悪役令嬢の契約解除(婚約破棄)、所定の違約金を請求します!

黒猫かの

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「ひ、ひぃぃぃ! お、お許しください、お嬢様ぁぁぁ!!」

公爵家の応接室に、中年男の情けない悲鳴が響き渡った。

床に額を擦り付けて震えているのは、長年我が家に紅茶やお菓子を卸していた商会の店主だ。

私は優雅にソファに腰掛け、湯気の立つ紅茶(適正価格で購入し直したもの)を啜った。

「お許し? 何を許すのですか? 私はただ、過去十年分の取引明細と、市場価格の乖離(かいり)について説明を求めているだけですが」

「そ、それは……その、相場の変動が……輸送費の高騰が……!」

「嘘ですね」

私は分厚いファイルの中から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルに叩きつけた。

「これが直近十年間の、王都および周辺地域における茶葉の市場価格推移グラフです。貴方が『高騰した』と言い訳した時期、むしろ市場は豊作で価格は下落していました。それなのに、我が家への請求額は倍になっている。……この矛盾を、どう合理的に説明されますか?」

「あ、あう……」

「さらに、こちらの菓子折り。有名店のロゴが入っていますが、包み紙だけで中身は別物ですね? 成分分析魔法にかけたところ、小麦粉のグレードが三段階下の安物だと判明しました。これは『食品偽装』および『詐欺』に該当します」

私の言葉攻めに、店主は脂汗を流して言葉を失う。

お母様が青ざめた顔で私の袖を引いた。

「カ、カロリーナ……もうその辺で……彼も反省しているようですし……」

「お母様。反省で金は返ってきません。必要なのは『謝罪』ではなく『返金』です」

私は冷徹に言い放ち、電卓(魔導式)を叩いた。

「過払い分の総額、および慰謝料、さらに当家の信用を傷つけたことに対する損害賠償。締めて金貨五千枚。本日中に耳を揃えてお支払いください。無理なら、商会ギルドに通報の上、衛兵を呼びます」

