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「オーナー。また届きましたよ」
『黒字屋』の開店前。
店長の元商会員が、げんなりした顔で大きな麻袋をカウンターに置いた。
ドサッ、と重い音がする。
中からは、甘ったるい香水の匂いが漂ってきた。
「……今度は何キロ?」
「約五キロです。昨日より増えてます」
私は溜息をつき、麻袋の紐を解いた。
中から雪崩れ出てきたのは、大量の羊皮紙。
そこには、ミミズがのたうち回ったような文字で、びっしりと文章が綴られている。
送り主は書かれていないが、見るまでもない。
この国で、これほど無駄に高級な紙とインクを使い、これほど中身のない文章を書ける人間は一人しかいない。
「……ロベルト殿下ですね」
私は一枚を適当に抜き出し、読み上げた。
『ああ、アイーダ。僕の計算機(エンジェル)。
君がいない夜は、まるで貸借対照表が合わない決算期のようだ。
僕の心(ハート)は赤字(デフィシット)。
愛の補填をしておくれ……』
「…………」
店内の空気が凍りついた。
掃除をしていたミシェルが、ほうきを持ったまま震えている。
「き、気持ち悪いですぅ……! なんですかその『ルー大柴』みたいな文体は!」
「殿下なりの知的なアピールでしょう。経済用語を無理やり使って、私に歩み寄ろうとする努力だけは認めます」
私は無表情で次の紙をめくった。
『君の瞳は金貨の輝き。
その冷たい視線で射抜かれるたび、僕は市場価値が暴落する株のように乱高下する。
損切りしないでくれ、僕の女神(ミューズ)……』
「……吐き気がします」
隣で聞いていた店長が口元を押さえた。
「オーナー、これどうします? 毎日毎日送りつけられて、ゴミ処理代も馬鹿になりませんよ」
「そうね……」
私は山のようなポエムの束を見つめ、電卓を取り出した。
紙質は最高級。インクも特注品。
これをただ燃えるゴミに出すのは、資源の無駄遣いだ。
「……待って」
私の脳裏に、閃きが走った。
「ゴミ処理代がかかるなら、ゴミを金に変えればいいのよ」
「は?」
「店長。すぐに印刷業者を手配して。このポエム、出版します」
「し、出版!? 正気ですか!? こんなの読んだら読者が精神汚染されますよ!」
「売り方を変えるのです」
私はニヤリと笑った。
「タイトルは『元王子の懺悔録 ~愛の迷言集~』。ジャンルは『爆笑コメディ』および『反面教師としての育児書』です」
***
三日後。
『黒字屋』の店頭には、真新しい小冊子が平積みされていた。
キャッチコピーは、【読むと勇気が湧いてくる! 「ああ、自分はまだマシだ」と思える一冊!】。
「いらっしゃいませ~! 話題の新刊ですよぉ~♡」
ミシェルの呼び込みもあり、本は飛ぶように売れていた。
「ぷっ、あははは! なんだこれ、『僕の愛は固定資産税のように重い』だって!」
「最高に笑える! うちのダメ夫に見せてやろう!」
「これ、焚き付けに使うとよく燃えるらしいぞ!」
街の人々は、ロベルトの切実な愛の言葉を、極上のギャグとして消費していた。
一冊銀貨三枚。
原価はほぼゼロ(ロベルトが勝手に送ってきた原稿なので)。
利益率は驚異の九割越えだ。
「……悪魔的だな」
視察に来たクラウス公爵が、積み上げられた本を手に取り苦笑した。
「一国の王子の恋文を、お笑い草として売りさばくとは。……王室への不敬罪ギリギリだぞ」
「あら、名前は伏せてありますよ? あくまで『某貴公子R氏』の著作です。それに、これだけの部数が出れば、R氏にも印税が入ります。彼にとっても悪い話ではないはずです」
「……君のその、転んでもただでは起きない精神。見習いたいものだ」
クラウスは本を一冊購入し(ちゃんと定価で)、「疲れた時の気付け薬にしよう」と懐に入れた。
その時だった。
「ア、アイーダ!!」
人混みをかき分けて、当の著者が現れた。
ロベルトだ。
王城の掃除夫姿のまま、彼は息を切らせてカウンターに突進してきた。
「き、聞いたぞ! 僕の手紙を……本にしたって!?」
「あら、ご機嫌ようR先生。増刷決定ですよ」
私はにっこりと笑い、売上表を見せた。
「初版一万部、即日完売です。街中が貴方の言葉に夢中ですわ」
「ほ、本当に……!?」
ロベルトの顔が、パァァァッと輝いた。
「僕の……僕の魂の叫びが、みんなに届いたのか!?」
「ええ、届いていますとも。『腹がよじれる』『涙が出るほど笑った』と大絶賛です」
「そ、そうか……! やっぱり僕には文才があったんだ! 愛は伝わるんだ!」
ロベルトは感極まって涙ぐんでいる。
周囲の客が「あ、本物だ」「ププッ」「サインもらおうぜ」とヒソヒソ笑っていることに、彼は気づいていない。
