悪役令嬢の請求書は青天井!婚約破棄されたので請求しました!

黒猫かの

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「大変です、オーナー! 大変なことになってます!」

ある日の午後。

『黒字屋』のカウンターで、私が今月の売上(ポエム集の重版分を含む)を集計していると、ミシェルが血相を変えて飛び込んできた。

彼女の手には、社交界で発行されているゴシップ新聞が握られている。

「どうしました? またロベルト殿下が、お掃除中に高価な壺でも割りましたか?」

「違います! これを見てください!」

ミシェルがバサリと新聞を広げる。

その一面トップには、デカデカと私の似顔絵(やけに目つきが悪く描かれている)が掲載されていた。

見出しはこうだ。

【稀代の悪女アイーダ! 哀れな王子を食い物にし、破産に追い込んだ毒婦!】

「……ほう」

私は眉一つ動かさずに記事を目で追った。

『関係者の証言によると、アイーダ嬢は婚約期間中、王子の小遣いを管理すると称して全額を没収。王子が痩せ細るのを尻目に、自らは贅沢三昧の日々を送っていたという……』

「ひどいです! 事実無根です!」

ミシェルが憤慨している。

「ロベルト様が痩せたのは、アイーダ様が管理しなくなってから、変なダイエット食品に騙されたせいじゃないですか!」

「ええ。それに『全額没収』ではなく、『強制貯蓄』です。彼に渡すと一瞬でガラクタに変わりますから」

「でも、この記事のせいで、街の人たちが噂してますよ! 『あそこは王子を破滅させた魔女の店だ』って!」

ミシェルは泣きそうな顔だ。

「これじゃあ、客足が遠のいちゃいます……」

「……いいえ」

私は新聞を丁寧に畳み、ニヤリと口角を上げた。

「逆よ、ミシェル。これは『千載一遇のチャンス』だわ」

「え? チャンス……?」

「広告宣伝費をかけずに、これだけの知名度を得られたのよ? 『王子すら破産させるほど金に厳しい女』。……これ以上ない、信頼の証じゃない?」

「信頼!? ただの悪口ですよ!?」

「まあ見ていなさい。――店長、看板を書き換えて」

私はカウンターの奥にいる店長に指示を出した。

「『よろず解決処』の下に、一行追加して。『悪役令嬢印の金貸し(ファイナンス) ~王子も泣いた厳格審査~』とね」

***

数時間後。

予想通り、店には新たな客層が現れ始めた。

これまでの庶民的な相談客とは違う。

フードを目深に被り、高そうな服を着た、挙動不審な男たち。

そう、金に困っている貴族たちだ。

「……いらっしゃいませ。貸付窓口へようこそ」

私は特設カウンターで、最初の一人を迎えた。

男はフードを取り、冷や汗を拭った。

見覚えがある。とある伯爵家の次男で、ギャンブル好きで有名な男だ。

「あ、あの……アイーダ嬢。金を……貸してほしいのだが」

「あら、銀行は? それともご実家は?」

「ど、どこも貸してくれないんだ! もう担保がないと言われて……」

「なるほど。つまり貴方は、どこからも信用されていない『ブラックリスト予備軍』というわけですね」

「ぐっ……! だ、だが、君なら貸してくれると聞いた! あの王子からも金を毟り取った君なら、金を持っているだろうし、多少のリスクは……」

「訂正してください。私はリスクを愛しているのではありません。リスクを『管理(コントロール)』するのが好きなのです」

私は電卓を弾き、冷徹な視線を向けた。

「融資は可能です。金貨百枚まで。ただし、条件があります」

「じょ、条件?」

「金利は法定上限ギリギリの年利一八パーセント。返済期限は一ヶ月。そして……担保として、貴方の『社会的信用』をいただきます」

「しゃ、社会的信用……?」

「はい。もし返済が一日でも遅れた場合、私が持っているゴシップ新聞のコネクションを使って、貴方の借金事情を一面記事にします」

「なっ……!?」

「見出しはそうですね……『名門伯爵家の次男、賭博で身を滅ぼし夜逃げ寸前!』。……これで貴方の社交界での立場は終わりです。親戚中から縁を切られるでしょう」

男の顔色が土気色になった。

「そ、そんな……! 悪魔だ……!」

「お褒めの言葉と受け取ります。……で、借りますか? 帰り道にまたカジノへ行くよりは、ここで契約書にサインする方が建設的だと思いますが」

男は震えながら、ペンを握った。

「か、借ります……! 必ず、必ず返しますからぁぁ!」

「契約成立(ディール)です。毎月二十五日が返済日ですので、お忘れなく」

男は金貨の入った袋を受け取ると、逃げるように店を出て行った。

それと入れ違いに、また別の貴族が入ってくる。

「……あの、私も融資を……」

「どうぞ。順番にお並びください。審査は厳しいですが、貸す時は即金ですよ」

行列は途切れない。

彼らは「銀行の審査には落ちたが、闇金に行くのは怖い」という層だ。

そこで、「悪名高いが悪徳ではない(契約は守る)」という私の店が、絶妙な受け皿となったのだ。

「……すごい」

横で受付をしていたミシェルが、ポカンと口を開けている。

「『悪女』って呼ばれてるのに、なんでみんなお金を借りに来るんですか?」

「恐怖こそが最高の担保だからよ」

私は札束を数えながら答えた。

「『あの王子を破滅させた女だ、返済を遅れたら何をされるかわからない』。そう思わせるだけで、督促の手間が省けるわ。彼らは必死で金策に走って、最優先で私に返しに来るでしょうね」

「ひぇぇ……。アイーダ様、やっぱりメンタルが鋼鉄ですぅ」

「ダイヤモンド製と言ってちょうだい」

その時、店の奥から拍手の音が聞こえた。

「素晴らしい。恐怖を信用に変えるとは、金融の原点にして頂点だな」

いつものように「視察」に来ていたクラウス公爵だ。

彼は最高級の紅茶(一杯金貨一枚の特別価格)を飲みながら、感心したように頷いている。

「銀行の頭取たちが聞いたら卒倒しそうな理論だが、理には適っている。不良債権のリスクを『悪評』というフィルターで排除しているわけだ」

「ええ。それに、彼らが借金をしてまで守りたい『体面』こそが、貴族社会のアキレス腱ですから」

「君を敵に回さなくて本当によかったよ。……いや、すでに私も君に『心』という名の莫大な借金をしているようなものか」

クラウスは冗談めかして言ったが、その目は笑っていなかった。

「……閣下。そのキザなセリフ、ポエム集の第二弾に収録してもよろしいですか?」

「却下だ。著作権料が高くつくぞ」

「ちっ」

私たちは視線を交わし、ニヤリと笑った。

その様子を見ていたミシェルが、「あの二人、何の話をしてるのか全然わからないけど、お似合いですぅ……」と呟いている。

こうして、「悪役令嬢アイーダ」の悪名は、街中に知れ渡ることとなった。

しかし、それは決して汚名ではない。

「金に困ったら黒字屋へ行け。ただし、命懸けで返せ」

そんな都市伝説と共に、私の資産は雪だるま式に増えていくのだった。

「さて、次はどの噂を利用してやろうかしら?」

ゴシップ新聞を眺める私の顔は、きっと記事の似顔絵よりも悪い顔をしていたに違いない。
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