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第四十九話 アールとディアス
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「マリーゼ嬢、今すぐそいつの車から降りた方がいい。
……喰われますよ」
え……? 喰われる? 私が? アールに?
それってどういう……あっ!
そこまで考えて、ようやくスレイター公爵家の『身内喰いの呪い』に思い至った私。
「大丈夫よ、別に私は彼の家族でも何でもないし」
その場を収めようと、作り笑顔で答えたけれど、ディアスは硬い表情を崩さない。
「家族でなくても、呪いは発動する。
スレイター家の人間と恋愛関係になれば、それだけで呪いの対象になるんです」
それは今、初めて聞いた。
だけど……私の隣で、アールがディアスの言葉を根本から否定する。
「そんなことはあり得ない。
俺が彼女に恋愛感情を持つことは、絶対にない」
低く、忌々しそうな声。
それはそうだ。
私達は偶然出会うことが多かっただけで、特別な感情を持っている訳ではない。
そう、今日だってたまたま会っただけ……
事実なのに、何だか胸につっかえるような物がある。
「マリーゼ嬢、すぐに車から降りて下さい。
調査報告もありますし、一緒にホテルの商談室の個室に行きましょう」
確かに報告は気になった。
だけど、わざわざ「個室」なんて単語を使う必要、ある? とも思う。
「ごめんなさい、アール。送ってくれてありがとう。
また何かあったら連絡するわ」
私が車を降りようとすると、ディアスがサッと側に来て、私の手を取った。
「気をつけて」
「あ、ありがとう……」
そして私が完全に自動車から降り立つと、ディアスはアールに向かって小声で囁いた。
「寿命百歳確定、おめでとう」
その瞬間、アールがシートから立ち上がってこちらを向き、ディアスを睨みつけた。
「黙れ」
「だって、そうだろう?
ラッシュがいなくなったんなら、次の当主はお前だ。
健康長寿と幸運に恵まれて、一人長生きするのはさぞや気分がいいだろうな」
「貴様……!」
アールが身を乗り出して、ディアスの襟首を掴んだ。
「ああ、殴りたければどうぞ」
表情を変えないディアスがそう言った瞬間、大きな警戒音が周囲に響いた。
パァーーーーッ!! パパパァーーーーッ!!
「二人とも、やめて!!
こんな往来で、周りに迷惑よ!」
私はクラクションから手を離す。
「とにかく今日はもう、ここまでにしましょう。
アール、また今度ね」
「……」
無言のアールを乗せた自動車は、黒い排気ガスとモーター音を残して、素っ気なく走り去っていった。
「マリーゼ嬢、失礼しました。
ジェームス氏を呼んで、商談室で話をしましょう」
私をエスコートしようとディアスが差し出した右腕。
でもその腕を取る気にはなれなかった。
「あの、ホイストさん。
私が口出しするのも何ですが、さっきのあれは良くないと思います」
俯いたディアスは唇を噛みながら、絞るように声を出した。
「申し訳ありません。
私も父母を亡くしたものですから」
「あなた……もしかして」
「皮肉なものですよね。あいつとははとこでしかない。
両親はしがない子爵家で、私だって公爵家の家督の相続権は無いも同然なのに、呪いだけは分け隔てなく降りかかる。
父は四十歳、母は三十一歳でした。
私だって、いつまで命があるか、分かったもんじゃない」
ディアスは綺麗な弧を描く眉を下げながら、青い目を金色の睫毛で伏せ隠した。
「ごめんなさい、私、言い過ぎましたわ」
彼にしたら、やりきれないだろう。
たまたまスレイター家の血を僅かに引いただけで大切な家族を早くに失い、彼自身、明日をもしれない命なのだ。
同じ呪いで利益を得る人間がいたら、何か一言言いたくなってしまう気持ちは、分からないでもない。
でもそれをアールにぶつけても、何の解決にもならないのだけれど……
私達は複雑な思いで商談室を借りると、ホテルの従業員にジェームスを呼んできてもらった。
***
「それではここまでに得た情報について、報告させていただきます」
昨日と同じ号数の商談室の個室。
入り口から見て奥に私とジェームス、ドア側にディアスが座っている。
彼はすでに、探偵としての顔に戻利、人数分の資料を手際よく配った。
「残念ですが、シェアリア関連については、今のところ手掛かりがありません。
その代わり、茶色い髪の少年に関しては、気になる情報を入手しました。
一番上の資料をご覧下さい」
資料にはこんなことが書かれていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
帝国屈指の大富豪・ルサール伯爵。後を継ぐはずだった長男が病死したが、亡くなる前の本人の遺言により、隠し子がいることが発覚した。伯爵家ではその落とし胤を探し、引き取ろうとしたが、それらしき候補の少年が二人いて、現時点ではどちらが本物か、確証がない。
一人はロビン・ローズ。帝国内の労働者のアパートメント街に母親と暮らしている。
もう一人はマイケル・スミス。帝国内の商会で見習いとして働いている。
双方とも母親が過去にルサール家長男と付き合っており、二人とも父親と同じ茶色い髪に、茶色の目、ソバカスがある。
今のところ、どちらが長男の息子なのか、決め手がない状態。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ロビンって、あの時、馬車に飛び込もうとしたロビン……?
