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001.

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 ――可愛いものが好き。でも、私には似合わないんだよなぁ。

 グラスに入った苺ソーダをぐいと飲み干し、給仕係から次は葡萄水を受け取る。自領の葡萄で作られた葡萄酒もあるが、成人してもあまり酒が得意ではないルーチェは手をつけない。何かがあるたびに拍手が起こり、祝福の声がかけられる中、ルーチェは笑みをたたえてやり過ごす。
 公爵家の広大な庭を使った結婚披露宴、その輪の中心にいるのは、純白の婚礼ドレスを身に着けたルーチェの姉アリーチェと、同じく純白のタキシードを着たバルトロだ。公爵家嫡男と伯爵家令嬢の結婚披露宴のため、国内外から高貴な人々が招かれており、どこを見てもギラギラしている。ルーチェは可愛らしさの欠片もないこの場所から早々に抜け出したいのだが、新婦の親族という立場からは逃れられないものだ。
「二十年前、国王陛下と公爵を我がコレモンテ伯爵領にお招きしてからのご縁がこんな形で結ばれるとは」などとはしゃいでいる父伯爵をぼんやりと眺め、「二十年前に一度きりの行幸なのに」と恥ずかしく思う。もちろん、それが縁でバルトロとアリーチェが結婚したわけではないのだ。

「ル、ルッカ様! ご機嫌よう!」

 ――あぁ、可愛い。

 綺麗に着飾り、頬を染めた令嬢から挨拶をされたため、ルーチェはいつも通り「ルッカ」の表情と仕草でそれに応じる。

「ご機嫌よう、メリッサ嬢。向日葵のような黄色のドレス、よくお似合いです。どうしてもそちらに目が向いてしまう。ふふ。あなたのほうが太陽で、私は向日葵かもしれませんね」
「ああああ、お褒めいただき光栄です、ありがとうございますっ! ルッカ様こそ、いえ、ルッカ様はまさしく、わたくしの太陽でございますっ!」

 薄く微笑んだだけで顔を真っ赤にする女の子を、ルーチェは可愛らしいと思う。様子を窺っていた令嬢たちが次々に「ルッカ様、ご機嫌よう」と押し寄せてくるのを見て、心が和む。
 ルーチェは可愛いものが好きだ。キラキラ、ふわふわしたものが大好きだ。しかし、自らはキラキラふわふわしたものになりえないという自覚はある。周りの娘たちが着ているような可愛らしいドレスは似合わないと理解している。
 背が高く中性的な顔立ちのルーチェは、姉の結婚式であるというのに、暗紅色の髪を短く切り男物の礼服を着ている。蜂蜜色のブラウスと白藍の生地に金銀の刺繡が美しいベスト、白のキュロットにブーツ。濃藍のコートにも銀色の刺繍が施され、ずっしりと重い。それらを着こなし長い手足を組めば、自分を囲む貴族の娘たちからはうっとりとした溜め息が零れるものだ。
 コレモンテ伯爵家の次女ルーチェ・ブランディは、男装令嬢として、大変有名なのだ。



 貴族の娘たちへの挨拶を終え、ルーチェは溜め息をつきながら邸の壁に寄りかかる。可愛い令嬢たちと話していると、彼女たちに近づきたい男どもから気安く声をかけられてしまうため、怯える令嬢たちを守りながら上手に逃がすことが何回も発生している。可愛いものに囲まれたいのに可愛いものが遠ざかってしまうため、残念に思いながらルーチェはあたりを眺める。
 ルーチェは盛大なパーティがあまり得意ではない。ヴェルネッタ王都では役者が女性だけの歌劇団が大人気のため、貴族の夫人や娘たちからは好意的な視線を向けられることが多いのだが、批判的な立場の人間もいる。女は女らしい服を着て、女らしく振る舞えと、今日も何度言われてきたことか。彼らから零れる心ない言葉をすべて受け止めていると、心が摩耗してくるものだ。

「あぁ、ねぇ、君。どこかにハンモックないかな?」

 突然見知らぬ男に声をかけられ、ルーチェは驚いて「わかりかねます」と返事をする。披露宴を行なう庭でハンモックを探すのは、身なりが良さそうな若い男だ。少しくすんだ飴色の金髪と緑青の瞳が、太陽の下でキラキラと輝いている。

「そっか、ないかぁ。こういうパーティって退屈なんだよね。俺はもう眠くて眠くて仕方ない。ハンモックがあれば最高なのに」
「では、一緒に歓談いたしましょう。お客様に退屈をさせてしまったようで申し訳ございません。我が姉の怠慢、深くお詫びいたします」
「姉? あぁ、なるほど、バルトロと結婚するのは君のお姉さんなんだね。おめでとう」

