侯爵家の婚約者

やまだごんた

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80.告白

 捕らえられたオルフィアス伯爵――いや、ミケロはエスクード侯爵になら全てを話すと言って、彼の到着を待っていた。
 正式な手続きでオルフィアス伯爵となった経緯に加え、法務貴族であったことと、公国の貴族の血脈であると言う配慮から、牢ではなく、四六時中監視のいる部屋に収監されていた。
 出入りは制限され、外からの補助がないと出られない構造になっている。
 エスクード侯爵が到着すると、ミケロは優雅な笑顔でエスクード侯爵を迎えた。
「やあ。オレリオ。漸く君とこうやって腹を割って話ができるね」
 王国どころか、公国にもほぼいない、青みがかった黒い髪をかき上げながら微笑むミケロは、これまで見たオルフィアス伯爵のどの表情とも違う、魅力的な微笑だった。
「貴様がバロッティ伯爵の隠し子だと言う事は調べがついている。貴様を前伯爵に繋げた男が見つかった。殺しておくべきだったな」
 オレリオの言葉にミケロは答えず、魅力的な笑顔を崩さずに言った。
「私は父を殺すつもりだったのに」
 そしてミケロは笑みを解くと、オレリオを鋭い眼差しで睨みつけた。
「君が父を殺したせいで、私のこの怒りはどこへもぶつける事が出来なくなってね。それで――麗しい仇である君に私の怒りを受け取ってもらう事にしたんだよ」
 ミケロの眼差しには狂気が含まれていた。オレリオは背中を冷たい汗が流れるのを感じた。
「何を言っている――貴様の父親がしたことを考えれば当然の報いだっただろう」
 オレリオは、ミケロの正面に腰掛けると表情を変える事無く言ってのけた。
 あの男は卑怯にもアバルト侯爵家を罠にかけ、アルティシアを手中に収めようとしたのだ。
 その憎しみは20年近く経った今でも忘れることはできない。
 ミケロは立ち上がると、オレリオに歩寄った。
「ああ、そうだね。父はクズだ。生きる価値もない人間だ。――なにせ、自分の息子すらその欲望の捌け口にしてしまうほどだからね」
 オレリオは腰の剣に手を添えたが、ミケロはその手を優しく抑えこんだ。
 体温を感じさせない冷たい手に気を取られた瞬間、ミケロはオレリオの顔を間近に覗き込み、もう片方の手でオレリオの頬をなぞった。
 オレリオは眉をひそめた。
「君は父親の復讐のために、私を――息子を狙ったのではないのか」
「父の復讐――?あの男に復讐してもらえるだけの人望があるとでも?――君は本当に愛らしい人だ」
 息がかかるほどの距離でミケロは、笑いを噛み殺しながら愛しさを含んだ妖艶な眼差しでオレリオを見つめた。
「君は穢れを知らないで生きてきた人だ。とても美しく気高い。君を恨みながらその美しさに憧れていたんだ……愛にも近い感情だ。土の中を這う事しかできないモグラが日の光に憧れるように――君には……僕が父に受けた辱めなど想像もつかないのだろうね」
 ミケロはオレリオの頬を撫でながら、耳元で囁くように自身の過去を話し出した。
 耳を塞ぎたくなるその内容は、とても正気で聞けるものではなかった。

 オレリオの話を、カイン、ジルダ、ロメオ、ティン=クェンは青ざめた顔で聞いていた。
 ミケロの過去と20年も前から周到に用意されていた計画に、鳥肌が立つのが分かった。
 ミケロが捕まると、それを待っていたかのようにパウロは、漸くその計画の一部始終を話し始めた。
 アルティシアに施した魔法陣が、予想に反して生まれてくるカインに呪いをかけることとなったことを知ったミケロは、カインの精神を乱す魔法を用意し、王宮の女官長に発動させるよう命じた。
 女官長は、オルフィアス伯爵と肉体関係を持っていた事がミケロの告白で判明した。
 ――あの優しかった女官長が?
 カインは衝撃を受けた。母が冷たいと悲しんでいた僕を慰めてくれたのを覚えている。
 ミケロは誕生会の場で、カインの魔力を暴走させてしまえばいいと考えた。
 しかし、ジルダがそれを防いでしまった。ミケロにとって最初の躓きだった。
 ジルダがいることでカインの魔力暴走を引き起こすことは困難になった。
 ミケロは計画を練り直した。
 第三者を使ってカインの精神を壊し、カインの意志でジルダから遠ざけてしまえばいいのだと。
 そして、隙を見て魔力暴走を引き起こさせれば、国を守るためにカインの命を絶たねばならない。
 うまくいけば、オレリオの手で最愛の我が子であり、妻が命懸けで守った忘れ形見を殺させることができる。
「そして選ばれたのがイレリア嬢ってわけか」
 ロメオが感心したように口を開いた。
「単に魅了の能力者であるだけじゃない。カインの魔力と親和性のある魔力の持ち主でないと意味はない」
 オレリオが言うと、カインはすぐに理解ができた。
 カインが惹かれるように、相手がカインに惹かれないと、この計画は成り立たない。
「まさにうってつけだったってわけか」
 ティン=クェンが溜息をもらす。カインは何も言えずに小さく唇を噛んだ。
 魅了の能力は吸収の能力ほど少ないわけではない。
 だが、その多くは力が弱く、イレリアのように魔法で増幅されているとはいえ、問答無用で人を虜にするような能力は非常に珍しい。
「彼女の母親が魅了の能力の持ち主だったそうだ」
 容姿の美しさに加え、強い魅了の能力の持ち主だった女性は、それ故に人目を惹いてしまった。
 貧しい村の生まれだった彼女は、生まれ育った村が盗賊の一団に襲われた時、まだ幼さの残る年頃に彼女の能力に惑わされた男達に犯された。
 その結果イレリアを妊娠すると、行くあてもなく貧民街にたどり着き、彼女を産み落とした。
 そして、そのまま貧民街に住み着いたが、イレリアを育てる事を拒んだため、イレリアはその女性の子供と言う事を隠されたまま育てられた。
 貧民街で束の間の安寧を得た彼女だったが、数年後再び農場の男達に強姦され、再び訪れた望まぬ妊娠を苦に川に飛び込んで命を絶った。
 