「は、払いますぅぅぅ!! すぐに払いますぅぅぅ!!」

店主は脱兎のごとく部屋を飛び出していった。

その背中を見送りながら、私は満足げに頷く。

「ふむ。一件落着ですね。これで年間予算の三割が浮きました」

「カ、カロリーナ……貴女、いつの間にあんなにたくましくなって……」

お母様が遠い目をしているが、気にしない。

私は手帳を開き、次のタスクを確認した。

「さて、次は領地経営の実態調査です。お父様、馬車の用意を。現地視察に向かいます」

***

公爵領の中心都市、バーンスタイン。

豊かな水源と農地に恵まれたこの土地は、本来ならばもっと発展していてもおかしくない。

しかし、街の活気はいまひとつだった。

「道が……悪いわね」

馬車の窓から外を眺め、私は眉をひそめた。

メインストリートだというのに、舗装が剥がれ、あちこちに水たまりができている。

これでは物流が滞るし、馬車の車輪も傷む。

「予算は計上されていたはずです。道路補修費として、毎年かなりの額が」

隣に座るお父様が、冷や汗を拭きながら答える。

「あ、ああ。代官のホプキンスに任せていたんだが……『工事は順調だ』という報告を受けていたぞ」

「順調? この惨状で?」

馬車がガタン! と大きく揺れた。

私は揺れに合わせて眼鏡の位置を直し、静かに怒りのボルテージを上げた。

「……なるほど。現場を見に来ない領主など、ちょろいものだと舐められていたわけですね」

「うぐっ……」

「お父様。現場・現物・現実。この『三現主義』こそが経営の基本です。会議室で数字だけ見ていても、真実は見えませんよ」

「は、はい……おっしゃる通りです、先生……」

いつの間にか、父の中での私の地位が『娘』から『経営コンサルタント』に昇格していた。

***

代官屋敷に到着すると、そこでは昼間から宴会が開かれていた。

「ガハハハ! 公爵様はチョロいもんだ! 適当な報告書さえ送っておけば、予算をガッポリよこしてくださる!」

肥え太った男――代官ホプキンスが、酒を片手に部下たちと笑い合っている。

そのテーブルには、領民が納めた税金で買ったであろう豪華な料理が並んでいた。

ガチャリ。

扉を開け、私が静かに入室する。

「楽しそうですね。私も混ぜていただけますか?」

「あん? 誰だ、小娘……って、こ、公爵様!?」

ホプキンスが私、そして後ろに続く父の姿を見て、持っていたグラスを取り落とした。

ガチャン! という音と共に、宴会場が凍りつく。

「い、いついらしたのですか!? ご、ご連絡いただければ、盛大にお迎えしましたのに!」

「抜き打ち監査ですから。連絡したら意味がないでしょう?」

私はツカツカと部屋の中央に進み、テーブルの上の料理を見下ろした。

「ほう。最高級のキャビアに、ドラゴンのステーキですか。道路の穴を埋める金はないのに、胃袋を満たす金はあるようですね」

「こ、これはその、地域の特産品の試食会でして……!」

「領内でチョウザメもドラゴンも獲れませんよ。地理から勉強し直しますか?」

私は懐から、先ほど馬車の中で精査した帳簿の写しを取り出した。

「ホプキンス代官。貴方に以下の三点の嫌疑がかけられています」

私は指を三本立てた。

「一、公共事業費の着服。架空の工事会社を使って、予算の六割を横領しました音」

「二、裏帳簿の作成。税収の一部を過少申告し、差額を懐に入れていますね」

「三、職務怠慢。領民からの陳情書が山のように溜まっていましたが、全てシュレッダーにかけられていました」

ホプキンスの顔色が土色に変わる。

「で、でっち上げだ! 証拠はあるのか!」

「証拠? 貴方の執務室の金庫、暗証番号が『1111』でしたので、先ほど中身を確認させていただきました。これがその裏帳簿の原本です」

私は左手に持っていた黒革のノートを振ってみせた。

入室する前に、手際よく回収しておいたのだ。

「なっ……いつの間に!?」

「セキュリティ意識が低すぎます。パスワードは定期的に変更し、推測されにくいものに設定するのは基本中の基本ですよ」

私は父に向かって頷いた。

「お父様。処分のご判断を」

父は震えるホプキンスを見下ろし、厳かに告げた。

「……ホプキンス。貴様を即刻解任する。全財産を没収し、鉱山送りだ。今まで私利私欲のために領民を苦しめた罪、労働で償え」

「そ、そんなぁぁぁ!!」

衛兵に引きずられていくホプキンスの絶叫を聞きながら、私はやれやれと肩をすくめた。

「さて、膿は出しました。ここからが本番ですよ、お父様」

***

それから一週間。

バーンスタイン領は、劇的な変化を遂げていた。

「おい、聞いたか? 新しい代官代理……公爵令嬢様のこと」

「ああ! すごいらしいぞ。道路の補修工事があっという間に終わった!」

「それだけじゃねえ。税金の計算が間違ってたって、払いすぎた分が戻ってきたんだ!」

街の酒場では、領民たちが興奮気味に噂話をしていた。

「なんでも、徹夜で帳簿を見直して、不正を全部正したらしい」

「俺、見たぞ。作業服着て、工事現場で職人たちに指示を出してた姿を。『そこ! セメントの配合比率が甘い! やり直し!』って、すごい迫力だった」

「まさに女神様だな……」

「いや、女神って感じじゃねえな。もっとこう……」

一人の男が、的確な表現を口にした。

「『敏腕鬼コーチ』って感じだ」

***

「……くしゅん」

公爵邸の執務室で、私は小さくくしゃみをした。

「誰か噂をしているのかしら」

「きっと領民たちが感謝しているのでしょう」

新しい秘書として雇った青年、セバス(仮名)が温かい紅茶を淹れてくれる。

彼は元々、ホプキンスの下でこき使われていた下っ端文官だったが、計算が早いのを見込んで私が抜擢した。

「感謝なんていらないわ。私はただ、非効率が許せなかっただけよ」

私は積み上がった書類の山を片っ端から処理しながら答えた。

道路は直した。

物流網も再編した。

次は特産品のブランディングと、観光客の誘致だ。

やることが山積みで、実に楽しい。

「お嬢様。王都から手紙が届いております」

セバスが一通の封筒を差し出した。

差出人の名前を見て、私は眉をひそめる。

『エドワード』

王太子の名前だ。

「……シュレッダーにかけておいて」

「えっ? よろしいのですか? 王家からの親書ですが」

「『読まずに捨ててしまった』ことにすればいいわ。どうせ『金がない』か『戻ってこい』のどちらかでしょうから」

私は興味なさげに手を振った。

今の私にとって、元婚約者の戯言よりも、この領地の小麦の収穫予想の方が一億倍重要だ。

「さあ、次は農地改革よ! あの三圃式農業(さんぽしきのうぎょう)、休耕地が勿体無いわ。輪作体系を見直して、収穫量を1.5倍にします!」

「は、はいっ! ついていきます、ボス!」

完全に私の信奉者となったセバスが敬礼する。

こうして私は、失恋の傷(そもそもない)を癒すどころか、領地経営という新たな『沼』に、頭までどっぷりと浸かっていくのだった。

だが、そんな充実した日々に、招かれざる客が現れるのは世の常である。

「……なんだ、あの派手な馬車は」

数日後。

屋敷の窓から外を見ていた私は、門の前に停まった見覚えのある王家の馬車(予備)を見て、盛大に舌打ちをした。
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