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「素晴らしい……!」
ガルドニア帝国の王城、内政局の視察中。
私、カロリーナ・バーンスタインは、感動のあまり震えていた。
「どうだ、カロリーナ。これが我が国の『自動仕分けシステム』だ」
皇帝ヴィクトル陛下が、自慢げに巨大な魔導具を指し示す。
そこでは、各領地から届いた報告書が、魔法の風に乗って自動的に分類され、担当官のデスクへと飛んでいく光景が広がっていた。
「か、完璧です……! 我が国では、これをまだ人力(おじいちゃん文官)でやっているというのに……! この処理速度、この静音性……美しい……」
私はうっとりと書類の軌道を目で追った。
まるで宝石を見るような目で事務機器を見つめる私に、陛下は満足げに頷く。
「だろう? 我が国では『残業』は恥とされる。定時内に仕事を終わらせ、夜は酒を飲み、よく寝て、翌日また全力で働く。それがガルドニア流だ」
「定時退社……!」
なんて甘美な響きだろう。
私の脳内で、天使がラッパを吹き鳴らす。
「どうだ、カロリーナ。余の国に来れば、この最新鋭の設備を自由に使えるぞ? さらに、お前専用の『開発予算』もつけよう。金貨一万枚でどうだ?」
「いちまっ……!?」
私はくらりとめまいを覚えた。
金貨一万枚あれば、夢だった『全自動税金徴収システム』が構築できる。
そうすれば、脱税を根絶し、私の労力は十分の一に……!
「だ、ダメだカロリーナ! 騙されるな!」
私の腕をガシッと掴んだのは、焦燥しきったギルバート様だった。
「それは罠だ! 『開発予算』とか『定時退社』なんて甘い言葉で釣っておいて、入ってみたらブラック、なんてことはよくある話だ!」
「失敬な。余は契約を遵守するぞ」
陛下は不敵に笑い、私のもう片方の手を取った。
「それに、騎士団長殿。貴国の労働環境はどうだ? 王太子(アレ)の下で、彼女はずいぶんと苦労したようだが? 優秀な人材が、環境を選ぶのは当然の権利ではないか?」
「ぐっ……そ、それは……」
ギルバート様が言葉に詰まる。
痛いところを突かれた。
我が国の労働環境は、控えめに言っても「魔境」だ。
特にトップ(殿下)が災害級のトラブルメーカーである以上、私の胃に穴が開くのは時間の問題だった。
「さあ、カロリーナ。こっちへ来い。余なら、お前を『宰相』として遇する。お前の才覚で、この大国をさらに富ませてみせろ。……ゾクゾクするような難題(プロジェクト)も、山ほど用意してあるぞ?」
陛下が私の耳元で囁く。
「難題……」
私の理系脳が反応してしまう。
簡単なパズルより、難しい数式の方が解きたくなるのが私の性分だ。
「くっ……! か、カロリーナ! 俺と……俺と一緒に国を立て直すんじゃなかったのか!?」
ギルバート様が悲痛な声で叫ぶ。
私はハッとした。
右手には、最強の環境と予算を持つ皇帝。
左手には、泥舟だけど一緒に頑張りたいパートナー(保留中)。
「……揺れますね」
私は正直に告白した。
「論理的に考えれば、ガルドニアへの移籍が最適解(ベストソリューション)です。キャリア、報酬、環境、全てにおいてSランクです」
「だろう?」
「ですが……」
私はギルバート様の手を握り返した。
「泥まみれになりながら、不具合(バグ)だらけのシステムをデバッグする楽しさも捨てがたいのです。……私、どうやら『苦労性』という不治の病にかかっているようで」
「カロリーナ……!」
ギルバート様の顔がパァッと輝く。
対照的に、ヴィクトル陛下は「ちっ」と舌打ちをした。
「難儀な女だ。だが、そこがいい」
陛下は諦めていない。
その瞳は、さらに熱く燃え上がっている。
「滞在期間はあと三日ある。必ず心変わりさせてみせるぞ」
火花を散らす男二人。
その間で、私は「とりあえず、この自動仕分け機の設計図だけでもコピーさせてもらえないかしら」と画策していた。
しかし。
この呑気な攻防戦を、柱の陰からじっと見つめる、どす黒い影があったことに、私たちは気づいていなかった。
「……なんでだ」
エドワード殿下だ。
彼は爪を噛みながら、ブツブツと呟いていた。
「なんで、カロリーナがあんなに求められているんだ? あれは僕の婚約者だぞ? 僕が捨てた女だぞ?」
彼のプライドは、ズタズタだった。
隣国の皇帝が、自分など目もくれず、カロリーナばかりを欲しがる。
自分より優秀で、自分より金があり、自分より顔が良い男が、カロリーナを「宰相にする」「妃にする」と言っている。
もし、彼女が本当に行ってしまったら?
