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62.傲慢な支援
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ヨルジュの提案はこうだった。
篤志家の炊き出しの予定は把握している。2日おきに城壁の近くにある、倒壊した危険な建物を撤去した小さな広場で行われている。その前にイレリアが炊き出しを行うのだ。
「さすがに事業を全てとは行きませんが、炊き出し程度ならドレスを2、3着お売りになれば数回分の炊き出しの費用にはなります」
カインや侯爵から贈られたものに、お茶会や夜会などに合わせて飾り袖を作ったおかげで、イレリアのワードローブにはいっぱしの貴族令嬢ほどのドレスが並んでいる。
何度か手直ししたり、屋内用のドレスに作り替えたりしたものもあったが、おそらく贈った相手も覚えていない程の量だ。
ヨルジュの言う通り、いくつか売ってしまっても問題はないように思えた。
「でも、今更ドレスを売っては怪しまれないかしら」
イレリアの不安に、ヨルジュは首を横に振って否定した。
「イレリア様がお召しになったドレスは、どれも皆が記憶に留めていますので貴族相手には売れませんね。しかし、装飾を外し、手直しをすれば問題ありません。売値は下がりますが、それでも裕福な平民が喜んで購入する事でしょう」
外した装飾品はまた再利用するが、使用した糸なども良質の麻や綿のため売れる。
平民にとって服はとても高価なものだった。
生地を買って仕立てるのだが、その生地がひと巻きで平民のひと月分の収入程もするのだ。
そこから作れる服は2着ほどで、仕立ても針子への報酬は高額なので、余程でない限りは自分たちで行う。
町には古着屋もあるが、1着で生地代の半分以上もするとパン屋のおばさんが言っていたのを思い出した。
それでも、平民の中でも裕福な者たちは貴族を真似てドレスを着たりするのだ。
ほとんどは貴族から払い下げられたドレスだったり、下級貴族が売っていったものを古着屋で買うのだと。
イレリアは自分が今着ているドレスの値段など知らなかったが、それでもこの1着で平民が1年は遊んで暮らせるだろうことはわかっていた。
カインがイレリアのドレスは、全て最高級の物にするようにとアリッサに命じたからだ。
この暮らしも、貴族からの羨望も崇拝も、全てはカインが与えてくれたものだ。
カインを失うと言うことは、これら全てを失う。
イレリアはすぐさま準備に取り掛かるよう、ヨルジュに命じた。
ヨルジュの手腕により、全ての準備が整ったのは2日後のことだった。
貧民街では朝から炊き出しと、食糧の配給が行われた。
家畜化された魔獣のマーヴに牽かせた荷車を広場につなぎ、5人程の男達が慌ただしく炊き出しの準備を始めていた。
「いつもは昼からなのに、なんで今日は朝からなんだ」
「見ない顔の奴らだ。どっかの貴族が真似したのか?」
貧民街の住民は、訝しげに男達を遠巻きに眺めていた。
手慣れた様子で準備は進められた。
いくつもの大鍋には内臓が煮込まれたものが用意され、その横には柔らかくて美味しそうなパンや、新鮮な肉や果物が積み上げられていた。
「あの――これは一体どういう事でしょうか」
一人の老人が、炊き出しや配給を取り纏めている男に尋ねた。
「ある方のご厚意によるものだ。お前らのよく知るお方だ」
背が高く、体躯のいい粗野な男がぶっきらぼうに答えた。
この男はヨルジュの商団時代の部下で、荒事を得意としていたが、部下の取り纏めがうまく声も大きいため適任だとヨルジュが命じた人物だった。
「わしらのよく知る――」
老人は呟くと、イレリアの顔を思い浮かべた。
「あの子が――」
「どなたかとは言わん――さあ、皆を呼んで来い。うまい飯を食わせてやる」
広場に響き渡る声で男が言ったが、老人はおずおずと答えた。
「朝はみんな働いております。夜明けから農園で手伝いや、森で焚き木拾いをして町に売りに行っています。戻るのは昼前になります」
「なんだと――では今いる人間だけでいい。動けない者にはお前たちが配ってやれ」
男は有無を言わせぬ物言いで、老人は渋々と周りの者に従うよう伝えた。
全ての人々に食事が配られる頃には、太陽はかなりの高さまで上がっていた。
男は件の篤志家の集団に鉢合わせてはまずいと、部下に撤収を呼びかけた。
慌ただしく片付けが行われいる間に、仕事に出ていた住民たちが貧民街に戻り始めていた。
