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第三十一話 エクソシストの本領

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私を抱き起こしたアールが何か言い掛けた、その時。
彼の肩の向こう側にある、屋敷の柵の辺りで何かが蠢くのが見えた。

「来るわ……!」

私が苦しげに目を細めながら必死に声を出すと、後ろを振り返ったアールに向かって、長い腕が六本、一斉に伸びてくる。

「……、…………、…………!」

さっきと同じ文言を唱えながら、彼は胸元から何かを取り出した。
縦二十センチ近くある、大きめの十字架だ。

それを突き付けられた三人の霊が、柵の向こうで苦しみ始め、長い腕が弾け飛んだゴムのように、一気に本体に戻って行く。

アールは私を寝かせ直すと、文言を唱え続けたまま、十字架を真っ直ぐ前にかざして歩み続ける。
そして彼らのすぐ目の前まで進むと、胸元で大きく十字を切り、告げた。

「我が聖なる神の名の下、ここに告げる。
邪悪なるものよ、今すぐ、ここを立ち去れ!」

ギャアアアア…… アアアア…… ヒイイイイ……

三体の悪霊は悲鳴を上げると、恐慌に陥ったように落ち着きを失った。
そのまま彼らは、敷地の奥にある、焦げた建材の山の中に吸い込まれるように消えていった。

その様子を見届けて、もう襲ってこないと確認したらしきアールが、こちらに駆け戻ってきた。

「大丈夫か?」

「え、ええ、大丈夫……」

膝をついたアールに、私は再び抱き起こされた。壊れ物を扱うように、優しく、丁寧に。
彼は屋敷の方を一瞥すると、私に向き直って、視線を合わせる。

「今はこれくらいで良いだろう。根源から払ったわけではないが、封印には成功した。
結界もしっかり張っている。
これでこの道で怪しい現象が起こることは二度とないはずだ。

確かに、結界が張られたと思しき瞬間から、身体を蝕む不調が、潮が引くように消え去っている。
ただ先ほどまでのショックで、まだ少しだけ目眩が残っていた。
とにかく呼吸を整えなければ。

「アール、あなた、どうしてここに……?」

私は深呼吸をすると、彼に尋ねた。

「とある依頼主から正教会に、大至急の除霊依頼があったんだ。高額の寄付金付きで。
教会の奴らめ、通り道にも問題のある場所があるから、ついでにそこを片付けてから現地に向かうように、だとさ。
本当に人遣いが荒い。

……しかし、あんたほどの者が、一体どうしたんだ?
手こずるような相手でもなかっただろう?」

「ちょっと、具合が悪くて」

私にとって因縁のある場所だから、とは言わなかった。
今はこの焼け跡のことを、思い浮かべるのも苦痛だったからだ。

それにしても、こうしてアールが本領を発揮する姿を見たのは初めてだ。
想像していたよりもずっと、彼は有能だった。
エクソシストとしては、おそらく正教会でもトップクラスの実力があるのだろう。

私がそんな事をぼんやり考えていると、アールが心配そうに声を掛けてきた。

「どうする?
体調が悪いなら、どこか近くの宿まで送って行こうか?
もちろん下心はない」

「いえ、私も急いでいるから。これから大事な用があるの」

「そうか。じゃあ、くれぐれも気を付けてくれ。俺も急ぎだからな」

そう言って彼が歩いて行った先には、見慣れない乗り物があった。
馬に繋がっていない、小型の馬車。そんな感じだ。
屋根が無く、直線的で無骨。

「ああ、これは自動車という奴だ」

「これが? 油で動くっていう……噂に聞いたことはあるけれど、初めて実物を見たわ」

「帝国でもまだ五台しか流通してないからな。
こういう仕事をしていると、命を持たない物の方が頼れることもある」

ほんの一瞬、アールの横顔に影が差した気がしてハッとしたが、彼はすぐに普段の表情に戻った。

アールは自動車の前に立つと、カクカクと二ヶ所が折れ曲がった棒を、座席の足元の方から取り出して、車の前面に差した。
棒の取手になった部分を何度もぐるぐる回すうちに、自動車はブルンブルンと唸り出す。

「ようやくエンジンが掛かったか……じゃあな、身体には気を付けな」

そう言うと、彼は車の運転席に乗り込んだ。
アールを乗せた自動車は、後方下部にある細い管から黒い煙をモクモク上げて、馬よりも早く遠ざかって行く。

彼が去ってから、私はまだお礼を言ってないことに気が付いた。
豆粒ほどに小さくなった彼の後ろ姿に、私はつぶやく。

「アール……ごめんなさい。ありがとう」



***



「マリーゼ様、本当にもう大丈夫なんですか?
まだ余裕がありやすし、セルナ住宅街に行くのは明日に延期してもイイんですよ?

「平気、平気。すっかり良くなったわ。
それよりジョンこそ大丈夫なの?
かなり遠くまで投げ飛ばされてたみたいだけど」

「いや、もう、私なんか、実体がありませんからね。

投げられようが、踏まれようが、痛くも痒くもねえんですが……
まるで役に立てなくて、お恥ずかしい」

「いいのよ。馬達は? 落ち着いた?」

「まあ、なんとか宥めすかしたんで、大人しく馬車を引っ張ってくれそうですよ」

まだ陽は高い。
馬車は町外れを過ぎて、街と街を繋ぐ街道が通る、長い森を抜ける。
私達は一路、セルナ住宅街を目指して進んで行った。
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