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044.
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フィオが準備したのは、葡萄酒を温めたものだ。レモンの輪切りが添えられており、酒が得意ではないルーチェでも飲むことができる。
「あったかい……」
「伯爵領の葡萄酒は美味しいね」
広い寝台の上、ルーチェの左隣に、葡萄酒を飲むフィオがいる。ルーチェの左手は、フィオの右手と繋がっている。
ルーチェはちらりと夫を見上げ、端正な顔立ちに惚れ惚れしてはカップの中の葡萄酒を飲む。寝室の寝台が大きすぎるような気がしていたが、二人で眠るのならば広すぎることもないと納得する。
「カツラには慣れた?」
「いいや、全然。できればアデリーナにも髪を切ってもらいたいくらいだよ」
昼のリーナと夜のアデリーナの髪の長さが違うと誰もが混乱するため、今は昼間にフィオがカツラを被っているのだ。三兄妹の呪いが公表されていないための苦肉の策だ。
「ヴァレリオとの結婚式が終わるまでは切らないだろうなぁ、アデリーナは」
「そうだね」
「アデリーナの髪を切ったら、猫の姿のほうにも影響するのかな? 短くてもアデリーナは可愛いだろうけれど」
「そうだね」
「そういえば、ヴァレリオ――」
緊張のあまり口数が多くなっていたルーチェの唇を、フィオが塞ぐ。冷たい葡萄酒の味がする。
「寝台の上で他の男の名前を口にするのは遠慮してもらいたいかな」
「ご、ごめん」
空になったルーチェのカップを、フィオが取り上げる。その横顔が不機嫌そうに見えて、ルーチェは慌てる。フィオの狭量さはまだ健在らしい。
「ごめん、フィオ。私ったら」
「いいよ。別に怒ってはいないから」
「……本当に?」
「うん。だって、僕の落ち度だからね。僕のことしか考えられなくなるくらいに、溺れさせないといけないよね……寝台の中では」
ぐい、とフィオに引き寄せられて、ルーチェの体が掛布の中に沈む。ルーチェの体の上に、重くて暖かいものが被さる。
「フィオ?」
「謝るのは僕のほうだな。嘘をついた。ごめん」
フィオの唇が、額に、まぶたに、頬に、耳に、鼻に、落ちてくる。蓄光魔石に照らされた橙色の瞳に、吸い込まれそうだ。
「夜は長いけれど、僕の時間は有限なんだ。僕はもう、ずっとずっと前から、ルーチェとの距離を縮めたくて仕方がなかった」
触れる唇が震えている。柔らかく、優しいキスだ。大切に、壊さないように触れようとしてくれているのがわかる。
「ルーチェが嫌だというのなら、今夜はこれ以上のことはしないけれど」
「嫌じゃない」
ルーチェは真っ直ぐにフィオを見上げる。怖くないと言えば嘘になるが、フィオに触れられるのは嫌ではない。むしろ、くすぐったくてもどかしいくらいだ。
「……もっと、触ってほしい」
ルーチェは少し体を起こして、フィオの首に手を回し、軽くキスをする。その瞬間にフィオはルーチェを寝台に押しつけ、激しいキスの雨を降らし始めた。
空気を求めて口を開くと、フィオの舌が入り込んでくる。熱く、柔らかい、少し葡萄酒の味がする深いキスに、ルーチェはそれだけで酔ってしまいそうだ。
するりとガウンの紐が解かれる。ガウンの下に何を着ているのかを思い出し、ルーチェは慌てる。
「わ、わ、ダメ、フィ……」
「……可愛い」
ガウンの前を合わせて見せないようにと思ったものの、既に遅い。総レースの下着を見下ろして、フィオは微笑んでいる。
「可愛い。ルーチェが選んだの?」
「え、ちが」
「蓄光魔石のせいでよく見えないや。何色だろう? あとでしっかりと確認すればいいか。すごく可愛い」
可愛い可愛いと連呼され、ルーチェは真っ赤になる。「格好いい」とは聞き慣れているために動じないものの、「可愛い」はルーチェにとっては新鮮な響きの単語なのだ。聞き馴染みがなさすぎて、かなり動揺してしまう。
フィオはルーチェの肌に指を滑らせながら、うわ言のように「可愛い、綺麗だ」と呟く。体も心も、くすぐったい。
「ひぁっ」
フィオの舌が首筋を舐めたため、ルーチェは思わず悲鳴を上げる。その声さえも「可愛い」ですませて、フィオは嬉しそうにルーチェの肌に舌を這わせていく。
「ふふ。可愛い」
首筋、鎖骨、胸の周り、脇、腹、と上から順番にキスを落とし、時折肌を吸い上げながら、フィオはルーチェに触れていく。ゆっくり、じっくり、想像だけで我慢していたときの、答え合わせをするかのように。
「ちょっと、フィオ、そこはっ」
「ん?」
足首だけでなく爪先まで舐められて、ルーチェは羞恥心に耐えられなくなる。そこまで舐めなくても、と夫に訴える。
「ルーチェの全部を知っておきたいのだけど、ダメかな?」
そんなふうにフィオが上目遣いで悲しそうに見つめてくると、ダメとは言えないルーチェだ。消え入りそうな声で「ダメじゃない」と呟くと、フィオは満面の笑みを浮かべる。
「よかった。もっとキスをしたいところがあるんだ」
――フィオのそれは、キスじゃなくて、舐めてるって言うんじゃ?
