血の医者〜僕らの仕事は人を殺すことです〜

第一章 英雄の帰還

7 まえのめり

　ワシ、キンバルト・ウォーレンは困惑していた。

　スパン！！

　キンバルトの攻撃がアランの体を浮き上げる。

　「もう……流石に終わりじゃろ？」

　「いや……まだだ……」

　この少年……アラン・ロバーツは2時間も攻撃を受け続けている。

　ワシはアランが勝とうが負けようが修行はするつもりだった。

　12歳の子供が、涙を流す前に、強くなることを望んだのだ。

　彼は強くなる。

　そう確信している。

　だが。

　彼は所詮12歳なのだ。

　父を失い、母と会えず、家を失い、そして自分の無力さを知った。

　そう、彼は今、いつ精神が壊れてもおかしくない状態なのだ。

　このまま彼が強くなったとして、必ず限界が来る。

　自分の弱さを知ってこそ、人は強くなるのだ。

　だから彼は<負け>なければならない。

　泣き叫ばなければならない。

　その一点においては我が孫であるユンの方が優れている。

　ユンは自分の弱さを知っている。あとは少し自信をつければ立派に育つだろう。

　「もう……諦めなさい」

　「アラン……もう……」

　2時間叫び続けたユンの声は枯れ、声がうまく出せていない。

　「いや……だ」

　アランの顔は大きく腫れ、服にも血が滲んでいる。

　「ならば仕方ない……」

　できれば使いたくなかったが、こちらも本気の一撃を使おう。

　「なぜワシが師匠と呼ばれているか……教えてやろう」

　キンバルトの木刀を持つ手が震える。

　ピキッ！！

　木刀に亀裂が入る。

　「アラン、死ぬなよ」

　パンッ！！！

　後ろの景色が切り裂かれる。

　キンバルトの木刀は折れ、持ち手は握り潰されている。

　斬撃はアランの胸に命中した。




　
　なんだ？

　俺はなにをしている？

　空が……空が見える。

　全身の感覚がない。

　脳が少しずつ動き出す。

　痛い。

　胸が痛すぎる。

　全身の感覚が戻っていく。

　今、俺は倒れているのか？

　足は地面についている。だがまだ背中はついていない。

　まだ、倒れていない。

　たった1日？

　この1日でどれだけ大きな悲しみを受けただろうか。

　もういいんじゃないか？

　背中に草が触れる。

　もう倒れても……。

　もう泣いても……。

　それが何になる？

　今倒れて俺に何が残る？

　悲しみ？後悔？父は俺が倒れるために死んだんじゃない。


　ないのだ。前しか。


　全身の血液がとんでもない速さで動いているのが分かる。

　力がみなぎる。

　「うぉぉぉぉぉ！！」

　ゆっくりと…ゆっくりと体が起き上がる。

　
　俺に進まない時間はいらない。


　体は起き上がった。だが。

　とっくに限界だったらしい。

　最後の力を振り絞り起き上がったが、そのままの勢いで前へ倒れていく。

　「まだ……前に！！」

　前に倒れる力を利用し、どんどん前へ進んでいく。

　「前に……！」

　立ち止まれば倒れる。

　より速く。速く。前へ。

　速く。そう速く。

　そのスピードは常人の速さを超えるほどに。

　そう、キンバルトの予想を超えるほどに。

　「なっ！！」

　渾身の一撃を12歳の子ども相手に使ったこと。

　そしてその一撃と2時間の疲労によってアランが倒れたと思い込んだのにもかかわらず、立ち上がったこと。

　そして……倒れる力で加速したこと。

　その三つのイレギュラーが重なり、熟練の戦士であるキンバルトに隙ができた。

　パン……。

　アランが振り上げた木刀が……その弱々しい一撃が……キンバルトの首に当たった。

　「一本……」

　そう呟くと、アランは前に倒れた。

　「な……なんじゃと……」

　「アラン……！！」

　ユンがアランに駆け寄る。

　「アラン……気絶してる……」

　50年。

　キンバルトは戦士として戦いを学び、10年程命をかけてジャナヴァルと戦ってきた。

　そして60年生きたのだ。

　その全ての経験からの予測……いや確信にも近かった。

　それを……超えたのだ。

　「ユンよ……彼は……アランは……」




　「何かの始まりなのかもしれない」