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「お、お腹が空きましたぁ……」
王城からの帰り道。
私が馬車を降りて、視察を兼ねて城下町の商店街を歩いていると、路地裏からそんな弱々しい声が聞こえてきた。
薄汚れたローブを羽織り、フードを目深に被った怪しい人影。
しかし、そのローブの隙間から見えているのは、無駄にフリルの多いピンク色のドレス。
私は足を止め、冷ややかに声をかけた。
「……そこでうずくまっているのは、男爵令嬢ミシェル様ではありませんか?」
ビクリ、と人影が震えた。
恐る恐るフードを上げると、そこには涙で化粧の崩れたミシェルの顔があった。
「あ、アイーダ様……!?」
「こんなところで『野良ヒロイン』ごっこですか? 王子との感動の再会待ちなら、場所が悪いですよ。彼は今頃、王城のトイレ掃除で忙しいので」
「ち、違いますぅ……!」
ミシェルはへなへなと座り込んだまま、また涙をこぼした。
「家に……家に帰れないんですぅ……」
「帰れない?」
「はい……。あの日、パーティから逃げ出した後、家に帰ったらお父様に怒られて……。『王子を逃した無能な娘になんて飯は食わせん!』って……」
「なるほど。男爵家も経営難でしたか。大型契約(王子との婚約)が破談になったなら、コストカット(娘の追放)に走るのも経営判断としてはあり得ますね」
「ひどいぃぃ! 私、ただ幸せになりたかっただけなのに!」
「幸せの定義が『他人の金で贅沢すること』だったのが敗因です」
私は容赦なく事実を突きつける。
ミシェルは「ううっ」と呻き、私を見上げた。
その瞳は、捨てられた子犬のように潤んでいる。
「アイーダ様ぁ……。何か恵んでください……。パンの耳でもいいです……」
「お断りします」
「即答!?」
「私は慈善事業家ではありません。無償の施しは市場価格を破壊し、労働意欲を削ぐ悪行です」
私はきっぱりと言い放ち、歩き出そうとした。
しかし、ミシェルが私の足にしがみついた。
「ま、待ってください! 働きます! 私だって働けます!」
「ほう? 貴女に何ができるのですか?」
私は立ち止まり、彼女を見下ろした。
「計算は?」
「できません! 数字を見ると頭が痛くなります!」
「語学は?」
「あいうえおしか書けません!」
「魔法は?」
「『きゅん♡』とさせる魔法なら……」
「物理的な攻撃力ゼロですね。不採用」
「そんなぁぁぁ!」
ミシェルは絶望の叫びを上げた。
「私には何もないんですか!? ただ可愛くて、守ってあげたくなる雰囲気を持っているだけの、か弱い女の子なんです!」
「……ふむ」
私はその言葉に、ピクリと眉を動かした。
「……もう一度言ってください」
「え? か弱い女の子……?」
「その前です」
「可愛くて、守ってあげたくなる雰囲気……?」
私はじろじろとミシェルを観察した。
確かに、顔立ちは良い。
小動物のような愛くるしい瞳、ふわふわとしたピンクブロンドの髪。
男なら誰もが「守ってやりたい」と思うであろう、庇護欲をそそる外見だ。
ロベルトのようなバカ王子だけでなく、世の男性の八割はこの手の「ぶりっ子」に弱い。
私の脳内で、電卓が弾かれた。
スキルなし。
知能指数低め。
しかし、外見(アピアランス)と愛嬌(チャーム)のパラメータはカンスト。
――これは、『使える』。
「……ミシェル様。貴女、私の下で働く気はありますか?」
「えっ? 雇ってくれるんですか!?」
ミシェルがパァァァッと顔を輝かせた。
「はい。ただし、条件があります。私の命令は絶対。給料は歩合制。そして、仕事内容は『客寄せパンダ』です」
「パ、パンダ……?」
「ええ。貴女のその『無駄に可愛い笑顔』と『男を勘違いさせる上目遣い』。それを商品化します」
私はニヤリと笑った。
「ちょうど今、新しい事業を立ち上げようとしていたところなのです。店舗型の『何でも屋』をね。そこで貴女には、看板娘として受付に立ってもらいます」
「看板娘……! なんだかアイドルみたい!」
「解釈は自由ですが、実態は『クレーマー対応』兼『集客装置』です。貴女がニコニコしていれば、男性客の滞在時間が延び、客単価が上がります。また、怒鳴り込んでくる客も、貴女が泣き真似をすれば毒気を抜かれて帰るでしょう」
「な、泣き真似なら得意です!」
「でしょうね。才能を感じます」
私は鞄から、簡易的な雇用契約書(羊皮紙の切れ端)を取り出した。
