侯爵家の婚約者

やまだごんた

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5.誕生会

 侍従の先導で幾何学模様に刈り込まれた植え込みが広がる庭園を進むと、突然開けた空間にたどり着いた。
 目の前には色とりどりの花が飾られ、同じく色とりどりの衣装に身を包んだ大人や子供が談笑している。その奥には侯爵の背丈を3倍程超えた高さの噴水が涼し気に噴き上げていた。
 驚くことに、その背には古代の神々を物語った彫刻が一面に施され、噴水と同じ高さに揃えられた宮殿のバルコニーが、水を滝のように吹き出しながら、荘厳な面持ちで噴水と庭園を見下ろしていた。
 領地の屋敷も華美ではないが壮麗な造りだが、ここまで趣向を凝らした造りではない。他の屋敷も見たことがないが、ここはこの国で――いや、もしかしたら世界中で一番美しい場所かもしれない。
 カインは初めて見る風景にあっけにとられていた。
「主役が来たな」
 噴水の脇に構えられた東屋に誂えられた、座り心地のよさそうな椅子に悠然と腰を掛けていた王が、朗らかな声でカインを正気に戻すと、ゆっくりと立ち上がり杯を掲げた。

「我が国の最も古く、最も忠臣であるエスクード侯爵家が嫡男カイン・ジュノア・フィン・エスクード=ランルーザー公子の7歳の祝いをここに祝えることを慶びとしよう」

 カイン達は王に向かい、謁見の間で行ったように貴族の礼をすると、盛大な拍手と共に誕生会は開始された。

「カイン!」
 貴族たちへの挨拶を一通り終えた頃、記憶に新しい子供の声が聞こえてきた。
 声のする方に目をやると、ティン=クエンの手を引いたロメオが華やかなドレスをかき分けて駆け寄ってきていた。
「ロメオ!ティン=クエンも」
 カインは初めての友達を笑顔で迎えると、侯爵に向き直った。
「父上、先程友達になったアバルト家のロメオとフィアーノ家のティン=クエンです。3人で遊んできてもいいですか?」
「伯父上、ご無沙汰しております」
 カインの紹介に、ロメオは侯爵に一歩出ながら簡略な礼をして見せた。
「ご無沙汰――?」
 父と面識があった事に驚いた。
「伯母様は?伯母様にもご挨拶をしないと。冬にお会いして以来だから、僕が大きくなったとまた驚かれるかな」
 冬?冬にロメオは母上と会ってたのか?ロメオがエスクード領に来ていたという話は聞かないし、さっきだって僕が領地の話をしていたら初めて聞くような態度だった。もし来ていたならそう言っていただろう。いや、そもそも7歳の年まで子供は領地から出てはいけないのだ。なら――。
 カインが考えを巡らせている間に、侯爵に挨拶を済ませたティン=クエンとロメオはカインの手を引いて、鮮やかな衣装の奥に立っていた侯爵夫人を目ざとく見つけて駆け寄った。
「伯母様!」
 侯爵に対するそれは違い、親しい間柄で出す少し甘えたような声と話し方でロメオは、アバルト侯爵と談話中のエスクード侯爵夫人の前に躍り出て頭を下げた。
「僕、カインと友達になったんです。こちらはフィアーノ伯爵家のティン=クエン。二人とも僕の初めての友達です!僕、カインと会えるのをすごく楽しみにしていたんですよ!」
「まあ、公子――本当に落ち着きのない。もっと貴族としての正しい振る舞いをなさいませ」
 いつもカインに掛ける言葉と同じ言葉を、しかし口調は比べ物にならないほど柔らかい声が、夫人もロメオも見ることができず俯いていたカインの耳に流れてきた。母上の声――でもこんな話し方は聞いたことがない。
 たまらず夫人を見上げたカインは、いつも自分に向けるこわばった表情ではなく、ほころんだ柔らかい表情を自分ではなくロメオに向けている事実を目の当たりにした。

 いや、今日は陛下の御前だ。それに隣にいるのは弟君であるアバルト侯爵だ。それでご機嫌がよろしいのかも。そうだ。僕が謁見を上手にやれたから、それで母上は甥であるロメオにも優しくなさっているに違いない。

 カインは自分に言い聞かせるように思い直すと、笑顔で夫人を見上げた。
「ぼ…僕もロメオが従兄弟だなんて知りませんでした。僕にこんな素敵な従兄弟がいたなんて嬉しいです。それにティン=クエンも――」
「カイン」
 耳に響いたのはいつもの冷たい無機質な声だった。
「アバルト侯爵にご挨拶はどうしたのです。それにアバルト公子は従兄弟とは言えあなたと同列の侯爵家。フィアーノ公子もアバルト侯爵家の傍系でいらっしゃるのよ。子供たちだけならともかく、公の場では礼節を持った態度で接しなさいませ。それに、僕ではなく私でしょう」
 その表情もロメオに見せていたものではなく、手にした扇で口元を隠してはいるものの、視線はカインを責めるいつもの冷たさが含まれていた。

 カインは急に恥ずかしくなった。
 たった一回褒められただけで、母上に愛されたと思っていたのだろうか。母上が僕を認めて好きになってくれると思っていたのだろうか。
 あの誇らしい気持ちは何だったのだろう。ただ一言に舞い上がっていたんだ僕は。――なんて恥ずかしい……
「アルティシア……いや、エスクード侯爵夫人。今日の主役はエスクード公子だ。それに僕に挨拶をする前にあなたがそうやって頭ごなしに叱ってしまうと挨拶どころじゃなくなってしまう。あなたこそ場を弁えなさい」
 茶色に近い金髪とブルーグレーの優しい瞳を持つアバルト侯爵が、カインを庇うように夫人の間に割って入った。
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