侯爵家の婚約者

やまだごんた

文字の大きさ
6 / 89

6.魔力暴走

しおりを挟む
 ロメオにとても良く似ている――混乱した頭でカインはぼんやりとアバルト侯爵を見上げた。
 そして母上にも。
 夫人がカインに微笑みかけてくれたらきっとこんな雰囲気だろうと、いつも思っていた優しい目元だった。
 母の柔らかい鼻筋や、きつく閉じられているが形のいい美しい唇とは全く似ていないが、目元は夫人とよく似ていた。
 だからさっきの客間でロメオを見たとき、少し懐かしさを覚えたのか。

「貴族の礼は散々して疲れただろ?私とは大人の略式の挨拶をしよう」
 呆然とするカインにアバルト侯爵は右手を差し出すと、反対側の手で、いつの間にかロメオの手が離れていたカインの右手を掴み、自分の右手に握らせた。
「初めまして。エスクード公子。私はあなたの叔父にあたるが年の離れた友人になれれば光栄です」
 ロメオと同じ、いたずらっぽさを含んだ笑顔で目線をカインに合わせるとアバルト侯爵は右手にそっと力を込めた。
 その心地よい力強さと、優しさを含んだ暖かさがカインを漸く我に返らせた。
「初めまして。アバルト侯爵。エスクード侯爵が嫡男カインです。お心遣い感謝いたします。浅学非才な身ですが王家に仕えるにふさわしくなるよう、ご指導をお願いいたします」
「うん。いい挨拶だ。――そうだ。漸く旅ができる年齢になったのだから、今度はぜひ我が領地にも来られるといい」
 母に似ているからだろうか。それともロメオに似ているからだろうか。アバルト侯爵と交わした短い挨拶でカインの心は少しずつ落ち着きを取り戻そうとしたその時。
 
「エスクード領とうちは隣なんだし、獣車で1日もかからないんだよ。ね?伯母様」
 無邪気にロメオが伯母であるエスクード侯爵夫人を見上げると、夫人はカインをちらりと見てから返答し辛そうに眼をそらした。
「街道も整備されているから、交通の便が良く移動も楽だといつもおっしゃっているじゃないですか。そうだ、カインと一緒に来られたら僕とカインにご本を読んでください!新しい物語を買ってもらったんです。きっとカインも――」
 気に入ると思います、という言葉はカインの耳には入らなかった。
 いつも……?いつもってなんだ?新しい物語?なんで当たり前のようにロメオは母上に甘えているんだ?
「本……」
 カインの呟きを聞き逃さなかったロメオは、カインを振り返り「そうだよ」と笑いかけた。
「伯母様は季節ごとに領地に来られるんだよ。大抵は父上と話をされているんだけど、時間があるときは僕に本を読んでくれたり――」
 ロメオの言葉は最後まで発せられなかったし、夫人の姿もカインはもう見ていなかった。
 ロメオとティン=クエンは溢れ出たカインの魔力に圧倒され、その場に膝をついて息もうまくできなくなっていた。
 カインは自分の体が一気に熱くなっていくのが分かった。しかし同時にカインの頭の中も真っ黒い熱が占領し、周りのことは何も理解できなくなっていた。

「カイン!――あなた!」
「ロメオ!ティン=クエン!」
 一気に溢れ出たカインの魔力は、子供だけでなく大人さえも圧倒し若々しい緑の芝生の上に、色とりどりの衣装を着た大人たちが倒れ始めた。
 アバルト侯爵は咄嗟に結界を張ろうとしたが、結界のスクロールを胸元から出す前にロメオ達を抱きながらその場に倒れた。
 エスクード侯爵夫人もまた、絞り出すような声で夫であるエクシード侯爵を呼んだ直後、膝をつき、空気を求めるように喉元を抑えていた。
 エスクード侯爵は異変を感じると、一瞬迷った後、すぐに王のいる東屋へ駆けつけた。
 そして、結界のスクロールを胸元から出すと魔力を流して発動させた。
 しかし、それは時間稼ぎにすらならない事は、侯爵も王も理解していた。
 侯爵は今すぐ夫人とカインの元に駆け付けたい衝動を抑えながら、スクロールに込める魔力をさらに強めた。
「侯爵――公子は」
「わかりません。念のために今日の朝も能力者によって魔力を吸収させてきましたし、魔力は安定していました――一体何が」
「何があったかなどどうでもいい!早く抑えねば――」
 続く言葉は「アベル王子のように魔力渦を発生させて国が焦土と化す」だという事を、侯爵も王も理解していた。
 魔力暴走を止める手段は二つだけだった。
 溢れ出す前ならいざ知らず、こうなってしまっては意識を絶っても溢れ出る魔力は止まらない。能力者によって溢れ出た魔力を吸収するか――カインの命を絶って魔力を解放させる。
 侯爵にとっても、王にとっても後者は避けたい選択だった。
 王にとってアベル王子の再来とも言えるカインの強大な魔力は、是が非でも手元に置いておきたいものだった。
 しかし、首都にいる能力者をすべて集めても、僅かに溢れた魔力を吸収する事すら難しかったというのに、一体どうやって抑えればいいのだ。
 侯爵は次々に倒れていく貴族たちの中に、妻の姿を探した。ほどなくして折り重なった華やかな布の向こうに立ちすくむカインと、その傍らに何とか意識を保ちカインに近寄ろうとする妻の姿が目に入った。
「陛下。結界からお出になりませんよう……そして、お許しください」
 王が止める間も無く侯爵は結界を飛び出し、膝が折れそうな圧力の中カインと妻に駆け寄った。
 懐に忍ばせていた護身用ナイフを握りしめて。
しおりを挟む
感想 66

あなたにおすすめの小説

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる

吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」 ――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。 最初の三年間は幸せだった。 けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり―― 気づけば七年の歳月が流れていた。 二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。 未来を選ぶ年齢。 だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。 結婚式を目前にした夜。 失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。 「……リリアナ。迎えに来た」 七年の沈黙を破って現れた騎士。 赦せるのか、それとも拒むのか。 揺れる心が最後に選ぶのは―― かつての誓いか、それとも新しい愛か。 お知らせ ※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。 直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

処理中です...