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第三十四話 レンとの再会
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「シェアリア……」
落ち着け……落ち着け……
私は早くなる動悸を抑えるように心を凪ぐように努めながら、ジュリエナさんの執事の背中に向かって言った。
「私、その人をずっと探しているんです。
うちの屋敷が幽霊屋敷になる前に、使用人三人の命を奪った女性の名が『シェアリア』でした。
かかりつけのドクターも彼女に命を狙われた末、亡くなっています」
彼は、驚愕の表情でこちらを振り向く。
「本当……ですか?」
「ええ、被害者の一人がレンの祖父なのです。
国際指名手配もされていますが、伝わっていないでしょうか」
「おそらく、騎士団や自警団辺りには通知がきているのですが、民間には公表されていないようです。
その名を知れば、当家も黙っていませんから」
執事は、広さのある廊下の突き当たりの部屋の前まで私を案内すると
「ごゆっくり。私は先程の話を主人に伝えて参ります」
と告げ、足早に去っていった。
コン、コン。
「はーい、どうぞ」
私が扉をノックすると、中からボーイソプラノで返事があった。
「こんにちは、レン」
ドアから顔を出したのが私で、彼はキョトンとしている。
まあ、ジョン達の葬儀で一回顔を合わせただけだから無理もない。
「私はマリーゼ。あなたのお祖父様が働いていた屋敷の者よ。
ジョン、早く会ってあげて」
私の後ろからジョンがおずおずと現れると、レンの顔がぱあっと明るくなった。
「おじいちゃん! 本当におじいちゃんなの?」
「うん、じいちゃんだよ。ああ、レン、無事で良かった。
急に手紙が途絶えたから、ワシャもう、心配で心配で……」
「ごめんね、おじいちゃん」
「おまえが謝る必要なんてないだろう。
まさかハンスがおまえに暴力を振るった挙句、売り飛ばしちまうとは……
ハンスの家でこれを見つけたよ。辛かったなぁ……」
ジョンがポケットから、涙で文字が滲んだ手紙を取り出した。
「それは……ボク、叔父さんには叩かれたりしてたけど、叔母さんが庇ってくれたの。
でも、家を追い出されることになったから、叔母さんもボクを嫌いになったのかって。
それにボクがいなくなったら、叔母さんが一人で叩かれるんじゃないかと思って……」
「レン、おまえ、叔母さんのところに戻りたいのかい?」
「うーん……でも、今のママはすごく可愛がってくれるし……
それにママに『どこにも行かないで』って言われると、可哀想になっちゃって」
横で二人の会話を聞いていた私は
(うわあ……ジュリエナさんのウルウルはこんな小さい子にも効果があるのか)
などと感心しつつ、口を挟む。
「レン、大丈夫よ。ヘレンさんはね、ハンスと離縁することになったの。
その後はうちに来てもらうから、安心してね。
できれば、これからはジョンとヘレンへ手紙を送ってもらえると嬉しいわ」
「ホント!? だったらボク、いっぱい手紙書くね!」
「そうかそうか、楽しみにしてるぞ」
二人の笑顔に、私も笑顔になる。
ヘレンさんをスカウトしたのは、やはり間違いじゃなかった。
***
ジョンに姿を消してもらい、リビングに戻ると、ジュリエナさんがキリッとした顔で待っていた。
これが彼女の『仕事の顔』なのだろう。こちらに気付いた彼女が、私にソファを勧める。
「マリーゼ様。今後、我がラバン商会は、全力であなたに協力いたしますわ。
各地で何かお困りごとがあった際には、是非当商会の視点をお尋ねください。
それから、もう一つ。
うちには、以前ここで働いていた頃のシェアリアの写真が一枚だけ残っているの。
家を出る際、写真も焼かれていたのだけど、一枚だけ見落としたらしいわ。
