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78.捕縛
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貧民街のすぐ近くでダーシー卿の魔力を受け取ったジルダは、すぐに自分の従者達に薬師の捜索と騎士隊への通報を命じた。
薬屋に到着すると、ダーシー卿が倒れていて、薬屋からは炎が上がっていた。
カインがいない――ジルダは思わず燃え上がる薬屋を見た。
まさか、中に?
「いけません!ジルダ様」
考えるよりも先に体が動いたが、すぐにアレッツォに止められた。
だが、その直後に崩れた薬屋の入口から、貧民街の住民がカインとナジームを担いで出てきた。
「三人ともまだ息がある。――お嬢さんはそちらの騎士を。俺は坊ちゃんとダーシー卿に応急処置をする」
錬金術師のマールの声にジルダは我を取り戻すと、すぐにナジームに魔力を注ぎ入ようとした。
丁度治癒師たちを連れて駆け付けたラエル卿が、茫然とジルダとナジームを見下ろしている。
「ナジーム……なんで……」
ジルダは涙を流していた。ナジームの手を取って。
それだけで、ラエル卿には理解ができた。ナジームの心の臓が停まっていることを。
ラエル卿は急いでナジームに駆け寄ると、手首の脈を取ったが、指先には何も触れない。
「ラエル卿……ごめんなさい……」
救えなかった、とジルダが小さく呟いたが、ラエル卿の体を押し退けてマールがナジームの心臓めがけて拳を振り下ろした。
「お前――何を!」
「助けるんですよ!こいつにはまだ魔力がある!生き返る!」
ラエル卿が止めようとしたが、マールの言葉に体が止まった。
マールが何度目かでナジームの胸に拳を振り下ろした瞬間、ナジームの心の臓がピクリと動いた。
ずっと弾かれていた魔力がナジームの体に吸い込まれるように流れ込んだ時、ジルダはナジームに怒鳴りつけた。
「生きなさい……ここで死ぬのは許しません!ナジーム!ナジーム・アル・ネルフ・アシャール!しっかりなさい!あなたはアシャールの次の王でしょう?」
マールが手早く治癒のスクロールを展開していなければ、ダーシー卿は絶命していたところだった。
幸い、その直後にラエル卿が連れてきた治癒師によって、誰よりも先に回復していたダーシー卿は急いで王宮に向かった。
カインは治癒魔法を同時にかけられていたとはいえ、体中を引き裂いた傷がまだいくつも残っていたせいで、治癒師による治療もかなりの時間を要した。
マールと治癒師が交互に治癒の魔法陣に魔力を注ぎ入れている時に、薬師が捕まったと報告を受けた。
ナジームがジルダ達に説明するのを聞いていた貧民街の住民達が得物を手にし、薬師を探し出したのだ。
追い詰められた薬師は、抵抗もしないままに住民達に捕らえられた。
「薬師は攻撃用のスクロールを持っていたそうだ」
「彼は、それを住民達に向けては使わなかったんだな」
ダーシー卿にはなんの躊躇いもなく魔法を放ったのに――カインは少しだけ薬師に人間らしい心があったのだなと思った。
イレリアの話では、平民からは薬の代金は受け取っていたが、貧民街の人間には滅多に薬をわけないものの、分け与える時は代金は受け取らなかったと言っていた。
「あいつなりに、あの町には思い入れがあったのかもしれない」
だからと言って許されるものではないが、とカインは小さく付け加えた。
「そうかもしれない。だが、彼らも恩があっただろうに、よく捕まえてくれたものだな」
「……カイン様はあそこの皆さんに慕われてるのですわ」
ロメオが感心したように言うと、ジルダがそっと付け加えた。
カインは痛む体をさすりながら、それでもイレリアがいたからだと言うのを躊躇った。
「発端はイレリア様かもしれませんが、彼らに接する態度はカイン様の心根によるものですわ」
「マルコも――同じ事を言ってくれた」
カインは放心しながら呟いた。
「イレリア嬢は――」
ロメオが言いにくそうに続けた。
「錬金術師によって全ての魔法を解除された。その反動だろう。今は錯乱状態にあるそうだ。自室に見張りを立てて軟禁している。牢に入れないのは温情だと思ってくれ」
ロメオの言葉にカインは胸が痛んだ。この件の一番の被害者はイレリアだろう。