足先からふくらはぎ、太腿へと唇が上がってくる。途端に、ルーチェはたまらなく恐ろしくなる。その先にあるものが何なのか、容易に想像できるからだ。
思わず、太腿を閉じようとするが、フィオの体が邪魔で難しい。フィオは太腿の付け根をそっと噛む。
「わっ、あ!」
「……ルーチェ、ごめんね。今からちょっと、色々と、我慢してね」
フィオがなぜ謝るのか、「色々」とは何なのか、さっぱりわからないままにルーチェの腰が少し浮かされる。
「なに、を」
何をしようとしているのか、夫に問おうとして、次の瞬間にはルーチェは悲鳴を上げていた。
「ちょっ、フィオ! ダメ!」
「ダメじゃない、でしょ」
自分でじっくりと触れたことがない場所に吸い付かれて、ルーチェはわけがわからなくなる。熱くて柔らかい舌が、ヌルヌルとうごめく。怖くてたまらないのに、腰や背中がビクビクと震える。
「っ、あ!」
つんつんとどこかに触れられると、聞いたこともないような恥ずかしい声が零れ出る。ルーチェが慌てて口を塞ぐのを見て、フィオがニヤリと笑ったのにも、もちろん気づくことはなかった。
「あったかい……」
「伯爵領の葡萄酒は美味しいね」
広い寝台の上、ルーチェの左隣に、葡萄酒を飲むフィオがいる。ルーチェの左手は、フィオの右手と繋がっている。
ルーチェはちらりと夫を見上げ、端正な顔立ちに惚れ惚れしてはカップの中の葡萄酒を飲む。寝室の寝台が大きすぎるような気がしていたが、二人で眠るのならば広すぎることもないと納得する。
「カツラには慣れた?」
「いいや、全然。できればアデリーナにも髪を切ってもらいたいくらいだよ」
昼のリーナと夜のアデリーナの髪の長さが違うと誰もが混乱するため、今は昼間にフィオがカツラを被っているのだ。三兄妹の呪いが公表されていないための苦肉の策だ。
「ヴァレリオとの結婚式が終わるまでは切らないだろうなぁ、アデリーナは」
「そうだね」
「アデリーナの髪を切ったら、猫の姿のほうにも影響するのかな? 短くてもアデリーナは可愛いだろうけれど」
「そうだね」
「そういえば、ヴァレリオ――」
緊張のあまり口数が多くなっていたルーチェの唇を、フィオが塞ぐ。冷たい葡萄酒の味がする。
「寝台の上で他の男の名前を口にするのは遠慮してもらいたいかな」
「ご、ごめん」
空になったルーチェのカップを、フィオが取り上げる。その横顔が不機嫌そうに見えて、ルーチェは慌てる。フィオの狭量さはまだ健在らしい。
「ごめん、フィオ。私ったら」
「いいよ。別に怒ってはいないから」
「……本当に?」
「うん。だって、僕の落ち度だからね。僕のことしか考えられなくなるくらいに、溺れさせないといけないよね……寝台の中では」
ぐい、とフィオに引き寄せられて、ルーチェの体が掛布の中に沈む。ルーチェの体の上に、重くて暖かいものが被さる。
「フィオ?」
「謝るのは僕のほうだな。嘘をついた。ごめん」
フィオの唇が、額に、まぶたに、頬に、耳に、鼻に、落ちてくる。蓄光魔石に照らされた橙色の瞳に、吸い込まれそうだ。
「夜は長いけれど、僕の時間は有限なんだ。僕はもう、ずっとずっと前から、ルーチェとの距離を縮めたくて仕方がなかった」
触れる唇が震えている。柔らかく、優しいキスだ。大切に、壊さないように触れようとしてくれているのがわかる。
「ルーチェが嫌だというのなら、今夜はこれ以上のことはしないけれど」
「嫌じゃない」
ルーチェは真っ直ぐにフィオを見上げる。怖くないと言えば嘘になるが、フィオに触れられるのは嫌ではない。むしろ、くすぐったくてもどかしいくらいだ。