あまりにも幸せな勘違い。
「アイーダ! これで君も、僕の愛の深さをわかってくれたね!?」
「はい。深さ(底なしの天然ボケ)は十分に理解しました」
「じゃあ、復縁を……!」
「それは別の話です」
私は即座に遮り、カウンターの下から革袋を取り出した。
「はい、これ。初版分の印税です」
チャリ、と重い音がする。
ロベルトが目を見開いた。
「い、印税……? 金……?」
「当然です。貴方は著作者ですから。ただし、編集手数料、出版代行費、販売マージン、そして私の『精神的苦痛による検閲料』として八割を差し引かせていただきましたが」
「は、八割……!?」
「文句がありますか? 貴方一人では、印刷代すら出せなかったでしょう?」
「うっ……」
「袋の中には、金貨三十枚ほど入っています。今の貴方の給料(掃除夫)の何ヶ月分ですか?」
ロベルトがゴクリと喉を鳴らした。
今の彼にとって、金貨三十枚は大金だ。
愛か、金か。
彼は震える手で革袋を握りしめた。
「……あ、ありがとう……」
「お礼は結構です。次回の原稿の締め切りは来週末です。読者が待っていますよ、『先生』?」
「せ、先生……!」
その甘美な響きに、ロベルトは完全に陥落した。
「わかった! 書くよ! もっと熱い、魂のポエムを書いてくる!」
「期待しています。特に『失恋の痛み』をテーマにした新作をお願いしますね。一番売れますから」
「任せてくれ! 今の僕なら、最高に惨めな詩が書ける!」
ロベルトは金貨の袋を大事に抱え、意気揚々と去っていった。
その背中には、なぜか奇妙な自信が満ち溢れている。
「……いいんですか、オーナー。あんなに乗せちゃって」
店長が呆れ顔で尋ねる。
「いいのよ。彼には『承認欲求』と『小銭』を与えておけば、無害な生き物になるわ。それに……」
私は電卓を叩き、ニヤリと笑った。
「次の新刊は、ミシェル様との『対談形式』にする予定よ。タイトルは『バカ王子とあざとい令嬢の、すれ違い交換日記』。……初版三万部は堅いわね」
「……オーナー。あなたは本当に、悪魔ですね」
「いいえ。ただの『敏腕プロデューサー』よ」
こうして、ロベルト王子のポエムは、国の識字率向上と、庶民の娯楽不足の解消に大いに貢献することとなった。
もちろん、その利益のほとんどは、私の懐(と、クラウス公爵家の資産)に吸い込まれていくのである。
『黒字屋』の開店前。
店長の元商会員が、げんなりした顔で大きな麻袋をカウンターに置いた。
ドサッ、と重い音がする。
中からは、甘ったるい香水の匂いが漂ってきた。
「……今度は何キロ?」
「約五キロです。昨日より増えてます」
私は溜息をつき、麻袋の紐を解いた。
中から雪崩れ出てきたのは、大量の羊皮紙。
そこには、ミミズがのたうち回ったような文字で、びっしりと文章が綴られている。
送り主は書かれていないが、見るまでもない。
この国で、これほど無駄に高級な紙とインクを使い、これほど中身のない文章を書ける人間は一人しかいない。
「……ロベルト殿下ですね」
私は一枚を適当に抜き出し、読み上げた。
『ああ、アイーダ。僕の計算機(エンジェル)。
君がいない夜は、まるで貸借対照表が合わない決算期のようだ。
僕の心(ハート)は赤字(デフィシット)。
愛の補填をしておくれ……』
「…………」
店内の空気が凍りついた。
掃除をしていたミシェルが、ほうきを持ったまま震えている。
「き、気持ち悪いですぅ……! なんですかその『ルー大柴』みたいな文体は!」
「殿下なりの知的なアピールでしょう。経済用語を無理やり使って、私に歩み寄ろうとする努力だけは認めます」
私は無表情で次の紙をめくった。
『君の瞳は金貨の輝き。
その冷たい視線で射抜かれるたび、僕は市場価値が暴落する株のように乱高下する。
損切りしないでくれ、僕の女神(ミューズ)……』
「……吐き気がします」
隣で聞いていた店長が口元を押さえた。
「オーナー、これどうします? 毎日毎日送りつけられて、ゴミ処理代も馬鹿になりませんよ」
「そうね……」
私は山のようなポエムの束を見つめ、電卓を取り出した。
紙質は最高級。インクも特注品。
これをただ燃えるゴミに出すのは、資源の無駄遣いだ。
「……待って」
私の脳裏に、閃きが走った。
「ゴミ処理代がかかるなら、ゴミを金に変えればいいのよ」
「は?」
「店長。すぐに印刷業者を手配して。このポエム、出版します」
「し、出版!? 正気ですか!? こんなの読んだら読者が精神汚染されますよ!」
「売り方を変えるのです」
私はニヤリと笑った。
「タイトルは『元王子の懺悔録 ~愛の迷言集~』。ジャンルは『爆笑コメディ』および『反面教師としての育児書』です」
***
三日後。
