悪役令嬢の契約解除(婚約破棄)、所定の違約金を請求します!

黒猫かの

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「は、放してよぉ! ミミは聖女なの! 未来の王妃なのよぉ!」

衛兵に取り押さえられたミミ嬢が、金切り声を上げて暴れ回る。

その足元には、トランクからこぼれ落ちた金貨と宝石が散乱し、シャンデリアの光を浴びて皮肉なほど美しく輝いていた。

「聖女? いいえ、貴女はただの『横領共犯者』であり『詐欺師』です」

私は冷徹に告げ、彼女の前に立った。

「エドワード様ぁ! 助けてぇ! この女がミミをいじめるのぉ!」

ミミ嬢は涙目で殿下に助けを求める。

しかし、肝心の殿下は、散らばった金貨を見つめたまま、魂が抜けたように座り込んでいた。

「嘘だ……ミミ……。君は、借金を返して、身綺麗になって僕の隣に立つと言って……」

「えーい、うるさいわねっ!」

ミミ嬢が突然、態度を豹変させた。

「あんたがマヌケだからいけないのよ! いつまで経っても王になれないし、お財布としては優秀だけど、中身が空っぽなんだもん!」

「……え?」

「愛だの恋だの、聞いてて寒気がするのよ! こっちは生活がかかってるんだから! 金のない王子なんて、ただの『顔が良いニート』でしょ!?」

「……っ!?」

殿下の心臓に、見えない矢が突き刺さる音がした。

会場中が凍りつく。

あのお花畑ヒロインの口から、まさかこれほどド直球な罵倒が飛び出すとは。

「ぷっ、はははは!」

静寂を破ったのは、ヴィクトル皇帝の大爆笑だった。

「顔が良いニート! 的確すぎる! いやあ、この国の女はどいつもこいつも強烈だな!」

皇帝は腹を抱えて笑っている。

私はため息をつき、殿下の前に膝をついた。

「聞こえましたか、殿下。これが貴方が国庫を空にしてまで手に入れたかった『真実の愛』の実態です」

「そ、そんな……まさか……」

「現実(数字)は嘘をつきません。彼女が愛していたのは貴方ではなく、貴方の背後にある『王家の金庫』だけでした」

私は懐から、最後の一枚――最も分厚い羊皮紙を取り出した。

「さて。感傷に浸っている時間はありません。最終的な『精算』を行いましょう」

私は立ち上がり、国王陛下、そして会場に集まった全ての人々に向けて、その紙を掲げた。

「皆様。これより、エドワード・フォン・ウィンザー王太子、およびミミ男爵令嬢による『国家予算不正流用事件』の全貌を公表いたします」

ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。

「第一に、使途不明金の総額。……金貨八千五百枚」

「は、八千……!?」

「第二に、公文書偽造および破棄。条約書原本を含む、重要書類計百二十点の焼失・紛失」

「百二十点……」

「第三に、職権乱用による不当人事。優秀な文官を左遷し、ミミ嬢の親衛隊(イエスマン)を要職につけたことによる、行政機能の麻痺」

私は次々と罪状を読み上げる。

その一つ一つが、王族としては致命的な不祥事だ。

「これらにより、我が国が被った経済的損失、および国際的信用の失墜。……これらを金額換算いたしますと」

私は一呼吸置き、静かに告げた。

「国家予算の三年分に相当します」

ドワッ!

