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「――さて、本年度の決算報告会を始めます」
ベルンシュタイン公爵邸のテラス。
夕日が庭園を黄金色に染める中、私はテーブルの上に一冊の分厚い帳簿を広げた。
向かいに座るのは、私の夫であり、最大の出資者であるクラウス公爵。
そして足元では、息子のアランが「マネー、マネー」と言いながら、おもちゃの金貨を数えている。
「……アイーダ。こんな美しい夕暮れ時に、また決算の話か?」
クラウスが紅茶を飲みながら苦笑する。
「当然です。人生とは経営。定期的な振り返り(レビュー)こそが、未来の利益を生むのですから」
私は帳簿のページをめくった。
そこには、数年前に私が婚約破棄されたあの日からの、全ての記録が記されていた。
「まず、『ロベルト殿下案件』について。……当初は完全な不良債権でしたが、再生処理(アルバイト雇用)と、ポエム集の出版事業により、まさかの黒字転換を果たしました」
「あいつのポエム集、まだ売れているらしいな」
「ええ。最新刊『雑巾がけの向こう側』は、労働者階級のバイブルになっています。彼は今や、『働く王族』として国民のアイドルですよ」
ロベルトは今も『黒字屋』で働いている。
時々、王城に顔を出しては、国王陛下に「父上、廊下のワックスがけが甘いですよ」と説教をしているらしい。
たくましくなったものだ。
「次に、『ミシェル嬢案件』。……彼女の寿退社による損失はありましたが、提携先の牧場から送られてくる乳製品の販売利益で、十分に回収済みです」
「彼女のチーズは絶品だからな。私も愛用している」
ミシェルは副団長と幸せに暮らし、今や三児の母だ。
たまに店に遊びに来ては、現役時代と変わらないあざとい笑顔で、客単価を上げて帰っていく。
「そして、『実家(ローゼンバーグ家)案件』。……両親は相変わらずですが、孫(アラン)への投資が過熱気味ですね。先日も『アラン専用の銀行』を設立しようとしていました」
「それは私が止めた。『まずは貯金箱からだ』とな」
「賢明な判断です」
私はペンを走らせ、次々と項目にチェックを入れていく。
隣国の詐欺師ゴルドフは、今では真面目な下請け業者として、私の無理難題(コストカット)に応えている。
結婚式場も、私のプランを取り入れて大繁盛中。
どこを見ても、数字は右肩上がり。
赤字など、どこにも存在しない。
「……完璧ね」
私は満足げに頷き、帳簿を閉じた。
「私の人生設計(ライフプラン)に、一ミリの狂いもありません。全て計算通り……いえ、計算以上の高利回りです」
「それは重畳だ。……で? 私との『パートナー契約』についての評価は?」
クラウスが試すような目で私を見てくる。
私はわざとらしく考え込むふりをした。
「そうですねぇ……。貴方は維持費(食費や被服費)はかかりますが、稼ぐ能力も高い。さらに、精神的安定(メンタルケア)の効果も抜群。……総合評価としては、『トリプルAプラス』といったところでしょうか」
「厳しいな。Sランクではないのか?」
「Sランクにするには、もう少し『愛の配当』が必要ですわね」
「……ふっ、強欲な妻だ」
クラウスは立ち上がり、テーブル越しに私にキスをした。
夕日の味がする、温かいキス。
「これでも足りないか?」
「……ええ。今のキスは経費で落ちませんので、ポケットマネーから支払ってください」
「一生かけて払わせてもらうよ」
私たちは笑い合った。
かつて、婚約破棄を突きつけられた夜。
私は「愛」を捨て、「金」を選んだつもりだった。
でも、蓋を開けてみればどうだろう。
私の周りには、金では買えない信頼関係があり、笑い合える仲間がいて、そして心から愛せる家族がいる。
結局のところ、私が追い求めていた「利益」とは、単なる数字ではなく、この「満たされた時間」そのものだったのかもしれない。
「……ねえ、クラウス」
「ん?」
「あの時、貴方が私を拾ってくれて……本当によかったわ」
私が素直な言葉を口にすると、クラウスは少し驚いた顔をして、それから優しく微笑んだ。
「拾ったのではない。私が『選んだ』のだ。……世界で一番価値のある女性をね」
「もう……口が上手いんだから」
私は照れ隠しに、足元のアランを抱き上げた。
「さあ、アラン。そろそろお部屋に戻りましょう。今日の分の『資産運用ごっこ』は終わりよ」
「マーンマ! マネー!」
「ふふ、明日はいっぱい稼ぎましょうね」
私は夕日に向かって、大きく伸びをした。
冷たい風が吹いても、もう寒くはない。
私の懐も、心も、ポカポカに温かいからだ。
「さあ、これにて本日の業務終了!」
私は帳簿を抱え、愛する夫と息子の待つ家の中へと歩き出した。
婚約破棄から始まった、私のドタバタ再建劇。
その最終損益計算書(P/L)の最後の一行には、大きく太い文字でこう記されるだろう。
『当期純利益:測定不能の幸福(プライスレス)』
――私の人生、最高の黒字決算でした!