「では、ここにサインを。時給は銀貨一枚からスタート。ただし、笑顔を一回忘れるごとに罰金があります」
「銀貨一枚!? パンが三つも買えます!」
「安い労働力だ……いえ、適正価格ですね。サインを」
ミシェルは迷うことなくサインをした。
その瞬間、彼女は「悪役令嬢の手駒」となった。
「ありがとうございます、アイーダ社長! 私、一生ついていきます!」
「社長はやめてください。『オーナー』で」
「はい、オーナー!」
ミシェルは現金なもので、契約が成立した途端に元気を取り戻した。
「それで、具体的には何をすればいいんですか? まずは歌のレッスンとか?」
「いいえ。まずはその薄汚れたドレスを脱いで、店の制服に着替えてもらいます。露出度は計算済みですのでご安心を」
「ろ、露出……?」
「安心してください。法に触れないギリギリのラインで、最大限の集客効果を狙ったデザインです」
私は商店街の一角にある、空き物件を指差した。
そこは、私が昨日のうちにクラウス公爵から格安で買い取っておいた、元倉庫だ。
「あそこが今日から、私たちの城です。店名は『アイーダ・コンサルティング商会』……いえ、もっと親しみやすくしましょう」
私は少し考え、看板に書く文字を決めた。
「『よろず解決処・黒字屋』。これで行きましょう」
「く、黒字屋……? 全然可愛くないです……」
「可愛さは貴女が担当するのです。名前は実益を重視します」
私はミシェルの背中を押し、物件へと向かわせた。
「さあ、働いてもらいますよ。まずは店内の清掃から。ロベルト殿下に負けないくらい床を磨いてください」
「えええ~っ! 掃除ですかぁ~?」
「文句を言うなら契約解除です。パンの耳生活に戻りますか?」
「やります! ピカピカにしますぅ!」
ミシェルは慌てて店の中に飛び込んでいった。
その後ろ姿を見ながら、私は満足げに頷く。
「……拾った石ころも、磨けば金になる。リサイクルこそ錬金術の基本ね」
こうして、私の事業計画に新たなピースが加わった。
計算のできる悪役令嬢(私)。
掃除のできる元王子(ロベルト・外部委託)。
愛想のいい元ヒロイン(ミシェル)。
そして、スポンサーの氷の宰相(クラウス)。
役者は揃った。
この国で一番の「利益」を生み出すチームの結成である。
私は空を見上げ、不敵に笑った。
「さあ、稼ぐわよ」
王城からの帰り道。
私が馬車を降りて、視察を兼ねて城下町の商店街を歩いていると、路地裏からそんな弱々しい声が聞こえてきた。
薄汚れたローブを羽織り、フードを目深に被った怪しい人影。
しかし、そのローブの隙間から見えているのは、無駄にフリルの多いピンク色のドレス。
私は足を止め、冷ややかに声をかけた。
「……そこでうずくまっているのは、男爵令嬢ミシェル様ではありませんか?」
ビクリ、と人影が震えた。
恐る恐るフードを上げると、そこには涙で化粧の崩れたミシェルの顔があった。
「あ、アイーダ様……!?」
「こんなところで『野良ヒロイン』ごっこですか? 王子との感動の再会待ちなら、場所が悪いですよ。彼は今頃、王城のトイレ掃除で忙しいので」
「ち、違いますぅ……!」
ミシェルはへなへなと座り込んだまま、また涙をこぼした。
「家に……家に帰れないんですぅ……」
「帰れない?」
「はい……。あの日、パーティから逃げ出した後、家に帰ったらお父様に怒られて……。『王子を逃した無能な娘になんて飯は食わせん!』って……」
「なるほど。男爵家も経営難でしたか。大型契約(王子との婚約)が破談になったなら、コストカット(娘の追放)に走るのも経営判断としてはあり得ますね」
「ひどいぃぃ! 私、ただ幸せになりたかっただけなのに!」
「幸せの定義が『他人の金で贅沢すること』だったのが敗因です」
私は容赦なく事実を突きつける。
ミシェルは「ううっ」と呻き、私を見上げた。
その瞳は、捨てられた子犬のように潤んでいる。
「アイーダ様ぁ……。何か恵んでください……。パンの耳でもいいです……」
「お断りします」
「即答!?」
「私は慈善事業家ではありません。無償の施しは市場価格を破壊し、労働意欲を削ぐ悪行です」
私はきっぱりと言い放ち、歩き出そうとした。
しかし、ミシェルが私の足にしがみついた。
「ま、待ってください! 働きます! 私だって働けます!」
「ほう? 貴女に何ができるのですか?」
私は立ち止まり、彼女を見下ろした。
「計算は?」
「できません! 数字を見ると頭が痛くなります!」
「語学は?」
「あいうえおしか書けません!」
「魔法は?」