 公爵家嫡男を呼び捨てにするほどの人間を、ルーチェはあまり知らない。「ありがとうございます」と礼を言いながら、彼の着ている服の中に目当てのもの――ヴェルネッタ王家の紋章を探し出す。

「ルーチェ・ブランディと申します」
「俺はジラルド。……えっ、ルーチェ? 君、女の子なの?」
「はい。ただ、この姿のときはルッカと呼んでいただいても構いませんよ、ジラルド王子殿下」

 ジラルドは一瞬目を丸くしたものの、「そっか」と呟き納得したようだ。その順応の早さにルーチェは驚く。姉の夫バルトロでさえ、ルーチェの男装と「ルッカ」の振る舞いに慣れるのに、何ヶ月もかかったのだから。

「失礼ながら……あまり驚かれないのですね」
「いや驚いたよ。驚いたけどさ、それすごく似合っているから、別にいいかなって」
「お褒めいただきありがとうございます」
「まぁ、身近にいるから――っとと、悪い、隠れさせて」

 突然、ジラルドが庭に背を向け、ルーチェの影に隠れる形となる。誰かから逃げているのかと不思議に思っていると、騒々しい一団がこちらへ向かってきているのが見えた。

「アデリーナ王女、ぜひ私とダンスを!」
「いやいや、私と!」
「序列からいうと、私が一番ですとも!」

 貴族の若い男たちから次々とダンスを申し込まれている絶世の美女が、ルーチェの目に留まる。菜の花色に輝く髪を結い上げ、橙色と黄色が幾重にも重なった可愛らしいドレスを着た娘だ。小脇にふわふわとしたものを抱えて無表情でずんずんと歩いているにもかかわらず、彼女の周りだけキラキラと輝いて見える。

 ――わぁ、可愛い……!

 楽隊の音楽に合わせて踊る男女はいるものの、その美女は身をよじり男たちから逃げるように大股で歩いている。余程踊りたくないのだろう。結果、目立つ一団を築き上げてしまっている。

「わたくしは兄としか踊りません!」
「そこを何とか!」
「ぜひ私と!」
「嫌です!」

 しばし美女に見とれていたルーチェは、背後に隠れるジラルドに「助けないのですか?」と尋ねる。ジラルドは首をぶんぶんと振りながら「俺、ダンス苦手」と呟く。
 妹が厄介な一団につけ狙われているというのに、それを助けようともしない兄王子。道理で、社交界でも彼らの顔をあまり見かけないわけだ。ルーチェは呆れながら、軽く走り出す。

「アデリーナ王女殿下!」
「わたくしは誰とも踊りません! そこを通して……きゃあ!」

 誰かがアデリーナのドレスの裾を踏んづけた。王女が倒れそうになるのを、ルーチェが膝をついてさっと支える。もふもふの毛玉の感触と、暖かく柔らかな感触にルーチェはホッとする。招待客を――特に王家の人間に土をつけるようなことがあっては、公爵家と伯爵家の名に傷がつくものだ。
「良かった、間に合いましたね」と微笑むと、絶世の美女は「あら」と呟き頬を染める。ふわりと柑橘系の香水の匂いが漂う。

「ご機嫌よう、オレンジの妖精さん。ジラルド王子殿下の許可を賜っておりますので、私と一曲踊っていただけますか?」

 アデリーナを立たせ、跪いてその手の甲にキスを落とす。周りから「女のくせに!」という声が上がったが、ルーチェは気にしない。嫌がる王女を追いかけ回すしか能がない男たちよりは、女の子が好む仕草を理解しているつもりだ。「ルッカ」として完璧だと自負している。
 アデリーナは周りの男たちに興味がないのか、ふわふわの毛玉を芝生に下ろし、「喜んで」と微笑んでルーチェの手を取る。

「一曲と言わず、何曲でも」
「恐悦至極に存じます。では、あちらの、邪魔者のいないところへ参りましょうか」

 貴族の若者たちはついてこない。ふわふわの金色の猫に毛を逆立てられ、唸られ――つまりは邪魔され、二人のそばに近寄ることができないのだ。

「おやおや、アディ。君も放っておかれたのかい」

 王女の金色の猫を抱き上げたのは、兄王子。ダンスをしなくてもすむと踏んだジラルドは、若者たちを見回しニッコリと微笑む。

「さて。我が妹の伴侶の座を奪い合っている諸君。何人かの愛らしいご令嬢が君たちに挨拶をしたいと言っているんだけど、興味はないかな?」

 ジラルドの誘惑に、男たちは負けた。フラフラとついていきながら、ルーチェとアデリーナを気にする若者もいたが、二人の邪魔をしに向かう男はいなかった。


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