悪役令嬢の契約解除(婚約破棄)、所定の違約金を請求します!

黒猫かの

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「カロリーナ様、決裁書類の振り分け、完了いたしました!」

「こちらの部署の経費削減案、承認が降りました!」

「例のスイーツ選定委員たちから、ミミ様への『本日の貢ぎ物(マカロン)』搬入完了の報告が入っております!」

王城の一角にある、かつて「開かずの間」と呼ばれていた古びた会議室。

そこは今、戦場のような熱気と、精密機械のような規律に支配されていた。

私、カロリーナ・バーンスタインが『特別行政顧問』として着任して、わずか三日。

この部屋は、国の中枢を担う「真の司令塔」へと変貌を遂げていた。

「よろしい。Aチームはそのまま次の案件へ。Bチームは財務省へ走り、追加予算の交渉を。Cチームは……三時のおやつの手配を」

「「「はっ!!」」」

私の指示に、若手文官たちが機敏に動く。

彼らは皆、これまで「若すぎる」「家柄が低い」という理由で閑職に追いやられていた人材だ。

だが、能力は高い。

私が適材適所で配置し直し、明確な目標(と、ご褒美の高級菓子)を与えたところ、水を得た魚のように働き始めたのだ。

「順調だな、カロリーナ」

隣の席で、山のような書類に判子を押していたギルバート様が、心地よい疲労感を滲ませて微笑んだ。

「ええ。ボトルネックになっていた中間管理職を数名、長期休暇(左遷)に送りましたからね。意思決定のスピードが三倍になりました」

私は手元の紅茶を一口啜った。

ふう、と息をついたその時。

コンコン。

ドアがノックされ、仰々しい制服を着た従僕が入ってきた。

手には、銀の盆に乗せられた一通の封筒。

封筒は無駄に分厚く、金粉が散りばめられ、さらに薔薇の香水がプンプンと漂っている。

「……臭いですね。換気を」

私が眉をひそめると、従僕は引きつった顔で言った。

「し、失礼な! これはエドワード王太子殿下からの親書(しんしょ)ですぞ! カロリーナ・バーンスタイン嬢へ、直々に賜ったお言葉です!」

「殿下から?」

ギルバート様が怪訝な顔をする。

「なんだろう。業務連絡なら、定例の書式で送るように言ってあるはずだが」

「読んでみましょう。もしかしたら、『辞表』かもしれませんし」

私は期待を込めて、ペーパーナイフで封を切った。

中から出てきたのは、羊皮紙三枚にわたる長文の手紙だった。

私は眼鏡をかけ直し、斜め読み(速読)を開始する。

『愛しきカロリーナへ。

君が城に戻ってきたと聞いた。やはり僕のことが忘れられなかったのだな。
素直じゃない君のことだ。「仕事」などという照れ隠しの名目で戻ってくるとは、いじらしいにも程がある。

さて、この数日、君がいなくて少しばかり不便を感じていたのも事実だ。
ミミは愛らしくはあるが、少々おっちょこちょいが過ぎる。
そこでだ。
僕は寛大な心を持って、君を許すことにした。

今すぐ僕の執務室に来なさい。
そして、涙ながらに謝罪し、愛を乞うならば、特別に「第二側室候補」として復縁を認めてやってもいい。
本来なら断罪された身だが、僕の慈悲深さに感謝するように。

追伸:部屋に来る時は、いつもの美味しい紅茶を持ってくること。あと、溜まっている書類も片付けておくように』

「…………」

読了時間、三秒。

私は無言で立ち上がった。

そして、部屋の隅に設置された大型の魔導具へと歩み寄る。

「おい、カロリーナ? 何が書いてあったんだ?」

ギルバート様が尋ねる。

私は答えず、魔導具のスイッチをオンにした。

『ガガガガガ……』

鋭い刃が回転する音が響く。

私は手紙を、封筒ごと投入口に差し込んだ。

『ギャギャギャギャギャ……ブォン!』

一瞬にして、王太子の愛と慈悲(笑)が詰まった手紙は、細切れの紙屑へと変わった。

「ああっ!? な、何をするのですか貴様ぁ!!」

従僕が悲鳴を上げて駆け寄ってくる。

「殿下のありがたいお言葉を、シュレッダーにかけるとは! 不敬罪で……!」

「不敬? いいえ、これは『フィルタリング』です」

私は涼しい顔で、紙屑の詰まったゴミ箱を指差した。

「内容を確認しましたが、業務に関する記述はゼロ。重要度ランクは『E(ゴミ)』。よって、即時廃棄処分としました」

「ご、ゴミだと……!?」

「ええ。私の業務時間は、一分あたり金貨一枚のコストが発生しています。このような『スパムメール(迷惑手紙)』を読ませて私のリソースを奪う行為は、業務妨害にあたります」

私はデスクに戻り、請求書用紙を取り出した。

「従僕さん。殿下にお伝えください。『復縁の要請(スパム)』は着信拒否設定にしております。用件がある場合は、正規のルートで『業務委託依頼書』を提出してください、と」

そして、さらさらと数字を記入し、ピリッと紙を破って渡した。

「はい、これ。今の『手紙解読料』および『精神的ブラウザクラッシャー対策費』です。殿下のポケットマネーからお支払いください」

「ひぃぃぃ……! あ、悪魔だ……!」

従僕は請求書を握りしめ、逃げるように部屋を出て行った。

パタン、とドアが閉まる。

部屋には再び、平和な空気が戻った。

「……カロリーナ。本当に中身は何だったんだ?」

ギルバート様が呆れたように聞く。

私はシュレッダーのゴミを眺めながら、肩をすくめた。

「『君のことが好きで好きでたまらないから、僕の奴隷に戻ってくれ』という内容の、非常に情熱的な怪文書でしたわ」

「……そうか。見なくてよかった」

ギルバート様は深く頷き、自分の仕事に戻った。

「しかし、これで諦める殿下ではないだろうな」

「でしょうね。学習能力が欠如していますから」

私は眼鏡を光らせ、ニヤリと笑った。

「ですが、ご安心を。次は物理的に『会いに来る』でしょうが……そのための対策(バリケード)も、既に準備済みです」

その時。

廊下の向こうから、ドタドタという足音と、「カロリーナ! いるんだろう! 開けろ!」という殿下の声が聞こえてきた。

予想通りだ。

私は手元のベルを鳴らした。

「作戦開始(ミッション・スタート)。迎撃します」
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