なさいな!」


「きゃああああっ!? 本当だわ! ごめんなさい、お花さん!」


慌てて立ち上がろうとしたマリア様が、今度は自分のドレスの裾を思い切り踏みました。


「はい、追撃入ります! 二段構えの転倒コンボ! 今度は店主さんのエプロンを掴んで道連れにしようとしていますわ! ……ああっ、間一髪! カイン様が店主さんを救出しました! カイン様のレスキューポイント、プラス五十点ですわ!」


カイン様が、倒れそうになった店主の背中を無表情で支えました。
一方、マリア様は一人で地面に転がり、華麗な(?)一回転を決めて止まりました。


「……マリア様、今の回転。最後だけ無駄にフィギュアスケートの着氷のような優雅さがありましたけれど、そのせいで『うっかり転んだ』説得力が激減しましたわ。あざとさ点、満点突破ですわよ!」


「ううう……エリー様……厳しいですぅ……。でも、おっしゃる通りですわ。私、いつもこうで……王子様にも『マリアは危なっかしいから僕がいないとダメだね』って言われて……」


「殿下のその発言も、ただの共依存の肯定にすぎませんわ! 危なっかしいのは自覚があるなら、まずは街に出る前に、床に線でも引いて真っ直ぐ歩く練習から始めなさいな!」


私がそう一喝すると、マリア様はなぜかポッと頬を染めて、尊敬の眼差しで私を見つめ始めました。


「……エリー様。私、気づきましたわ。今まで誰も、私の失敗をこんなにロジカルに、かつ情熱的に分析してくれたことはありませんでした……!」


「はあ? 分析というか、ただのダメ出しですけれど」


「いいえ! これは『愛のアドバイス』ですわ! エリー様、私、貴女様についていきます! もっと私にダメ出しをして、立派な、踏み潰さない聖女にしてくださいまし!」


「……カイン様。このお方、私のツッコミを妙な方向に解釈し始めましたわよ。どうにかしてくださらない?」


私は隣の騎士様に助けを求めましたが、カイン様は珍しく愉快そうに肩を揺らしていました。


「……いいのではないか。監視対象が勝手についてくるのは、監察官としては手間が省けて助かる」


「そんな事務的な理由で認めないでくださいまし!」


こうして、なぜか元婚約者の現恋人であるマリア様が、私の「弟子候補(?)」としてまとわりつくことになってしまったのでした。


(……私の自由な独身生活に、天災級のトラブルメーカーが加わるなんて、人生の設計図にツッコミを入れたいですわ!)


私は頭を抱えながらも、次々とやらかすマリア様の挙動に、休む暇もなくツッコミを入れ続けるのでした。
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