三百年地縛霊だった伯爵夫人、今世でも虐げられてブチ切れる

村雨 霖

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第五十七話 幽霊屋敷の本領

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「シェアリア。
よく来てくれたわね。
今日はいろんな趣向を凝らしているの。
楽しんでいって欲しいわ」

つばの短い紺色の帽子に、カチッとしたジャケット、シンプルなミモレ丈のスカート。
幽霊屋敷ツアーの案内人の格好をした私は、ホールの一階奥から、玄関ホールが見えるところまで出ていった。

「ふーん。
招いてくれた割には、歓迎ムードじゃないようだけど……
まあ、好きにやらせてもらうわ」

シェアリアがこちらに向かって、いきなりダッシュしてきた。
後ろでに隠していた手には、注射器。
筒を人差し指と中指で挟み、針を刺したら即座にシリンジを押して、薬を注入できるように構えていた。

彼女が間近に迫ってきた瞬間、いきなり彼女の足元に、数本のピアノ線がビン、と張られる。

「!! これは何の真似かしら?」

直前で踏み止まるシェアリア。

「言ったでしょう? 趣向を凝らしているって」

私は言いながら、ホールの階段を駆け上がった。

すぐに後ろから階段を登ってくる足音が聞こえて、すぐ小さな叫び声が聞こえた。
階段を上り切って後ろを振り返ると、シェアリアが階段の直前の床に膝をついていた。
階段の途中から段差が消えて、坂になっている。
割れた注射器が近くに落ちていた。

ツアーを始めてから、この屋敷にはジェームスが設計した仕掛けが、あちらこちらに施されている。
普段はお客様に危険がないような演出に使っているけれど、今日は相手が怪我をしそうな罠も混ざっていた。

「ずいぶんと小賢しい真似をしてくれるわね。
どれだけ屋敷を弄ったのかしら。
まあ、これくらい、どうってことはないけど」

黒装束を纏った彼女の腰には、よく見ると黒い一本鞭が装着されている。
シェアリアは鞭の先を二階の階段の手すりに、ピシッと巻きつけると、坂になった階段を登りきった。

その間も、私は屋敷の上に向かって逃げ続ける。
吹き抜けになった玄関ホールの廊下を走って、三階への階段に差し掛かったところで、シェアリアが私に向けて鞭を打ってきた。
左手に痛みが走り、鞭の先がぐるりと手首に巻きつく。

その時、三階の手すりの上から、翼の生えた天使が舞い降りてきて、私の手首から鞭をほどいた。

「何……? 嘘でしょ?」

シェアリアの足が一瞬止まった。

「シェアリアさん、私よ。覚えてる?」

そう言って向き直るった天使の顔を見て、シェアリアは何か納得したような表情をした。

「へえ、あんたは天国に行ったのね、アニー。おめでとうさん。
でも、邪魔はさせないわ」

シェアリアの後ろから、何かが首をもたげた。
大きな口を開いて牙を剥き出しにしたシェアリアの魂が、アニーを噛み砕こうとする。

「危ナイ!」

アニーを庇ったのは、古くからいるピアニストの霊だった。
二人は手摺からホール1階に向かって落ちていく。
まあ、どちらも幽霊だから大丈夫だろうけど……

でも、シェアリアの魂は霊にも危害を加えそうだ。
これ以上、皆を巻き込みたくない。
私は上へと急いだ。



今、目指す先は、屋根裏部屋だ。
かつて大量の紙飛行機を飛ばし、ハンター先生殺しを周囲に告発した時に使った、明かり取りの窓がそこにある。
窓に長い梯子を掛けて、屋根に出られるようにしておいた。
屋根の上が、最後の対決の場となる。

シェアリアの魂を滅するには、稲妻を落とし、感電させ、高熱で焼くしかない。

ある程度は天候を操れる私だけれど、どこでも思うように稲妻を落とせる訳ではない。
だから確実に落雷を引き寄せる避雷針まで、シェアリアを誘き寄せるのだ。

彼女が避雷針に触れたら、特大の雷を落とす。
そういう作戦だ。

相手を誘き寄せるために、敢えて幽体離脱はしない。
三階への階段を上り切り、ホールに沿った廊下を走流。
その間も、シェアリアは追ってくる。生身だと彼女の方が足が速いようだ。

最上階・四階への階段に差し掛かったところで、鞭が左足首に飛んできた。
私は、そのまま前のめりに廊下に倒れる。

「手こずらせてくれたわね」

息を切らしながらも冷酷な笑顔を浮かべたシェアリアが、ゆっくり近付いてきた。
片手に鞭を持ったまま、アタッシェケースを開いて、新しい注射器を取り出そうとしている。
急いで座り直し、足首の鞭を解こうとした時、シェアリアに誰かが飛びかかった。

「マリーゼ様!逃げてくだせえ!」
「ジョン!」

私が鞭を足首を自由にしている間に、ジョンがシェアリアの鞄を取り上げて、ホールの中心に放り投げた。
落ちていく黒い鞄。開いたケースの口から注射器がバラバラとこぼれ、床に叩きつけられた。
筒が割れ、ガラスの欠片と針、薬品の雫が次々に散らばる。

「余計なことを!」

その言葉と共にシェアリアの魂がジョンに襲いかかった。
胴体に噛みついて、階段の上から一階へと振り落とす。
それと同時に、ジョンのものではない、悪意の籠った低い声がホールに響いた。

【死んだ魂は喰わん 生きた魂を寄越せ】

あれは何? 魂の声?
シェアリアの意思とは別のようだ。
悪魔の呪いの声?

全身が総毛立った。
だけど迷っている暇はない。
目的の場所に、急がなければ。
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