だが、それは他人を思う痛みであり、愛しい人を失った痛みでないことは、カインにはもうしっかりわかっていた。
「お前が気にする事じゃない。――それに、彼女は侍女への暴行でも告発されている」
「アリッサの――そうだったな。アリッサ容体は?」
「もう回復して、元気に働いてくれています」
ジルダがそう言うと、カインは安心したように息を吐いた。
「薬師に利用されていただけなら、治療して平民として暮らすこともできたのに――」
「気にするな。お前との関係や貴族への影響は魔法のせいだったが、本人の性質を歪める術式は使われていなかった。あの事件は彼女の元々の性質によるものだ」
ロメオは落ち込むカインの肩に手を置いて慰めると、話題を変えた。
「薬師は今伯父上が拷問中だ。3日もぶっ通しでやってるのに一度も口を割らない。――大したもんだよ」
ロメオは感心した口ぶりで告げた。
「父上が」
「ああ。お前に仕掛けた魔法陣と同じやり方でやってる。体の骨を折っては治しを繰り返しているよ。僕なら指一本ですぐに喋ってしまうけどね」
親馬鹿を怒らせると怖いんだと、ロメオは肩をすくめた。
カインの怪我は治癒師達の懸命の治療によって完治したように見えたが、何度も死にかけるほどの傷を負ったせいで魔力が回復せず、発熱を繰り返して10日経っても立ち上がる事は出来なかった。
ジルダはその間もカインの傍で看護し続けていた。
カインはジルダに感謝していたが、これまでの自分の態度を「子供の癇癪」と一蹴された経緯から、どう接していいのかわからず、ただ首元の青い宝石を弄ぶだけだった。
カインが負傷して14日が経った日、ティン=クェンが部屋に飛び込んで来た。
奇しくも漸く体調が落ち着き、立ち上がる訓練をしようとジルダの肩を借りて立ち上がった直後だった。
突然開いた扉に驚いて態勢を崩したカインを、ジルダが支えきれるはずがなかった。結果、カインはジルダに覆いかぶさる形でベッドに倒れ込んだ。
「あ――お邪魔だった?」
ティン=クェンが意地の悪い微笑みで尋ねた。
カインはジルダを庇うように抱き締めたものの、自分の腕で体を支える事ができず、ジルダに密着しているのが何とも恥ずかしく、自分の胸の下にいるジルダの小ささに胸が苦しくなるのを感じていた。
「ティン=クェン……私――潰れちゃうわ」
ジルダは魔力が少なすぎて身体強化ができない。カインの魔力を全て吐き出した後では尚更だった。
自分よりも二回り近くも大きいカインに全身で圧し掛かられると、重たくて死にそうだった。
ティン=クェンは笑いながら手を差し伸べてカインに言った。
「どうぞ、カインお嬢さん。僕に掴まって」
「僕が回復したら一番に殴るのはお前だな」
ティン=クェンの手に掴まって、何とか体を起すとカインはティン=クェンを睨んでみせた。
ティン=クェンは嬉しそうに大笑いして、カインを抱き上げるとその青い瞳を覗き込んだ。
「じゃぁ、その覚悟を持つから回復するまでは僕の好きにしていいんだね――お姫様」
「ティン=クェン。ふざけないでね」
男同士のふざけ合いを止めたのはジルダだった。
「怒るなよ、ジルダ。悪かったって」
ティン=クェンは、笑いながら自分の首を絞めるカインの手を離させると、ベッドからゆっくりと降りた。
そして、真顔になると一呼吸してから口を開いた。
「オルフィアス伯爵を捕まえた」
オルフィアス伯爵は逃げ隠れもせず、毎日議会に出席していた。
イレリアの証言だけでは決定的な証拠にはならず、また薬師も口を割らなかった為、議会員であり法務貴族であるオルフィアス伯爵に追求することはできなかったのだ。
しかし、ティン=クェンの地道な調査の結果、遂に決定的な証拠を掴むことができたのだ。
「オルフィアス伯爵は元のオルフィアス伯爵の傍系なんかじゃなかった。彼は――公国のバロッティ伯爵の隠し子だったんだ」
ティン=クェンの出す名に聞き覚えはなかった。カインが尋ねようとした時、もう一人の人物が部屋に入ってきた。
「アルティシア――お前の母を狙った公国の伯爵の名だ」
エスクード侯爵は静かに告げた。
薬屋に到着すると、ダーシー卿が倒れていて、薬屋からは炎が上がっていた。
カインがいない――ジルダは思わず燃え上がる薬屋を見た。
まさか、中に?
