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「……行ってしまったな」
王城のバルコニー。
秋の風が吹き抜ける中、ギルバート様が遠ざかっていく馬車を見送りながら呟いた。
それは、北の塔へ幽閉されるエドワード元王太子と、強制労働施設(鉱山)へドナドナされていくミミ元男爵令嬢を乗せた護送車だった。
「いやあ、最後の最後まで騒がしい連中だったな」
隣でワインを揺らしているのは、なぜかまだ帰らないヴィクトル皇帝だ。
「『嫌だぁ! ミミの指は宝石をつけるための指なのぉ! ツルハシなんて握れないぃ!』……だっけか? あの断末魔、しばらく耳に残りそうだ」
皇帝はケラケラと笑っている。
私は手元の書類(損害賠償請求書の控え)に視線を落としたまま、淡々と答えた。
「自業自得です。彼女にはこれから二十年かけて、その『宝石をつける指』で石炭を掘っていただきます。計算上、それでようやく元本の三割が返済できる見込みですので」
「鬼だな、お前」
「債権者と呼んでください」
私は顔を上げた。
嵐は去った。
元凶である二人は排除され、城には平和が戻った――と言いたいところだが。
「……さて」
私はくるりと振り返り、背後に広がる執務室(という名の戦場)を見渡した。
そこには、山積みになった未決済書類、督促状、そして「どうしたらいいんですかぁ!」と泣きついてくる文官たちの姿があった。
「感傷に浸っている暇はありませんね。マイナスをゼロに戻す作業(リハビリ)の開始です」
私は腕まくりをした。
「ギルバート様。まずは騎士団を動員して、倉庫の在庫確認を。横領された物資の正確な数を把握します」
「ああ、了解した」
「ヴィクトル陛下。いつまで飲んでいるのですか? 貴国への関税優遇措置の書類、まだサインを頂いていませんが」
「人使いが荒いな。余は客だぞ?」
「『宰相待遇でスカウトしたい』と仰ったのは陛下です。私の働きぶり、特等席でご覧に入れますよ」
私は不敵に笑い、羽根ペンを手に取った。
そこからの私は、まさに「水を得た魚」ならぬ「残業を得た社畜」だった。
「財務省! 追加予算の申請は却下! まずは無駄な会議費を削りなさい!」
「外務省! 隣国への謝罪使節団、編成完了まであと三十分! 手土産は『王家の秘蔵ワイン(エドワード殿下が隠していたやつ)』で代用!」
「人事局! 空いたポストの補充は公募で! コネ採用は一切禁止! 実力主義を徹底なさい!」
次々と飛ぶ指示。
私のペン先から放たれる決定事項が、停滞していた国の血液を強制的に循環させていく。
その様子を、ヴィクトル皇帝はしばらく面白そうに眺めていたが、やがてふっと吐息を漏らした。
「……なるほどな」
彼は飲み干したグラスを置いた。
「これでは、余の出る幕はないか」
「え?」
私が手を止めると、皇帝はバルコニーの手すりに寄りかかり、私を真っ直ぐに見つめた。
「余は、お前を連れて帰るつもりだった。無理やりにでもな」
「存じております。誘拐未遂の前科がありますから」
「だが……今の顔を見せられては、興が削がれた」
皇帝は苦笑した。
「生き生きとしすぎだ、カロリーナ。お前、本当に『仕事(これ)』が好きなんだな」
「……」
「整った余の国より、壊れかけたこの国の方が、お前の性分には合っているようだ。……悔しいが、認めざるを得ん」
皇帝は歩み寄り、私の手を取った。
そして、その手の甲に、恭しく口づけを落とした。
「諦めてやる。今回はな」
「陛下……」
「ただし、条件がある」
皇帝は顔を上げ、赤い瞳で私を射抜いた。
「我が国との『技術提携』だ。お前が考案した業務効率化システム、我が国にも導入させろ。その対価として、今回の騒動の違約金はチャラにしてやる」
「……!」
私は瞬時に計算した。
違約金チャラ。
それは、金貨数万枚の価値がある。
「……交渉成立(ディール)です。設計図のコピーを差し上げます」
「くくっ、最後まで商魂たくましい女だ」
皇帝は満足げに笑い、次にギルバート様の方を向いた。
「おい、騎士団長」
「……なんだ」
ギルバート様は警戒心を解かずに答える。
皇帝は彼に歩み寄り、その肩をバンと叩いた。
「礼を言えよ。余が身を引いてやるのだからな」
