三百年地縛霊だった伯爵夫人、今世でも虐げられてブチ切れる

村雨 霖

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第七話 犠牲者が彷徨う館

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屋敷の地下室に戻ると、ジョンは大人しく、さっきの場所に膝を抱えて座り込んでいた。何か言いたげな表情でこちらを見上げている。私は大きく溜息を吐いた。

「……逃げられたわ」

「奥様、気を落とさないで下せえ……」

ジョンはおずおずと前に出てきた。

「それより奥様。この屋敷にいる幽霊はワシだけじゃねえんです。
この屋敷で、あと二人、シェアリアに殺された者がおります」

「……はあ!!??」

私は驚きに目を見張る。鳩尾の痛みなど、すぐに吹っ飛んだ。
あの女、一体どこまで……

「だ、誰と誰?」

「一人はスレア家の家令だったジェームス様です。
もう一人はメイドのアニー。
二人とも、この屋敷にの亡霊のまんま、留まってるんです」

「アニー!?」

ジェームスという人は知らなかったが、アニーには何度か会っていた。
私がこの家に嫁いできたばかりの頃、唯一まともな食事を運んでくれたメイドだ。
温かいスープと、柔らかなパン。時には良い頃合いに火が通った肉の切れ端や、野菜が添えられてくることもあった。

『こんな物しかなくて、申し訳ありません』

眉をわずかに八の字に下げた笑顔で、そう言いながら。

ある時から、パッタリ姿を見せなくなり、心配していたけれど、そんな事になっていたなんて。
ありったけ流して、空っぽになったと思った涙が、まだ滲み出てきた。
どうして彼女がそんな目に……

それに会ったことはないけれど、伯爵家の財政を握る家令が殺されているのも気になった。

「ねえ、ジョン。二人と話はできるかしら?」

「へい、二人とも出没する場所は大体決まってるんで、そこに行けば……」



***



私達は辺りを伺いながら、そっと地下室のドアを開けた。
足音が立たないように注意を向けながら、一階を歩き回るが、辺りに人影は見当たらない。

「どうやら、皆、逃げちまったようですね」

殺人事件に関わった貴族の家など、使用人にとっては沈む泥船だ。
しかも『医者殺し』となれば、どれだけの厳罰が下るか、知れたものではない。

パッと見に、家具や美術品などは持ち去られていない。取り潰される貴族の持ち物は王国の管轄となる。
うっかり持ち出して、足が付けば即刻打ち首だから、さすがに置いていったようだ。

厨房と使用人の寮を見回ったジョンが戻ってきた。

「アニーは今、いませんね。人がバタバタしてたから、どっかに隠れたのかも知れねえです」

「仕方がないわね……だったら、ジェームスさんはどこ?」

「二階にある家令専用の執務室辺りでよく見かけます」



人気が失せた階段ホールに、私の足音だけが響く。
おそらく使用人の中では一番良い位置にあるであろう部屋を、私はつい癖でノックした。

コン、コン……

「どうぞ」

男性の低く、落ち着いた響きの声が聞こえた。
遠慮なくドアを開けると、誰の姿も見えない。

「私はマリーゼ。スレア現伯爵夫人です。あなたがジェームス?」

「はい、私はジェームス・アンバーと申します。奥様、あなたのことは大体存じておりますよ」

彼はゆっくりと、半透明の姿を現した。
年の頃は四十代後半だろうか。細身の長身で、彫りの深い整った顔立ちには、冷静さが宿る。
青い瞳で左眼にはモノクルを掛け、黒い髪をピシッとオールバックにして、黒い燕尾服、ペンシルストライプのズボンを纏っていた。

「しかし、あなたは私をご存じないでしょう。まずは、自己紹介から始めましょうか。

……私は父の後を継ぎ、二十年以上スレア伯爵家に仕えて参りました。この家は、屋敷こそ立派なものを受け継いでおりますが、たまたま先祖に商才のある者が一部存在しただけであり、その子孫は大した能力を持ち合わせておりません。領地からの税金で何とか成り立たせている状態でした。

しかし派手好きで自己主張の強い性格、他者への威圧感を持ち合わせた容姿は一貫しており、それは先代の伯爵様も、ハリー様も受け継いでおります。

それを何とか宥めすかして、伯爵家としての体裁を保っていたのですが……
ハリー様が、あの、シェアリアと名乗る平民女性にうつつを抜かすようになり、全ては破綻しました。

私は早急に彼女の身元調査をしましたが、どこからも情報が得られず、これは只者ではないと察し、ハリー様に忠言申し上げた数日後……

私は深夜、私室に忍び込んだあの娘に、毒物を注射されました。おそらく心臓発作に見せかける毒物です」

私は無言で聞いていた。

「私がいなくなった後、先代は依存性のある薬を与えられて別荘に籠りきりになり、ハリー様は色仕掛けでシェアリアの言うなりになって、あなたは虐げられることになってしまいました。私の後任はスレア家の縁戚から連れてきた無能な者でしたからね。

あの娘があなたに保険を掛けたのは、伯爵家の経済力がさほどでもないと知ったからでしょう。
この家はもう終わりです。私がもっと慎重に動いていればと、今も悔やみきれません」

表情には出さねど、ジェームスが静かに震えながら握りしめた拳には怒りが漲っていた。

「ジェームスさん、私はシェアリアを許したくない。絶対に罰を下したいの。他に殺された人の分も。
手伝ってくれますか?」

「もちろん。はなからそのつもりです。それから、私のことはジェームスとお呼びください。
今日からあなたがご主人様です」

ジェームスは、胸に右手を当て、主に対するように私に礼を取った。

「私はここに待機しております。何かございましたら、いつでもご相談ください」
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