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「……ふぅ。決算完了です」
深夜の財務省、宰相執務室。
時計の針は午前二時を回っていた。
私は最後の書類にサインをし、万年筆を置いた。
「今回の『王城大断捨離キャンペーン』および『ロベルト殿下見世物ツアー』の収益により、当面の国債償還はクリア。さらに、向こう半年分の運転資金も確保しました」
私は伸びをしながら、ソファーで書類を読んでいたクラウス公爵に報告した。
「これで私の『特別コンサルティング業務』は完了です。……お疲れ様でした、閣下」
「……ああ。お疲れ様」
クラウスは書類を置き、ゆっくりと立ち上がった。
彼は窓際に歩み寄り、静まり返った王都の夜景を見下ろした。
「正直……ここまでの成果が出るとは思っていなかった」
「私の見積もりが甘いとでも?」
「逆だ。君の能力が、私の予測(シミュレーション)を遥かに超えていたということだ」
クラウスは振り返り、私を真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、いつもの冷徹な光ではなく、どこか柔らかく、熱を帯びた色をしていた。
「アイーダ。君のおかげで、この国は救われた。……そして、私も救われた」
「……仕事をしただけです。報酬分の働きはしましたよ」
「報酬……か」
クラウスはふっと笑い、私の方へ歩み寄ってきた。
カツ、カツ、と足音が静寂に響く。
彼は私の目の前で立ち止まり、私の手を取った。
その手は少し熱かった。過労のせいか、それとも……。
「アイーダ。私は今まで、すべての事象を数字と論理で判断してきた。感情などという不確定要素は、経営判断のノイズでしかないと思っていたからな」
「ええ。正しい姿勢です。感情で腹は膨れませんから」
「だが……今の私は、ひどく非合理的だ」
「非合理的?」
「ああ。……今、目の前にいる君を見て、こう思っている。『いくら積めば、君の時間を永遠に独占できるだろうか』と」
「……それは、終身雇用契約の話ですか? でしたら契約書はすでに……」
「違う」
クラウスは私の言葉を遮り、私の手を強く引き寄せた。
バランスを崩した私は、彼の胸の中に倒れ込んだ。
「っ……か、閣下!?」
「契約書などどうでもいい。金の話も、国益の話も、今は関係ない」
彼の腕が私の背中に回り、逃げ場を塞がれる。
耳元で、彼の吐息がかかる。
「ただ……君が愛おしい。計算など抜きにして、どうしようもなく」
「……っ!」
私の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
愛おしい。
その言葉は、私の辞書(勘定科目一覧表)には載っていない単語だ。
「か、閣下……熱があるのでは? 過労による一時的な判断能力の低下です。すぐに医務室へ……」
「私の体温は平熱だ。心拍数は上昇しているがな」
クラウスは私の顔を覗き込み、困ったように微笑んだ。
「参ったな。どんなに高度な計算式を使っても、この感情の『解』が出せない。……君ならわかるか? この胸の痛みの、資産価値はいくらだ?」
「そ、そんなもの……測定不能(エラー)です……」
私は動揺して、視線を泳がせた。
いつもなら「金貨〇〇枚です」と即答できるはずなのに、声が震えて出てこない。
彼の瞳に吸い込まれそうで、思考回路がショート寸前だ。
「……たぶん、私は君に恋をしている」
クラウスが囁いた。
「たぶん……?」
私はその曖昧な言葉に、反射的に噛みついた。
「『たぶん』は不確定要素です! ビジネスにおいて曖昧さはリスクです! 再計算してください!」
「ふっ……君らしいな」
クラウスは喉を鳴らして笑い、私の顎を指ですくい上げた。
「では、確定させよう」
「え……?」
「実証実験だ」
彼の顔が近づいてくる。
逃げようとしたが、体か動かない。
次の瞬間、私の唇に、温かいものが触れた。
「……んっ!?」
