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3.謁見
カインは夫人の声に体を震わせ、草竜から離れると体を向き直した。
「ルー、シエリナ女官長にカインの衣装を改めるようお伝えしてきて」
「アルティシア、草竜に触れたのは一瞬だ。カインも服も汚れていないじゃないか」
「あなたは――」
侯爵の言葉に、カインを冷たく見下ろしていた夫人は視線を侯爵に向けた。
「草竜に触れた姿のまま王に謁見させるおつもりですか。魔獣に触れ、穢れた姿を王に見せるなど、なんと不敬な」
妻の言葉に言い返そうと口を開きかけた侯爵は、自分に向けられた妻の瞳の奥にある感情を察し、「君の言う通りにしよう」と、最初の言葉を飲み込んだ。
「申し訳ありませんでした母上。ぼ……私が軽率でした」
二人の間の空気を感じ取ったカインは急いで頭を下げた。
母の機嫌が悪いのはすべて自分のせいだ。自分が母の期待に添えないから母は自分に失望しているんだ。でも今日の誕生会を無事にやり通し、王様や他の貴族に褒められればきっと母は自分に微笑んでくれる。
カインは自分に言い聞かせるように、その思いを噛みしめた。
あてがわれた部屋で、女官長と紹介された夫人より幾分か年上であろう女性の手により身を清拭され、王宮で用意されていた新しい礼服に着替えると、両親の待つサロンへと向かった。
「カイン様は本当に美しいお子様でいらっしゃる」
サロンへ向かう廊下で女官長はカインの先導をしつつ、カインに優しく語りかけた。
「ありがとうございます。でも私は貴族としてはまだまだ未熟です。いつも母上を失望させてしまう」
「カイン様はまだ子供でございます。生まれて10年も経っていないんですよ?未熟で当然でございますよ……しかし、親というのはどうしても子供を正しく導かねばという責任感に駆り立てられるものなのです」
「責任感?」
「はい」
女官長は歩みを止め、カインに向き直ると膝を曲げてカインの目線と同じ高さまで体を低くした。
「親というのは、どうしても子供より早く女神の下に召されます。それまでに1つでも多くのことを教え、子供が正しく生きられるよう導かねばと焦ってしまうのです。エスクード侯爵夫人もおそらくは同じかと」
「母様……いや、母上が」
「はい。エスクード侯爵夫人は決して公子に失望しているわけではありませんよ。ご安心ください」
女官長の声は、優しく、落ち着いたトーンでカインの耳に心地よく響いてカインの心を落ち着かせた。
それを察知したのか、女官長は立ち上がりカインに背を向けながら「さあ、先程よりも更に立派になられた公子様のお姿を見せに参りましょう」と、再び歩き出した。
謁見の間に迎え入れられ王座の前に立つと、カインの両脇にいた侯爵夫妻は恭しく頭を下げた。カインも教えられた通りに王の姿を見ないように視線を落としながら右足を一歩前に出し膝を曲げた。
上手にできた!カインは王への畏怖よりも、夫人が上手に王への礼をして見せた自分を喜んでくれているのではないかと胸を躍らせていた。
「よく来た。エスクード公子よ。この度のそなたの誕生会をこの城で開催できることは誉に思うぞ」
王は柔和な笑顔で、しかし威厳に満ちた声でカインに話しかけた。
「偉大なるアンドレアの王、カスクート3世へご挨拶申し上げます。エスクード侯爵家が長子、カイン・ジュノア・フィン・エスクード⁼ランルーザーにございます」
挨拶も家名も練習通り噛まずに言えた。王様もきっと褒めてくださる。そしたら母上も――
「ジュノア……そうか。侯爵はジュノアの名を公子に授けたのだな」
王の声にいささかの緊張が走ったのをカインは察知した。
失敗したのか?いや、練習通りなら王は僕に祝いの言葉を下さり、そこで頭を上げるはずなのに。