「いけません!ジルダ様」
考えるよりも先に体が動いたが、すぐにアレッツォに止められた。
だが、その直後に崩れた薬屋の入口から、貧民街の住民がカインとナジームを担いで出てきた。
「三人ともまだ息がある。――お嬢さんはそちらの騎士を。俺は坊ちゃんとダーシー卿に応急処置をする」
錬金術師のマールの声にジルダは我を取り戻すと、すぐにナジームに魔力を注ぎ入ようとした。
丁度治癒師たちを連れて駆け付けたラエル卿が、茫然とジルダとナジームを見下ろしている。
「ナジーム……なんで……」
ジルダは涙を流していた。ナジームの手を取って。
それだけで、ラエル卿には理解ができた。ナジームの心の臓が停まっていることを。
ラエル卿は急いでナジームに駆け寄ると、手首の脈を取ったが、指先には何も触れない。
「ラエル卿……ごめんなさい……」
救えなかった、とジルダが小さく呟いたが、ラエル卿の体を押し退けてマールがナジームの心臓めがけて拳を振り下ろした。
「お前――何を!」
「助けるんですよ!こいつにはまだ魔力がある!生き返る!」
ラエル卿が止めようとしたが、マールの言葉に体が止まった。
マールが何度目かでナジームの胸に拳を振り下ろした瞬間、ナジームの心の臓がピクリと動いた。
ずっと弾かれていた魔力がナジームの体に吸い込まれるように流れ込んだ時、ジルダはナジームに怒鳴りつけた。
「生きなさい……ここで死ぬのは許しません!ナジーム!ナジーム・アル・ネルフ・アシャール!しっかりなさい!あなたはアシャールの次の王でしょう?」
マールが手早く治癒のスクロールを展開していなければ、ダーシー卿は絶命していたところだった。
幸い、その直後にラエル卿が連れてきた治癒師によって、誰よりも先に回復していたダーシー卿は急いで王宮に向かった。
カインは治癒魔法を同時にかけられていたとはいえ、体中を引き裂いた傷がまだいくつも残っていたせいで、治癒師による治療もかなりの時間を要した。
マールと治癒師が交互に治癒の魔法陣に魔力を注ぎ入れている時に、薬師が捕まったと報告を受けた。
ナジームがジルダ達に説明するのを聞いていた貧民街の住民達が得物を手にし、薬師を探し出したのだ。
追い詰められた薬師は、抵抗もしないままに住民達に捕らえられた。
「薬師は攻撃用のスクロールを持っていたそうだ」
「彼は、それを住民達に向けては使わなかったんだな」
ダーシー卿にはなんの躊躇いもなく魔法を放ったのに――カインは少しだけ薬師に人間らしい心があったのだなと思った。
イレリアの話では、平民からは薬の代金は受け取っていたが、貧民街の人間には滅多に薬をわけないものの、分け与える時は代金は受け取らなかったと言っていた。
「あいつなりに、あの町には思い入れがあったのかもしれない」
だからと言って許されるものではないが、とカインは小さく付け加えた。
「そうかもしれない。だが、彼らも恩があっただろうに、よく捕まえてくれたものだな」
「……カイン様はあそこの皆さんに慕われてるのですわ」
ロメオが感心したように言うと、ジルダがそっと付け加えた。
カインは痛む体をさすりながら、それでもイレリアがいたからだと言うのを躊躇った。
「発端はイレリア様かもしれませんが、彼らに接する態度はカイン様の心根によるものですわ」
「マルコも――同じ事を言ってくれた」
カインは放心しながら呟いた。
「イレリア嬢は――」
ロメオが言いにくそうに続けた。
「錬金術師によって全ての魔法を解除された。その反動だろう。今は錯乱状態にあるそうだ。自室に見張りを立てて軟禁している。牢に入れないのは温情だと思ってくれ」
ロメオの言葉にカインは胸が痛んだ。この件の一番の被害者はイレリアだろう。
だが、それは他人を思う痛みであり、愛しい人を失った痛みでないことは、カインにはもうしっかりわかっていた。
「お前が気にする事じゃない。――それに、彼女は侍女への暴行でも告発されている」
