三百年地縛霊だった伯爵夫人、今世でも虐げられてブチ切れる

村雨 霖

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最終話 これからずっと

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あれから、マリーゼ邸には幾つかの変化があった。

まず、ジョンがいなくなったこと。
この屋敷への思い残しが無くなったのだろう。

「あの女がいなくなって、ようやく罪を償えました」

その一言と共に、彼は孫のレンの成長を間近で見たいからと、ジュリエナさんの屋敷に引っ越していったのだ。
最後の戦いで、ジョンが悪魔の魂に腹を噛まれた時には驚いたけれど……
元々死んでたわけだし、特に差し障りが無くて良かった。

それから、ジェームスが幽霊屋敷ツアーの収益を元手に、本格的に事業を立ち上げた。
ゴーストを題材にしたアミューズメントパークだ。
ジュリエナさんが経営するラバン商会とも提携して、グッズ展開も始めている。
事業の名義は私だけれど、ジェームス自身、もともと経営に興味があったらしく、ある意味第二の人生を謳歌している。

アニーは長身のピアニストの霊と、なんとなく良い雰囲気になっているらしい。
その辺の話は本人にはあまり深く聞いたりはしないけど……いい方向に進めばいいなと思う。



……いや、今は人の事よりも、自分の事だろう。



「マリーゼ。これから一緒に侯爵邸に来て欲しい」

目の前で、柄にもなくソワソワした様子のアールにそう言われて、嬉しくない訳がない。
なのに、私の口から咄嗟に出た言葉ときたら……

「ごめんなさい、しばらく時間をちょうだい」

だって、私には白い結婚とはいえ、結婚歴がある。
しかも帝国の筆頭公爵家の嫡男のアールに対して、大陸の隅っこにある小さい国の、一代限りの子爵の私。
身分に差があり過ぎる。御両親に反対されないだろうか?
祝福されない花嫁を二回経た後だと、どうしても二の足を踏んでしまう……

それに……これまで一緒にいた皆を、マリーゼ邸に置いて去るのが忍びない。
ジェームスとアニーは実体化できるとはいえ、それ以外の人間は普通の主婦だったヘレンだけだし、もしもの時の不安が残る。



……アールが好き。
すごく感謝もしてる。
ずっと一緒にいたいと思う。
だけど、やっぱり今「一緒に行く」と即答はできなかった。
もしもそれで嫌われでもしたら、一番ショックを受けるのが自分なのは、分かっているのに。

どうしたらいいのか、何に折り合いを付けたらいいのか……
まだ答えが見つからない。
ごめんなさい、もう少し考えさせて。



***



ここはホイスト探偵事務所。
雑然とした事務所の片隅の、形ばかりの接客コーナーのソファに、大の男が二人、向かい合って座っていた。



「断る。なんで寄子の俺が本家の跡目を継がなきゃいけないんだ」

難しい顔で腕組み足組みをしたディアスが、アールに向けて悪し様に言葉を放つ。

「本家のために、寄子がどれだけの犠牲を払ってきたか、わかるか?
呪いが消えたって言うなら、本家じゃなくて、それこそ自分の家を立て直したいんだよ」

「そうだな……すまない」

ディアスは足を組み替えながら、俯くアールを見据える。

「女か?」

「……」

「あの人か」

「……ああ」

「あんた、そういうことを言いだす奴じゃなかったのに、驚きだよ。
なんだよ、プロポーズでも断られたのか?」

「いや……だがしばらく待って欲しい、と」

アールが気不味そうに目線を反らすと、ディアスはゲラゲラ笑った。

「だったら、待つしかないだろ!