王の不興を買っては夫人にまた叱られる。カインは頭を上げる契機がわからず、緊張で曲げた足も震えてきた。子供の体に長時間の礼の姿勢は耐え難いものであった。
このままでは姿勢を崩してしまう。そうなったら……カインは何があっても倒れまいと曲げた脚に力を入れたその時。
「おお、すまない公子。このよき春の月に生まれた美しい春の公子よ。祖先より受け継ぎし類稀なるその力をこの国のために尽くしてくれることを願っている。本日は誠におめでとう」
王の言葉で漸く頭を上げることができたカインは、ほっと息をついて「畏れ多いお言葉です。父と並んで国と陛下に忠誠を示せるよう尽力してく所存です」と、練習通り返礼をして漸く体を起こした。
王は先ほどと同じく柔和な表情でカインを見つめていた。
「して、公子よ。そなたは先日魔力の制御を失いかけたと聞いているが、その後は大丈夫か」
通常ならばこれで謁見は終了しているはずなのに、王も家臣も侯爵一家を下がらせようとはしなかった。カインは戸惑いながらも、侯爵の顔を横目で覗き見た。
「まだ子供故、魔力の制御が魔力量に追いつかなかったようです。幸い魔力吸収の能力者により、暴走の危険は回避できました。現在は早急に魔力制御の師を見つけ身につけさせたいと思っております。この度はご迷惑をおかけしまして申し訳ありません」
侯爵の言に続いて夫人が頭を下げ、カインも慌ててそれに続いた。
「私からも心当たりを探してみよう。公子は下がってよい。侯爵ともう少し話がしたいのでな。後ほど誕生会で会おう」
ゆっくりと手を振りながら退室を促す王の言葉で、謁見は無事に終了した。
謁見の間を退室すると、部屋の前で控えていた女官長により、カインと夫人は王宮の庭園に面した客間に通された。
「誕生会まで二刻ほどございます。こちらでお休みください」女官長が頭を下げ退室すると、カインは用意された柔らかいソファに腰かけ、そっと夫人を盗み見るように見上げた。
「ルー、シエリナ女官長にカインの衣装を改めるようお伝えしてきて」
「アルティシア、草竜に触れたのは一瞬だ。カインも服も汚れていないじゃないか」
「あなたは――」
侯爵の言葉に、カインを冷たく見下ろしていた夫人は視線を侯爵に向けた。
「草竜に触れた姿のまま王に謁見させるおつもりですか。魔獣に触れ、穢れた姿を王に見せるなど、なんと不敬な」
妻の言葉に言い返そうと口を開きかけた侯爵は、自分に向けられた妻の瞳の奥にある感情を察し、「君の言う通りにしよう」と、最初の言葉を飲み込んだ。
「申し訳ありませんでした母上。ぼ……私が軽率でした」
二人の間の空気を感じ取ったカインは急いで頭を下げた。
母の機嫌が悪いのはすべて自分のせいだ。自分が母の期待に添えないから母は自分に失望しているんだ。でも今日の誕生会を無事にやり通し、王様や他の貴族に褒められればきっと母は自分に微笑んでくれる。
カインは自分に言い聞かせるように、その思いを噛みしめた。
あてがわれた部屋で、女官長と紹介された夫人より幾分か年上であろう女性の手により身を清拭され、王宮で用意されていた新しい礼服に着替えると、両親の待つサロンへと向かった。
「カイン様は本当に美しいお子様でいらっしゃる」
サロンへ向かう廊下で女官長はカインの先導をしつつ、カインに優しく語りかけた。
「ありがとうございます。でも私は貴族としてはまだまだ未熟です。いつも母上を失望させてしまう」
「カイン様はまだ子供でございます。生まれて10年も経っていないんですよ?未熟で当然でございますよ……しかし、親というのはどうしても子供を正しく導かねばという責任感に駆り立てられるものなのです」
「責任感?」
「はい」
