5 / 89
5.誕生会
しおりを挟む
侍従の先導で幾何学模様に刈り込まれた植え込みが広がる庭園を進むと、突然開けた空間にたどり着いた。
目の前には色とりどりの花が飾られ、同じく色とりどりの衣装に身を包んだ大人や子供が談笑している。その奥には侯爵の背丈を3倍程超えた高さの噴水が涼し気に噴き上げていた。
驚くことに、その背には古代の神々を物語った彫刻が一面に施され、噴水と同じ高さに揃えられた宮殿のバルコニーが、水を滝のように吹き出しながら、荘厳な面持ちで噴水と庭園を見下ろしていた。
領地の屋敷も華美ではないが壮麗な造りだが、ここまで趣向を凝らした造りではない。他の屋敷も見たことがないが、ここはこの国で――いや、もしかしたら世界中で一番美しい場所かもしれない。
カインは初めて見る風景にあっけにとられていた。
「主役が来たな」
噴水の脇に構えられた東屋に誂えられた、座り心地のよさそうな椅子に悠然と腰を掛けていた王が、朗らかな声でカインを正気に戻すと、ゆっくりと立ち上がり杯を掲げた。
「我が国の最も古く、最も忠臣であるエスクード侯爵家が嫡男カイン・ジュノア・フィン・エスクード=ランルーザー公子の7歳の祝いをここに祝えることを慶びとしよう」
カイン達は王に向かい、謁見の間で行ったように貴族の礼をすると、盛大な拍手と共に誕生会は開始された。
「カイン!」
貴族たちへの挨拶を一通り終えた頃、記憶に新しい子供の声が聞こえてきた。
声のする方に目をやると、ティン=クエンの手を引いたロメオが華やかなドレスをかき分けて駆け寄ってきていた。
「ロメオ!ティン=クエンも」
カインは初めての友達を笑顔で迎えると、侯爵に向き直った。
「父上、先程友達になったアバルト家のロメオとフィアーノ家のティン=クエンです。3人で遊んできてもいいですか?」
「伯父上、ご無沙汰しております」
カインの紹介に、ロメオは侯爵に一歩出ながら簡略な礼をして見せた。
「ご無沙汰――?」
父と面識があった事に驚いた。
「伯母様は?伯母様にもご挨拶をしないと。冬にお会いして以来だから、僕が大きくなったとまた驚かれるかな」
冬?冬にロメオは母上と会ってたのか?ロメオがエスクード領に来ていたという話は聞かないし、さっきだって僕が領地の話をしていたら初めて聞くような態度だった。もし来ていたならそう言っていただろう。いや、そもそも7歳の年まで子供は領地から出てはいけないのだ。なら――。
カインが考えを巡らせている間に、侯爵に挨拶を済ませたティン=クエンとロメオはカインの手を引いて、鮮やかな衣装の奥に立っていた侯爵夫人を目ざとく見つけて駆け寄った。
「伯母様!」
侯爵に対するそれは違い、親しい間柄で出す少し甘えたような声と話し方でロメオは、アバルト侯爵と談話中のエスクード侯爵夫人の前に躍り出て頭を下げた。
「僕、カインと友達になったんです。こちらはフィアーノ伯爵家のティン=クエン。二人とも僕の初めての友達です!僕、カインと会えるのをすごく楽しみにしていたんですよ!」
「まあ、公子――本当に落ち着きのない。もっと貴族としての正しい振る舞いをなさいませ」
いつもカインに掛ける言葉と同じ言葉を、しかし口調は比べ物にならないほど柔らかい声が、夫人もロメオも見ることができず俯いていたカインの耳に流れてきた。母上の声――でもこんな話し方は聞いたことがない。
たまらず夫人を見上げたカインは、いつも自分に向けるこわばった表情ではなく、ほころんだ柔らかい表情を自分ではなくロメオに向けている事実を目の当たりにした。
いや、今日は陛下の御前だ。それに隣にいるのは弟君であるアバルト侯爵だ。それでご機嫌がよろしいのかも。そうだ。僕が謁見を上手にやれたから、それで母上は甥であるロメオにも優しくなさっているに違いない。
カインは自分に言い聞かせるように思い直すと、笑顔で夫人を見上げた。
「ぼ…僕もロメオが従兄弟だなんて知りませんでした。僕にこんな素敵な従兄弟がいたなんて嬉しいです。それにティン=クエンも――」
「カイン」
耳に響いたのはいつもの冷たい無機質な声だった。