『無能な王太子が、有能な婚約者を逃したせいで国が傾いた』
そんな汚名が、歴史に残ってしまう。
それだけは嫌だ。
「……渡さない」
殿下の瞳に、昏(くら)い光が宿る。
「カロリーナは僕のものだ。僕が『いらない』と言うまで、勝手になくなることは許されないんだ」
殿下は懐から、一通の手紙を取り出した。
それは出発前、ミミ嬢からこっそり渡されたものだった。
『エドワード様ぁ。もしカロリーナ様が浮気して逃げそうになったら、これを使ってくださいね☆』
『これは?』
『「愛の媚薬(という名の強力睡眠薬)」と、「監禁の手引き」ですぅ! 愛する人を守るためなら、ちょっとくらい強引でもいいんですよ?』
あの時は「そんなもの使うか」と思っていた。
だが、今、彼の目の前で、カロリーナは隣国の皇帝に笑いかけている。
見たことのない、楽しそうな顔で。
「……守らなきゃ」
殿下の思考が、ミミ嬢の毒(入れ知恵)によって歪んでいく。
「僕が守ってあげなきゃ。カロリーナは騙されているんだ。僕のそばにいるのが一番幸せなんだ」
殿下は歪んだ笑みを浮かべ、手の中の小瓶を握りしめた。
「帰ろう、カロリーナ。僕の城へ。……もう二度と、外に出られないようにしてあげるからね」
その夜。
ガルドニア帝国での歓迎晩餐会の後、私の部屋にルームサービス(殿下)が訪れることになる。
それが、事件の幕開けだった。
ガルドニア帝国の王城、内政局の視察中。
私、カロリーナ・バーンスタインは、感動のあまり震えていた。
「どうだ、カロリーナ。これが我が国の『自動仕分けシステム』だ」
皇帝ヴィクトル陛下が、自慢げに巨大な魔導具を指し示す。
そこでは、各領地から届いた報告書が、魔法の風に乗って自動的に分類され、担当官のデスクへと飛んでいく光景が広がっていた。
「か、完璧です……! 我が国では、これをまだ人力(おじいちゃん文官)でやっているというのに……! この処理速度、この静音性……美しい……」
私はうっとりと書類の軌道を目で追った。
まるで宝石を見るような目で事務機器を見つめる私に、陛下は満足げに頷く。
「だろう? 我が国では『残業』は恥とされる。定時内に仕事を終わらせ、夜は酒を飲み、よく寝て、翌日また全力で働く。それがガルドニア流だ」
「定時退社……!」
なんて甘美な響きだろう。
私の脳内で、天使がラッパを吹き鳴らす。
「どうだ、カロリーナ。余の国に来れば、この最新鋭の設備を自由に使えるぞ? さらに、お前専用の『開発予算』もつけよう。金貨一万枚でどうだ?」
「いちまっ……!?」
私はくらりとめまいを覚えた。
金貨一万枚あれば、夢だった『全自動税金徴収システム』が構築できる。
そうすれば、脱税を根絶し、私の労力は十分の一に……!
