悪役令嬢の契約解除(婚約破棄)、所定の違約金を請求します!

黒猫かの

文字の大きさ
19 / 28

19

しおりを挟む
「……ふう。やはりガルドニアの技術力は侮れませんね」

ガルドニア帝国の迎賓館、私に割り当てられた一室。

深夜一時。

私は隠し持っていた小型カメラ(魔導式)で撮影した『自動仕分け機』の構造図をスケッチブックに書き起こしていた。

「この歯車の噛み合わせ……そして魔力伝導率の効率化。これを我が国の省庁に導入すれば、人員を三割削減しつつ処理速度を倍にできる……」

独り言を呟きながら、私はニヤリと笑う。

産業スパイ?

いいえ、これは『技術交流』です。

私がこの国に引き抜かれるかどうかの交渉材料(手土産)として、この程度の情報は頂戴してもバチは当たらないでしょう。

コンコン。

その時、控えめなノックの音がした。

「……どなたですか? もう就寝時間ですが」

「……僕だ。エドワードだ」

扉の向こうから、聞き慣れた、しかし少し様子のおかしい声がする。

私は眉をひそめた。

今さら何の用でしょう。

また「復縁してくれ」と泣きつくつもりか、それとも「トイレが怖いからついてきて」か。

「どうぞ。鍵は開いています」

私はスケッチブックを隠し、ため息交じりに許可を出した。

ガチャリ。

扉が開き、エドワード殿下が入ってきた。

手には、銀色のトレイに乗った二つのグラスと、ワインボトル。

「……こんばんは、カロリーナ。まだ起きていたんだね」

殿下の顔色は青白く、目はどこか虚ろだ。

そして、不自然なほどに口角が上がっている。

「どうなさいました? そのワインは」

「ああ。……謝罪を、と思ってね」

殿下は震える手でボトルを掲げた。

「今日は隣国の皇帝の前で、君に助けられた。副本が見つからなければ、僕はどうなっていたか分からない。……そのお礼と、これまでの非礼を詫びて、一杯どうかな?」

「……」

私は眼鏡の奥で目を細めた。

あの殿下が?

謝罪?

明日の天気は槍(ヤリ)でも降るのでしょうか。

「珍しいですね。ですが、私は勤務時間外の飲酒は控えておりまして」

「ま、まぁそう言わずに! これはガルドニア特産の、とても甘くて飲みやすいワインなんだ! 君も疲れているだろう? 一杯だけでいいんだ!」

殿下は必死な様子でグラスにワインを注ぐと、私の前に差し出した。

なみなみと注がれた赤ワイン。

芳醇な香りの中に……わずかに混じる、甘ったるい異臭。

(……アーモンド臭?)

私はグラスを受け取り、口をつけるふりをして、色と粘度を確認した。

(……沈殿物あり。粘度は通常より高い。そしてこの香り……『夢見草(ドリームグラス)』の濃縮液ですね)

即座に成分分析完了。

いわゆる、強力な睡眠薬だ。

私は心の中で盛大に呆れた。

(ミミ嬢の差し金でしょうか。単純すぎてあくびが出ます)

「……殿下」

私はグラスをテーブルに置いた。

「このワイン、コルク屑が混入しているようです。交換を」

「えっ!? あ、いや、そんなはずは……! 飲めば気にならないよ!」

「異物混入を見過ごすわけにはいきません。品質管理の基本です」

私は冷徹に告げた。

「それに、これに含まれている『夢見草』は、アルコールと混ぜると副作用で頭痛を引き起こします。安眠どころか悪夢を見ますよ?」

「……っ!?」

殿下が息を呑む。

「バ、バレて……」

「ええ。成分分析など、私の基本スキルです。……さて、殿下。何を企んでいるのか知りませんが、こんな子供騙しは止めてお部屋にお戻りください。明日も早いのですから」

私は立ち上がり、扉を指差した。

これで終わるはずだった。

いつもなら、「ちぇっ、失敗か」とすごすご引き下がるはずだった。

しかし。

「……だめだ」

殿下は俯いたまま、動こうとしなかった。

「殿下?」

「だめなんだ……! 戻ったら、君がいなくなってしまう!」

バッ!