『黒字屋』の店頭には、真新しい小冊子が平積みされていた。
キャッチコピーは、【読むと勇気が湧いてくる! 「ああ、自分はまだマシだ」と思える一冊!】。
「いらっしゃいませ~! 話題の新刊ですよぉ~♡」
ミシェルの呼び込みもあり、本は飛ぶように売れていた。
「ぷっ、あははは! なんだこれ、『僕の愛は固定資産税のように重い』だって!」
「最高に笑える! うちのダメ夫に見せてやろう!」
「これ、焚き付けに使うとよく燃えるらしいぞ!」
街の人々は、ロベルトの切実な愛の言葉を、極上のギャグとして消費していた。
一冊銀貨三枚。
原価はほぼゼロ(ロベルトが勝手に送ってきた原稿なので)。
利益率は驚異の九割越えだ。
「……悪魔的だな」
視察に来たクラウス公爵が、積み上げられた本を手に取り苦笑した。
「一国の王子の恋文を、お笑い草として売りさばくとは。……王室への不敬罪ギリギリだぞ」
「あら、名前は伏せてありますよ? あくまで『某貴公子R氏』の著作です。それに、これだけの部数が出れば、R氏にも印税が入ります。彼にとっても悪い話ではないはずです」
「……君のその、転んでもただでは起きない精神。見習いたいものだ」
クラウスは本を一冊購入し(ちゃんと定価で)、「疲れた時の気付け薬にしよう」と懐に入れた。
その時だった。
「ア、アイーダ!!」
人混みをかき分けて、当の著者が現れた。
ロベルトだ。
王城の掃除夫姿のまま、彼は息を切らせてカウンターに突進してきた。
「き、聞いたぞ! 僕の手紙を……本にしたって!?」
「あら、ご機嫌ようR先生。増刷決定ですよ」
私はにっこりと笑い、売上表を見せた。
「初版一万部、即日完売です。街中が貴方の言葉に夢中ですわ」
「ほ、本当に……!?」
ロベルトの顔が、パァァァッと輝いた。
「僕の……僕の魂の叫びが、みんなに届いたのか!?」
「ええ、届いていますとも。『腹がよじれる』『涙が出るほど笑った』と大絶賛です」
「そ、そうか……! やっぱり僕には文才があったんだ! 愛は伝わるんだ!」
ロベルトは感極まって涙ぐんでいる。
周囲の客が「あ、本物だ」「ププッ」「サインもらおうぜ」とヒソヒソ笑っていることに、彼は気づいていない。
あまりにも幸せな勘違い。
「アイーダ! これで君も、僕の愛の深さをわかってくれたね!?」
「はい。深さ(底なしの天然ボケ)は十分に理解しました」
「じゃあ、復縁を……!」
「それは別の話です」
私は即座に遮り、カウンターの下から革袋を取り出した。
「はい、これ。初版分の印税です」
チャリ、と重い音がする。
ロベルトが目を見開いた。
「い、印税……? 金……?」
「当然です。貴方は著作者ですから。ただし、編集手数料、出版代行費、販売マージン、そして私の『精神的苦痛による検閲料』として八割を差し引かせていただきましたが」
「は、八割……!?」
「文句がありますか? 貴方一人では、印刷代すら出せなかったでしょう?」
「うっ……」
「袋の中には、金貨三十枚ほど入っています。今の貴方の給料(掃除夫)の何ヶ月分ですか?」
ロベルトがゴクリと喉を鳴らした。
今の彼にとって、金貨三十枚は大金だ。
愛か、金か。
彼は震える手で革袋を握りしめた。
「……あ、ありがとう……」
「お礼は結構です。次回の原稿の締め切りは来週末です。読者が待っていますよ、『先生』?」
「せ、先生……!」
その甘美な響きに、ロベルトは完全に陥落した。
「わかった! 書くよ! もっと熱い、魂のポエムを書いてくる!」
「期待しています。特に『失恋の痛み』をテーマにした新作をお願いしますね。一番売れますから」
「任せてくれ! 今の僕なら、最高に惨めな詩が書ける!」
ロベルトは金貨の袋を大事に抱え、意気揚々と去っていった。
その背中には、なぜか奇妙な自信が満ち溢れている。
「……いいんですか、オーナー。あんなに乗せちゃって」
店長が呆れ顔で尋ねる。
「いいのよ。彼には『承認欲求』と『小銭』を与えておけば、無害な生き物になるわ。それに……」
私は電卓を叩き、ニヤリと笑った。
「次の新刊は、ミシェル様との『対談形式』にする予定よ。タイトルは『バカ王子とあざとい令嬢の、すれ違い交換日記』。……初版三万部は堅いわね」
「……オーナー。あなたは本当に、悪魔ですね」
「いいえ。ただの『敏腕プロデューサー』よ」
こうして、ロベルト王子のポエムは、国の識字率向上と、庶民の娯楽不足の解消に大いに貢献することとなった。
もちろん、その利益のほとんどは、私の懐(と、クラウス公爵家の資産)に吸い込まれていくのである。
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