偽りの勇者〜光を宿す闇、闇を抱く光〜

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第4部真実の告白(第10章:空の玉座)

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魔王城へと続く最後の道は、凍てつくような沈黙に支配されていた。

あの王都での一件以来、俺たちの間にあった脆い信頼は完全に砕け散った。ガウェインは俺への忠誠と、目の当たりにした禍々しい力の間に揺れ動き、エルザは俺を「人類の敵」と断定し、その杖は常に俺の背中に向けられている。

それでも俺たちがまだ共にいるのは、リリアナが繋ぎ止めているからに他ならなかった。



『彼の魂が何を求めているのか、私が見届けます』



そう言って、彼女は俺と仲間たちの間に立ち続けていた。魔王の魂を宿す俺を救済しようとするその姿は、あまりに健気で、愚かで、そして、俺には眩しすぎた。

旅の途中で、「世界の歪み」はもはや隠しようのないほど深刻になっていた。空にオーロラのように時空の裂け目が走り、そこから神話の魔獣が零れ落ちる。川の水が前触れもなく逆流し、大地が重力を失って浮き上がる。人々はそれを魔王の仕業だと恐れたが、俺だけは知っていた。これは全て、俺が歴史を捻じ曲げた代償なのだと。

やがて、俺たちの眼前に、天を突く魔王城の黒い尖塔が見えてきた。

かつて俺が、魔王ゼノンとして君臨した城。だが、その威容とは裏腹に、城から感じるはずの圧倒的な魔力が、全く感じられない。まるで、巨大な抜け殻のようだった。



「…おかしい。静かすぎる」



ガウェインが、城門の前で眉をひそめる。エルザも杖を構え、周囲の魔力を探っていた。



「ええ。生命の気配も、魔力の残滓すらありません。まるで、この城だけが世界の法則から切り離されているかのよう…」



俺は、この城の構造を隅々まで知り尽くしている。どこに罠があり、どの部隊が配置されているか、全て頭に入っているはずだった。だが、今のこの城は、俺の記憶にある城とは全くの別物だった。威圧感も、混沌も、力もない。ただ、全てを吸い込むかのような「虚無」が満ちているだけだ。

俺たちは、罠も伏兵もいない城内を、不気味な静寂の中、玉座の間へと向かって進んだ。仲間たちの緊張は、敵意に満ちた城よりも、この死んだような静けさによって、むしろ極限まで高まっていた。

そして、ついに玉座の間にたどり着く。

そこにあるはずの、世界の全てを睥睨していた魔王ゼノンの姿は、どこにもなかった。

巨大な黒曜石の玉座は、ただ空っぽで、俺たちの足音が虚しく響くだけだった。



「…いない…? 魔王は、どこへ行った…?」



ガウェインが呆然と呟く。エルザも、リリアナも、この予想外の事態に言葉を失っていた。魔王を討つ、ただその一心でここまで来た旅の目的が、突如として霧散してしまったのだ。

だが、俺だけは気づいていた。

玉座の後ろ。本来は何もないはずの空間が、まるで水面のように揺らめき、黒い太陽のように歪んでいることに。



「…来るぞ」



俺の警告と同時に、その空間の歪みの中心から、ゆっくりと「何か」が染み出してきた。

それは、特定の形を持たなかった。どろりとした黒い液体にも、蠢く無数の影にも見え、定まることのない不定形の闇。いくつもの魂の悲鳴が混じり合ったような不協和音が、俺たちの精神を直接削ってくる。

それは、存在そのものが「悪」なのではなく、「無」だった。



「魔力反応がない!? いえ、違う…!」



エルザが絶叫した。



「存在するあらゆる魔力、法則、概念を喰らって、無に還している…!? そんな存在、ありえない! まるで、世界に開いた『穴』ですわ!」



そうだ、穴だ。

俺は、その災厄の正体を、魂で理解していた。

これは、魔王ではない。

俺が歴史を捻じ曲げたことで生じた、世界の「バグ」。

救われるはずのなかった命、起こるはずのなかった出来事、消えるはずだった存在。それら全ての矛盾とパラドクスを喰らい、世界の理そのものを消去するために生まれた、名前のない災厄。



――「混沌の化身」。



「うおおおっ!」



ガウェインが正義の雄叫びを上げ、その不定形の闇に斬りかかる。だが、彼の誇りである聖銀の剣は、混沌に触れた瞬間、まるで千年の時を経たかのように光を失って錆びつき、砂のように崩れ落ちた。



「インフェルノ!」



エルザが放った最大級の獄炎魔法も、混沌はその術式ごと音もなく飲み込み、何の影響も受けない。

リリアナが捧げた聖なる祈りの光ですら、その絶対的な虚無の前では意味をなさず、闇の中へと吸い込まれて消えた。

あらゆる物理法則が、魔法理論が、神の摂理すら、この敵には通用しない。

仲間たちは、理解不能な脅威を前に、初めて戦意を喪失し、その場に立ち尽くした。これは、魔王ゼノンなどとは比較にすらならない、抗うこと自体が無意味な、絶対的な絶望だった。

俺は、この災厄を生み出したのが、他の誰でもない俺自身であることを、骨の髄まで叩きつけられた。

俺はゆっくりと前に出て、絶望に打ちひしがれる仲間たちを守るように、その混沌と対峙した。

聖剣エクスカリオンを構える。だが、分かっている。この剣に宿る勇者の力だけでは、到底太刀打ちできない。この混沌(バグ)を消し去るには、世界の理の外側から干渉するしかない。

つまり、俺の内に眠る「魔王の力」を完全に解放し、聖と魔、二つの禁断の力を融合させる以外に、道はないのだと。

そのためには、全てを話さなければならない。

俺は、仲間たちに背を向けたまま、覚悟を決めた。



「…聞け。これが最後の戦いになる。その前に、俺がお前たちに話さなければならないことがある」



その声は、もう偽りの勇者のものではなかった。

自らが招いた世界の終焉を前に、断罪を待つ、一人の男の声だった。
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