それに茶髪に茶色の目にソバカス……
ロビンのお母様が息子と間違えた男の子って……まさか。
私は息を飲んだ。報告書を持つ手に力が入る。
魂から悪い波長を放っている少年。
このマイケル・スミスという子がそうなのだろうか。
……喰われますよ」
え……? 喰われる? 私が? アールに?
それってどういう……あっ!
そこまで考えて、ようやくスレイター公爵家の『身内喰いの呪い』に思い至った私。
「大丈夫よ、別に私は彼の家族でも何でもないし」
その場を収めようと、作り笑顔で答えたけれど、ディアスは硬い表情を崩さない。
「家族でなくても、呪いは発動する。
スレイター家の人間と恋愛関係になれば、それだけで呪いの対象になるんです」
それは今、初めて聞いた。
だけど……私の隣で、アールがディアスの言葉を根本から否定する。
「そんなことはあり得ない。
俺が彼女に恋愛感情を持つことは、絶対にない」
低く、忌々しそうな声。
それはそうだ。
私達は偶然出会うことが多かっただけで、特別な感情を持っている訳ではない。
そう、今日だってたまたま会っただけ……
事実なのに、何だか胸につっかえるような物がある。
「マリーゼ嬢、すぐに車から降りて下さい。
調査報告もありますし、一緒にホテルの商談室の個室に行きましょう」
確かに報告は気になった。
だけど、わざわざ「個室」なんて単語を使う必要、ある? とも思う。
「ごめんなさい、アール。送ってくれてありがとう。
また何かあったら連絡するわ」
私が車を降りようとすると、ディアスがサッと側に来て、私の手を取った。
「気をつけて」
「あ、ありがとう……」
そして私が完全に自動車から降り立つと、ディアスはアールに向かって小声で囁いた。
「寿命百歳確定、おめでとう」
その瞬間、アールがシートから立ち上がってこちらを向き、ディアスを睨みつけた。
「黙れ」
「だって、そうだろう?
ラッシュがいなくなったんなら、次の当主はお前だ。
健康長寿と幸運に恵まれて、一人長生きするのはさぞや気分がいいだろうな」
「貴様……!」
アールが身を乗り出して、ディアスの襟首を掴んだ。
「ああ、殴りたければどうぞ」
表情を変えないディアスがそう言った瞬間、大きな警戒音が周囲に響いた。
パァーーーーッ!! パパパァーーーーッ!!
「二人とも、やめて!!
こんな往来で、周りに迷惑よ!」
私はクラクションから手を離す。
「とにかく今日はもう、ここまでにしましょう。
アール、また今度ね」
「……」
無言のアールを乗せた自動車は、黒い排気ガスとモーター音を残して、素っ気なく走り去っていった。
「マリーゼ嬢、失礼しました。
ジェームス氏を呼んで、商談室で話をしましょう」
私をエスコートしようとディアスが差し出した右腕。
でもその腕を取る気にはなれなかった。
「あの、ホイストさん。
私が口出しするのも何ですが、さっきのあれは良くないと思います」
俯いたディアスは唇を噛みながら、絞るように声を出した。
「申し訳ありません。
私も父母を亡くしたものですから」
「あなた……もしかして」
「皮肉なものですよね。あいつとははとこでしかない。
両親はしがない子爵家で、私だって公爵家の家督の相続権は無いも同然なのに、呪いだけは分け隔てなく降りかかる。
父は四十歳、母は三十一歳でした。
私だって、いつまで命があるか、分かったもんじゃない」
ディアスは綺麗な弧を描く眉を下げながら、青い目を金色の睫毛で伏せ隠した。
「ごめんなさい、私、言い過ぎましたわ」
彼にしたら、やりきれないだろう。
たまたまスレイター家の血を僅かに引いただけで大切な家族を早くに失い、彼自身、明日をもしれない命なのだ。
同じ呪いで利益を得る人間がいたら、何か一言言いたくなってしまう気持ちは、分からないでもない。
でもそれをアールにぶつけても、何の解決にもならないのだけれど……
私達は複雑な思いで商談室を借りると、ホテルの従業員にジェームスを呼んできてもらった。
***
「それではここまでに得た情報について、報告させていただきます」
昨日と同じ号数の商談室の個室。
入り口から見て奥に私とジェームス、ドア側にディアスが座っている。
彼はすでに、探偵としての顔に戻利、人数分の資料を手際よく配った。
「残念ですが、シェアリア関連については、今のところ手掛かりがありません。
その代わり、茶色い髪の少年に関しては、気になる情報を入手しました。
一番上の資料をご覧下さい」
資料にはこんなことが書かれていた。
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帝国屈指の大富豪・ルサール伯爵。後を継ぐはずだった長男が病死したが、亡くなる前の本人の遺言により、隠し子がいることが発覚した。伯爵家ではその落とし胤を探し、引き取ろうとしたが、それらしき候補の少年が二人いて、現時点ではどちらが本物か、確証がない。
一人はロビン・ローズ。帝国内の労働者のアパートメント街に母親と暮らしている。
もう一人はマイケル・スミス。帝国内の商会で見習いとして働いている。
双方とも母親が過去にルサール家長男と付き合っており、二人とも父親と同じ茶色い髪に、茶色の目、ソバカスがある。
今のところ、どちらが長男の息子なのか、決め手がない状態。
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ロビンって、あの時、馬車に飛び込もうとしたロビン……?
それに茶髪に茶色の目にソバカス……
ロビンのお母様が息子と間違えた男の子って……まさか。
私は息を飲んだ。報告書を持つ手に力が入る。
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