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「……生き返った……」
公爵邸のサンルーム。
シャワーを借り、父の若かりし頃の服を借りて身なりを整えたギルバートは、一口紅茶を飲んで深く息を吐いた。
「この香り、この温度……やはり君の淹れる紅茶は別格だ。王城のメイドが淹れる泥水とはわけが違う」
「お褒めにあずかり光栄です。ですが、それはメイドの腕が悪いのではなく、茶葉の管理と水温計の導入を怠っている管理職の責任ですね」
私は対面の席で、優雅にティーカップを傾けた。
農作業着から着替え、現在はパリッとしたシャツにスラックスという、動きやすさとフォーマルさを兼ね備えた「デキる女」スタイルだ。
「さて、ギルバート様。本題に入りましょう。単刀直入にお伺いします。私に何を求めていらっしゃるのですか?」
「決まっているだろう。王城への帰還だ。そして、再びエドワード殿下の婚約者として……」
「却下します」
私は食い気味に、即座に、ゼロ秒で否定した。
「な、なぜだ! 殿下も反省している! ……多分! 今戻れば、以前よりずっと大切にされるはずだ!」
「ギルバート様。貴方は『ブラック企業から命からがら脱出した人間に、もう一度同じ条件で戻れ』と仰るのですか? それは鬼の所業ですよ」
私はカップをソーサーにコトリと置いた。
「『婚約者』という立場は、労働基準法の適用外です。給与なし、休みなし、責任無限大。おまけに上司(殿下)はパワハラ気質で、同僚(ミミ嬢)は足引っ張り要員。……そんな職場に、愛も情熱もない私が戻るメリットが、1ミクロンでもありますか?」
「うぐっ……」
ギルバートが言葉に詰まる。
騎士団長の彼には分かるはずだ。
補給も援軍もない戦場に、丸腰で突っ込めと言われているようなものだと。
「で、ですが、君がいないと国が……!」
「ええ。存じております。システムダウン寸前なのでしょう?」
私は懐から、分厚いファイルを一冊取り出した。
ドサッ。
重厚な音がテーブルに響く。
「これは?」
「ご提案です」
私はニヤリと口角を上げた。
「私は二度と『婚約者』には戻りません。ですが、私のスキルを『商品』として提供することになら、やぶさかではありません」
「商品……?」
「はい。すなわち――『業務委託契約』です」
私はファイルの表紙をめくり、一枚目の書類を彼の方へ滑らせた。
そこには太字でこう書かれていた。
**【王家行政運営に関する業務委託契約書(及び、危機管理コンサルティング契約)】**
「コ、コンサルティング……?」
「簡単に言えば、『外注』です。私は外部の専門家として、王城の立て直し業務を請け負います。ただし、条件は私が決めさせていただきます」
私は長い指で、契約書の条項を一つずつ指し示した。
「第一条。勤務時間は朝九時から十七時まで。残業は原則認めません。もし発生した場合は、基本給の五割り増しで請求いたします」
「ご、五割……!?」
「第二条。私の立場は『王太子の婚約者』ではなく『特別行政顧問』とします。殿下との個人的な接触(デート、エスコート、愚痴聞き等)は一切行いません。業務上必要な会話以外は、全て書面でのやり取りとします」
「て、徹底しているな……」
「第三条。これが最も重要です。報酬について」
私はページをめくった。
そこに書かれた金額を見て、ギルバートの目が飛び出そうになった。
「なっ!? き、金貨……に、二千枚!? 月額でか!?」
「高いですか? ですが、私が復帰すれば、その十倍の損失を防げます。損益分岐点を計算してみてください。圧倒的に黒字ですよ」
「そ、それはそうだが……騎士団長の俺の年俸より高いぞ……」
「当然です。私は『一国の行政機能』を一人で回すのですから。本来なら大臣十人分の給与を請求してもいいくらいです」
私は眼鏡を光らせ、畳み掛ける。
「さらにオプション料金として、『ミミ嬢対策費(精神的苦痛手当)』、『エドワード殿下暴走抑止費(危険手当)』が別途加算されます」
「危険手当扱いかよ!」
「当然です。猛獣使いにはそれなりの報酬が必要でしょう?」
私はふふっと笑い、万年筆を差し出した。
「どうなさいますか? この条件で契約するか、それともこのまま国が沈むのを指をくわえて見ているか。……選択権は貴方にあります、ギルバート団長」