「……もっと、触ってほしい」
ルーチェは少し体を起こして、フィオの首に手を回し、軽くキスをする。その瞬間にフィオはルーチェを寝台に押しつけ、激しいキスの雨を降らし始めた。
空気を求めて口を開くと、フィオの舌が入り込んでくる。熱く、柔らかい、少し葡萄酒の味がする深いキスに、ルーチェはそれだけで酔ってしまいそうだ。
するりとガウンの紐が解かれる。ガウンの下に何を着ているのかを思い出し、ルーチェは慌てる。
「わ、わ、ダメ、フィ……」
「……可愛い」
ガウンの前を合わせて見せないようにと思ったものの、既に遅い。総レースの下着を見下ろして、フィオは微笑んでいる。
「可愛い。ルーチェが選んだの?」
「え、ちが」
「蓄光魔石のせいでよく見えないや。何色だろう? あとでしっかりと確認すればいいか。すごく可愛い」
可愛い可愛いと連呼され、ルーチェは真っ赤になる。「格好いい」とは聞き慣れているために動じないものの、「可愛い」はルーチェにとっては新鮮な響きの単語なのだ。聞き馴染みがなさすぎて、かなり動揺してしまう。
フィオはルーチェの肌に指を滑らせながら、うわ言のように「可愛い、綺麗だ」と呟く。体も心も、くすぐったい。
「ひぁっ」
フィオの舌が首筋を舐めたため、ルーチェは思わず悲鳴を上げる。その声さえも「可愛い」ですませて、フィオは嬉しそうにルーチェの肌に舌を這わせていく。
「ふふ。可愛い」
首筋、鎖骨、胸の周り、脇、腹、と上から順番にキスを落とし、時折肌を吸い上げながら、フィオはルーチェに触れていく。ゆっくり、じっくり、想像だけで我慢していたときの、答え合わせをするかのように。
「ちょっと、フィオ、そこはっ」
「ん?」
足首だけでなく爪先まで舐められて、ルーチェは羞恥心に耐えられなくなる。そこまで舐めなくても、と夫に訴える。
「ルーチェの全部を知っておきたいのだけど、ダメかな?」
そんなふうにフィオが上目遣いで悲しそうに見つめてくると、ダメとは言えないルーチェだ。消え入りそうな声で「ダメじゃない」と呟くと、フィオは満面の笑みを浮かべる。
「よかった。もっとキスをしたいところがあるんだ」
――フィオのそれは、キスじゃなくて、舐めてるって言うんじゃ?
足先からふくらはぎ、太腿へと唇が上がってくる。途端に、ルーチェはたまらなく恐ろしくなる。その先にあるものが何なのか、容易に想像できるからだ。
思わず、太腿を閉じようとするが、フィオの体が邪魔で難しい。フィオは太腿の付け根をそっと噛む。
「わっ、あ!」
「……ルーチェ、ごめんね。今からちょっと、色々と、我慢してね」
フィオがなぜ謝るのか、「色々」とは何なのか、さっぱりわからないままにルーチェの腰が少し浮かされる。
「なに、を」
何をしようとしているのか、夫に問おうとして、次の瞬間にはルーチェは悲鳴を上げていた。
「ちょっ、フィオ! ダメ!」
「ダメじゃない、でしょ」
自分でじっくりと触れたことがない場所に吸い付かれて、ルーチェはわけがわからなくなる。熱くて柔らかい舌が、ヌルヌルとうごめく。怖くてたまらないのに、腰や背中がビクビクと震える。
「っ、あ!」
つんつんとどこかに触れられると、聞いたこともないような恥ずかしい声が零れ出る。ルーチェが慌てて口を塞ぐのを見て、フィオがニヤリと笑ったのにも、もちろん気づくことはなかった。
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