会場が爆発したような騒ぎになる。

「さ、三年分!?」

「国が傾くぞ!」

「なんてことをしてくれたんだ!」

怒号、罵声、悲鳴。

それらが嵐のように殿下とミミ嬢に降り注ぐ。

「カロリーナ……嘘だろ……? そんなに……?」

殿下が震える声で私を見上げる。

「嘘ではありません。私が徹夜で計算しましたから、一セントの誤差もありません」

私は冷ややかに見下ろした。

「殿下。貴方はよく『カロリーナは金のことばかりだ』と仰っていましたが……貴方こそ、金(コスト)の重みを理解していなかった」

私は彼に近づき、最後通告を突きつけた。

「愛で花は買えますが、愛でパンは焼けません。貴方の軽率な愛が、国民のパンを奪ったのです」

「あ……あぁ……」

殿下の目から、涙が溢れ出した。

それは、失恋の涙ではない。

自分の犯した罪の重さに、ようやく気づいた人間の、絶望の涙だった。

「父上……僕は……僕は……」

国王陛下は、玉座からゆっくりと立ち上がった。

その顔には、深い悲しみと、そして決意の色があった。

「……エドワードよ」

「は、はい……」

「お前には失望した。王としての資質以前に、人として大切なものが欠けている」

陛下は杖を床に強く打ち鳴らした。

「エドワード・フォン・ウィンザー! 貴様を王太子の地位から廃嫡(はいちゃく)する! 直ちに身柄を拘束し、北の塔へ幽閉せよ!」

「!!」

「そしてミミ男爵令嬢! 貴様は国外追放……いや、その前に強制労働施設にて、横領した金額を全額返済させてもらう! 一生かかっても返しきれぬだろうがな!」

「い、嫌ぁぁぁ! 労働なんてしたくないぃ! ミミは可愛がられるために生まれてきたのよぉぉぉ!」

ミミ嬢が絶叫し、衛兵に引きずられていく。

殿下は抵抗することなく、ただ呆然と私を見つめていた。

「カロリーナ……ごめん……ごめんよ……」

「謝罪は結構です。その代わり、塔の中でしっかりと反省してください。……差し入れに、計算ドリルくらいは送って差し上げますから」

「……っ」

殿下は顔を覆い、衛兵に連行されていった。

二人が消えた後、謁見の間には重い沈黙が流れた。

かつて、ここで私が「断罪」されるはずだった。

「悪役令嬢」として罵られ、追放されるはずだった。

だが今、断罪されたのは彼らであり、私はここに立っている。

「……終わったな」

ギルバート様が、そっと私の隣に立った。

「ええ。長かったですね」

私はふぅ、と息を吐き、張り詰めていた糸を緩めた。

「見事だ」

ヴィクトル皇帝が歩み寄ってきた。

「痛快な断罪劇だった。金と数字で王太子を殴り倒すとは……やはりお前は面白い」

「お褒めにあずかり光栄です。ですが、殴ったのは『現実』です」

「くくっ。まあいい。これでこの国の膿(うみ)は出た。だが……」

皇帝は周囲を見渡した。

「王太子が廃嫡され、金庫は空っぽ。行政機能はガタガタ。……この国、これからどうするつもりだ?」

痛い指摘だ。

殿下がいなくなっても、マイナスがゼロになっただけで、プラスになったわけではない。

むしろ、これからが本当の地獄(再建)だ。

国王陛下が、疲れ切った顔で私を見た。

「カロリーナ嬢よ……。この通りだ。どうか、この国を見捨てないでくれんか」

陛下が頭を下げる。

周囲の大臣たちも、一斉に頭を下げた。

「お願いします、カロリーナ様!」

「貴女だけが頼りです!」

私は困ったように眉を下げ、ギルバート様を見た。

彼は黙って頷き、「君の好きにすればいい」という顔をしている。

私は眼鏡の位置を直し、手元の帳簿を閉じた。

そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「……仕方がありませんね」

私は国王陛下に向き直り、宣言した。

「お引き受けいたします。ただし、これからは『ボランティア(婚約者)』ではありません」

「うむ……」

「正規の『ビジネスパートナー』として、きっちりと再建費用(コンサル料)を請求させていただきます。……覚悟はよろしいですね?」

国王陛下は苦笑し、そして力強く頷いた。

「ああ。国が滅ぶよりは安いものだ」

こうして、前代未聞の『悪役令嬢による国家再建プロジェクト』が、正式にスタートすることになった。

愛憎劇は幕を閉じ、ここからは――私の独壇場(ビジネス・タイム)である。
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