悪役令嬢の契約解除(婚約破棄)、所定の違約金を請求します!

黒猫かの

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「――では、契約に基づき、最初の業務前打ち合わせ(キックオフ・ミーティング)を行います」

王都の一等地にある、隠れ家的な高級カフェ。

その個室で、私は分厚い資料をテーブルに広げた。

目の前には、私服姿のギルバート様が座っている。

彼は私がリクエストした「季節のフルーツタルト(ホール)」を注文し、優しげな眼差しでこちらを見ていた。

「ああ。よろしく頼むよ、カロリーナ。……しかし、久しぶりだな。こうして君と二人きりで茶を飲むのは」

「ええ。以前は殿下のお守り役として、常に三人(プラスミミ嬢)でしたからね。静寂な環境でカフェインと糖分を摂取できる。これだけで生産性が二割向上します」

私はフォークでタルトを一口大に切り、口に運んだ。

甘酸っぱいベリーの風味が広がる。

うん、悪くない。

この店のタルトは、生地のサクサク感とクリームの水分量のバランスが絶妙だ。

原価率も適正範囲内だろう。

「それで、ギルバート様。明日の王城入りに先立ち、優先順位(プライオリティ)のすり合わせを行いたいのですが」

「ああ。現状、問題は山積みだが……君の考える『最優先事項』は?」

「エドワード殿下の執務室の制圧、およびミミ嬢の物理的隔離です」

私は即答した。

「現在、殿下の執務室は書類の樹海と化していると聞きました。まずはあそこを更地にし、司令部(ヘッドクォーター)としての機能を回復させます。そのためには……」

「ミミ嬢が邪魔になる、か」

「はい。彼女の『お手伝い』という名の破壊工作を阻止せねばなりません。そこで、ギルバート様には彼女の誘導をお願いしたいのです」

「誘導?」

「ええ。彼女は『キラキラしたもの』と『特別扱い』に弱いです。なので、城の離れにある温室を『王太子妃専用のサロン』として改装し、そこに隔離……いえ、ご招待します」

私は手帳にさらさらと図面を描いた。

「名目は『殿下を癒すための特別な花を育てる聖なる儀式』とでも言っておけば、喜んで引きこもるでしょう。その隙に、我々は執務室を片付けます」

「なるほど。……だが、温室の警備はどうする? 彼女が勝手に抜け出したら?」

「そこで、貴方の部下の出番です。イケメンの若手騎士を二人ほど護衛につけて、『貴女を守る騎士(ナイト)です』とおだてておけば、彼女はその場を動きません」

「……あざといな」

「効率的と言ってください」

ギルバート様は苦笑しつつ、私の手帳を覗き込んだ。

「だが、カロリーナ。その作戦には一つ穴がある」

「穴?」

「ミミ嬢が飽きた時だ。彼女の集中力は幼児並みだ。花に飽きたら、すぐに殿下の元へ戻ろうとするだろう」

「む……確かに。そのリスク係数(リスクファクター)は高いですね。では、予備プランとして……」

「おやつタイムを導入しよう」

「はい?」

ギルバート様は指を一本立てた。

「王都で人気のスイーツ店、あそこの新作を定期的に差し入れするんだ。『一時間おとなしくしていたら、限定マカロンがもらえる』。これで彼女の行動をコントロールできる」

私は目を丸くした。

「……! 餌付け、ですか」

「言い方は悪いがね。それに、そのスイーツの買出し係を、城で暇を持て余している貴族の三男坊たちにやらせれば、彼らの『役に立ちたい欲求』も満たせる。一石二鳥だ」

「……素晴らしい」

私は思わず感嘆の声を漏らした。

私の案が「排除」の論理だとすれば、彼の案は「共存と活用」の論理。

しかも、コスト(マカロン代)に対してリターン(静寂な執務時間)が圧倒的に大きい。

「ギルバート様。貴方、天才ですか? そのリソース配分のセンス、ゾクゾクします」

「そ、そうか? 君に褒められると、なんだか照れるな……」

ギルバート様が頬を少し赤らめる。

私は興奮気味に身体を乗り出した。

「いいえ、お世辞ではありません! 今の『三男坊活用スキーム』、ぜひ採用しましょう! 彼らを『王室御用達スイーツ選定委員』に任命すれば、名誉欲も満たされてタダで働いてくれます!」