「アバルト侯爵にご挨拶はどうしたのです。それにアバルト公子は従兄弟とは言えあなたと同列の侯爵家。フィアーノ公子もアバルト侯爵家の傍系でいらっしゃるのよ。子供たちだけならともかく、公の場では礼節を持った態度で接しなさいませ。それに、僕ではなく私でしょう」
その表情もロメオに見せていたものではなく、手にした扇で口元を隠してはいるものの、視線はカインを責めるいつもの冷たさが含まれていた。
カインは急に恥ずかしくなった。
たった一回褒められただけで、母上に愛されたと思っていたのだろうか。母上が僕を認めて好きになってくれると思っていたのだろうか。
あの誇らしい気持ちは何だったのだろう。ただ一言に舞い上がっていたんだ僕は。――なんて恥ずかしい……
「アルティシア……いや、エスクード侯爵夫人。今日の主役はエスクード公子だ。それに僕に挨拶をする前にあなたがそうやって頭ごなしに叱ってしまうと挨拶どころじゃなくなってしまう。あなたこそ場を弁えなさい」
茶色に近い金髪とブルーグレーの優しい瞳を持つアバルト侯爵が、カインを庇うように夫人の間に割って入った。
目の前には色とりどりの花が飾られ、同じく色とりどりの衣装に身を包んだ大人や子供が談笑している。その奥には侯爵の背丈を3倍程超えた高さの噴水が涼し気に噴き上げていた。
驚くことに、その背には古代の神々を物語った彫刻が一面に施され、噴水と同じ高さに揃えられた宮殿のバルコニーが、水を滝のように吹き出しながら、荘厳な面持ちで噴水と庭園を見下ろしていた。
領地の屋敷も華美ではないが壮麗な造りだが、ここまで趣向を凝らした造りではない。他の屋敷も見たことがないが、ここはこの国で――いや、もしかしたら世界中で一番美しい場所かもしれない。
カインは初めて見る風景にあっけにとられていた。
「主役が来たな」
噴水の脇に構えられた東屋に誂えられた、座り心地のよさそうな椅子に悠然と腰を掛けていた王が、朗らかな声でカインを正気に戻すと、ゆっくりと立ち上がり杯を掲げた。
「我が国の最も古く、最も忠臣であるエスクード侯爵家が嫡男カイン・ジュノア・フィン・エスクード=ランルーザー公子の7歳の祝いをここに祝えることを慶びとしよう」
カイン達は王に向かい、謁見の間で行ったように貴族の礼をすると、盛大な拍手と共に誕生会は開始された。
「カイン!」
貴族たちへの挨拶を一通り終えた頃、記憶に新しい子供の声が聞こえてきた。
声のする方に目をやると、ティン=クエンの手を引いたロメオが華やかなドレスをかき分けて駆け寄ってきていた。
「ロメオ!ティン=クエンも」
カインは初めての友達を笑顔で迎えると、侯爵に向き直った。
「父上、先程友達になったアバルト家のロメオとフィアーノ家のティン=クエンです。3人で遊んできてもいいですか?」
「伯父上、ご無沙汰しております」
カインの紹介に、ロメオは侯爵に一歩出ながら簡略な礼をして見せた。
「ご無沙汰――?」
父と面識があった事に驚いた。
「伯母様は?伯母様にもご挨拶をしないと。冬にお会いして以来だから、僕が大きくなったとまた驚かれるかな」
冬?冬にロメオは母上と会ってたのか?ロメオがエスクード領に来ていたという話は聞かないし、さっきだって僕が領地の話をしていたら初めて聞くような態度だった。もし来ていたならそう言っていただろう。いや、そもそも7歳の年まで子供は領地から出てはいけないのだ。なら――。
カインが考えを巡らせている間に、侯爵に挨拶を済ませたティン=クエンとロメオはカインの手を引いて、鮮やかな衣装の奥に立っていた侯爵夫人を目ざとく見つけて駆け寄った。
「伯母様!」
侯爵に対するそれは違い、親しい間柄で出す少し甘えたような声と話し方でロメオは、アバルト侯爵と談話中のエスクード侯爵夫人の前に躍り出て頭を下げた。
「僕、カインと友達になったんです。こちらはフィアーノ伯爵家のティン=クエン。二人とも僕の初めての友達です!僕、カインと会えるのをすごく楽しみにしていたんですよ!」
「まあ、公子――本当に落ち着きのない。もっと貴族としての正しい振る舞いをなさいませ」
いつもカインに掛ける言葉と同じ言葉を、しかし口調は比べ物にならないほど柔らかい声が、夫人もロメオも見ることができず俯いていたカインの耳に流れてきた。母上の声――でもこんな話し方は聞いたことがない。