女官長は歩みを止め、カインに向き直ると膝を曲げてカインの目線と同じ高さまで体を低くした。
「親というのは、どうしても子供より早く女神の下に召されます。それまでに1つでも多くのことを教え、子供が正しく生きられるよう導かねばと焦ってしまうのです。エスクード侯爵夫人もおそらくは同じかと」
「母様……いや、母上が」
「はい。エスクード侯爵夫人は決して公子に失望しているわけではありませんよ。ご安心ください」
女官長の声は、優しく、落ち着いたトーンでカインの耳に心地よく響いてカインの心を落ち着かせた。
それを察知したのか、女官長は立ち上がりカインに背を向けながら「さあ、先程よりも更に立派になられた公子様のお姿を見せに参りましょう」と、再び歩き出した。
謁見の間に迎え入れられ王座の前に立つと、カインの両脇にいた侯爵夫妻は恭しく頭を下げた。カインも教えられた通りに王の姿を見ないように視線を落としながら右足を一歩前に出し膝を曲げた。
上手にできた!カインは王への畏怖よりも、夫人が上手に王への礼をして見せた自分を喜んでくれているのではないかと胸を躍らせていた。
「よく来た。エスクード公子よ。この度のそなたの誕生会をこの城で開催できることは誉に思うぞ」
王は柔和な笑顔で、しかし威厳に満ちた声でカインに話しかけた。
「偉大なるアンドレアの王、カスクート3世へご挨拶申し上げます。エスクード侯爵家が長子、カイン・ジュノア・フィン・エスクード⁼ランルーザーにございます」
挨拶も家名も練習通り噛まずに言えた。王様もきっと褒めてくださる。そしたら母上も――
「ジュノア……そうか。侯爵はジュノアの名を公子に授けたのだな」
王の声にいささかの緊張が走ったのをカインは察知した。
失敗したのか?いや、練習通りなら王は僕に祝いの言葉を下さり、そこで頭を上げるはずなのに。
王の不興を買っては夫人にまた叱られる。カインは頭を上げる契機がわからず、緊張で曲げた足も震えてきた。子供の体に長時間の礼の姿勢は耐え難いものであった。
このままでは姿勢を崩してしまう。そうなったら……カインは何があっても倒れまいと曲げた脚に力を入れたその時。
「おお、すまない公子。このよき春の月に生まれた美しい春の公子よ。祖先より受け継ぎし類稀なるその力をこの国のために尽くしてくれることを願っている。本日は誠におめでとう」
王の言葉で漸く頭を上げることができたカインは、ほっと息をついて「畏れ多いお言葉です。父と並んで国と陛下に忠誠を示せるよう尽力してく所存です」と、練習通り返礼をして漸く体を起こした。
王は先ほどと同じく柔和な表情でカインを見つめていた。
「して、公子よ。そなたは先日魔力の制御を失いかけたと聞いているが、その後は大丈夫か」
通常ならばこれで謁見は終了しているはずなのに、王も家臣も侯爵一家を下がらせようとはしなかった。カインは戸惑いながらも、侯爵の顔を横目で覗き見た。
「まだ子供故、魔力の制御が魔力量に追いつかなかったようです。幸い魔力吸収の能力者により、暴走の危険は回避できました。現在は早急に魔力制御の師を見つけ身につけさせたいと思っております。この度はご迷惑をおかけしまして申し訳ありません」
侯爵の言に続いて夫人が頭を下げ、カインも慌ててそれに続いた。
「私からも心当たりを探してみよう。公子は下がってよい。侯爵ともう少し話がしたいのでな。後ほど誕生会で会おう」
ゆっくりと手を振りながら退室を促す王の言葉で、謁見は無事に終了した。
謁見の間を退室すると、部屋の前で控えていた女官長により、カインと夫人は王宮の庭園に面した客間に通された。
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