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「寒い……」
翌朝。
家具も調度品も、絨毯さえも消え失せた王城の廊下を、一陣の冷たい風が吹き抜けた。
かつては国一番の豪華さを誇ったこの場所も、今はただの巨大な石造りの箱だ。
私はその寒々しい廊下を、カツカツと足音を響かせて歩いていた。
手には、昨日の売上台帳と、本日の業務予定表(主に借金返済計画)。
「暖房費も削減対象ね。薪の使用量を半分に減らして、代わりに運動(掃除)で体を温めることを推奨しましょう」
独り言を呟きながら、私はロベルト殿下の部屋の前を通りかかった。
その時だ。
「あっ、アイーダ! 待ってくれ!」
部屋から飛び出してきたのは、見るも無惨な姿のロベルトだった。
彼は薄汚れたシーツを体に巻き付け、素足で冷たい床の上に立っていた。
ガタガタと震え、鼻水を垂らしている。
「……あら、殿下。おはようございます。随分とラフな格好ですね。新しいトレンドですか?」
「ち、違う! 服がないんだ! 昨日、お前が全部売っちゃったから!」
ロベルトは涙目で訴えた。
「下着と作業着が一着しか残ってないじゃないか! 作業着は洗濯中だし、これじゃあ外に出られないよ!」
「室内にいれば問題ありません。それに、シーツがあるなら十分でしょう? 古代の賢者は布一枚で真理を探究したそうですよ」
「僕は賢者じゃない! 王子だ!」
「今は『債務者』です」
私は冷たく訂正し、歩き出そうとした。
ロベルトが私の前に立ちふさがる。
「待ってくれよ! 話を聞いてくれ! 僕の尊厳(プライド)の話だ!」
「尊厳? 市場価格はおいくらで?」
「金の話じゃない! 王族としての誇りだ!」
ロベルトはシーツを握りしめ、悲痛な声で叫んだ。
「見てくれよ、この城を! ガランとして、何もなくて、声が響くだけだ! こんな場所で、どうやって王族の威厳を保てばいいんだ!?」
「……」
「父上も部屋の隅で体育座りしてるし、使用人たちも『掃除が楽でいい』とか言ってるし……。僕たち王族だけが、惨めで、情けなくて……」
ロベルトは大粒の涙をこぼした。
「アイーダ、お前は悪魔だ! 僕から全てを奪った! 思い出も、地位も、服も! 今の僕は……今の僕は、ただの……」
「ただの、『空っぽの人間』ですか?」
私が言葉を継ぐと、ロベルトはハッとして顔を上げた。
私は台帳を脇に挟み、ゆっくりと彼に近づいた。
「殿下。貴方は『童話』をご存知ですか?」
「ど、童話……?」
「『裸の王様』というお話です。愚かな王様が、見えない服を着せられて街を歩き、笑い者になる話」
「そ、それくらい知ってるよ!」
「今の貴方は、まさにそれです」
私は指先で、彼の体に巻かれたシーツをツンと突いた。
「いいえ、童話の王様よりタチが悪いですね。貴方は今まで、高価な衣装、きらびやかな宝石、そして『王子』という肩書きで、自分を飾り立ててきました」
「そ、それが悪いのかよ! 王子なんだから当然だろ!」
「ええ、当然です。ですが、貴方はその飾りに依存しすぎました。飾りを自分の実力だと勘違いし、中身を磨くことを怠った」
私は一歩、彼に詰め寄る。
ロベルトが気圧されて後ずさる。
「その結果がこれです。飾りを剥ぎ取られた貴方に、何が残っていますか? 知性? 武力? 経済力? ……いいえ、何もありません」
「うっ……」
「ただ寒さに震え、シーツにくるまって文句を言うだけの、無力な青年。それが貴方の正体(リアル)です」
私の言葉は、氷の刃のようにロベルトの胸に突き刺さったようだ。
彼は顔面蒼白になり、言葉を失っている。
「ひどい……。そこまで言わなくても……」
「事実です。私が奪ったのではありません。最初から貴方には『中身』がなかったことが、露呈しただけです」
私は冷徹に見下ろした。
「悔しいですか?」
「……悔しいよ! 当たり前だろ!」
「ならば、その悔しさを『生産エネルギー』に変えなさい」
