悪役令嬢の請求書は青天井!婚約破棄されたので請求しました!

黒猫かの

文字の大きさ
8 / 28

8

しおりを挟む
「お、お腹が空きましたぁ……」

王城からの帰り道。

私が馬車を降りて、視察を兼ねて城下町の商店街を歩いていると、路地裏からそんな弱々しい声が聞こえてきた。

薄汚れたローブを羽織り、フードを目深に被った怪しい人影。

しかし、そのローブの隙間から見えているのは、無駄にフリルの多いピンク色のドレス。

私は足を止め、冷ややかに声をかけた。

「……そこでうずくまっているのは、男爵令嬢ミシェル様ではありませんか?」

ビクリ、と人影が震えた。

恐る恐るフードを上げると、そこには涙で化粧の崩れたミシェルの顔があった。

「あ、アイーダ様……!?」

「こんなところで『野良ヒロイン』ごっこですか? 王子との感動の再会待ちなら、場所が悪いですよ。彼は今頃、王城のトイレ掃除で忙しいので」

「ち、違いますぅ……!」

ミシェルはへなへなと座り込んだまま、また涙をこぼした。

「家に……家に帰れないんですぅ……」

「帰れない?」

「はい……。あの日、パーティから逃げ出した後、家に帰ったらお父様に怒られて……。『王子を逃した無能な娘になんて飯は食わせん!』って……」

「なるほど。男爵家も経営難でしたか。大型契約(王子との婚約)が破談になったなら、コストカット(娘の追放)に走るのも経営判断としてはあり得ますね」

「ひどいぃぃ! 私、ただ幸せになりたかっただけなのに!」

「幸せの定義が『他人の金で贅沢すること』だったのが敗因です」

私は容赦なく事実を突きつける。

ミシェルは「ううっ」と呻き、私を見上げた。

その瞳は、捨てられた子犬のように潤んでいる。

「アイーダ様ぁ……。何か恵んでください……。パンの耳でもいいです……」

「お断りします」

「即答!?」

「私は慈善事業家ではありません。無償の施しは市場価格を破壊し、労働意欲を削ぐ悪行です」

私はきっぱりと言い放ち、歩き出そうとした。

しかし、ミシェルが私の足にしがみついた。

「ま、待ってください! 働きます! 私だって働けます!」

「ほう? 貴女に何ができるのですか?」

私は立ち止まり、彼女を見下ろした。

「計算は?」

「できません! 数字を見ると頭が痛くなります!」

「語学は?」

「あいうえおしか書けません!」

「魔法は?」

「『きゅん♡』とさせる魔法なら……」

「物理的な攻撃力ゼロですね。不採用」

「そんなぁぁぁ!」

ミシェルは絶望の叫びを上げた。

「私には何もないんですか!? ただ可愛くて、守ってあげたくなる雰囲気を持っているだけの、か弱い女の子なんです!」

「……ふむ」

私はその言葉に、ピクリと眉を動かした。

「……もう一度言ってください」

「え? か弱い女の子……?」

「その前です」

「可愛くて、守ってあげたくなる雰囲気……?」

私はじろじろとミシェルを観察した。

確かに、顔立ちは良い。

小動物のような愛くるしい瞳、ふわふわとしたピンクブロンドの髪。

男なら誰もが「守ってやりたい」と思うであろう、庇護欲をそそる外見だ。

ロベルトのようなバカ王子だけでなく、世の男性の八割はこの手の「ぶりっ子」に弱い。

私の脳内で、電卓が弾かれた。

スキルなし。
知能指数低め。
しかし、外見(アピアランス)と愛嬌(チャーム)のパラメータはカンスト。

――これは、『使える』。

「……ミシェル様。貴女、私の下で働く気はありますか?」

「えっ? 雇ってくれるんですか!?」

ミシェルがパァァァッと顔を輝かせた。

「はい。ただし、条件があります。私の命令は絶対。給料は歩合制。そして、仕事内容は『客寄せパンダ』です」

「パ、パンダ……?」

「ええ。貴女のその『無駄に可愛い笑顔』と『男を勘違いさせる上目遣い』。それを商品化します」

私はニヤリと笑った。

「ちょうど今、新しい事業を立ち上げようとしていたところなのです。店舗型の『何でも屋』をね。そこで貴女には、看板娘として受付に立ってもらいます」

「看板娘……! なんだかアイドルみたい!」

「解釈は自由ですが、実態は『クレーマー対応』兼『集客装置』です。貴女がニコニコしていれば、男性客の滞在時間が延び、客単価が上がります。また、怒鳴り込んでくる客も、貴女が泣き真似をすれば毒気を抜かれて帰るでしょう」