「……余計なお世話だ。貴様がいなくても、彼女は渡さないつもりだった」
「口だけは達者だな。だが……」
皇帝は声を潜め、ニヤリと笑った。
「もたもたしていると、また別の男が現れるぞ? こいつは『劇薬』だが、ハマると抜け出せない魅力がある。……さっさとツバをつけておけ」
「なっ……!?」
ギルバート様が顔を赤くする。
皇帝は「ははは!」と高笑いし、マントを翻した。
「さらばだ、カロリーナ! 次会う時は、国賓として招けよ! その時は最高の酒と、完璧な帳簿を用意しておけ!」
嵐のような男は、嵐のように去っていった。
近衛兵たちを引き連れ、ガルドニア帝国へと帰還していく。
「……ふう」
私は大きく息を吐き、椅子に座り込んだ。
どっと疲れが出た。
「……大丈夫か、カロリーナ」
ギルバート様が、冷たい水を差し出してくれる。
「ありがとうございます。……強敵でしたね」
「ああ。だが、一番の強敵は……」
ギルバート様は私の机の上に積み上がった、天井に届きそうな書類の山を見上げた。
「これ、だな」
「ふふ、違いますよギルバート様」
私は水を一口飲み、眼鏡をかけ直した。
「これは敵ではありません。『獲物』です。さあ、狩りの時間ですよ」
「……たくましいな、君は」
ギルバート様は呆れたように、しかし愛おしそうに微笑んだ。
「手伝おう。俺の剣は、今は君のペンのためにある」
「助かります。では、こちらの『王族費用の見直し案』の精査を」
「了解」
こうして、私たちは再び二人三脚で動き出した。
エドワード殿下も、ミミ嬢も、ヴィクトル皇帝もいない。
静かで、忙しくて、でも充実した時間。
ペンを走らせる音だけが響く部屋で、私はふと思った。
(……悪くないわね)
隣には、信頼できるパートナーがいる。
目の前には、やりがいのある仕事がある。
これ以上の幸せが、どこにあるというのだろう。
――だが。
私は一つだけ、忘れていたことがあった。
ギルバート様からの『告白』の返事を、まだ「保留」にしたままだったことを。
そして彼が、皇帝に焚き付けられたことで、近いうちに「再・決断」を迫ってくるであろうことを。
私の計算機には、「恋愛」という項目だけが、まだ未入力のまま点滅していた。
王城のバルコニー。
秋の風が吹き抜ける中、ギルバート様が遠ざかっていく馬車を見送りながら呟いた。
それは、北の塔へ幽閉されるエドワード元王太子と、強制労働施設(鉱山)へドナドナされていくミミ元男爵令嬢を乗せた護送車だった。
「いやあ、最後の最後まで騒がしい連中だったな」
隣でワインを揺らしているのは、なぜかまだ帰らないヴィクトル皇帝だ。
「『嫌だぁ! ミミの指は宝石をつけるための指なのぉ! ツルハシなんて握れないぃ!』……だっけか? あの断末魔、しばらく耳に残りそうだ」
皇帝はケラケラと笑っている。
私は手元の書類(損害賠償請求書の控え)に視線を落としたまま、淡々と答えた。
「自業自得です。彼女にはこれから二十年かけて、その『宝石をつける指』で石炭を掘っていただきます。計算上、それでようやく元本の三割が返済できる見込みですので」
「鬼だな、お前」
「債権者と呼んでください」
私は顔を上げた。
嵐は去った。
元凶である二人は排除され、城には平和が戻った――と言いたいところだが。
「……さて」
私はくるりと振り返り、背後に広がる執務室(という名の戦場)を見渡した。
そこには、山積みになった未決済書類、督促状、そして「どうしたらいいんですかぁ!」と泣きついてくる文官たちの姿があった。
「感傷に浸っている暇はありませんね。マイナスをゼロに戻す作業(リハビリ)の開始です」
私は腕まくりをした。
「ギルバート様。まずは騎士団を動員して、倉庫の在庫確認を。横領された物資の正確な数を把握します」
「ああ、了解した」
「ヴィクトル陛下。いつまで飲んでいるのですか? 貴国への関税優遇措置の書類、まだサインを頂いていませんが」
「人使いが荒いな。余は客だぞ?」
「『宰相待遇でスカウトしたい』と仰ったのは陛下です。私の働きぶり、特等席でご覧に入れますよ」
私は不敵に笑い、羽根ペンを手に取った。
そこからの私は、まさに「水を得た魚」ならぬ「残業を得た社畜」だった。
「財務省! 追加予算の申請は却下! まずは無駄な会議費を削りなさい!」