これをあなたに預けるわ。
それから、彼女を採用する際に提出してもらった身上書も。
こちらは写しをお渡しするわね。何かの役に立てば嬉しいのだけど……」
「ありがとうございます! 絶対に役に立てて見せますわ」
ジュリエナさんに直接手渡された写真。
プライベートで撮影されたと思われるその画像に残るシェアリア。
体型があまり出ない、ゆったりした紺色のワンピースに身を包んだ彼女は、全体にぼんやりした感じの、地味な容姿だった。
麦わら色の髪に茶色の瞳。
二重ではあるが、あまり大きくない目に、低い鼻。
少し『への字』型になった薄い唇。
何より、その無表情さ。
旧スレア子爵邸だった頃の屋敷にいた、あの愛らしいシェアリアの面影は皆無だ。
だがメイドの寮と思われる個室の、窓辺に置かれた鉢植えは、芥子の花だった。
温室にもあった、麻薬の材料だ。
間違いなく本人だと確信する。
身上書に書かれた出身地は帝国にある都市だった。
このまま帝国に向かうことも考えたが、あそこは出国の正式書類を揃え、厳しい手続きを経ないと入国できないはずだ。
仕方なく、一旦帰国することにした。
ヘレンの家に寄り、荷物をまとめた彼女を連れて、もう一度ジュリエナの家へと向かう。
ヘレンとレンと最後に一度会わせることを、ジュリエナさんは快諾してくれた。
「ああ、あの子は今、幸せなんですね、よかった……」
再び訪れたラバン邸から、ジュリエナさんとレンが手を繋いで出てきたのを見て安心するヘレン。
「おばちゃん! 来てくれたんだね!」
「レン!」
ヘレンは膝を折って屈み込むと、レンを抱き締めた。
彼女はそのままジュリエナさんにお辞儀をする。
「この子を……レンをよろしくお願いします」
「ええ、もちろん。目一杯幸せにしますから、安心してちょうだいね」
そして私とヘレンは、国境を越えてマリーゼ邸へと向かった。
いろいろ大変だったけれど、シェアリアの手掛かりが手に入ったのは大きい。
シェアリア、今に見てなさい。きっとあなたを追い詰めてみせる。
落ち着け……落ち着け……
私は早くなる動悸を抑えるように心を凪ぐように努めながら、ジュリエナさんの執事の背中に向かって言った。
「私、その人をずっと探しているんです。
うちの屋敷が幽霊屋敷になる前に、使用人三人の命を奪った女性の名が『シェアリア』でした。
かかりつけのドクターも彼女に命を狙われた末、亡くなっています」
彼は、驚愕の表情でこちらを振り向く。
「本当……ですか?」
「ええ、被害者の一人がレンの祖父なのです。
国際指名手配もされていますが、伝わっていないでしょうか」
「おそらく、騎士団や自警団辺りには通知がきているのですが、民間には公表されていないようです。
その名を知れば、当家も黙っていませんから」
執事は、広さのある廊下の突き当たりの部屋の前まで私を案内すると
「ごゆっくり。私は先程の話を主人に伝えて参ります」
と告げ、足早に去っていった。
コン、コン。
「はーい、どうぞ」
私が扉をノックすると、中からボーイソプラノで返事があった。
「こんにちは、レン」
ドアから顔を出したのが私で、彼はキョトンとしている。
まあ、ジョン達の葬儀で一回顔を合わせただけだから無理もない。
「私はマリーゼ。あなたのお祖父様が働いていた屋敷の者よ。
ジョン、早く会ってあげて」
私の後ろからジョンがおずおずと現れると、レンの顔がぱあっと明るくなった。
「おじいちゃん! 本当におじいちゃんなの?」
「うん、じいちゃんだよ。ああ、レン、無事で良かった。
急に手紙が途絶えたから、ワシャもう、心配で心配で……」
「ごめんね、おじいちゃん」
「おまえが謝る必要なんてないだろう。
まさかハンスがおまえに暴力を振るった挙句、売り飛ばしちまうとは……
ハンスの家でこれを見つけたよ。辛かったなぁ……」
