悪役令嬢の請求書は青天井!婚約破棄されたので請求しました!

黒猫かの

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週末。

激動の就任一週間目を終え、私は実家の自室で優雅な休日を過ごしていた。

机の上には、紅茶とクッキー。

そして、今週の成果である「ロベルト殿下からの臨時収入」と「財務省のコスト削減ボーナス」の集計表。

「ふふっ……素晴らしいわ。このペースなら、今年中に別荘が一軒建つわね」

電卓を叩く指が踊る。

そこへ、部屋の扉がノックされた。

「お嬢様、大変でございます!」

「騒がしいわね、セバスチャン。計算がずれるじゃない」

「計算などしている場合ではございません! お客様です! クラウス・フォン・ベルンシュタイン公爵閣下が、お見えになりました!」

「……は?」

私はピタリと手を止めた。

クラウス公爵?

今日は休日のはずだ。緊急の仕事だろうか?

「応接間にお通しして。……いえ、お父様とお母様が先捕まえているわね、きっと」

「はい。旦那様は『大型案件が向こうから歩いてきた!』と叫んで、最高級のブランデーを開けております」

「……あの二人、また商談にする気ね」

私は溜息をつき、部屋着から外出用のドレスへと着替えた。

休日手当を請求できるか、微妙なラインだ。

***

応接間に入ると、そこはすでに「接待」の場と化していた。

「いやあ、クラウス公爵! 娘がお世話になっております! どうです、あの子の働きぶりは? 使い減りしないでしょう?」

「ええ、ローゼンバーグ公爵。彼女の処理能力は驚異的です。財務省の能率が五百パーセント向上しました」

「でしょうでしょう! 我が家の最高傑作ですからな! で、本日はどのような『商材』……いえ、ご用件で?」

父が手を揉みながら尋ねる。

クラウスは優雅にカップを置き、私の方を向いた。

「今日は公務ではない。個人的に、アイーダ嬢に話があって来たんだ」

「個人的!」

母が扇で口元を隠しながら、目を輝かせた。

「まあ! 個人的ですって! あなた、私たちはお邪魔みたいよ?」

「おお、そうかそうか! 若い者同士、数字の話……じゃなかった、愛の話でもゆっくりするといい!」

両親は嵐のように退室していった。

残されたのは、私とクラウスだけ。

「……申し訳ありません、閣下。うちの両親、貴方のことを『歩く国家予算』だと思っている節がありまして」

「構わない。事実、君の家との繋がりは、経済的観点からも有益だ」

クラウスは微かに笑い、ソファを勧めた。

「座りたまえ。今日は仕事の話をしに来たわけではないんだ」

「仕事以外、ですか? では、コンサルティングのご依頼でしょうか?」

「違う」

彼は少し身を乗り出し、私の目を真っ直ぐに見つめた。

その瞳は、いつもの冷徹な光ではなく、何か熱っぽいものを帯びているように見えた。

「今週の君を見ていて、確信したことがある」

「はあ。業務プロセスの欠陥についてですか?」

「いや。……君のその計算能力、そして揺るぎない合理的思考。それは国家の宝だ」

「恐縮です。適正に評価していただけるのは嬉しいですが」

「だが、それ以上に……私は、君という人間に興味がある」

クラウスの声が低くなる。

「計算高く、強欲で、しかし決して不正は許さない。その潔癖なまでの金銭感覚に、私は強く惹かれているんだ」

「……はあ」

「単刀直入に言おう。アイーダ。私は君が欲しい」

部屋の空気が止まった。

私は瞬きを数回繰り返し、脳内でその言葉を解析する。

『君が欲しい』。

通常であれば、愛の告白と受け取るべきフレーズだ。

しかし、相手はこの国の財務を司る「氷の宰相」。

そして私は「金にがめつい悪役令嬢」。

となれば、答えは一つだ。

「……なるほど。ヘッドハンティングですね?」

「……ん?」

クラウスがキョトンとした顔をする。

私は納得して頷いた。

「現在の『補佐官』という契約形態ではなく、より強固な囲い込み……つまり、他国や他部署への引き抜き防止を目的とした、専属契約の打診とお見受けしました」

「あ、いや、まあ、囲い込みという意味では間違っていないが……」

「評価していただき光栄です。確かに、今の業務委託契約では、私が明日から隣国の財務省に転職しても法的には問題ありませんからね。リスク管理としては正しい判断です」

私は懐から手帳を取り出した。

「では、条件面の交渉に入りましょう。現在の年俸からのアップ率は? 契約期間は? まさか、有期雇用のまま拘束力を強めようというのは、労働法上問題がありますよ?」

「……アイーダ。私の言っているのは、そういう契約の話ではなくてだな」

「え? 違うのですか?」

「いや、契約と言えば契約なのだが……もっとこう、人生におけるパートナーシップというか……」

クラウスが珍しく歯切れが悪い。

私は首を傾げた。

「人生における……ああ! わかりました!」

「わかってくれたか?」

「『終身雇用(ライフタイム・エンプロイメント)』ですね!」

私はポンと手を打った。

「定年まで面倒を見るから、一生私に仕えろと。なるほど、公務員としては破格の待遇です。退職金制度と年金についても手厚い保証があるなら、前向きに検討します」

「…………」

クラウスが額に手を当て、深い溜息をついた。

「……君らしいな。実に君らしい」

「何か計算違いがありましたか?」

「いや。私の計算式にはない変数だ。……だが、面白い」

彼は顔を上げ、再び不敵な笑みを浮かべた。

「いいだろう。終身雇用だ。私は君を一生離すつもりはない」

「おや、強気ですね。私の維持費は年々上昇しますよ?」

「望むところだ。私の全財産をかけて、君を満足させてみせよう」

「言質を取りましたよ。録音の魔道具を持っていないのが悔やまれますね」

「ならば、契約書を作ろうか。今ここで」

「えっ、今からですか?」

「善は急げだ。……それに、君のご両親も、それを期待してドアに耳を当てていることだしな」

クラウスが視線をドアに向けると、ドサドサッ! という音がして、両親が雪崩れ込んできた。

「いやあ! 聞こえてしまいましたなぁ! 終身雇用!」

「おめでとうアイーダ! 永久就職ね!」

「お父様、お母様……盗み聞きはマナー違反でしてよ」

「細かいことは気にするな! さあセバスチャン! 最高級の羊皮紙とインクを持ってこい! 契約だ、契約!」

リビングは一瞬で「契約締結会場」へと早変わりした。

クラウスは苦笑しながらも、私の隣に座り直し、ペンを執った。

「……では、アイーダ。改めて条文を詰めようか。君の『一生』を私が買い取るための条件を」

「ええ。妥協はしませんよ、ボス(閣下)。私の人生は高いですから」

こうして、私たちは甘い言葉の一つも交わすことなく、数百項目に及ぶ「終身雇用契約書(実質的な婚約誓約書)」の作成に入った。

窓の外では小鳥がさえずっていたが、室内では「福利厚生」と「慰謝料」と「財産分与」の単語だけが飛び交っていた。

それが、私たちなりの「愛の育み方」なのかもしれない。

……まあ、私はあくまで「超長期安定雇用」としか思っていないのだが。
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