殿下が猛然と顔を上げた。

その瞳には、狂気じみた決意が宿っていた。

「あの皇帝は本気だ! 君を奪う気だ! そんなの許さない! 君は僕のものだ! 僕が捨てたんだから、僕が拾うまで、ずっとゴミ箱で待ってるべきなんだよぉ!!」

「……論理が破綻しています」

「うるさい! 理屈なんてどうでもいい! ミミが言ってたんだ、『愛する人を守るためには、時には強引さも必要だ』って!」

殿下はポケットから、小さな瓶を取り出した。

「プランBだ!!」

「は?」

殿下はその瓶を、床に思い切り叩きつけた。

パリンッ!!

紫色の煙が、爆発的に広がる。

「なっ……!?」

私はとっさに袖で口と鼻を覆った。

(吸入式の麻酔ガス!? まさか、そんな軍用品まで持たされていたとは……!)

「ゲホッ、ゲホッ! ……ははは! これなら防げないだろう、カロリーナ!」

殿下自身も咳き込んでいるが、どうやら事前に解毒剤か何かを飲んでいるらしい。

私の視界が、急速に歪み始める。

手足から力が抜けていく。

(いけない……換気を……)

窓に向かおうとするが、足がもつれて倒れ込んだ。

ドサッ。

「……確保、完了」

薄れゆく意識の中で、殿下が私を見下ろしているのが見えた。

歪んだ笑顔。

「安心して、カロリーナ。君を安全な場所(僕の檻)に連れて行ってあげるから。そこで一生、僕の決裁書類を作って暮らすんだ」

(……最悪の……老後プラン……ですね……)

そこで、私の意識はプツリと途切れた。

***

翌朝。

「カロリーナ! 朝だぞ! 迎えに来た!」

ギルバート様が、元気に私の部屋の扉を叩いた。

しかし、返事はない。

「カロリーナ? ……入るぞ?」

ギルバート様が扉を開ける。

そこには、もぬけの殻となった部屋と、床に残る紫色の染み。

そして、テーブルの上に置かれた一枚の手紙があった。

『皇帝陛下、およびギルバートへ。

カロリーナは僕が回収しました。
彼女は我が国の機密情報(僕の恥ずかしい過去含む)を知りすぎているため、国外流出は断固阻止します。
よって、彼女を連れて帰国します。
探さないでください。
二人の愛の逃避行を邪魔する者は、未来の国王として許しません。

エドワード』

「……」

手紙を読んだギルバート様の手が、わなわなと震えた。

そして、その手紙は彼の手の中で握りつぶされ、塵となった。

「……あの、バカ王子ぃぃぃぃぃ!!!」

「ほう?」

背後から、低い声がした。

ヴィクトル陛下だ。

彼は部屋の惨状を見て、愉快そうに、しかし目は全く笑わずに口角を上げた。

「余の客人を……しかも、余がスカウト中の人材を、挨拶もなく持ち去るとはな」

陛下は指をパチンと鳴らした。

瞬時に、武装した近衛兵たちが廊下を埋め尽くす。

「これは『誘拐』であり、我が国への『宣戦布告』とみなす。――追うぞ」

「待ちたまえ!」

ギルバート様が叫んだ。

「彼女は俺が取り戻す! 貴国の軍など借りずとも、俺一人で十分だ!」

「何を言う。獲物は早い者勝ちだ。先に見つけた方が、彼女を手に入れる。……どうだ?」

陛下は挑発的に笑った。

ギルバート様はギリリと歯を噛み締め、剣を抜いた。

「上等だ……! その勝負、乗った!」

「よし! 全軍、国境へ向かう馬車を追え! 最も早くカロリーナを見つけた者には、褒美を与える!」

「「「ウォーッ!!」」」

こうして、エドワード殿下の浅はかな誘拐劇は、二大国の軍隊と騎士団長を巻き込んだ、壮大な『カロリーナ争奪・大追跡レース』へと発展してしまったのである。

一方その頃。

ガタゴトと揺れる馬車の中。

私は手足を拘束された状態で、目を覚まそうとしていた。

「……頭が痛い」

最悪の目覚めだ。

だが、私の脳は起床と同時に、冷静に状況分析を開始していた。

(現在地不明。拘束状態。隣には鼻歌を歌う殿下。……さて、この状況下における、最も効率的な『脱出』および『お仕置き』プランを策定しましょうか)