それは一瞬のようで、永遠のような時間だった。
柔らかく、優しく、そして深い口付け。
私の頭の中で、電卓の数字がバラバラに弾け飛び、真っ白になった。
唇が離れると、クラウスは満足げに目を細めた。
「……どうだ? これで『確定』したか?」
私は真っ赤な顔で、パクパクと口を開閉させた。
「こ、こっ、公私混同です! 職場でのセクシャルハラスメントに該当します! 慰謝料を請求します!」
「構わん。いくらだ? 私の全財産か? それとも私の人生か?」
「うぅぅ……!」
反論できない。
彼の言っていることは、実質的なプロポーズ(再確認)だ。
「……計算できません」
私は俯き、小さな声で呟いた。
「今のキス……プライスレス……いえ、市場価格が存在しない『特異点』です。私の計算機では……処理しきれません……」
「そうか。なら、答えが出るまで何度でも実験しようか」
「なっ……! 調子に乗らないでください!」
私が彼を押し退けようとすると、彼は私を抱きしめたまま、耳元で低く言った。
「……ありがとう、アイーダ。私の世界に、色を与えてくれて」
その声は、あまりにも優しく、誠実で。
私は抵抗する力を失ってしまった。
「……勘違いしないでくださいね」
私は彼の胸に顔を埋めたまま、精一杯の強がりを言った。
「私は貴方の資産(お財布)に惚れているだけですから。……貴方個人への評価額は、まだ査定中です」
「厳しいな。だが、査定リストには載せてもらえたようだ」
「……保留案件です」
私たちはそのまま、しばらくの間、静かな執務室で抱き合っていた。
窓の外では、夜明けの光が王都を照らし始めていた。
私の手の中にある電卓の画面には、今まで見たことのない記号が表示されていた。
『E(エラー)』でも『0』でもない。
まるで、『♡』のように見える文字化けが。
……機械の故障ね。
後で修理に出さなきゃ。
そう思いながらも、私は彼の背中に、そっと腕を回したのだった。
深夜の財務省、宰相執務室。
時計の針は午前二時を回っていた。
私は最後の書類にサインをし、万年筆を置いた。
「今回の『王城大断捨離キャンペーン』および『ロベルト殿下見世物ツアー』の収益により、当面の国債償還はクリア。さらに、向こう半年分の運転資金も確保しました」
私は伸びをしながら、ソファーで書類を読んでいたクラウス公爵に報告した。
「これで私の『特別コンサルティング業務』は完了です。……お疲れ様でした、閣下」
「……ああ。お疲れ様」
クラウスは書類を置き、ゆっくりと立ち上がった。
彼は窓際に歩み寄り、静まり返った王都の夜景を見下ろした。
「正直……ここまでの成果が出るとは思っていなかった」
「私の見積もりが甘いとでも?」
「逆だ。君の能力が、私の予測(シミュレーション)を遥かに超えていたということだ」
クラウスは振り返り、私を真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、いつもの冷徹な光ではなく、どこか柔らかく、熱を帯びた色をしていた。
「アイーダ。君のおかげで、この国は救われた。……そして、私も救われた」
「……仕事をしただけです。報酬分の働きはしましたよ」
「報酬……か」
クラウスはふっと笑い、私の方へ歩み寄ってきた。
カツ、カツ、と足音が静寂に響く。
彼は私の目の前で立ち止まり、私の手を取った。
その手は少し熱かった。過労のせいか、それとも……。
「アイーダ。私は今まで、すべての事象を数字と論理で判断してきた。感情などという不確定要素は、経営判断のノイズでしかないと思っていたからな」
「ええ。正しい姿勢です。感情で腹は膨れませんから」
「だが……今の私は、ひどく非合理的だ」
「非合理的?」
「ああ。……今、目の前にいる君を見て、こう思っている。『いくら積めば、君の時間を永遠に独占できるだろうか』と」
「……それは、終身雇用契約の話ですか? でしたら契約書はすでに……」
「違う」