「は?」
「泣いている暇があったら働きなさい。失った服を取り戻したいなら、自分で稼いで買いなさい。威厳が欲しいなら、シーツ一枚でも堂々としていられるだけの実力をつけなさい」
私は懐から、一枚の紙を取り出した。
昨夜、私が作成した『王城再建計画書(ロベルト殿下専用)』だ。
「特別に、新しい仕事を用意しました」
「し、仕事……?」
「はい。城内の『見学ツアーガイド』です」
「ツ、ツアーガイド!?」
「これだけガランとした城は逆に珍しいですからね。『かつての栄華と没落のリアル』を語るツアーとして一般公開します。貴方はそのガイド役です」
「僕が!? 一般庶民の前で!?」
「ええ。そのシーツ姿で。『これが浪費の末路です』と解説すれば、説得力抜群でしょう? 反面教師として教育的価値も高い」
「そ、そんな見世物みたいな……!」
「嫌なら結構です。一生シーツ男として、この寒い廊下で震えていてください」
私は踵を返そうとした。
「ま、待て!」
ロベルトが叫んだ。
「や、やる……。やります……」
「賢明な判断です。時給は銀貨二枚。チップは全額没収ですが、成果に応じて古着屋で服を買う許可を出します」
「……ううっ、ありがとう……」
ロベルトは涙を拭い、力なく頷いた。
その時。
廊下の向こうから、一人の男が歩いてきた。
クラウス公爵だ。
彼はいつもの完璧なスーツを着こなし、私たちの方へと近づいてくる。
「……朝から騒がしいな。何事だ?」
「あ、叔父上……」
ロベルトが恥ずかしそうにシーツを隠す。
しかし、クラウスはロベルトの姿を見ても、眉一つ動かさなかった。
「……ふむ。ロベルトか。悪くないな」
「え?」
「その飾り気のない姿の方が、以前の孔雀のような衣装より、よほど人間らしく見える」
クラウスは淡々と言った。
「以前のお前は、中身のない人形のようだった。だが今は、悔しさも惨めさも、すべて表に出ている。……生きている人間の顔だ」
「叔父上……」
「アイーダ嬢に感謝するんだな。彼女はお前を『破壊』したのではない。『再生』させようとしているのだから」
クラウスは私の隣に並び、ロベルトに背を向けた。
「行くぞ、アイーダ。朝の会議が待っている」
「はい、閣下」
私たちは歩き出す。
背後で、ロベルトが呆然と立ち尽くしている気配がした。
「……再生、か」
ロベルトの小さな呟きが聞こえた。
「僕にも……まだ、可能性があるのかな……」
その声には、いつもの甘えや傲慢さはなく、微かな希望のようなものが混じっていた。
***
数日後。
王城では奇妙なツアーが大人気となっていた。
「さあ、皆さん! こちらがかつて国宝級の壺が置かれていた台座です! 今はただの石ですが、心の目で見てください!」
シーツをトーガのように巻き付けたロベルト王子が、身振り手振りで観光客に解説している。
「そしてこちらが、僕が浪費の限りを尽くした部屋の跡地です! 何もありません! あるのは後悔だけです!」
「わははは! 王子、面白い!」
「勉強になるわねぇ!」
観光客たちは大爆笑し、次々と入場料を払っていく。
ロベルトのトークは、ミシェルの翻訳(教育)のおかげか、妙に自虐的でキレがあった。
「……結構稼ぐわね、あいつ」
私はバルコニーからその様子を眺め、電卓を弾いた。
「集客効果、前年比五百パーセント増。……これは予想外の黒字事業だわ」
「彼もようやく、自分の『価値』を見つけたようだな」
隣でクラウスがコーヒーを飲む。
「『裸の王様』であることを売りにする王族か……。前代未聞だが、実に合理的だ」
「ええ。服を着ている時より、今の彼の方が輝いて見えますよ」
「……おい、あまり他の男を褒めるな。嫉妬で税率を上げるぞ」
「公私混同はやめてください」
私たちは笑い合い、眼下の「裸の王子」を見守った。
ロベルトは今、寒風の中で胸を張っている。
その姿は、どんな豪華な衣装をまとっていた時よりも、確かに「王子」らしく見えた。