「外務省! 隣国への謝罪使節団、編成完了まであと三十分! 手土産は『王家の秘蔵ワイン(エドワード殿下が隠していたやつ)』で代用!」
「人事局! 空いたポストの補充は公募で! コネ採用は一切禁止! 実力主義を徹底なさい!」
次々と飛ぶ指示。
私のペン先から放たれる決定事項が、停滞していた国の血液を強制的に循環させていく。
その様子を、ヴィクトル皇帝はしばらく面白そうに眺めていたが、やがてふっと吐息を漏らした。
「……なるほどな」
彼は飲み干したグラスを置いた。
「これでは、余の出る幕はないか」
「え?」
私が手を止めると、皇帝はバルコニーの手すりに寄りかかり、私を真っ直ぐに見つめた。
「余は、お前を連れて帰るつもりだった。無理やりにでもな」
「存じております。誘拐未遂の前科がありますから」
「だが……今の顔を見せられては、興が削がれた」
皇帝は苦笑した。
「生き生きとしすぎだ、カロリーナ。お前、本当に『仕事(これ)』が好きなんだな」
「……」
「整った余の国より、壊れかけたこの国の方が、お前の性分には合っているようだ。……悔しいが、認めざるを得ん」
皇帝は歩み寄り、私の手を取った。
そして、その手の甲に、恭しく口づけを落とした。
「諦めてやる。今回はな」
「陛下……」
「ただし、条件がある」
皇帝は顔を上げ、赤い瞳で私を射抜いた。
「我が国との『技術提携』だ。お前が考案した業務効率化システム、我が国にも導入させろ。その対価として、今回の騒動の違約金はチャラにしてやる」
「……!」
私は瞬時に計算した。
違約金チャラ。
それは、金貨数万枚の価値がある。
「……交渉成立(ディール)です。設計図のコピーを差し上げます」
「くくっ、最後まで商魂たくましい女だ」
皇帝は満足げに笑い、次にギルバート様の方を向いた。
「おい、騎士団長」
「……なんだ」
ギルバート様は警戒心を解かずに答える。
皇帝は彼に歩み寄り、その肩をバンと叩いた。
「礼を言えよ。余が身を引いてやるのだからな」
「……余計なお世話だ。貴様がいなくても、彼女は渡さないつもりだった」
「口だけは達者だな。だが……」
皇帝は声を潜め、ニヤリと笑った。
「もたもたしていると、また別の男が現れるぞ? こいつは『劇薬』だが、ハマると抜け出せない魅力がある。……さっさとツバをつけておけ」
「なっ……!?」
ギルバート様が顔を赤くする。
皇帝は「ははは!」と高笑いし、マントを翻した。
「さらばだ、カロリーナ! 次会う時は、国賓として招けよ! その時は最高の酒と、完璧な帳簿を用意しておけ!」
嵐のような男は、嵐のように去っていった。
近衛兵たちを引き連れ、ガルドニア帝国へと帰還していく。
「……ふう」
私は大きく息を吐き、椅子に座り込んだ。
どっと疲れが出た。
「……大丈夫か、カロリーナ」
ギルバート様が、冷たい水を差し出してくれる。
「ありがとうございます。……強敵でしたね」
「ああ。だが、一番の強敵は……」
ギルバート様は私の机の上に積み上がった、天井に届きそうな書類の山を見上げた。
「これ、だな」
「ふふ、違いますよギルバート様」
私は水を一口飲み、眼鏡をかけ直した。
「これは敵ではありません。『獲物』です。さあ、狩りの時間ですよ」
「……たくましいな、君は」
ギルバート様は呆れたように、しかし愛おしそうに微笑んだ。
「手伝おう。俺の剣は、今は君のペンのためにある」
「助かります。では、こちらの『王族費用の見直し案』の精査を」
「了解」
こうして、私たちは再び二人三脚で動き出した。
エドワード殿下も、ミミ嬢も、ヴィクトル皇帝もいない。
静かで、忙しくて、でも充実した時間。
ペンを走らせる音だけが響く部屋で、私はふと思った。
(……悪くないわね)
隣には、信頼できるパートナーがいる。
目の前には、やりがいのある仕事がある。
これ以上の幸せが、どこにあるというのだろう。
――だが。
私は一つだけ、忘れていたことがあった。
ギルバート様からの『告白』の返事を、まだ「保留」にしたままだったことを。
そして彼が、皇帝に焚き付けられたことで、近いうちに「再・決断」を迫ってくるであろうことを。
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