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「あ、あ、ごめんね!今片付けるから!」
さゆに触れないように気を付けてアパートに案内したタキは、さゆをソファに座らせて、ぐしゃぐしゃになった服や、ルークが遊んでビリビリになった紙袋を手早く片付ける。座っていられるぐらいには体調が回復してきたさゆは、そんなに散らかっていないけどな、と思いつつ頷いた。
(女の人の影、ないな・・・)
別の人と付き合っていてもおかしくないと思っていたけれど、部屋の中に女性の気配が無かった。
「どうしよう・・・さゆが嫌じゃなかったら、シーツとか替えるから、ベッドで休む?」
「・・・ううん・・・それはやめとく・・・」
ほんの数ヶ月前にそのベッドで起こった事を思い出して、さゆは首を振る。
「ここで、しばらく休ませて貰ったら・・・大丈夫・・・」
さゆはソファに横になる。タキがブランケットをもって来て、さゆの上にそっとかけた。
(あ、このブランケッド・・・)
タキに初めて抱かれた時に、タキが掛けてくれたブランケットだ、とさゆは思い出す。タキは今もこうして自分の傍にいるのに、あの時の溢れるような多幸感と、今の不安しかない状況の落差が悲しくて、さゆは音もなく涙を流した。
(もう二度と・・・私には・・・あんな幸せな日々は戻って来ないんだな・・・)
「さゆ、大丈夫?」
横に座ったタキが、心配そうにさゆに声を掛けた。さゆはもう頷く事も出来ずに、ただただ静かに泣き続けた。涙が瞳の横を伝って、ソファに染み込んでいった。
見守っていたタキは、やがてそっとさゆの髪に手を伸ばした。さゆは、拒まなかった。タキは何度も何度も繰り返しさゆの髪をやさしく撫でる。
「・・・さゆ」
その少し思い詰めたようなタキの声音を聴いて、さゆに緊張が走った。
「さゆ、違っていたらごめん。でも、そうなら正直に言って欲しい」
「・・・うん・・・」
ケージから出て来たルークが、タキにスリスリしている。
「さゆ・・・お腹に・・・赤ちゃんがいるんじゃない?」
「・・・」
とてつもなく長く感じる沈黙が、二人の間に降り立った。それはもう答えだった。やがてさゆは眼を伏せて、「病院に行ってないから分からない」とだけ答えた。
「俺の赤ちゃんだよね?」
「・・・もし、妊娠してるなら、そう・・・」
「すぐ病院行こう。それから話をしよう、ね?このまま放置していても、なんにもいい事ないよ」
「・・・行きたくない・・・」
さゆは、現実を突きつけられるのがただただ怖かった。
「今日は検査するだけだよ。今日何か痛い事をするわけじゃないから、病院に行くお金が無いなら俺が出すから、ね?」
「・・・・・うん・・・・」
タキの必死さに、思わずさゆは頷いた。タキはさゆの髪を撫でながら、
「・・・こんな事言っていいのか分からないけど、正直、なんか嬉しい。俺は自分の血筋とか嫌いだから、子供はいらないと思ってたんだけどな。どうしよう、なんか、すごく、嬉しいや」
タキのその言葉がとてつもなく意外で、さゆは泣き止んだ。タキはスマホで女医のいる区内の病院をすぐ予約してくれた。タクシー代が勿体無いので、二人でバスに乗り込んだ。
運良く座れたバスの中で、さゆはまた不安に駆られて唇を噛んだ。
「過労と夏バテですね」
「え・・・?」
病院で一時間近く二人で待った末に、さゆは医師に言われて一人で診察室に入った。問診の後、幾つかの検査をし、医師にそう告げられたさゆは、どっと肩の力が抜けた。
「妊娠はしていないですね」
「あ、あ、そうですか・・・ありがとうございました」
「朝霧さん、ご家庭などでお困りの事はないですか?当院はしかるべき窓口とも連携していますよ」
「え、あ、いえ、大丈夫です・・・」