クラウスは私の言葉を遮り、私の手を強く引き寄せた。
バランスを崩した私は、彼の胸の中に倒れ込んだ。
「っ……か、閣下!?」
「契約書などどうでもいい。金の話も、国益の話も、今は関係ない」
彼の腕が私の背中に回り、逃げ場を塞がれる。
耳元で、彼の吐息がかかる。
「ただ……君が愛おしい。計算など抜きにして、どうしようもなく」
「……っ!」
私の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
愛おしい。
その言葉は、私の辞書(勘定科目一覧表)には載っていない単語だ。
「か、閣下……熱があるのでは? 過労による一時的な判断能力の低下です。すぐに医務室へ……」
「私の体温は平熱だ。心拍数は上昇しているがな」
クラウスは私の顔を覗き込み、困ったように微笑んだ。
「参ったな。どんなに高度な計算式を使っても、この感情の『解』が出せない。……君ならわかるか? この胸の痛みの、資産価値はいくらだ?」
「そ、そんなもの……測定不能(エラー)です……」
私は動揺して、視線を泳がせた。
いつもなら「金貨〇〇枚です」と即答できるはずなのに、声が震えて出てこない。
彼の瞳に吸い込まれそうで、思考回路がショート寸前だ。
「……たぶん、私は君に恋をしている」
クラウスが囁いた。
「たぶん……?」
私はその曖昧な言葉に、反射的に噛みついた。
「『たぶん』は不確定要素です! ビジネスにおいて曖昧さはリスクです! 再計算してください!」
「ふっ……君らしいな」
クラウスは喉を鳴らして笑い、私の顎を指ですくい上げた。
「では、確定させよう」
「え……?」
「実証実験だ」
彼の顔が近づいてくる。
逃げようとしたが、体か動かない。
次の瞬間、私の唇に、温かいものが触れた。
「……んっ!?」
それは一瞬のようで、永遠のような時間だった。
柔らかく、優しく、そして深い口付け。
私の頭の中で、電卓の数字がバラバラに弾け飛び、真っ白になった。
唇が離れると、クラウスは満足げに目を細めた。
「……どうだ? これで『確定』したか?」
私は真っ赤な顔で、パクパクと口を開閉させた。
「こ、こっ、公私混同です! 職場でのセクシャルハラスメントに該当します! 慰謝料を請求します!」
「構わん。いくらだ? 私の全財産か? それとも私の人生か?」
「うぅぅ……!」
反論できない。
彼の言っていることは、実質的なプロポーズ(再確認)だ。
「……計算できません」
私は俯き、小さな声で呟いた。
「今のキス……プライスレス……いえ、市場価格が存在しない『特異点』です。私の計算機では……処理しきれません……」
「そうか。なら、答えが出るまで何度でも実験しようか」
「なっ……! 調子に乗らないでください!」
私が彼を押し退けようとすると、彼は私を抱きしめたまま、耳元で低く言った。
「……ありがとう、アイーダ。私の世界に、色を与えてくれて」
その声は、あまりにも優しく、誠実で。
私は抵抗する力を失ってしまった。
「……勘違いしないでくださいね」
私は彼の胸に顔を埋めたまま、精一杯の強がりを言った。
「私は貴方の資産(お財布)に惚れているだけですから。……貴方個人への評価額は、まだ査定中です」
「厳しいな。だが、査定リストには載せてもらえたようだ」
「……保留案件です」
私たちはそのまま、しばらくの間、静かな執務室で抱き合っていた。
窓の外では、夜明けの光が王都を照らし始めていた。
私の手の中にある電卓の画面には、今まで見たことのない記号が表示されていた。
『E(エラー)』でも『0』でもない。
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……機械の故障ね。
後で修理に出さなきゃ。
そう思いながらも、私は彼の背中に、そっと腕を回したのだった。
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