ジョンがポケットから、涙で文字が滲んだ手紙を取り出した。
「それは……ボク、叔父さんには叩かれたりしてたけど、叔母さんが庇ってくれたの。
でも、家を追い出されることになったから、叔母さんもボクを嫌いになったのかって。
それにボクがいなくなったら、叔母さんが一人で叩かれるんじゃないかと思って……」
「レン、おまえ、叔母さんのところに戻りたいのかい?」
「うーん……でも、今のママはすごく可愛がってくれるし……
それにママに『どこにも行かないで』って言われると、可哀想になっちゃって」
横で二人の会話を聞いていた私は
(うわあ……ジュリエナさんのウルウルはこんな小さい子にも効果があるのか)
などと感心しつつ、口を挟む。
「レン、大丈夫よ。ヘレンさんはね、ハンスと離縁することになったの。
その後はうちに来てもらうから、安心してね。
できれば、これからはジョンとヘレンへ手紙を送ってもらえると嬉しいわ」
「ホント!? だったらボク、いっぱい手紙書くね!」
「そうかそうか、楽しみにしてるぞ」
二人の笑顔に、私も笑顔になる。
ヘレンさんをスカウトしたのは、やはり間違いじゃなかった。
***
ジョンに姿を消してもらい、リビングに戻ると、ジュリエナさんがキリッとした顔で待っていた。
これが彼女の『仕事の顔』なのだろう。こちらに気付いた彼女が、私にソファを勧める。
「マリーゼ様。今後、我がラバン商会は、全力であなたに協力いたしますわ。
各地で何かお困りごとがあった際には、是非当商会の視点をお尋ねください。
それから、もう一つ。
うちには、以前ここで働いていた頃のシェアリアの写真が一枚だけ残っているの。
家を出る際、写真も焼かれていたのだけど、一枚だけ見落としたらしいわ。
これをあなたに預けるわ。
それから、彼女を採用する際に提出してもらった身上書も。
こちらは写しをお渡しするわね。何かの役に立てば嬉しいのだけど……」
「ありがとうございます! 絶対に役に立てて見せますわ」
ジュリエナさんに直接手渡された写真。
プライベートで撮影されたと思われるその画像に残るシェアリア。
体型があまり出ない、ゆったりした紺色のワンピースに身を包んだ彼女は、全体にぼんやりした感じの、地味な容姿だった。
麦わら色の髪に茶色の瞳。
二重ではあるが、あまり大きくない目に、低い鼻。
少し『への字』型になった薄い唇。
何より、その無表情さ。
旧スレア子爵邸だった頃の屋敷にいた、あの愛らしいシェアリアの面影は皆無だ。
だがメイドの寮と思われる個室の、窓辺に置かれた鉢植えは、芥子の花だった。
温室にもあった、麻薬の材料だ。
間違いなく本人だと確信する。
身上書に書かれた出身地は帝国にある都市だった。
このまま帝国に向かうことも考えたが、あそこは出国の正式書類を揃え、厳しい手続きを経ないと入国できないはずだ。
仕方なく、一旦帰国することにした。
ヘレンの家に寄り、荷物をまとめた彼女を連れて、もう一度ジュリエナの家へと向かう。
ヘレンとレンと最後に一度会わせることを、ジュリエナさんは快諾してくれた。
「ああ、あの子は今、幸せなんですね、よかった……」
再び訪れたラバン邸から、ジュリエナさんとレンが手を繋いで出てきたのを見て安心するヘレン。
「おばちゃん! 来てくれたんだね!」
「レン!」
ヘレンは膝を折って屈み込むと、レンを抱き締めた。
彼女はそのままジュリエナさんにお辞儀をする。
「この子を……レンをよろしくお願いします」
「ええ、もちろん。目一杯幸せにしますから、安心してちょうだいね」
そして私とヘレンは、国境を越えてマリーゼ邸へと向かった。
いろいろ大変だったけれど、シェアリアの手掛かりが手に入ったのは大きい。
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