9 / 11
第3部混沌の足音(第9章:暴走する力)
しおりを挟む覚悟を決めたリリアナの瞳は、聖女としての使命感に燃え、真っ直ぐに俺を射抜いていた。彼女は俺の部屋の扉を静かに閉め、退路を断つかのように俺の前に立った。
「アレク様。…いいえ、あなたはいったい、何者なのですか?」
その声は震えていたが、逃げることを許さない響きがあった。
「私は、大神殿の禁書庫で、ある手記を見つけました。『双魂転生の禁忌』…強すぎる後悔を抱いた魂が、その対極たる存在に転生するという、異端の仮説です」
俺は黙って彼女の言葉を聞いていた。驚きはなかった。彼女がそこまでたどり着く可能性は、万に一つと考えていたが、この聖女の魂の純粋さを侮っていたらしい。
「あなたは未来を予知し、魔族の言語を操る。そして、あの獣将ガランは、死の間際にあなたを『我が主』と呼びました。…あなたは、魔王ゼノンの魂を宿しているのではありませんか?」
核心を突く問い。俺は否定も肯定もせず、ただ冷たく言い放った。
「それが真実だとして、お前はどうする。俺をここで断罪するか?」
「いいえ!」
彼女は強く首を振った。
「私は、知りたいのです!あなたの魂が何を求めているのか、あなたが何に苦しみ、何を成そうとしているのかを…!」
彼女が俺に一歩踏み出した、その時だった。
突如、王都の平和を切り裂くように、けたたましい警鐘が鳴り響いた。窓の外に目をやると、王都の空が、ありえないほど濃密な、紫色の霧に覆われ始めているのが見えた。
「何事だ!?」
ガウェインが部屋に飛び込んできた。
「報告! 王都の各所で、市民が互いに攻撃し合うという謎の暴動が発生! 全ては、この不気味な霧が発生してからです!」
俺は舌打ちした。この粘つくような魔力の質、人の精神を内側から蝕むようなやり口。間違いない、妖姫メディアだ。あの女、俺が来るのを待ちきれず、自ら王都に乗り込んできたというのか。
俺たちが広場に駆けつけると、そこはすでに地獄絵図と化していた。紫の霧に触れた人々は、瞳に狂気の光を宿し、隣人や家族に武器を向けていた。幻術だ。それぞれの心の中にある最も深い恐怖や憎悪を増幅させ、悪夢を見せているのだ。
「ゼノン様、お久しぶりですわ」
どこからともなく、脳内に直接響くような、甘くねっとりとした声が聞こえた。妖姫メディア。
「あら、懐かしい魂の気配…でも、その器は忌々しい勇者のものなのね。どうなさったの、ゼノン様? そんな人間のフリをして。早く、早く本当のお姿を、私だけにお見せになって?」
奴は気づいている。俺の魂の本質に。そして、俺を精神的に追い詰め、内なる「魔王」を引きずり出そうとしている。
「惑わされるな! 精神を強く持て!」
俺は仲間たちに叫ぶが、遅かった。メディアの幻術は、すでに彼らの心を蝕み始めていた。
「ぐっ…! アレク殿が、我々を裏切る姿が…!」
ガウェインが苦悶に顔を歪める。
「やめて…! あなたは、私たちの敵…!?」
エルザの瞳にも、疑心暗鬼の色が浮かぶ。
そして、最も深く幻術にかかったのは、リリアナだった。
「いや…いやぁぁっ!」
彼女は、原作通り、魔王城で俺(ゼノン)に無残に殺される未来の光景を見せられていた。その瞳は恐怖に染まり、俺を見て、まるで本物の化け物を見るかのように後ずさる。
その彼女の悲鳴が、俺の中で何かの箍(たが)を外した。
仲間を守りたいという焦り。正体が暴かれることへの苛立ち。そして、リリアナの心を弄んだメディアへの、殺意にも似た激しい怒り。
それらの感情が、俺の理性の堰を、いとも容易く破壊した。
「―――黙れ」
俺の口から漏れたのは、勇者アレクのものではない、地響きのような低い声だった。
「我がものに、手を出すな」
次の瞬間、俺の身体から聖なる光とは真逆の、漆黒のオーラが噴き出した。まるで世界そのものを塗りつぶすかのような、絶対的な闇。金色の髪は瞬く間に漆黒に染まり、蒼い瞳は血のように紅く輝きを放つ。その姿は、まさしく魔王ゼノンの顕現だった。
「ア…アレク…様…?」
ガウェインが愕然と俺の名を呼ぶ。
俺は、もはやその声に構うことなく、力の奔流に身を任せた。
「消えろ」
指先一つで、王都を覆っていた幻惑の霧を、力づくで引き裂く。紫の霧は、俺の放つ純粋な闇の魔力に触れただけで、悲鳴を上げて消滅した。
建物の屋上に、信じられないものを見たという顔で立ち尽くすメディアの姿を捉える。
「面白い余興だったな。褒美をやろう。」
俺が手をかざすと、凝縮された闇の塊が、光をも飲み込む速度でメディアに殺到した。
「きゃあああっ!」
メディアはかろうじてそれを防いだが、深手を負い、空間の歪みへと逃げ込んでいく。
「それでこそ…! それでこそ、私のゼノン様ですわ…! お待ちしております、魔王城で…!」
悦びに満ちた声だけを残し、彼女の気配は消えた。
荒れ狂う力が、ゆっくりと俺の内側へと収まっていく。漆黒の髪は金色に、紅い瞳は蒼へと戻った。
俺は、我に返り、恐る恐る仲間たちの方を振り返った。
そこに広がっていたのは、絶対的な断絶だった。
ガウェインは、信じていた主君の恐ろしくも禍々しい姿に、ただ愕然と立ち尽くしている。
エルザは、自らの仮説が最悪の形で証明されたことに戦慄し、俺に杖を向け、その切っ先を震わせていた。
「…やはり、あなたは…私たちの敵だったのですね」
そして、リリアナは。
幻術の恐怖からは解放されていたが、それ以上に深い絶望と、そして、悲しみに満ちた瞳で、俺をただじっと見つめていた。彼女が見ていたのは、絶対的な悪である魔王ではない。制御できないほどの巨大な力に苦しむ、孤独な魂の姿だった。
「…あなたは、ずっと…独りで苦しんでいたのですね…」
その憐れみの言葉が、エルザの敵意よりも、ガウェインの失望よりも、鋭く俺の胸に突き刺さった。
パーティーは、崩壊した。
信頼は砕け散り、仲間たちの視線は、不信と敵意、そして憐れみとなって俺を貫く。
俺は、自らが最も恐れていた状況を自らの手で作り出してしまったことを悟り、その場で立ち尽くすしかなかった。
第3部 完
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
恋い焦がれて
さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。
最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。
必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。
だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。
そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。
さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。
※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です
※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません)
※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。
https://twitter.com/SATORYO_HOME
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる