「婚約破棄? ええ、どうぞ!(食い気味)」

黒猫かの

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「おーっほっほっほ! 殿下、見てくださいまし! この床の輝き、あまりの美しさに小鳥たちが自分の姿を仲間だと勘違いして、窓ガラスに激突しかけておりますわ!」


朝の光が降り注ぐ王宮の廊下で、私は今日も元気に雑巾を振るっておりました。
隣には、慣れない手つきで必死に床を磨くシオン殿下の姿。
王太子が侍女と共に床を磨くという、前代未聞の光景ですわ。


「……リオナ、それは少し鳥たちに申し訳ない気がするけれど。でも、確かにこの清々しさは癖になるね。君とこうしていると、悩み事が全て埃と一緒に消えていくようだ」


シオン殿下は額の汗を爽やかに拭い、私に微笑みかけました。
昨夜の情熱的な告白の後とは思えないほど、私たちは自然体で「共同作業」に勤しんでおりました。
愛の形は人それぞれですが、私たちにとっては「徹底的な清掃」こそが、魂の触れ合いなんですのね。


しかし、そんな平和な空気を切り裂くように、廊下の向こうからドタドタと慌ただしい足音が近づいてきました。
現れたのは、あの銀縁眼鏡を盛大に歪ませた文官の旦那様ですわ。


「で、殿下! リオナ殿! 大変なことになりました! 隣国……ヴィンス殿下の国から、緊急の特使が参っております!」


「緊急の特使? ヴィンス殿下なら、昨日あんなに無様に逃げ帰ったばかりではありませんこと。忘れ物でもなさったのかしら? 鼻毛抜きなら、ゴミ箱に捨てておきましたわよ」


私が小首を傾げると、文官様は首を横に激しく振りました。


「いえ、そんな些末なことではございません! あちらの国が、現在、未曾有の危機に陥っているとのことです。行政は麻痺し、隣国との通商条約は破棄され、さらには公爵家……リオナ殿の実家までもが、莫大な負債を抱えて破産寸前だとか!」


「……は?」


私は雑巾を握ったまま、思わず素っ頓狂な声を上げました。


「ちょっと待ってくださいまし。私が家を出てから、まだ一ヶ月も経っておりませんわよ? あの国、お豆腐でできていたのかしら? いくらなんでも脆すぎますわ!」


「それが……リオナ殿がいなくなってから、書類の整理や予算の管理を誰もできなくなったそうで。ミリア様という方が『数字なんて可愛くないわ!』と、重要書類を全て暖炉の薪にしてしまったのが決定打となったようですな」


文官様の話を聞けば聞くほど、私は眩暈がしてきました。
あのミリア様、まさかそこまでの破壊神だったとは。
悪役令嬢を追い出すまでは良かったのでしょうが、その後の「実務」という現実から逃避した結果がこれですのね。


シオン殿下が、私の肩にそっと手を置きました。


「……リオナ。これは、冗談では済まないレベルかもしれないね。あちらの国が崩壊すれば、我が国の経済にも少なからぬ影響が出る。……特使は、君に『国家顧問』として戻ってきてほしいと泣きついているそうだ」


「国家顧問! おーっほっほっほ! 笑わせてくれますわね。私を『悪役』として追放しておきながら、家計が苦しくなったら『戻ってきて掃除して』ですって? そんな都合の良いお話、この世界のどこに転がっていますの!」


私は鼻で笑い、再び雑巾を床に叩きつけました。


「お断りですわ! 私は今、このアステリアでの侍女生活に満足しておりますの。殿下との掃除、美味しい肉、そして三食昼寝付き。わざわざ地獄の火の車に飛び込む馬鹿がどこにいて?」


「……ですが、リオナ殿。特使は『彼女が戻らないなら、この国の王族は全員路頭に迷う』とまで言っていますぞ。ヴィンス殿下も、ショックのあまり寝込んでしまわれたとか……」


「寝込んでいればいいですわ! 寝ている間は鼻毛も伸びませんものね。……殿下、どうなさる? 私を隣国へ貸し出しますの?」


私はシオン殿下を見上げました。
もし彼が「行ってこい」と言うなら、私は……。


シオン殿下は少しだけ眉を寄せ、それから不敵な笑みを浮かべました。


「貸し出す? いいえ、そんな生ぬるいことはしないよ。……リオナ。君さえ良ければ、アステリアの『正式な外交使節』としてあちらの国へ乗り込まないかい?」


「外交使節、ですって?」


「ああ。君はもう、あちらの国の臣民ではない。我が国の第一王子の婚約者……つまり、アステリアの次期王妃候補だ。……その立場で、経営破綻した隣国を『査察』し、ついでに借金を肩代わりする条件として、我が国に有利な条約を結び直してやるのさ」


シオン殿下の瞳が、底知れない冷徹さと、私への信頼で輝きました。
……なるほど。
ただ戻るのではない。最強のバックアップを背負い、かつての天敵たちを「救済」という名の「買収」で支配下に置く。


「……シオン殿下。貴方って、本当にとんでもない悪党ですわね」


「最高の褒め言葉だよ、リオナ。……どうかな? 君の『掃除魂』で、あの腐りかけた国を根こそぎ綺麗にしてみる気はないかい?」


私は、手元の雑巾をぎゅっと絞りました。
埃のあるところ、リオナあり。
ゴミ捨て場と化した元婚約国を、アステリアの流儀で磨き上げる。
……なんて、なんて刺激的な仕事かしら!


「おーっほっほっほ! お受けいたしますわ、殿下! ただし、私の日当は最高級の宝石と、毎日三食の特上肉……そして、殿下との『出張掃除タイム』を保証していただきますわよ!」


「喜んで。君の行くところ、どこへでもバケツを持ってついていくよ」


私たちは、廊下の中央で固く握手を交わしました。
文官様が「王子が隣国の買収を楽しそうに決めている……」と震えておりましたが、そんなことはお構いなしですわ。


元悪役令嬢、リオナ・エヴァンス。
ついに、かつての故郷へ「最強の査察官」として凱旋する準備が整いました。


「さあ、殿下! 今すぐ荷造りですわ! 特上のワックスと、最強の研磨剤を馬車に積み込みなさいな! あの国を、目も開けられないほどピカピカにして差し上げますわよ!」


隣国の危機は、私にとって最高の「清掃イベント」に過ぎなかったのです。
おーっほっほっほ!
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