悪役令嬢の請求書は青天井!婚約破棄されたので請求しました!

黒猫かの

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「……ふぅ。素晴らしいわ」

ベルンシュタイン公爵邸、主寝室。

天蓋付きの巨大なキングサイズベッドの上で、私は恍惚の表情を浮かべていた。

私の周りには、山のように積み上げられたご祝儀袋と、高価なプレゼントの数々が散乱している。

「国王陛下からは金貨千枚……。ロベルト殿下からは手作りの詩集(これは焚き付け用)……。ミシェルからは新鮮なチーズとバター(実用的で助かる)……」

私はガウン姿でベッドに座り込み、電卓を片手に集計作業に没頭していた。

「本日の挙式費用を差し引いても、純利益は金貨三千枚の黒字。……これぞ『寿(ことぶき)錬金術』ね」

「……アイーダ」

背後から、呆れたような、しかし甘く低い声がかかった。

振り返ると、バスローブ姿のクラウスが、濡れた銀髪をタオルで拭きながら立っていた。

月明かりに照らされたその姿は、彫刻のように美しく、そして危険なほどの色気を放っている。

「新婚初夜のベッドの上で、札束を数えている花嫁は、歴史上君くらいだろうな」

「あら、旦那様。これは重要な『棚卸し』ですよ? 頂いた資産は即座に帳簿に記載し、お礼状のランク分けをしないと」

「それは明日でいいだろう。……今夜は、もっと別のことに時間を使うべきだ」

クラウスはベッドに上がり、私の背後から腕を回した。

彼の体温が、薄いガウン越しに伝わってくる。

「……計算機を置け。アイーダ」

耳元で囁かれ、首筋にキスが落とされる。

「ひゃっ……!」

私は身をよじったが、彼の腕は鋼のように強くて逃げられない。

「ちょ、ちょっと待ってください! まだ計算が合わないんです! あと金貨一枚分、誤差が……」

「誤差などどうでもいい。私が埋めてやる」

クラウスは私の手からご祝儀袋を取り上げ、無造作に床へ放り投げた。

バサッ。

「ああっ! 陛下の金貨が!」

「君が見るべきなのは金貨じゃない。……私だ」

クラウスは私を強引に向き直らせ、ベッドに押し倒した。

視界いっぱいに、彼の美しい顔が広がる。

その瞳は熱っぽく潤み、獲物を狙う肉食獣のように私を捕らえている。

「……観念しろ。今夜は朝まで逃がさないと言ったはずだ」

「うぐっ……」

私はゴクリと喉を鳴らした。

悔しいけれど、この男は顔が良い。
至近距離で見ると、その破壊力(顔面偏差値)はプライスレスだ。

心拍数が上がり、思考回路がショートしそうになる。

だが、私は悪役令嬢。
ただでは落ちない。

「……ま、待ってください。重要な議題があります」

私は枕の下から、あらかじめ用意しておいた羊皮紙の巻物を取り出し、彼の顔の前に広げた。

「議題?」

「はい。『次世代育成計画における資金運用シミュレーション』です」

「……は?」

クラウスが目を点にする。

私は巻物を読み上げた。

「私たちはお互いに健康体です。確率論的に、高い確率で『子供』が授かるでしょう。そこで、子供一人あたりの養育費を試算しました」

「……今、このタイミングでか?」

「重要です! いいですか? オムツ代、ミルク代に始まり、家庭教師への謝礼、王立学園への入学金、留学費用、そして将来の社交界デビューにかかるドレスや宝石代……」

私は早口でまくし立てる。

「インフレ率を加味して計算すると、子供一人につき金貨一万枚の準備が必要です。双子なら二倍、三つ子なら三倍! 今から積立投資を始めないと間に合いません!」

「…………」

「特に教育費! 貴方の遺伝子を継ぐなら優秀な子になるでしょうから、英才教育への投資は惜しめません。ピアノ、剣術、帝王学、簿記検定……」

「アイーダ」

「はい? あ、ちなみに家庭教師はロベルト殿下(時給激安)を使えばコストカットできますが、子供がバカになるリスクも……きゃあっ!?」

私の言葉は、物理的に遮断された。

クラウスが私の手から巻物をひったくり、部屋の隅へと投げ捨てたのだ。

ポイッ。

「ああっ! 私のライフプランニングが!」

「うるさい口だ」

クラウスは私の唇を塞ぐように、深く口付けた。

「んんっ……!?」

甘く、強引なキス。
思考を奪い、理性を溶かすような熱。

私が酸素不足でクラクラしてきたところで、ようやく唇が離された。

「……はぁ、はぁ……! な、何をするんですか! 野蛮な……!」

「アイーダ。君は賢い。賢すぎる」

クラウスは私の頬を撫で、困ったように微笑んだ。

「まだ影も形もない子供の心配をする前に……まずは『作る』工程が必要だろう?」

「っ……!」

そのド直球な言葉に、私は湯沸かし器のように顔を赤くした。

「そ、それは……生物学的なプロセスとして理解していますが……」

「プロセスではない。愛の交歓だ」

彼は私のガウンの紐に手をかけ、ゆっくりと解いていく。

「それに、教育費がなんだ。金貨一万枚? 十万枚? ……安いものだ」

「や、安くないです!」

「私を誰だと思っている? この国の財政を支配する男だぞ」

クラウスは傲慢に、しかし最高に頼もしく言い放った。

「君と、私の子だ。金に糸目はつけない。世界中の富を集めてでも、最高に幸せにしてやる。……だから、君は余計な心配をせずに、私に愛されていればいい」

「……うぅ」

反論できない。
「金ならある」と言い切れる男のかっこよさ。
これぞ、究極の優良物件。

「……でも、計算しないと落ち着かないんです……。職業病なんです……」

私は最後の抵抗として、シーツの上にあった電卓を握りしめた。

「これが私の精神安定剤(お守り)なんです……!」

「……やれやれ」

クラウスは苦笑し、私の手から優しく、しかし強引に電卓を引き剥がした。

「没収だ」

「あっ……!」

彼は電卓をサイドテーブルの引き出しにしまい、鍵をかけた。

カチャリ。

「今夜は、数字を見るな。計算もするな」

彼は私の両手を掴み、頭の上で固定した。

完全に無防備な体勢。
逃げ場なし。
武器(電卓)なし。

「見るのは、私だけだ。……いいな?」

その瞳に見つめられ、私はついに観念した。

「……暴君」

「なんとでも言え」

「独占禁止法違反です……」

「独占するのは君の方だ。私の全てを」

彼は再び唇を重ねてきた。

もう、計算はできない。
彼の指が触れるたび、私の体温が上昇し、思考が白く染まっていく。

(……この幸福感……プライスレス……)

(……費用対効果……測定不能……)

(……愛の利回り……無限大……)

頭の片隅で、壊れかけた私の脳内計算機が、最後のエラーメッセージを吐き出して停止した。

『System Error: Too Much Love.』

「……愛してる、アイーダ」

「……私もです、クラウス」

夜はまだ始まったばかり。
月だけが、この強欲で計算高い花嫁が、ただの愛らしい女性へと変わっていく瞬間を静かに見守っていた。
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