……俺達はたまたま年齢が近いし、子供の頃よく一緒に遊んだから、二人の時はこんな風に口をきいてるけどな。
本来だったらこっちは敬語を使わなきゃいけない間柄だ。
それを今でも許してくれてるのは感謝するよ。

跡目の方はまあ、正式に返事があったら、その時一緒に考えよう」

「すまない」

「いいって」

二人はすっかり冷めたコーヒーカップを手に取った。



***



それから半年後。

私はバリークレスト帝国にやって来た。
貴族のタウンハウス街から少し外れた場所に、アールを呼び出した。
デートというより、ビジネス対応に向いたカチッとした服装に身を包み、私は彼を待っている。

約束の時間まで、あと数分というところで、近付いてくる自動車のクラクションが鳴った。

「マリーゼ!」

「アール、久しぶりね!
半年も待たせて、ごめんなさい」

「いや、だが、呼び出したからには、今日返事をもらえると思っていいのかな?」

「ええ! でも、まずはここを見てもらいたいの」

目の前にあるのは、ロープが張られ、立ち入り禁止になっている広い空き地。

「ここがどうしたんだ?」

「ここにね、マリーゼ邸とそっくりな屋敷を建てて、皆で、丸ごと引っ越してこようと思うの」

「は?」

「もちろん、公爵家の仕事はなるべく手伝うわ。
でも、今までの幽霊屋敷ツアーに、テーマパークの経営の仕事も続けたいのよ。
私、欲張りなのかも」

「……」

「あまりに公爵家の間近で幽霊屋敷を経営するのは憚られるもの。
通勤は苦にならないけれど、スープがちょっと冷めるくらいの距離のこの場所に職場を構えて……

……なんて、ダメかしら?」



「ダメなわけがないだろ。

……いや、本当にあんたは変わった人だよ。
でも俺は、そんなあんたが良いんだ。

……頼むから、俺と、一生を共にして欲しい」

アールの真剣な顔は何度も見たけれど、こんなに顔を紅潮させるところは初めて見た。

「ありがとう……私、ずっと、あなたの傍にいるから」

彼の両腕が、私を囲うように引き寄せられ、そのまま抱き締められる。
私も彼の背に両手を回した。彼の鼓動に、吐息に、直に触れる。
私より少し高い体温が、唇に伝わる。

もう離れたりしない。



……その刹那、帝都最大の時計台の鐘が、彼方から時を打ち始めた。



ゴーン ゴーン……



一気に現実に引き戻される意識と共に、私はアールの腕の中でもがいて、窮状を訴えた。

「大変! そろそろ契約の時間だわ」

「契約?」

「この土地の売買契約よ! アールにOKの返事をもらうまで、契約を延ばしてたの。
だって、もしアールに振られた場合、こんな近くに引っ越してきたら、気不味いでしょ!?」

「なんと答えたらイイのやら……
じゃあ、一緒に行こう。
助手席に乗って」

「ありがとう!」

苦笑するアールに、行き先を伝える。
青空の下、車は豪快なエンジン音を立てながら、私達を乗せて走り出した。








FIN.



++++++++++++++

これでこの物語は終わりです。
最後までお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。

次に何か書くとしたら、短めのものに挑戦したいです。
ではまた、どこかで。
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感想 5

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みんなの感想(5件)

ぱんださん
2025.04.02 ぱんださん

おすすめに出てきてタイトルに牽かれたので読み始めました。
とても面白かったです。
最初の方で大切な人が亡くなってどうなるのかと思いましたが、恋愛色は薄めで主人公が物理と霊的な力で大活躍し出して、ところどころ笑いながら読んでいました。
仲間たちも霊なのに姿を現すだけでなく馬車を御したり商売を始めたり、鬼太郎もびっくりの設定も楽しかったです。
ありがとうございました。

2025.04.04 村雨 霖

感想をありがとうございました。
異世界恋愛ジャンルなのに恋愛要素が薄めになってしまいましたが、書いていてとても楽しい作品でした。機会があれば、というか、アイディアが湧いたらまた続きを書きたい話です。

解除
美月百合
2024.05.08 美月百合

ハラハラしながら一気に読みました。
2人のその後の幸せな後日談をリクエストしたいです。
また、新しいお話もマイペースでよろしくお願いします!

2024.05.08 村雨 霖

ランキングにも何も載ってない状況なのに発掘して、いいねまで下さってありがとうございます!
この話は設定がとても気に入っているので、いずれ続きを書ければと思っています。

解除
一子
2024.03.28 一子

とっても面白かったです!素敵な作品をありがとうございます!

2024.03.28 村雨 霖

感想をありがとうございます。ちょっと変わった話ですが、楽しんでいただけて良かったです。

解除

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