「はは、君らしいな。……じゃあ、その線で手配を進めよう」

そこからの会話は、まさに白熱したセッションだった。

「騎士団の巡回ルートについてですが、このAルートは無駄が多いです」

「同感だ。実は俺も気になっていてね。ここをB地点経由に変更すれば、移動時間を十分短縮できる」

「その通りです! そうすれば浮いた時間で、東門の警備も強化できます!」

「さらに、書類の決裁フローだが……」

「ハンコの数が多すぎます。承認者を殿下と私、そしてギルバート様の三人に絞りましょう」

「ああ。他の大臣たちには事後報告でいい。『緊急措置』という名目で押し切ろう」

「素敵です! その強引さ、痺れます!」

私たちはタルトを食べるのも忘れ、書類に赤ペンを入れ合い、互いのアイデアをぶつけ合った。

私の思考スピードに、完全についてくる。

いや、時として私の一歩先を読み、最適なパスを返してくる。

エドワード殿下との会話が「壁打ち」だとしたら、ギルバート様との会話は「高速ラリー」だ。

言葉が詰まることがない。

説明の手間がいらない。

阿吽(あうん)の呼吸で、最適解が組み上がっていく快感。

「……っ」

不意に、私の胸がトクン、と高鳴った。

(な、何かしら、この感覚……?)

胸の奥が熱い。

指先が震える。

目の前のギルバート様が、書類にサインをする横顔を見て、動悸が早くなるのを感じた。

この鋭い眼差し。

無駄のないペンの運び。

そして、私の提案を全て理解し、肯定してくれる包容力。

(これが……これこそが……!)

私はゴクリと喉を鳴らした。

(究極の『業務効率化』への興奮……!!)

「どうした? カロリーナ。顔が赤いぞ」

ふと、ギルバート様が顔を上げ、心配そうに私の顔を覗き込んだ。

自然な動作で、彼の手が私の額に伸びてくる。

「熱でもあるのか? 働きすぎじゃないか?」

ひんやりとした彼の手のひらが、私のおでこに触れた。

ビクンッ!

私は背筋に電流が走ったような衝撃を受けた。

「だ、大丈夫です!!」

私はバッと後ろにのけぞった。

「た、単なる糖分の過剰摂取による血糖値の上昇(シュガーラッシュ)です! もしくは、完璧なロジックを目にしたことによる知的興奮(ハイ)です!」

「……そ、そうか?」

ギルバート様はきょとんとしている。

私は自分の頬をパパン! と叩いて気合を入れた。

危ない、危ない。

あまりに話が通じすぎて、脳内麻薬が出過ぎてしまったようだ。

これだから「仕事ができる男」というのは危険なのだ。

私の貴重な計算リソースを、乱してしまう。

「と、とにかく! 作戦は決まりましたね!」

私は強引に話をまとめた。

「明朝八時、王城正門前に集合。私は『特別行政顧問』として、貴方は『護衛兼パートナー』として、城に乗り込みます!」

「ああ。任せてくれ。君の邪魔をする者は、この俺が全て排除する」

ギルバート様は力強く頷き、私の手元に残っていたタルトを指差した。

「ほら、食べてしまいなさい。戦の前には栄養が必要だ」

「……はい」

私は小さく返事をして、タルトを口に運んだ。

先ほどよりも、甘く感じる気がした。

(……業務委託契約、悪くないかもしれないわね)

私は心の中で、契約書の「報酬欄」に、こっそりと目に見えないプラス評価(ボーナスポイント)を書き加えた。

周囲の客から見れば、美男美女が見つめ合い、顔を赤らめて語り合う、ただの熱々カップルに見えていただろう。

会話の内容が「人員削減」と「マカロンによる買収工作」だったことなど、誰も知る由もなかった。
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