「皆に配る食糧はここに置いていくから、誰かが責任をもって配るんだ」
積み上げられた食糧を指さしながら言った男の横柄な態度に、片足の無い中年の男が前に出た。
「なぁ、あんた。これは俺らがよく知るあの子の厚意だっつったな?」
片足の無い男が怒っているのは粗野な男にも理解ができた。
しかし、近寄るなというように、中年の男に顎で下がるよう指示した。
「あんたらはアホか?ここの事をよく知るあの子がこんな物を寄越すはずがないだろう!」
片足の無い男が声を荒げて掴みかかろうとしたが、老人に制された。
老人は片足の無い男の前に出ると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「どこのどなたかは存じませんが、わしらは貧民です。このような立派な食糧を頂いても、塩漬けにする塩もなければ保管する魔法陣も持ち合わせておりません。頂いた所でこの暑さでは腐らすだけです。お気持ちはありがたくお受けいたしますので、どうぞこれらはお持ち帰りいただけませんかの」
老人の言葉に粗野な男の顔は真っ赤になった。
ヨルジュからは、貧民街の者たちが腹いっぱい食えるように、そして栄養のあるものを与えてくれとイレリアが言っていたとだけ聞き受け、男の判断で用意したものだった。
内臓の煮込みは平民でも好物とする食事だ。
しかし、炎天下でろくに飲み水もないこの町では、味の濃い食べ物は好まれなかったようで、殆どの人たちが手つかずで残している。
男は自分の選択が間違えた事を恥じたが、それよりも、それを目の前の貧民達から指摘されたことが何よりも腹立たしかった。
「お――お前らはイレリア様の慈悲を踏みにじる気か」
振りかぶった手が老人を掠め、驚いた老人がよろけて転んだ。
「お前!なんてことをするんだ!マルコ爺さん大丈夫か?」
「イレリアが――あの子がこんな野郎を寄越すはずがねぇ!イレリアの名を騙って功を得ようって腹だな」
その言葉に住民たちは一気に男たちに敵意を向け、男たちを取り囲んだ。
「イレリアの名を騙る卑怯者!」
「あの子の名前を汚すな!」
住民たちは口々に叫ぶと、手に持っていた器や石を男達に投げつけた。
「やめろ!――俺達はそんなじゃない!」
しかしその声は住民達には届かなかった。
篤志家の炊き出しの予定は把握している。2日おきに城壁の近くにある、倒壊した危険な建物を撤去した小さな広場で行われている。その前にイレリアが炊き出しを行うのだ。
「さすがに事業を全てとは行きませんが、炊き出し程度ならドレスを2、3着お売りになれば数回分の炊き出しの費用にはなります」
カインや侯爵から贈られたものに、お茶会や夜会などに合わせて飾り袖を作ったおかげで、イレリアのワードローブにはいっぱしの貴族令嬢ほどのドレスが並んでいる。
何度か手直ししたり、屋内用のドレスに作り替えたりしたものもあったが、おそらく贈った相手も覚えていない程の量だ。
ヨルジュの言う通り、いくつか売ってしまっても問題はないように思えた。
「でも、今更ドレスを売っては怪しまれないかしら」
イレリアの不安に、ヨルジュは首を横に振って否定した。
「イレリア様がお召しになったドレスは、どれも皆が記憶に留めていますので貴族相手には売れませんね。しかし、装飾を外し、手直しをすれば問題ありません。売値は下がりますが、それでも裕福な平民が喜んで購入する事でしょう」
外した装飾品はまた再利用するが、使用した糸なども良質の麻や綿のため売れる。
平民にとって服はとても高価なものだった。
生地を買って仕立てるのだが、その生地がひと巻きで平民のひと月分の収入程もするのだ。
そこから作れる服は2着ほどで、仕立ても針子への報酬は高額なので、余程でない限りは自分たちで行う。
町には古着屋もあるが、1着で生地代の半分以上もするとパン屋のおばさんが言っていたのを思い出した。
それでも、平民の中でも裕福な者たちは貴族を真似てドレスを着たりするのだ。
ほとんどは貴族から払い下げられたドレスだったり、下級貴族が売っていったものを古着屋で買うのだと。
イレリアは自分が今着ているドレスの値段など知らなかったが、それでもこの1着で平民が1年は遊んで暮らせるだろうことはわかっていた。
カインがイレリアのドレスは、全て最高級の物にするようにとアリッサに命じたからだ。
この暮らしも、貴族からの羨望も崇拝も、全てはカインが与えてくれたものだ。