「その女性の噂を聞いたのだろうな。だから薬師――パウロはその娘を探すため、貧民街で薬師として潜んだんだろう」
 オレリオの言葉をみんなが黙って聞いていた。
「彼女の持つ強い魔力は、不幸なことにカインのもう一つの魔力と相性が非常に良かったそうだ」
 オレリオは言い辛そうに続けた。
 全ては不幸な偶然が重なった結果だったのか。
 いや、相手がイレリアでなかったとしても、彼らの執念なら別の女を見つけていただろう。
 ただ、その相手がイレリアだっただけなのだ。
「そして、イレリアにかけられていた術だが――やはりカインの魔力が使われていた」
「魔力暴走を起した時ですね」
 ジルダが言うと、オレリオは頷いた。
「パウロは大した魔導士だ。あの暴走の騒動に紛れてカインの魔力を魔法陣に吸収させて、それを使ってイレリアに魔法をかけただけでなく、カインを襲ったゴブリンや魔獣もカインの魔力を使って誘導したと自白したよ」
 魔法陣に魔力を注ぎ入れるのは誰でもできる事だ。しかし、それを変質させる事なく取り出して使うのは不可能だった。
 唯一、ジルダにしかできない事だと思われていたが、パウロは難なくそれをやってのけたのだ。
「その上、いくら魔法の才能があったからって、魔法陣を作り変えるなんて」
 ジルダが言うと、カインも頷いた。
 魔法陣は古代から受け継がれたもののみだ。
 魔法を読み解く能力を持つ者でも、魔法陣に書かれている内容まで理解できない。
「ミケロの父親が天才と言っていたのは伊達じゃなかったんですね」
「そうなる。魔法の才能だけでなく、魔力操作もジルダに近いものがある。ミケロより先に見つけていれば……」
 オレリオが言うことはカイン達にも理解できた。
 それほどの才能を王国で保護していれば、きっと素晴らしい魔導士になっただろうに……
 だが、バロッティ伯爵はパウロを余程秘蔵だったのか、王国にもパウロの噂は聞こえて来ていなかった。
 だから、オレリオも見逃していたのだ。
「もし、父上が先に保護していたとしても、オルフィアス伯爵……いや、ミケロはきっと同じように懐柔していたはずです」
 カインの言葉は正しいと思われた。
 20年もの時間をかけて計画を進めた男だ。そのくらいはしていたかもしれない。
「彼がいた限り、この悲しい事件は必ず起きた……」
 ロメオの言葉に全員が頷いた。
 パウロとて、ミケロの被害者なのかもしれない。――いや、ミケロもまた、被害者だったのだ。
 被害者が救いを求め、行きどころのない憎しみをオレリオに、アルティシアに、カインにぶつけた。
 イレリアもまた被害者なのだ。ミケロの、パウロの――そしてカインの。
 カインは唇を噛んだ。
 ミケロの狙い通り、カインはイレリアに溺れていった。
 そして、結界の魔法陣で危うく魔力を暴走させるところまで漕ぎつけたが、それもまたオレリオの機転により失敗した。
 期間を開け、ゆっくりとカインを苦しめ、壊して、オレリオに復讐するつもりだったのだとミケロは言った。
「私が捕らえられたところで、君の妻は息子に触れられぬまま非業の死を遂げ、死ぬ気で守った君の息子はその呪いは解ける事はない。君の苦しみはこれで終わらない――君は息子を見る度に私を思い出して苦しまねばならない。それだけでも十分じゃないか」
 オレリオの耳にミケロの高笑いがこびりついて離れなかった。

「イレリア嬢はどうなるんですか」
 ジルダが静かにオレリオに尋ねた。
「――彼女も利用されただけだから、今回の件では罪には問われないだろう。貧民街の件も偶然が重なった事故だと証言が取れているしな。ただ――」
 オレリオは言いにくそうに口ごもった。
「侍女に与えた暴行については、彼女の意思だ。罪は軽くなるように計らうつもりだが、アリッサは命を落としかけた。刑に処される事は間違いないだろう」
 事件を目撃したヨルジュが、イレリアを告発したことをカインは知っていた。
 だが、彼女がそうなってしまったのは自分のせいでもあるのだと、彼女と罪を償うつもりでいた。
 しかし、オレリオはカインの手を握ると首を横に振った。
「罪は罪だ。例えどんなに辛い思いをしたとしても、運命を握られ翻弄されたとしても、犯した罪はその人間が償わねばならない」
 オレリオは自分に言い聞かせるように言い、カインを始めとした全員が言葉を飲み込んだ。
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