不意にそう問いかける医師に、一瞬タキに乱暴な扱いを受けたあの日の事が頭を過ぎったけれど、さゆはとっさに被りを振った。よくよく考えれば、十代の頃から生理もずっと不安定で、ロクな生活をしていない自分が妊娠する可能性は、低いだろうなと思う。医師にも卵巣が腫れているようだから、定期的に通院した方が良いですよ、と言われたけれど、丁重に断った。
(なんか・・・良かったのか悪かったのか分からないな・・・)
待合室に戻ると、タキが熱心に何かをスマホで調べている。
(あ・・・)
後ろからだと、画面が見えてしまった。
里親の斡旋をするNGOのサイトだった。
「タキ・・・お待たせ・・・」
「あ、さゆ。何だか顔色良くなったね」
「ちょっと点滴して貰ったから」
「そっか・・・」
「タキ」
「ん?」
「違った。違ったの」
「・・・ん、そっか・・・」
タキはそれ以上、何も言わなかった。
病院から出たさゆは、久々にお腹が空いていた。何だか、霧が晴れた様な気分だ。もう夕暮れの時間は過ぎて、夜のネオンが煌き始めた街の中を、二人はゆっくり歩いた。
「なんか、フルーツ食べたいな」
「駅の改札内に、フルーツサンドのお店があったよね。そこに行こうか?」
病院代が数千円掛かってしまったので、タキがいちごとパイナップルのサンドをさゆに買ってくれた。狭い客席でそれを言葉少なにさゆは食べ、タキはコーヒーを飲んだ。久々に味がするものを食べているな、とさゆは思った。
(あ、空気が)
タキと自分の間に流れる空気が少し、よそよそしさが緩和したような気がしていた。
(タキといてももう、緊張しないな)
「さゆ、来週また会ってくれる?」
「うん・・・久々に、美術館に行きたいな」
コーヒーを飲み終わった後、すぐマスクをしてタキが言った。
「いいね。行こう。京橋に新しく出来た美術館とか」
そんな約束をしてさゆが立ち上がると、下腹部に独特の締め付けられるような痛みと、血の流れ出る感触がした。
(あ、生理・・・)
身体全体が少し温かい様な、身体の感覚が戻って来たような気がしていた。
さゆに触れないように気を付けてアパートに案内したタキは、さゆをソファに座らせて、ぐしゃぐしゃになった服や、ルークが遊んでビリビリになった紙袋を手早く片付ける。座っていられるぐらいには体調が回復してきたさゆは、そんなに散らかっていないけどな、と思いつつ頷いた。
(女の人の影、ないな・・・)
別の人と付き合っていてもおかしくないと思っていたけれど、部屋の中に女性の気配が無かった。
「どうしよう・・・さゆが嫌じゃなかったら、シーツとか替えるから、ベッドで休む?」
「・・・ううん・・・それはやめとく・・・」
ほんの数ヶ月前にそのベッドで起こった事を思い出して、さゆは首を振る。
「ここで、しばらく休ませて貰ったら・・・大丈夫・・・」
さゆはソファに横になる。タキがブランケットをもって来て、さゆの上にそっとかけた。
(あ、このブランケッド・・・)
タキに初めて抱かれた時に、タキが掛けてくれたブランケットだ、とさゆは思い出す。タキは今もこうして自分の傍にいるのに、あの時の溢れるような多幸感と、今の不安しかない状況の落差が悲しくて、さゆは音もなく涙を流した。
(もう二度と・・・私には・・・あんな幸せな日々は戻って来ないんだな・・・)
「さゆ、大丈夫?」
横に座ったタキが、心配そうにさゆに声を掛けた。さゆはもう頷く事も出来ずに、ただただ静かに泣き続けた。涙が瞳の横を伝って、ソファに染み込んでいった。
見守っていたタキは、やがてそっとさゆの髪に手を伸ばした。さゆは、拒まなかった。タキは何度も何度も繰り返しさゆの髪をやさしく撫でる。
「・・・さゆ」
その少し思い詰めたようなタキの声音を聴いて、さゆに緊張が走った。
「さゆ、違っていたらごめん。でも、そうなら正直に言って欲しい」
「・・・うん・・・」
ケージから出て来たルークが、タキにスリスリしている。
「さゆ・・・お腹に・・・赤ちゃんがいるんじゃない?」
