【R18完結】男装令嬢と呪われた王子の不健全な婚約

千咲

文字の大きさ
10 / 49

010.

しおりを挟む
「陛下の浮気癖は今に始まったことではないですけれど、二十年前のことには本当に困らされましたわねぇ」
「ええ。本当に。今までどれほどわたくしたちが涙を流したのか、陛下は想像すらしていないでしょう」

 二妃は歌劇団の三人の前で国王に対する愚痴を零す。どうやら三人の口は堅いらしい。そうでなければ、二妃がそのようなことを口にすることはないものだ。
 王家からの寄付のことと言い、団長が愛人であることと言い、花鳥歌劇団は王族と密接に関わっていることがルーチェにもわかる。もちろん、全く知らなかった。

「二十年前……?」

 二十年前、という単語を最近耳にしたような気がして、ルーチェはしばし思案する。父が国王をコレモンテ伯爵領でもてなしたのが、その頃ではなかったか。二十年前に一度きりの行幸を伯爵は大変自慢に思っているが、一度きりである理由をルーチェは知らない。

「二十年前に、国王と精霊が恋に落ちた……?」

 ルーチェは人差し指と親指で顎を撫でる。「精霊」や「魔獣」が魔の者の暗喩であることは想像がつく。「……魔獣」とルーチェは呟く。その単語も、最近耳にした。『魔境』について興味津々だった人物に、話をした。

「黒髪の魔女と、緋色の魔獣……」
「では、そろそろわたくしたちはおいとまいたしましょうか」
「……リーナ?」
「さ、帰りましょ、ルーチェ。皆様、ご機嫌よう」

 リーナがぐいと腕を引っ張って、ルーチェを立たせる。リーナはルーチェと視線を合わせようとしない。『魔境』について聞いてきたのは、リーナだった。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。

 ――リーナと『王と精霊の恋物語』には、何か秘密がある? 黒髪の魔女に恋をした国王陛下は、魔獣から呪いをかけられた? しかし、陛下は生きている。どこまでが真実で、どこからが虚構なのだろう?

 疑問がふつふつと湧いて出てくる。しかし、リーナはその疑問に答える気はなさそうだ。強引にルーチェを特別席の扉のほうへと押しやっていく。
「もうお帰りですか? お見送りいたしましょう」とコルヴォが声をかけてくるものの、リーナはぶっきらぼうに対応する。

「結構です」
「嫌われたものですねぇ、私も」
「ルーチェは兄の婚約者なんですもの。変な虫から守らなければなりません」
「リーナ?」

 ルーチェはリーナの暴言に驚き、目を丸くする。リーナはコルヴォを睨みつけている。
 虫扱いされたコルヴォは、愉快そうに目を細めている。どうやら気分は害していないらしい。王族からの心ない言葉など、看板を張るような役者には痛くも痒くもないのかもしれない。

「コルヴォ様、申し訳ございません。先に失礼いたします」
「ええ、構いませんよ。またいらしてください。王子殿下と結婚なさるのなら、あなたのことも特別席でもてなしましょう」

 微笑んで、コルヴォはルーチェの頬に顔を寄せた。

「それにしても、あなたの髪はとても綺麗ですね。葡萄酒のような、どこか懐かしいような、何だか不思議な気持ちに……」

 瞬間、ルーチェはリーナにぐいと腕を引っ張られたため、コルヴォの唇は頬には当たらなかった。ルーチェは恥ずかしさで、リーナは怒りでそれぞれ真っ赤になっている。

「コルヴォ、やり過ぎです」
「だって、オルテンシア。彼女はあなたと出会った葡萄畑のような髪の色なんだよ? 懐かしいじゃないか」
「それはルーチェ嬢には関係のないことでしょう」

 コルヴォはオルテンシアから叱られ、肩をすくめてリーナに頭を下げる。

「失礼いたしました」
「本っっ当に失礼な役者ね。もう出ていくわ」
「おやおや。ごきげんよう、アデリーナ王女殿下」

 リーナに引っ張られ、ルーチェは廊下に連れ出される。扉が閉まる直前、二妃の会話が、耳に届いた。

「まさかコレモンテ伯爵領のご令嬢とフィオが結婚するとも思いませんでしたもの」
「これも何かの縁でしょう。真実の愛で呪いが解けるものなら、とても素敵なことですけれど」