「な、泣き真似なら得意です!」

「でしょうね。才能を感じます」

私は鞄から、簡易的な雇用契約書(羊皮紙の切れ端)を取り出した。

「では、ここにサインを。時給は銀貨一枚からスタート。ただし、笑顔を一回忘れるごとに罰金があります」

「銀貨一枚!? パンが三つも買えます!」

「安い労働力だ……いえ、適正価格ですね。サインを」

ミシェルは迷うことなくサインをした。

その瞬間、彼女は「悪役令嬢の手駒」となった。

「ありがとうございます、アイーダ社長! 私、一生ついていきます!」

「社長はやめてください。『オーナー』で」

「はい、オーナー!」

ミシェルは現金なもので、契約が成立した途端に元気を取り戻した。

「それで、具体的には何をすればいいんですか? まずは歌のレッスンとか?」

「いいえ。まずはその薄汚れたドレスを脱いで、店の制服に着替えてもらいます。露出度は計算済みですのでご安心を」

「ろ、露出……?」

「安心してください。法に触れないギリギリのラインで、最大限の集客効果を狙ったデザインです」

私は商店街の一角にある、空き物件を指差した。

そこは、私が昨日のうちにクラウス公爵から格安で買い取っておいた、元倉庫だ。

「あそこが今日から、私たちの城です。店名は『アイーダ・コンサルティング商会』……いえ、もっと親しみやすくしましょう」

私は少し考え、看板に書く文字を決めた。

「『よろず解決処・黒字屋』。これで行きましょう」

「く、黒字屋……? 全然可愛くないです……」

「可愛さは貴女が担当するのです。名前は実益を重視します」

私はミシェルの背中を押し、物件へと向かわせた。

「さあ、働いてもらいますよ。まずは店内の清掃から。ロベルト殿下に負けないくらい床を磨いてください」

「えええ~っ! 掃除ですかぁ~?」

「文句を言うなら契約解除です。パンの耳生活に戻りますか?」

「やります! ピカピカにしますぅ!」

ミシェルは慌てて店の中に飛び込んでいった。

その後ろ姿を見ながら、私は満足げに頷く。

「……拾った石ころも、磨けば金になる。リサイクルこそ錬金術の基本ね」

こうして、私の事業計画に新たなピースが加わった。

計算のできる悪役令嬢(私)。
掃除のできる元王子(ロベルト・外部委託)。
愛想のいい元ヒロイン(ミシェル)。
そして、スポンサーの氷の宰相(クラウス)。

役者は揃った。

この国で一番の「利益」を生み出すチームの結成である。

私は空を見上げ、不敵に笑った。

「さあ、稼ぐわよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三
恋愛
岸田和華(きしだわか)は異世界に飛ばされた。自分が読んでいた小説の悪役令嬢ジュリエットに憑依してしまったのだ。だが和華は短気でガサツで、中学高校と番を張ってたヤンキーだ。高貴な身分の貴族令嬢なんてガラじゃない。「舞踏会でダンス? 踊りなんて盆踊りしか知らないからっ」 一方、リアル世界に残された和華の中にはジュリエットが入っていて・・。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

没落令嬢は僻地で王子の従者と出会う

ねーさん
恋愛
 運命が狂った瞬間は…あの舞踏会での王太子殿下の婚約破棄宣言。  罪を犯し、家を取り潰され、王都から追放された元侯爵令嬢オリビアは、辺境の親類の子爵家の養女となった。  嫌々参加した辺境伯主催の夜会で大商家の息子に絡まれてしまったオリビアを助けてくれたダグラスは言った。 「お会いしたかった。元侯爵令嬢殿」  ダグラスは、オリビアの犯した罪を知っていて、更に頼みたい事があると言うが…

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

処理中です...