「・・・」
とてつもなく長く感じる沈黙が、二人の間に降り立った。それはもう答えだった。やがてさゆは眼を伏せて、「病院に行ってないから分からない」とだけ答えた。
「俺の赤ちゃんだよね?」
「・・・もし、妊娠してるなら、そう・・・」
「すぐ病院行こう。それから話をしよう、ね?このまま放置していても、なんにもいい事ないよ」
「・・・行きたくない・・・」
さゆは、現実を突きつけられるのがただただ怖かった。
「今日は検査するだけだよ。今日何か痛い事をするわけじゃないから、病院に行くお金が無いなら俺が出すから、ね?」
「・・・・・うん・・・・」
タキの必死さに、思わずさゆは頷いた。タキはさゆの髪を撫でながら、
「・・・こんな事言っていいのか分からないけど、正直、なんか嬉しい。俺は自分の血筋とか嫌いだから、子供はいらないと思ってたんだけどな。どうしよう、なんか、すごく、嬉しいや」
タキのその言葉がとてつもなく意外で、さゆは泣き止んだ。タキはスマホで女医のいる区内の病院をすぐ予約してくれた。タクシー代が勿体無いので、二人でバスに乗り込んだ。
運良く座れたバスの中で、さゆはまた不安に駆られて唇を噛んだ。
「過労と夏バテですね」
「え・・・?」
病院で一時間近く二人で待った末に、さゆは医師に言われて一人で診察室に入った。問診の後、幾つかの検査をし、医師にそう告げられたさゆは、どっと肩の力が抜けた。
「妊娠はしていないですね」
「あ、あ、そうですか・・・ありがとうございました」
「朝霧さん、ご家庭などでお困りの事はないですか?当院はしかるべき窓口とも連携していますよ」
「え、あ、いえ、大丈夫です・・・」
不意にそう問いかける医師に、一瞬タキに乱暴な扱いを受けたあの日の事が頭を過ぎったけれど、さゆはとっさに被りを振った。よくよく考えれば、十代の頃から生理もずっと不安定で、ロクな生活をしていない自分が妊娠する可能性は、低いだろうなと思う。医師にも卵巣が腫れているようだから、定期的に通院した方が良いですよ、と言われたけれど、丁重に断った。
(なんか・・・良かったのか悪かったのか分からないな・・・)
待合室に戻ると、タキが熱心に何かをスマホで調べている。
(あ・・・)
後ろからだと、画面が見えてしまった。
里親の斡旋をするNGOのサイトだった。
「タキ・・・お待たせ・・・」
「あ、さゆ。何だか顔色良くなったね」
「ちょっと点滴して貰ったから」
「そっか・・・」
「タキ」
「ん?」
「違った。違ったの」
「・・・ん、そっか・・・」
タキはそれ以上、何も言わなかった。
病院から出たさゆは、久々にお腹が空いていた。何だか、霧が晴れた様な気分だ。もう夕暮れの時間は過ぎて、夜のネオンが煌き始めた街の中を、二人はゆっくり歩いた。
「なんか、フルーツ食べたいな」
「駅の改札内に、フルーツサンドのお店があったよね。そこに行こうか?」
病院代が数千円掛かってしまったので、タキがいちごとパイナップルのサンドをさゆに買ってくれた。狭い客席でそれを言葉少なにさゆは食べ、タキはコーヒーを飲んだ。久々に味がするものを食べているな、とさゆは思った。
(あ、空気が)
タキと自分の間に流れる空気が少し、よそよそしさが緩和したような気がしていた。
(タキといてももう、緊張しないな)
「さゆ、来週また会ってくれる?」
「うん・・・久々に、美術館に行きたいな」
コーヒーを飲み終わった後、すぐマスクをしてタキが言った。
「いいね。行こう。京橋に新しく出来た美術館とか」
そんな約束をしてさゆが立ち上がると、下腹部に独特の締め付けられるような痛みと、血の流れ出る感触がした。
(あ、生理・・・)
身体全体が少し温かい様な、身体の感覚が戻って来たような気がしていた。
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