「だ、ダメだカロリーナ! 騙されるな!」
私の腕をガシッと掴んだのは、焦燥しきったギルバート様だった。
「それは罠だ! 『開発予算』とか『定時退社』なんて甘い言葉で釣っておいて、入ってみたらブラック、なんてことはよくある話だ!」
「失敬な。余は契約を遵守するぞ」
陛下は不敵に笑い、私のもう片方の手を取った。
「それに、騎士団長殿。貴国の労働環境はどうだ? 王太子(アレ)の下で、彼女はずいぶんと苦労したようだが? 優秀な人材が、環境を選ぶのは当然の権利ではないか?」
「ぐっ……そ、それは……」
ギルバート様が言葉に詰まる。
痛いところを突かれた。
我が国の労働環境は、控えめに言っても「魔境」だ。
特にトップ(殿下)が災害級のトラブルメーカーである以上、私の胃に穴が開くのは時間の問題だった。
「さあ、カロリーナ。こっちへ来い。余なら、お前を『宰相』として遇する。お前の才覚で、この大国をさらに富ませてみせろ。……ゾクゾクするような難題(プロジェクト)も、山ほど用意してあるぞ?」
陛下が私の耳元で囁く。
「難題……」
私の理系脳が反応してしまう。
簡単なパズルより、難しい数式の方が解きたくなるのが私の性分だ。
「くっ……! か、カロリーナ! 俺と……俺と一緒に国を立て直すんじゃなかったのか!?」
ギルバート様が悲痛な声で叫ぶ。
私はハッとした。
右手には、最強の環境と予算を持つ皇帝。
左手には、泥舟だけど一緒に頑張りたいパートナー(保留中)。
「……揺れますね」
私は正直に告白した。
「論理的に考えれば、ガルドニアへの移籍が最適解(ベストソリューション)です。キャリア、報酬、環境、全てにおいてSランクです」
「だろう?」
「ですが……」
私はギルバート様の手を握り返した。
「泥まみれになりながら、不具合(バグ)だらけのシステムをデバッグする楽しさも捨てがたいのです。……私、どうやら『苦労性』という不治の病にかかっているようで」
「カロリーナ……!」
ギルバート様の顔がパァッと輝く。
対照的に、ヴィクトル陛下は「ちっ」と舌打ちをした。
「難儀な女だ。だが、そこがいい」
陛下は諦めていない。
その瞳は、さらに熱く燃え上がっている。
「滞在期間はあと三日ある。必ず心変わりさせてみせるぞ」
火花を散らす男二人。
その間で、私は「とりあえず、この自動仕分け機の設計図だけでもコピーさせてもらえないかしら」と画策していた。
しかし。
この呑気な攻防戦を、柱の陰からじっと見つめる、どす黒い影があったことに、私たちは気づいていなかった。
「……なんでだ」
エドワード殿下だ。
彼は爪を噛みながら、ブツブツと呟いていた。
「なんで、カロリーナがあんなに求められているんだ? あれは僕の婚約者だぞ? 僕が捨てた女だぞ?」
彼のプライドは、ズタズタだった。
隣国の皇帝が、自分など目もくれず、カロリーナばかりを欲しがる。
自分より優秀で、自分より金があり、自分より顔が良い男が、カロリーナを「宰相にする」「妃にする」と言っている。
もし、彼女が本当に行ってしまったら?
『無能な王太子が、有能な婚約者を逃したせいで国が傾いた』
そんな汚名が、歴史に残ってしまう。
それだけは嫌だ。
「……渡さない」
殿下の瞳に、昏(くら)い光が宿る。
「カロリーナは僕のものだ。僕が『いらない』と言うまで、勝手になくなることは許されないんだ」
殿下は懐から、一通の手紙を取り出した。
それは出発前、ミミ嬢からこっそり渡されたものだった。
『エドワード様ぁ。もしカロリーナ様が浮気して逃げそうになったら、これを使ってくださいね☆』
『これは?』
『「愛の媚薬(という名の強力睡眠薬)」と、「監禁の手引き」ですぅ! 愛する人を守るためなら、ちょっとくらい強引でもいいんですよ?』
あの時は「そんなもの使うか」と思っていた。
だが、今、彼の目の前で、カロリーナは隣国の皇帝に笑いかけている。
見たことのない、楽しそうな顔で。
「……守らなきゃ」
殿下の思考が、ミミ嬢の毒(入れ知恵)によって歪んでいく。
「僕が守ってあげなきゃ。カロリーナは騙されているんだ。僕のそばにいるのが一番幸せなんだ」
殿下は歪んだ笑みを浮かべ、手の中の小瓶を握りしめた。
「帰ろう、カロリーナ。僕の城へ。……もう二度と、外に出られないようにしてあげるからね」
その夜。
ガルドニア帝国での歓迎晩餐会の後、私の部屋にルームサービス(殿下)が訪れることになる。
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