「アリッサの――そうだったな。アリッサ容体は?」
「もう回復して、元気に働いてくれています」
ジルダがそう言うと、カインは安心したように息を吐いた。
「薬師に利用されていただけなら、治療して平民として暮らすこともできたのに――」
「気にするな。お前との関係や貴族への影響は魔法のせいだったが、本人の性質を歪める術式は使われていなかった。あの事件は彼女の元々の性質によるものだ」
ロメオは落ち込むカインの肩に手を置いて慰めると、話題を変えた。
「薬師は今伯父上が拷問中だ。3日もぶっ通しでやってるのに一度も口を割らない。――大したもんだよ」
ロメオは感心した口ぶりで告げた。
「父上が」
「ああ。お前に仕掛けた魔法陣と同じやり方でやってる。体の骨を折っては治しを繰り返しているよ。僕なら指一本ですぐに喋ってしまうけどね」
親馬鹿を怒らせると怖いんだと、ロメオは肩をすくめた。
カインの怪我は治癒師達の懸命の治療によって完治したように見えたが、何度も死にかけるほどの傷を負ったせいで魔力が回復せず、発熱を繰り返して10日経っても立ち上がる事は出来なかった。
ジルダはその間もカインの傍で看護し続けていた。
カインはジルダに感謝していたが、これまでの自分の態度を「子供の癇癪」と一蹴された経緯から、どう接していいのかわからず、ただ首元の青い宝石を弄ぶだけだった。
カインが負傷して14日が経った日、ティン=クェンが部屋に飛び込んで来た。
奇しくも漸く体調が落ち着き、立ち上がる訓練をしようとジルダの肩を借りて立ち上がった直後だった。
突然開いた扉に驚いて態勢を崩したカインを、ジルダが支えきれるはずがなかった。結果、カインはジルダに覆いかぶさる形でベッドに倒れ込んだ。
「あ――お邪魔だった?」
ティン=クェンが意地の悪い微笑みで尋ねた。
カインはジルダを庇うように抱き締めたものの、自分の腕で体を支える事ができず、ジルダに密着しているのが何とも恥ずかしく、自分の胸の下にいるジルダの小ささに胸が苦しくなるのを感じていた。
「ティン=クェン……私――潰れちゃうわ」
ジルダは魔力が少なすぎて身体強化ができない。カインの魔力を全て吐き出した後では尚更だった。
自分よりも二回り近くも大きいカインに全身で圧し掛かられると、重たくて死にそうだった。
ティン=クェンは笑いながら手を差し伸べてカインに言った。
「どうぞ、カインお嬢さん。僕に掴まって」
「僕が回復したら一番に殴るのはお前だな」
ティン=クェンの手に掴まって、何とか体を起すとカインはティン=クェンを睨んでみせた。
ティン=クェンは嬉しそうに大笑いして、カインを抱き上げるとその青い瞳を覗き込んだ。
「じゃぁ、その覚悟を持つから回復するまでは僕の好きにしていいんだね――お姫様」
「ティン=クェン。ふざけないでね」
男同士のふざけ合いを止めたのはジルダだった。
「怒るなよ、ジルダ。悪かったって」
ティン=クェンは、笑いながら自分の首を絞めるカインの手を離させると、ベッドからゆっくりと降りた。
そして、真顔になると一呼吸してから口を開いた。
「オルフィアス伯爵を捕まえた」
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イレリアの証言だけでは決定的な証拠にはならず、また薬師も口を割らなかった為、議会員であり法務貴族であるオルフィアス伯爵に追求することはできなかったのだ。
しかし、ティン=クェンの地道な調査の結果、遂に決定的な証拠を掴むことができたのだ。
「オルフィアス伯爵は元のオルフィアス伯爵の傍系なんかじゃなかった。彼は――公国のバロッティ伯爵の隠し子だったんだ」
ティン=クェンの出す名に聞き覚えはなかった。カインが尋ねようとした時、もう一人の人物が部屋に入ってきた。
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