侯爵家の婚約者

やまだごんた

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4.初めての友達

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 ソファに腰掛けることもなく、無言で部屋の窓際に向かった夫人の目線はカインではなく庭園へと向けられていた。
 先程の謁見では粗相をしなかったので、喜んでくれるのではないかと思ったカインは、夫人の視線の先が自分ではないことに落胆した。
 いや、単に庭を見ているだけなのかもしれない。こんなに美しい庭なんだもの。目を奪われるのは仕方がない。
 カインは落胆した自分を恥じるよう、今度は堂々と夫人を見上げた。
 母上もよければ座りませんか――そう声をかけようとしたとき、視線は庭園へと向けたまま夫人が口を開いた。
「このあと、この庭園であなたの誕生会が行われます。国中の高位貴族が集まります。侯爵家の嫡男として立ち場を弁えて正しく振舞うようになさいませ」
「……わかりました」
「私は王妃様にご挨拶に行ってまいります。迎えが来るまでここで大人しくしているのですよ」
 俯いたカインの前を横切り、扉へ歩き出した夫人が一瞬足を止めたような気がして、カインは顔を上げたがそこに夫人の姿はなく、控えていた女中により閉じられようとした扉だけが目に入った。
 カインの胸に抑えられない寂しさと虚しさが押し寄せた。

 カインがソファに体を埋めたまま庭園の若々しい緑を眺めていると、廊下から賑やかな声が聞こえてきた。
「僕の方が早く着いたんだぞ」
「いや!僕だ!お前はずっと獣車で寝てたんだろ」
「な……なんでそれを!」
「顔にクッションの跡がついてる」
「それでも僕の方が先に着いたんだからな!」
 同じくらいの年頃の子供だろうか。カインは気になって扉の前で聞き耳を立てていると、声は部屋の手前まで来たようだ。
 カインは恐る恐る自分の背丈の倍以上もある扉を少しだけ開いてのぞいてみた。
 そこにいたのは思った通り、2人の子供達だった。
 カインと同じ年頃だろう。1人は痩せていて背が高く、濃い茶色の癖毛を短く切り揃えていて、利発そうだが気の弱さを感じさせる顔で、もう1人は茶色に近い金髪とブルーグレーの瞳をキラキラと輝かせて活発そうな少年たちだった。
 領地では屋敷から出ることも少なく、遊び友達と言えばカインより年上の騎士見習いの少年たちしかいなかったカインに、同世代の2人の姿は新鮮に見えた。
「君はもしかしてエスクード公子かい?」
 金髪の少年がカインに気がつくと笑いかけた。

 同じ年の子供が仲良くなるのに時間はかからなかった。
 女中も良いと言うので客間に招き入れると、最初から友達のように打ち解ける事ができた。
「僕はロメオ。今日はアバルト侯爵家の嫡男として王へ謁見してきたんだ」
「アバルト侯爵家と言うと、母上の?」
「そうさ。僕と君は従兄弟同士なのさ」
 金髪の少年――ロメオが得意げに言った。明朗で活発な性格の同じ年の従兄弟を、カインはすぐに好きになった。
 ロメオは隣にいる少年の事も紹介してくれた。
「僕とティン=クエンは3日前のフィアーノ伯爵家のお茶会で友達になったんだ。ティン=クエンったら初めてのお茶会で緊張してお茶をひっくり返してねーー」
「やめろよ!僕がひっくり返したんじゃない!ジャケットのボタンがレースのクロスに引っかかって……それで」
「結果的にお前がひっくり返したんじゃないか。それで庭で遊んでろと追い出されたところを、僕が付き合ってあげたってわけさ」
 どこか懐かしい雰囲気を持つロメオが得意げに笑うと、ティン=クエンも負けずに「僕が遊んであげたんだ!」と声を荒げた。
 それを見ているだけでカインは楽しくて、先程までの寂しさや虚しさなど吹き飛んでしまった。

「僕の家はロメオの――アバルト侯爵家の傍系でね。僕の祖母とロメオのおじい様が兄妹だったんだ。でもお互いこれまで領地にいたから、会ったのは先日のお茶会が初めてなんだ。今日は両親とは別に、アバルト侯爵に連れてきていただいたんだ」
 客間を見回るのに忙しいロメオをよそに、偉大な成果を誇るようにティン=クエンは得意げにカインに耳打ちした。
 そして、3人は誕生会が始まる直前まで、お茶会で太っちょのご婦人がティン=クエンのいたずらでひっくり返った話や、領地の話、首都に移り住んでからどんなことを勉強するか等尽きない話題で盛り上がり、アバルト家の使いが迎えに来たところで一旦お開きとなった。

 新しい友人達と入れ替わりに侯爵と夫人が客間に戻ると、侯爵は勢いよくカインを抱き上げた。
「カイン、さっきは素晴らしかった。練習する時間も短かったのによく間違えずにやれたな!アルティシアもそう思うだろ」
「……ええ」
 それはカインにとって初めて母に認められた瞬間だった。ただ一言の肯定だったが、少なくともカインの短い人生の中で、母がカインを肯定したのは初めての事であり、その一言でカインの胸はこれまで感じたことがないほど熱くなった。
 物心がついてから夫人に優しくされた記憶が無く、どうにかして認められたいと足掻いていたのが、漸く認められた……幼いカインにはこの恍惚感と高揚感の意味が分からず、ただ恥ずかしさに侯爵の胸に顔を埋めた。
 侯爵は慈愛に満ちた瞳でカインと夫人を交互に見つめると、カインの頭を優しく撫でた。
「もっと褒めてやりたいのだが、そろそろ時間だ。お前の素晴らしさを皆に自慢させておくれ」
 そう言うと、カインを下ろしてその手を優しく繋いだ。
 そして反対側の手は夫人がそっと握っていた。
 手を握られたのも覚えている限り初めての事で、カインはこれが夢じゃないだろうかと、夢でもいいからこの幸せな時間がなるべく長く続きますようにと思わずにいられなかった。
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