ギルバートは脂汗をかきながら、契約書と私を交互に見た。
彼の脳内で、天秤が激しく揺れているのが見える。
『国家予算並みの高額報酬』 vs 『国の崩壊』。
答えは、火を見るよりも明らかだ。
「……分かった」
ギルバートは震える手で万年筆を受け取った。
「契約しよう。……ただし、一つだけ条件がある」
「なんでしょう?」
「俺の……俺の補佐も、契約に含めてくれないか? 正直、もう限界なんだ。君の指示がないと、書類の山で遭難しそうで……」
彼の目には、切実な光が宿っていた。
私は少しだけ目を丸くし、それから苦笑した。
「……仕方ありませんね。特別サービスとして、『騎士団長のメンタルケア』も業務範囲に含めましょう。ただし、お茶請けのケーキは貴方の奢りですよ?」
「あ、ああ! 国中のケーキを買い占めてくる!」
ギルバートは安堵の表情で、契約書にサラサラと署名をした。
**契約成立(ディール・ダン)。**
私は署名された書類を素早く回収し、満足げに頷いた。
「では、契約期間は明日から。本日は移動日とさせていただきます。……ああ、それと」
私は立ち上がりかけ、重要なことを思い出した。
「殿下には、くれぐれも言っておいてくださいね。『私は戻るのではない。働きに行くだけだ』と。勘違いして馴れ馴れしくしてきたら、契約違反で即刻違約金を請求すると」
「……伝えておく。おそらく、泣くだろうが」
「泣いても結構ですが、涙で書類を濡らしたら弁償させます」
私は冷徹に言い放ち、セバスに向かって手を叩いた。
「セバス! 出張の準備を! 計算機と、お気に入りの枕を忘れずに! 明日から王城は、私たちの『現場』よ!」
「はっ! 直ちに!」
こうして、私、カロリーナ・バーンスタインは、再び王城の土を踏むことになった。
ただし今度は、耐え忍ぶ『婚約者』としてではない。
高額報酬と絶対的な権限を手にした、最強の『外部コンサルタント』として。
「待っていなさい、エドワード殿下、ミミ嬢。貴方たちが散らかしたオモチャ箱、きっちりと片付けさせていただきますわ。――請求書付きでね」
私の新たな戦いが、今、始まろうとしていた。
公爵邸のサンルーム。
シャワーを借り、父の若かりし頃の服を借りて身なりを整えたギルバートは、一口紅茶を飲んで深く息を吐いた。
「この香り、この温度……やはり君の淹れる紅茶は別格だ。王城のメイドが淹れる泥水とはわけが違う」
「お褒めにあずかり光栄です。ですが、それはメイドの腕が悪いのではなく、茶葉の管理と水温計の導入を怠っている管理職の責任ですね」
私は対面の席で、優雅にティーカップを傾けた。
農作業着から着替え、現在はパリッとしたシャツにスラックスという、動きやすさとフォーマルさを兼ね備えた「デキる女」スタイルだ。
「さて、ギルバート様。本題に入りましょう。単刀直入にお伺いします。私に何を求めていらっしゃるのですか?」
「決まっているだろう。王城への帰還だ。そして、再びエドワード殿下の婚約者として……」
「却下します」
私は食い気味に、即座に、ゼロ秒で否定した。
「な、なぜだ! 殿下も反省している! ……多分! 今戻れば、以前よりずっと大切にされるはずだ!」
「ギルバート様。貴方は『ブラック企業から命からがら脱出した人間に、もう一度同じ条件で戻れ』と仰るのですか? それは鬼の所業ですよ」
私はカップをソーサーにコトリと置いた。
「『婚約者』という立場は、労働基準法の適用外です。給与なし、休みなし、責任無限大。おまけに上司(殿下)はパワハラ気質で、同僚(ミミ嬢)は足引っ張り要員。……そんな職場に、愛も情熱もない私が戻るメリットが、1ミクロンでもありますか?」
「うぐっ……」
ギルバートが言葉に詰まる。
騎士団長の彼には分かるはずだ。
補給も援軍もない戦場に、丸腰で突っ込めと言われているようなものだと。
「で、ですが、君がいないと国が……!」
「ええ。存じております。システムダウン寸前なのでしょう?」
私は懐から、分厚いファイルを一冊取り出した。
ドサッ。
重厚な音がテーブルに響く。
「これは?」
「ご提案です」
私はニヤリと口角を上げた。
「私は二度と『婚約者』には戻りません。ですが、私のスキルを『商品』として提供することになら、やぶさかではありません」
