偽りの勇者〜光を宿す闇、闇を抱く光〜

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第2章:歪な仲間たち(パーティー)

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勇者誕生の喧騒から数日後、俺は王城の謁見の間にいた。磨き上げられた大理石の床に、ステンドグラスを通した光が複雑な模様を描いている。玉座に座る国王は満足げに頷き、形式的な賛辞を俺に与えた。



「よくぞ聖剣の呼び声に応えてくれた、勇者アレクよ。そなたの存在は、闇に覆われたこの世界を照らす希望の光だ」



希望、か。俺は内心で唾を吐いた。こいつらが求めているのは、民衆の不満を逸らし、魔王という絶対悪を討ち滅ぼしてくれる便利な「駒」に過ぎない。その証拠に、玉座の脇に控える大臣たちの目は、俺を人間としてではなく、伝説の兵器か何かのように値踏みしている。かつて俺が、魔王として対峙した人間たちの顔と何ら変わりはなかった。



「さて、勇者よ。そなたの旅を助ける、頼もしき仲間を紹介しよう」



国王が手招きすると、謁見の間の奥から二人の女性が進み出た。

その瞬間、俺の記憶――魔王ゼノンとしての記憶が、脳裏に警鐘を鳴らした。

一人は、真紅のローブをまとった銀髪の女。涼しげな顔立ちには知性と自信が満ち溢れ、その鋭い翠色の瞳は、品定めでもするかのように俺を真っ直ぐに射抜いていた。



「王立魔術院主席、エルザ・フォン・シュライアーと申します。専門は古代攻撃魔術。勇者アレク、あなたの力になれることを光栄に思いますわ」



理路整然とした、感情の乗らない挨拶。その声を聞いただけで、頭でっかちで融通の利かない性格であることが知れた。

エルザ・フォン・シュライアー。原作通りだ。彼女の一族は、かつて俺の軍勢が最初に滅ぼした北方の小国の貴族だったはず。復讐心だけを糧に、血の滲むような努力で天才魔術師となった女。つまり、俺(ゼノン)を心の底から憎悪している人間だ。面白い。

もう一人は、純白の神官服に身を包んだ、桜色の髪を持つ少女だった。庇護欲をそそる大きな瞳は不安げに揺れ、こちらを見ることすらできずに俯いている。



「…あ、あの…大神殿の、リリアナと申します…。癒やしの力で、皆様を…お支えできれば、と…思います」



か細く、消え入りそうな声。いかにも神殿という鳥籠の中で、大切に育てられてきた世間知らずといった風情だ。

リリアナ。

その名を聞いた瞬間、俺の身体の奥底、魔王としての魂が微かに疼いた。

そうだ、こいつだ。この女こそが、その聖なる力で俺の魔力を封じ、勇者アレクに勝機を与えた元凶。原作の記憶では、俺はこの女を魔王城で捕らえ、最も残忍な方法でその命を奪ったはずだった。

目の前にいる、無垢でか弱い少女の姿と、脳裏に焼き付いた彼女の最期の絶望の表情が重なり、俺は一瞬、呼吸を忘れた。これは、罪悪感というものか。魔王であった頃にはとうに捨て去ったはずの感情が、胸の奥で燻っている。

リリアナがおずおずと顔を上げ、俺と視線が合った。その瞬間、彼女は「ひっ」と小さな悲鳴を上げて後ずさった。その瞳には、単なる人見知りではない、もっと根源的な恐怖と困惑の色が浮かんでいた。



「…どうした、神官殿」



俺が低く尋ねると、彼女は慌てて首を横に振った。



「い、いえ…! なんでも、ありません…。ただ、アレク様の後ろに、とても…大きくて、暗い影が見えたような気がして…」



俺は眉をひそめた。この小娘、聖女というだけあって、俺の本質を直感的に感じ取ったのかもしれない。厄介なことだ。

こうして、魔王ゼノンを討伐するためのパーティーが正式に結成された。

魔王に家族を殺され、復讐に燃える魔術師。

魔王に殺される運命を持ち、その魂の穢れを無意識に感じ取る聖女。

そして、当の本人である魔王が転生した、偽りの勇者。

まさに歪としか言いようのない一行に、国王は最初の任務を与えた。



「まずは手始めに、王都の南に広がる『嘆きの森』を根城にするゴブリンの群れを討伐してもらいたい。勇者の初陣にはちょうどよかろう」



作戦室に移り、エルザが早速大きな地図を広げた。



「ゴブリンの集落は森の中央にあると報告されています。最短ルートは、この西の街道を進み、川を渡るルート。地形データと過去の討伐記録から算出するに、これが最も効率的かつ安全です」



彼女は自信満々に細い指で地図上の道筋をなぞった。完璧な理論武装。何一つ間違ってはいない。

ただ一つの事実を除いては。



「いや、その道は使わん」



俺は即座に却下した。

エルザの翠色の瞳が、カッと見開かれる。



「…なんですって? 何か問題でも? 私の分析に不備があるとでも?」

「不備だらけだ」



俺は言い放ち、地図上の一点を指で叩いた。



「川を渡った先の湿地帯。そこは、大型の擬態スライムの生息地だ。ゴブリン共はそれを知っていて、わざとこちらに誘い込む罠を張っている」



エルザは鼻で笑った。



「擬態スライム? 馬鹿な。この地域の生態系に、そのような強力な魔物の記録はありません。あなたのその根拠は?」



「勘だ」



俺がそう言うと、エルザの顔が怒りで引きつった。



「か、勘ですって!? 私が緻密な計算の末に導き出した最適解を、非科学的な直感ごときで否定するというのですか! 勇者だからといって、あまりに無責任すぎる!」



「どちらが無責任かは、結果が証明する」



俺はかつて、魔王としてこの地域の魔物たちを支配下に置いていたのだ。地形も、魔物の生態も、ゴブリン共が使いそうな小賢しい戦術も、全て俺の頭の中にある。だが、それをこの頭でっかちな小娘に説明する方法はない。



「まあまあ、お二人とも…」



リリアナがオロオロと俺たちの間に入るが、険悪な雰囲気は変わらない。

俺は地図の東側、鬱蒼とした森の中を指した。



「こちらの、道なき道を進む。遠回りになるが、敵の警戒は薄い。集落の裏手に回り、一気に奇襲をかける」



「そんな…! 獣道を行けば、消耗も激しく、不測の事態に対応できません!」



「黙って従え。このパーティーのリーダーは俺だ。決定権は俺にある」



魔王であった頃の傲岸な口調が、無意識に出てしまう。エルザは屈辱に唇を噛み締め、リリアナは怯えたように俺を見つめていた。

最悪の船出だった。

だが、これでいい。馴れ合うつもりなど毛頭ない。俺は俺のやり方で、最短かつ最小の犠牲で、この茶番を終わらせるだけだ。

こうして、互いに理解し合うこともなく、ただ一つの「魔王討伐」という目的のためだけに集められた歪な一行の旅が、静かに始まった。その先に待ち受けるのが、歴史の修正か、それとも新たな混沌か、まだ誰にも知る由はなかった。
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