「『きゅん♡』とさせる魔法なら……」
「物理的な攻撃力ゼロですね。不採用」
「そんなぁぁぁ!」
ミシェルは絶望の叫びを上げた。
「私には何もないんですか!? ただ可愛くて、守ってあげたくなる雰囲気を持っているだけの、か弱い女の子なんです!」
「……ふむ」
私はその言葉に、ピクリと眉を動かした。
「……もう一度言ってください」
「え? か弱い女の子……?」
「その前です」
「可愛くて、守ってあげたくなる雰囲気……?」
私はじろじろとミシェルを観察した。
確かに、顔立ちは良い。
小動物のような愛くるしい瞳、ふわふわとしたピンクブロンドの髪。
男なら誰もが「守ってやりたい」と思うであろう、庇護欲をそそる外見だ。
ロベルトのようなバカ王子だけでなく、世の男性の八割はこの手の「ぶりっ子」に弱い。
私の脳内で、電卓が弾かれた。
スキルなし。
知能指数低め。
しかし、外見(アピアランス)と愛嬌(チャーム)のパラメータはカンスト。
――これは、『使える』。
「……ミシェル様。貴女、私の下で働く気はありますか?」
「えっ? 雇ってくれるんですか!?」
ミシェルがパァァァッと顔を輝かせた。
「はい。ただし、条件があります。私の命令は絶対。給料は歩合制。そして、仕事内容は『客寄せパンダ』です」
「パ、パンダ……?」
「ええ。貴女のその『無駄に可愛い笑顔』と『男を勘違いさせる上目遣い』。それを商品化します」
私はニヤリと笑った。
「ちょうど今、新しい事業を立ち上げようとしていたところなのです。店舗型の『何でも屋』をね。そこで貴女には、看板娘として受付に立ってもらいます」
「看板娘……! なんだかアイドルみたい!」
「解釈は自由ですが、実態は『クレーマー対応』兼『集客装置』です。貴女がニコニコしていれば、男性客の滞在時間が延び、客単価が上がります。また、怒鳴り込んでくる客も、貴女が泣き真似をすれば毒気を抜かれて帰るでしょう」
「な、泣き真似なら得意です!」
「でしょうね。才能を感じます」
私は鞄から、簡易的な雇用契約書(羊皮紙の切れ端)を取り出した。
「では、ここにサインを。時給は銀貨一枚からスタート。ただし、笑顔を一回忘れるごとに罰金があります」
「銀貨一枚!? パンが三つも買えます!」
「安い労働力だ……いえ、適正価格ですね。サインを」
ミシェルは迷うことなくサインをした。
その瞬間、彼女は「悪役令嬢の手駒」となった。
「ありがとうございます、アイーダ社長! 私、一生ついていきます!」
「社長はやめてください。『オーナー』で」
「はい、オーナー!」
ミシェルは現金なもので、契約が成立した途端に元気を取り戻した。
「それで、具体的には何をすればいいんですか? まずは歌のレッスンとか?」
「いいえ。まずはその薄汚れたドレスを脱いで、店の制服に着替えてもらいます。露出度は計算済みですのでご安心を」
「ろ、露出……?」
「安心してください。法に触れないギリギリのラインで、最大限の集客効果を狙ったデザインです」
私は商店街の一角にある、空き物件を指差した。
そこは、私が昨日のうちにクラウス公爵から格安で買い取っておいた、元倉庫だ。
「あそこが今日から、私たちの城です。店名は『アイーダ・コンサルティング商会』……いえ、もっと親しみやすくしましょう」
私は少し考え、看板に書く文字を決めた。
「『よろず解決処・黒字屋』。これで行きましょう」
「く、黒字屋……? 全然可愛くないです……」
「可愛さは貴女が担当するのです。名前は実益を重視します」
私はミシェルの背中を押し、物件へと向かわせた。
「さあ、働いてもらいますよ。まずは店内の清掃から。ロベルト殿下に負けないくらい床を磨いてください」
「えええ~っ! 掃除ですかぁ~?」
「文句を言うなら契約解除です。パンの耳生活に戻りますか?」
「やります! ピカピカにしますぅ!」
ミシェルは慌てて店の中に飛び込んでいった。
その後ろ姿を見ながら、私は満足げに頷く。
「……拾った石ころも、磨けば金になる。リサイクルこそ錬金術の基本ね」
こうして、私の事業計画に新たなピースが加わった。
計算のできる悪役令嬢(私)。
掃除のできる元王子(ロベルト・外部委託)。
愛想のいい元ヒロイン(ミシェル)。
そして、スポンサーの氷の宰相(クラウス)。
役者は揃った。
この国で一番の「利益」を生み出すチームの結成である。
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