カインを失うと言うことは、これら全てを失う。
イレリアはすぐさま準備に取り掛かるよう、ヨルジュに命じた。
ヨルジュの手腕により、全ての準備が整ったのは2日後のことだった。
貧民街では朝から炊き出しと、食糧の配給が行われた。
家畜化された魔獣のマーヴに牽かせた荷車を広場につなぎ、5人程の男達が慌ただしく炊き出しの準備を始めていた。
「いつもは昼からなのに、なんで今日は朝からなんだ」
「見ない顔の奴らだ。どっかの貴族が真似したのか?」
貧民街の住民は、訝しげに男達を遠巻きに眺めていた。
手慣れた様子で準備は進められた。
いくつもの大鍋には内臓が煮込まれたものが用意され、その横には柔らかくて美味しそうなパンや、新鮮な肉や果物が積み上げられていた。
「あの――これは一体どういう事でしょうか」
一人の老人が、炊き出しや配給を取り纏めている男に尋ねた。
「ある方のご厚意によるものだ。お前らのよく知るお方だ」
背が高く、体躯のいい粗野な男がぶっきらぼうに答えた。
この男はヨルジュの商団時代の部下で、荒事を得意としていたが、部下の取り纏めがうまく声も大きいため適任だとヨルジュが命じた人物だった。
「わしらのよく知る――」
老人は呟くと、イレリアの顔を思い浮かべた。
「あの子が――」
「どなたかとは言わん――さあ、皆を呼んで来い。うまい飯を食わせてやる」
広場に響き渡る声で男が言ったが、老人はおずおずと答えた。
「朝はみんな働いております。夜明けから農園で手伝いや、森で焚き木拾いをして町に売りに行っています。戻るのは昼前になります」
「なんだと――では今いる人間だけでいい。動けない者にはお前たちが配ってやれ」
男は有無を言わせぬ物言いで、老人は渋々と周りの者に従うよう伝えた。
全ての人々に食事が配られる頃には、太陽はかなりの高さまで上がっていた。
男は件の篤志家の集団に鉢合わせてはまずいと、部下に撤収を呼びかけた。
慌ただしく片付けが行われいる間に、仕事に出ていた住民たちが貧民街に戻り始めていた。
「皆に配る食糧はここに置いていくから、誰かが責任をもって配るんだ」
積み上げられた食糧を指さしながら言った男の横柄な態度に、片足の無い中年の男が前に出た。
「なぁ、あんた。これは俺らがよく知るあの子の厚意だっつったな?」
片足の無い男が怒っているのは粗野な男にも理解ができた。
しかし、近寄るなというように、中年の男に顎で下がるよう指示した。
「あんたらはアホか?ここの事をよく知るあの子がこんな物を寄越すはずがないだろう!」
片足の無い男が声を荒げて掴みかかろうとしたが、老人に制された。
老人は片足の無い男の前に出ると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「どこのどなたかは存じませんが、わしらは貧民です。このような立派な食糧を頂いても、塩漬けにする塩もなければ保管する魔法陣も持ち合わせておりません。頂いた所でこの暑さでは腐らすだけです。お気持ちはありがたくお受けいたしますので、どうぞこれらはお持ち帰りいただけませんかの」
老人の言葉に粗野な男の顔は真っ赤になった。
ヨルジュからは、貧民街の者たちが腹いっぱい食えるように、そして栄養のあるものを与えてくれとイレリアが言っていたとだけ聞き受け、男の判断で用意したものだった。
内臓の煮込みは平民でも好物とする食事だ。
しかし、炎天下でろくに飲み水もないこの町では、味の濃い食べ物は好まれなかったようで、殆どの人たちが手つかずで残している。
男は自分の選択が間違えた事を恥じたが、それよりも、それを目の前の貧民達から指摘されたことが何よりも腹立たしかった。
「お――お前らはイレリア様の慈悲を踏みにじる気か」
振りかぶった手が老人を掠め、驚いた老人がよろけて転んだ。
「お前!なんてことをするんだ!マルコ爺さん大丈夫か?」
「イレリアが――あの子がこんな野郎を寄越すはずがねぇ!イレリアの名を騙って功を得ようって腹だな」
その言葉に住民たちは一気に男たちに敵意を向け、男たちを取り囲んだ。
「イレリアの名を騙る卑怯者!」
「あの子の名前を汚すな!」
住民たちは口々に叫ぶと、手に持っていた器や石を男達に投げつけた。
「やめろ!――俺達はそんなじゃない!」
しかしその声は住民達には届かなかった。
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