私の眼鏡が、暗闇の中でキラリと光った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので契約を終了しただけですが? ~王国が崩壊したのは私のせいではありません~

しおしお
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 王太子レオナードは突然、婚約者である公爵令嬢アデリーナとの婚約破棄を宣言する。 隣に立つのは、涙を流す義妹ミレイナ。 「お姉様に虐げられてきました」と訴える彼女の言葉を、貴族たちは信じてしまう。 悪女として断罪され、追放を宣告されるアデリーナ。 だが彼女は怒りも悲しみも見せず、ただ静かに微笑んだ。 「承知いたしました。では――契約を終了いたします」 その一言が、すべての始まりだった。 公爵家による融資、貿易、軍需支援。 王国を支えていたすべてが、静かに停止する。 財務は崩壊し、軍は止まり、商人は離反。 王都は混乱に包まれていく。 やがて明らかになる義妹の嘘。 そして王太子の責任。 すべてが暴かれたとき、二人を待っていたのは―― 完全な破滅だった。 一方アデリーナは、隣国で静かな紅茶の時間を過ごしていた。 これは、 婚約破棄された公爵令嬢が“何もしなかった”ことで始まる、 王国崩壊と地獄のざまぁの物語。 ――その報告書を、彼女が読むことは一度もなかった。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。

毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

夫に君も愛人を作ればいいと言われましたので

麻麻(あさあさ)
恋愛
「君も愛人を作ればいい」と夫に言われたので売り言葉に買い言葉で出会った愛人候補は自分が魔法使い伯爵と言いました。 全15話。プロローグから4話まで一挙公開。 翌日からは20時に2話ずつ公開。11日は最終話まで3話一挙公開。 登場人物 マーリン・ダグラス 結婚2年目にして夫の不倫を問い詰めたら黒だった令嬢。母に聞かされた結婚は夫となる人を大事にという言葉を守ってるが夫のギルバートにブチギレてこの度愛人を探すと決める。 デミトリアス・ドラモンドまたはアロン マーリンが仮面舞踏会で知り合った自称魔法使い伯爵。次の日にマーリン好みの執事アロンに姿を変えて彼女の屋敷に来る。 ギルバート・ダグラス マーリンの夫で伯爵。ギルと呼ばれている。愛人を作れば発言をした。 シェリー・モーヴ ギルバートの愛人 エミリー マーリンの親友で既婚者。 ララとリリー マーリンの屋敷のメイド達。

投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜

しおしお
恋愛
バブルに沸くアルビオン王国。 「エルドラド株」を持たぬ者は時代遅れ―― そう嘲笑いながら、実体のない海外権益へ全財産を注ぎ込む貴族たち。 自らを“投資の天才”と称し、増税に苦しむ民を見下す日々。 若き女王リリアーナは、その狂騒を静かに見つめていた。 やがて始まる王室監査。 暴かれる虚偽契約。 崩れ落ちる担保。 連鎖する破綻。 昨日まで「時代の勝者」を気取っていた特権階級は、一夜にして無一文へ。 泣きつく彼らに、女王はただ微笑む。 ――“皆様の尊いご投資、確かに受け取りましたわ” 没収された富は国庫へ。 再配分された資源は民へ。 虚飾を砕き、制度を再設計し、王国を立て直す。 これは復讐譚ではない。 清算と再建の物語。 泡沫の王国に、女王の鉄槌が下される。

処理中です...