ベルンシュタイン公爵邸のテラス。
夕日が庭園を黄金色に染める中、私はテーブルの上に一冊の分厚い帳簿を広げた。
向かいに座るのは、私の夫であり、最大の出資者であるクラウス公爵。
そして足元では、息子のアランが「マネー、マネー」と言いながら、おもちゃの金貨を数えている。
「……アイーダ。こんな美しい夕暮れ時に、また決算の話か?」
クラウスが紅茶を飲みながら苦笑する。
「当然です。人生とは経営。定期的な振り返り(レビュー)こそが、未来の利益を生むのですから」
私は帳簿のページをめくった。
そこには、数年前に私が婚約破棄されたあの日からの、全ての記録が記されていた。
「まず、『ロベルト殿下案件』について。……当初は完全な不良債権でしたが、再生処理(アルバイト雇用)と、ポエム集の出版事業により、まさかの黒字転換を果たしました」
「あいつのポエム集、まだ売れているらしいな」
「ええ。最新刊『雑巾がけの向こう側』は、労働者階級のバイブルになっています。彼は今や、『働く王族』として国民のアイドルですよ」
ロベルトは今も『黒字屋』で働いている。
時々、王城に顔を出しては、国王陛下に「父上、廊下のワックスがけが甘いですよ」と説教をしているらしい。
たくましくなったものだ。
「次に、『ミシェル嬢案件』。……彼女の寿退社による損失はありましたが、提携先の牧場から送られてくる乳製品の販売利益で、十分に回収済みです」
「彼女のチーズは絶品だからな。私も愛用している」
ミシェルは副団長と幸せに暮らし、今や三児の母だ。
たまに店に遊びに来ては、現役時代と変わらないあざとい笑顔で、客単価を上げて帰っていく。
「そして、『実家(ローゼンバーグ家)案件』。……両親は相変わらずですが、孫(アラン)への投資が過熱気味ですね。先日も『アラン専用の銀行』を設立しようとしていました」
「それは私が止めた。『まずは貯金箱からだ』とな」
「賢明な判断です」
私はペンを走らせ、次々と項目にチェックを入れていく。
隣国の詐欺師ゴルドフは、今では真面目な下請け業者として、私の無理難題(コストカット)に応えている。
結婚式場も、私のプランを取り入れて大繁盛中。
どこを見ても、数字は右肩上がり。
赤字など、どこにも存在しない。
「……完璧ね」
私は満足げに頷き、帳簿を閉じた。
「私の人生設計(ライフプラン)に、一ミリの狂いもありません。全て計算通り……いえ、計算以上の高利回りです」
「それは重畳だ。……で? 私との『パートナー契約』についての評価は?」
クラウスが試すような目で私を見てくる。
私はわざとらしく考え込むふりをした。
「そうですねぇ……。貴方は維持費(食費や被服費)はかかりますが、稼ぐ能力も高い。さらに、精神的安定(メンタルケア)の効果も抜群。……総合評価としては、『トリプルAプラス』といったところでしょうか」
「厳しいな。Sランクではないのか?」
「Sランクにするには、もう少し『愛の配当』が必要ですわね」
「……ふっ、強欲な妻だ」
クラウスは立ち上がり、テーブル越しに私にキスをした。
夕日の味がする、温かいキス。
「これでも足りないか?」
「……ええ。今のキスは経費で落ちませんので、ポケットマネーから支払ってください」
「一生かけて払わせてもらうよ」
私たちは笑い合った。
かつて、婚約破棄を突きつけられた夜。
私は「愛」を捨て、「金」を選んだつもりだった。
でも、蓋を開けてみればどうだろう。
私の周りには、金では買えない信頼関係があり、笑い合える仲間がいて、そして心から愛せる家族がいる。
結局のところ、私が追い求めていた「利益」とは、単なる数字ではなく、この「満たされた時間」そのものだったのかもしれない。
「……ねえ、クラウス」
「ん?」
「あの時、貴方が私を拾ってくれて……本当によかったわ」
私が素直な言葉を口にすると、クラウスは少し驚いた顔をして、それから優しく微笑んだ。
「拾ったのではない。私が『選んだ』のだ。……世界で一番価値のある女性をね」
「もう……口が上手いんだから」
私は照れ隠しに、足元のアランを抱き上げた。
「さあ、アラン。そろそろお部屋に戻りましょう。今日の分の『資産運用ごっこ』は終わりよ」
「マーンマ! マネー!」
「ふふ、明日はいっぱい稼ぎましょうね」
私は夕日に向かって、大きく伸びをした。
冷たい風が吹いても、もう寒くはない。
私の懐も、心も、ポカポカに温かいからだ。
「さあ、これにて本日の業務終了!」
私は帳簿を抱え、愛する夫と息子の待つ家の中へと歩き出した。
婚約破棄から始まった、私のドタバタ再建劇。
その最終損益計算書(P/L)の最後の一行には、大きく太い文字でこう記されるだろう。
『当期純利益:測定不能の幸福(プライスレス)』
――私の人生、最高の黒字決算でした!
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