翌朝。
家具も調度品も、絨毯さえも消え失せた王城の廊下を、一陣の冷たい風が吹き抜けた。
かつては国一番の豪華さを誇ったこの場所も、今はただの巨大な石造りの箱だ。
私はその寒々しい廊下を、カツカツと足音を響かせて歩いていた。
手には、昨日の売上台帳と、本日の業務予定表(主に借金返済計画)。
「暖房費も削減対象ね。薪の使用量を半分に減らして、代わりに運動(掃除)で体を温めることを推奨しましょう」
独り言を呟きながら、私はロベルト殿下の部屋の前を通りかかった。
その時だ。
「あっ、アイーダ! 待ってくれ!」
部屋から飛び出してきたのは、見るも無惨な姿のロベルトだった。
彼は薄汚れたシーツを体に巻き付け、素足で冷たい床の上に立っていた。
ガタガタと震え、鼻水を垂らしている。
「……あら、殿下。おはようございます。随分とラフな格好ですね。新しいトレンドですか?」
「ち、違う! 服がないんだ! 昨日、お前が全部売っちゃったから!」
ロベルトは涙目で訴えた。
「下着と作業着が一着しか残ってないじゃないか! 作業着は洗濯中だし、これじゃあ外に出られないよ!」
「室内にいれば問題ありません。それに、シーツがあるなら十分でしょう? 古代の賢者は布一枚で真理を探究したそうですよ」
「僕は賢者じゃない! 王子だ!」
「今は『債務者』です」
私は冷たく訂正し、歩き出そうとした。
ロベルトが私の前に立ちふさがる。
「待ってくれよ! 話を聞いてくれ! 僕の尊厳(プライド)の話だ!」
「尊厳? 市場価格はおいくらで?」
「金の話じゃない! 王族としての誇りだ!」
ロベルトはシーツを握りしめ、悲痛な声で叫んだ。
「見てくれよ、この城を! ガランとして、何もなくて、声が響くだけだ! こんな場所で、どうやって王族の威厳を保てばいいんだ!?」
「……」
「父上も部屋の隅で体育座りしてるし、使用人たちも『掃除が楽でいい』とか言ってるし……。僕たち王族だけが、惨めで、情けなくて……」
ロベルトは大粒の涙をこぼした。
「アイーダ、お前は悪魔だ! 僕から全てを奪った! 思い出も、地位も、服も! 今の僕は……今の僕は、ただの……」
「ただの、『空っぽの人間』ですか?」
私が言葉を継ぐと、ロベルトはハッとして顔を上げた。
私は台帳を脇に挟み、ゆっくりと彼に近づいた。
「殿下。貴方は『童話』をご存知ですか?」
「ど、童話……?」
「『裸の王様』というお話です。愚かな王様が、見えない服を着せられて街を歩き、笑い者になる話」
「そ、それくらい知ってるよ!」
「今の貴方は、まさにそれです」
私は指先で、彼の体に巻かれたシーツをツンと突いた。
「いいえ、童話の王様よりタチが悪いですね。貴方は今まで、高価な衣装、きらびやかな宝石、そして『王子』という肩書きで、自分を飾り立ててきました」
「そ、それが悪いのかよ! 王子なんだから当然だろ!」
「ええ、当然です。ですが、貴方はその飾りに依存しすぎました。飾りを自分の実力だと勘違いし、中身を磨くことを怠った」
私は一歩、彼に詰め寄る。
ロベルトが気圧されて後ずさる。
「その結果がこれです。飾りを剥ぎ取られた貴方に、何が残っていますか? 知性? 武力? 経済力? ……いいえ、何もありません」
「うっ……」
「ただ寒さに震え、シーツにくるまって文句を言うだけの、無力な青年。それが貴方の正体(リアル)です」
私の言葉は、氷の刃のようにロベルトの胸に突き刺さったようだ。
彼は顔面蒼白になり、言葉を失っている。
「ひどい……。そこまで言わなくても……」
「事実です。私が奪ったのではありません。最初から貴方には『中身』がなかったことが、露呈しただけです」
私は冷徹に見下ろした。
「悔しいですか?」
「……悔しいよ! 当たり前だろ!」
「ならば、その悔しさを『生産エネルギー』に変えなさい」
「は?」