「商品……?」
「はい。すなわち――『業務委託契約』です」
私はファイルの表紙をめくり、一枚目の書類を彼の方へ滑らせた。
そこには太字でこう書かれていた。
**【王家行政運営に関する業務委託契約書(及び、危機管理コンサルティング契約)】**
「コ、コンサルティング……?」
「簡単に言えば、『外注』です。私は外部の専門家として、王城の立て直し業務を請け負います。ただし、条件は私が決めさせていただきます」
私は長い指で、契約書の条項を一つずつ指し示した。
「第一条。勤務時間は朝九時から十七時まで。残業は原則認めません。もし発生した場合は、基本給の五割り増しで請求いたします」
「ご、五割……!?」
「第二条。私の立場は『王太子の婚約者』ではなく『特別行政顧問』とします。殿下との個人的な接触(デート、エスコート、愚痴聞き等)は一切行いません。業務上必要な会話以外は、全て書面でのやり取りとします」
「て、徹底しているな……」
「第三条。これが最も重要です。報酬について」
私はページをめくった。
そこに書かれた金額を見て、ギルバートの目が飛び出そうになった。
「なっ!? き、金貨……に、二千枚!? 月額でか!?」
「高いですか? ですが、私が復帰すれば、その十倍の損失を防げます。損益分岐点を計算してみてください。圧倒的に黒字ですよ」
「そ、それはそうだが……騎士団長の俺の年俸より高いぞ……」
「当然です。私は『一国の行政機能』を一人で回すのですから。本来なら大臣十人分の給与を請求してもいいくらいです」
私は眼鏡を光らせ、畳み掛ける。
「さらにオプション料金として、『ミミ嬢対策費(精神的苦痛手当)』、『エドワード殿下暴走抑止費(危険手当)』が別途加算されます」
「危険手当扱いかよ!」
「当然です。猛獣使いにはそれなりの報酬が必要でしょう?」
私はふふっと笑い、万年筆を差し出した。
「どうなさいますか? この条件で契約するか、それともこのまま国が沈むのを指をくわえて見ているか。……選択権は貴方にあります、ギルバート団長」
ギルバートは脂汗をかきながら、契約書と私を交互に見た。
彼の脳内で、天秤が激しく揺れているのが見える。
『国家予算並みの高額報酬』 vs 『国の崩壊』。
答えは、火を見るよりも明らかだ。
「……分かった」
ギルバートは震える手で万年筆を受け取った。
「契約しよう。……ただし、一つだけ条件がある」
「なんでしょう?」
「俺の……俺の補佐も、契約に含めてくれないか? 正直、もう限界なんだ。君の指示がないと、書類の山で遭難しそうで……」
彼の目には、切実な光が宿っていた。
私は少しだけ目を丸くし、それから苦笑した。
「……仕方ありませんね。特別サービスとして、『騎士団長のメンタルケア』も業務範囲に含めましょう。ただし、お茶請けのケーキは貴方の奢りですよ?」
「あ、ああ! 国中のケーキを買い占めてくる!」
ギルバートは安堵の表情で、契約書にサラサラと署名をした。
**契約成立(ディール・ダン)。**
私は署名された書類を素早く回収し、満足げに頷いた。
「では、契約期間は明日から。本日は移動日とさせていただきます。……ああ、それと」
私は立ち上がりかけ、重要なことを思い出した。
「殿下には、くれぐれも言っておいてくださいね。『私は戻るのではない。働きに行くだけだ』と。勘違いして馴れ馴れしくしてきたら、契約違反で即刻違約金を請求すると」
「……伝えておく。おそらく、泣くだろうが」
「泣いても結構ですが、涙で書類を濡らしたら弁償させます」
私は冷徹に言い放ち、セバスに向かって手を叩いた。
「セバス! 出張の準備を! 計算機と、お気に入りの枕を忘れずに! 明日から王城は、私たちの『現場』よ!」
「はっ! 直ちに!」
こうして、私、カロリーナ・バーンスタインは、再び王城の土を踏むことになった。
ただし今度は、耐え忍ぶ『婚約者』としてではない。
高額報酬と絶対的な権限を手にした、最強の『外部コンサルタント』として。
「待っていなさい、エドワード殿下、ミミ嬢。貴方たちが散らかしたオモチャ箱、きっちりと片付けさせていただきますわ。――請求書付きでね」
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