 ルーチェはようやく、理解する。ずっと胸のうちに燻っていた違和感の正体に、この結婚の不可思議さに。

 ――この結婚は、フィオ王子が、王家が、何らかの目的を達成するために仕組まれたものなんだ。

 無言で自分の腕を引っ張っていくリーナの後ろ姿をぼんやり見つめ、ルーチェは溢れる涙を彼女に知られぬように拭うのだった。



 馬車に乗り込んでも、リーナは窓の外を見つめたままだ。ルーチェは悲しく、虚しい気持ちを抱いたまま同じように窓の外を見やる。
 ルーチェも子どもではないのだから、王侯貴族間の結婚において、互いの気持ちなど必要はないと理解している。愛していなくとも、結婚をして子どもを残す義務がある。

 フィオのことも、リーナのことも、ルーチェは好ましく思っている。もっと互いのことを知って、もっと年月がたてば、自然とそこに愛や情が生まれるものと思っていた。
 しかし、そんな日は来ないのかもしれない。ルーチェの胸は押しつぶされてしまいそうなくらいに、痛い。

「ルーチェは」

 リーナの消え入りそうな声に、ルーチェはドキリと動揺する。

「ルーチェは、ああいう人が好みなの?」
「……え?」
「あの、コルヴォみたいな男の人が好きなの?」

 リーナの質問の意図がわからず、ルーチェは一瞬答えに窮する。それを肯定の意味だと受け取ったリーナが、ようやく、ルーチェに視線を向ける。その表情は、ひどく悲しそうだ。

「フィオじゃダメなの? フィオのどこがダメなの?」
「リ、リーナ?」
「妹のわたくしが言うのはおかしいかもしれないけれど、兄は金髪碧眼で背もそれなりにあるし、かなりの美男子だと思うわよ? 口下手だから、台詞のように甘い言葉は囁くことができないかもしれないけれど」
「待っ」

 ぐいぐいとにじり寄ってくるリーナに、ルーチェは戸惑うばかりだ。何しろ、ルーチェはフィオとコルヴォを比べたことなどない。どちらの美しさにも優劣をつけることなどできず、比較できるものではない。それに、コルヴォは女なのだ。フィオとは違う。

「兄との結婚は嫌? 逃げ出したいくらい?」

 兄の目的を、妹は知っているのだ。ルーチェは確信している。だから、リーナはフィオのために自分を選んだのだと。

「……リーナはフィオ王子のことを本当に心配しているんだね。理解し合っているから、私を選んだんだね」

 自分らしさを持ち合わせないルーチェは、自分らしさを求めるフィオにはふさわしくないと思っていた。一ヶ月ずっと、後ろめたく思っていた。
 ただ、フィオに何らかの目的があるならば、自分を利用してもらって構わない。そんなふうに考えを改めたところだ。それが互いのためだ。

「違う、違うのよ、ルーチェ。フィオはちゃんとあなたに恋をして――」
「ありがとう、リーナ。嘘はつかなくていいよ。私は望まれる通り、ちゃんと王子妃になるよ。うまくやるから心配しないで」

 ルーチェの言葉に、リーナは深々と溜め息を吐き出した。げっそりとした表情で頭を抱え、「もうダメ、もう無理」と呟く。

「ルーチェ、お願い。一つだけ答えて」

 顔を上げたリーナの視線が鋭すぎるため、ルーチェは怖じ気づく。しかし、その手を、リーナがぎゅうと握る。逃さない、と言っているかのように。

「フィオのことは嫌い? 好き?」

 難しい質問だ。好きでも嫌いでもない、というのが答えなのだが、リーナが求めるものはそれではないだろう。二択だ。他の答えは必要ない。
 だから、ルーチェは婚約者の妹に正直に答える。

「……好きだよ」
「ありがとう」

 リーナはホッとした表情で、ルーチェの頬にキスをする。ルーチェが真っ赤になると、リーナは嬉しそうに微笑んだ。

「わたくしも好きよ、ルーチェのこと。コルヴォなんかにキスを許すものですか。あなたに触れていいのは、わたくし……と兄だけよ」

 リーナの不敵な笑みをどう解釈すればいいのかわからず、ルーチェは曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果

景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。 ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。 「俺……ステラと離れたくない」 そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。 「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」 そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。 それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。 勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。 戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──? 誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

処理中です...