「泣いている暇があったら働きなさい。失った服を取り戻したいなら、自分で稼いで買いなさい。威厳が欲しいなら、シーツ一枚でも堂々としていられるだけの実力をつけなさい」
私は懐から、一枚の紙を取り出した。
昨夜、私が作成した『王城再建計画書(ロベルト殿下専用)』だ。
「特別に、新しい仕事を用意しました」
「し、仕事……?」
「はい。城内の『見学ツアーガイド』です」
「ツ、ツアーガイド!?」
「これだけガランとした城は逆に珍しいですからね。『かつての栄華と没落のリアル』を語るツアーとして一般公開します。貴方はそのガイド役です」
「僕が!? 一般庶民の前で!?」
「ええ。そのシーツ姿で。『これが浪費の末路です』と解説すれば、説得力抜群でしょう? 反面教師として教育的価値も高い」
「そ、そんな見世物みたいな……!」
「嫌なら結構です。一生シーツ男として、この寒い廊下で震えていてください」
私は踵を返そうとした。
「ま、待て!」
ロベルトが叫んだ。
「や、やる……。やります……」
「賢明な判断です。時給は銀貨二枚。チップは全額没収ですが、成果に応じて古着屋で服を買う許可を出します」
「……ううっ、ありがとう……」
ロベルトは涙を拭い、力なく頷いた。
その時。
廊下の向こうから、一人の男が歩いてきた。
クラウス公爵だ。
彼はいつもの完璧なスーツを着こなし、私たちの方へと近づいてくる。
「……朝から騒がしいな。何事だ?」
「あ、叔父上……」
ロベルトが恥ずかしそうにシーツを隠す。
しかし、クラウスはロベルトの姿を見ても、眉一つ動かさなかった。
「……ふむ。ロベルトか。悪くないな」
「え?」
「その飾り気のない姿の方が、以前の孔雀のような衣装より、よほど人間らしく見える」
クラウスは淡々と言った。
「以前のお前は、中身のない人形のようだった。だが今は、悔しさも惨めさも、すべて表に出ている。……生きている人間の顔だ」
「叔父上……」
「アイーダ嬢に感謝するんだな。彼女はお前を『破壊』したのではない。『再生』させようとしているのだから」
クラウスは私の隣に並び、ロベルトに背を向けた。
「行くぞ、アイーダ。朝の会議が待っている」
「はい、閣下」
私たちは歩き出す。
背後で、ロベルトが呆然と立ち尽くしている気配がした。
「……再生、か」
ロベルトの小さな呟きが聞こえた。
「僕にも……まだ、可能性があるのかな……」
その声には、いつもの甘えや傲慢さはなく、微かな希望のようなものが混じっていた。
***
数日後。
王城では奇妙なツアーが大人気となっていた。
「さあ、皆さん! こちらがかつて国宝級の壺が置かれていた台座です! 今はただの石ですが、心の目で見てください!」
シーツをトーガのように巻き付けたロベルト王子が、身振り手振りで観光客に解説している。
「そしてこちらが、僕が浪費の限りを尽くした部屋の跡地です! 何もありません! あるのは後悔だけです!」
「わははは! 王子、面白い!」
「勉強になるわねぇ!」
観光客たちは大爆笑し、次々と入場料を払っていく。
ロベルトのトークは、ミシェルの翻訳(教育)のおかげか、妙に自虐的でキレがあった。
「……結構稼ぐわね、あいつ」
私はバルコニーからその様子を眺め、電卓を弾いた。
「集客効果、前年比五百パーセント増。……これは予想外の黒字事業だわ」
「彼もようやく、自分の『価値』を見つけたようだな」
隣でクラウスがコーヒーを飲む。
「『裸の王様』であることを売りにする王族か……。前代未聞だが、実に合理的だ」
「ええ。服を着ている時より、今の彼の方が輝いて見えますよ」
「……おい、あまり他の男を褒めるな。嫉妬で税率を上げるぞ」
「公私混同はやめてください」
私たちは笑い合い、眼下の「裸の王子」を見守った。
ロベルトは今、寒風の中で胸を張っている。
その姿は、どんな豪華な衣装をまとっていた時よりも、確かに「王子」らしく見えた。
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