たまらず夫人を見上げたカインは、いつも自分に向けるこわばった表情ではなく、ほころんだ柔らかい表情を自分ではなくロメオに向けている事実を目の当たりにした。
いや、今日は陛下の御前だ。それに隣にいるのは弟君であるアバルト侯爵だ。それでご機嫌がよろしいのかも。そうだ。僕が謁見を上手にやれたから、それで母上は甥であるロメオにも優しくなさっているに違いない。
カインは自分に言い聞かせるように思い直すと、笑顔で夫人を見上げた。
「ぼ…僕もロメオが従兄弟だなんて知りませんでした。僕にこんな素敵な従兄弟がいたなんて嬉しいです。それにティン=クエンも――」
「カイン」
耳に響いたのはいつもの冷たい無機質な声だった。
「アバルト侯爵にご挨拶はどうしたのです。それにアバルト公子は従兄弟とは言えあなたと同列の侯爵家。フィアーノ公子もアバルト侯爵家の傍系でいらっしゃるのよ。子供たちだけならともかく、公の場では礼節を持った態度で接しなさいませ。それに、僕ではなく私でしょう」
その表情もロメオに見せていたものではなく、手にした扇で口元を隠してはいるものの、視線はカインを責めるいつもの冷たさが含まれていた。
カインは急に恥ずかしくなった。
たった一回褒められただけで、母上に愛されたと思っていたのだろうか。母上が僕を認めて好きになってくれると思っていたのだろうか。
あの誇らしい気持ちは何だったのだろう。ただ一言に舞い上がっていたんだ僕は。――なんて恥ずかしい……
「アルティシア……いや、エスクード侯爵夫人。今日の主役はエスクード公子だ。それに僕に挨拶をする前にあなたがそうやって頭ごなしに叱ってしまうと挨拶どころじゃなくなってしまう。あなたこそ場を弁えなさい」
茶色に近い金髪とブルーグレーの優しい瞳を持つアバルト侯爵が、カインを庇うように夫人の間に割って入った。
199
あなたにおすすめの小説
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる
吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」
――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。
最初の三年間は幸せだった。
けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり――
気づけば七年の歳月が流れていた。
二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。
未来を選ぶ年齢。
だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。
結婚式を目前にした夜。
失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。
「……リリアナ。迎えに来た」
七年の沈黙を破って現れた騎士。
赦せるのか、それとも拒むのか。
揺れる心が最後に選ぶのは――
かつての誓いか、それとも新しい愛か。
お知らせ
※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。
直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。
どんなあなたでも愛してる。
piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー
騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。
どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか?
※全四話+後日談一話。
※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。
※なろうにも投稿しています。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる