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第一夜
037.ラルスの葛藤
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昼食をすませたあとやって来た聖女は、明らかに怒っていた。目を吊り上げ、来客用のソファにドスンと座る。
いくら宮武官があたりを守っているとは言え、聖女直々に人の出入りが多い宮文官の執務室に出向くのは危険だと苦言を呈したのち、ラルスは渋々「どうなさったのですか」と尋ねる。
七国の夫と情を交わし、聖樹は順調に開花、結実している。問題はない。聖女にも夫にも、夫婦の結果にも、聖職者たちは満足しているのだ。
「大主教って、どれだけ偉いの? 王様より偉いの?」
「いきなりどうなさったのですか」
「答えて、ラルス。紫の国の大主教に、成人していない盲目の美少年を使って、欲の解放をする権利はあるの?」
ざわ、とラルスの肌が粟立つ。聖女ら何かおぞましい告発をしようとしているのだと、睡眠不足の頭でもすぐに理解する。
「……未成人の子どもと欲の解放を行なうことは、禁じられています」
「禁じられていることでも、罪を犯す人はいるでしょう?」
「ええ、残念ながら」
紫の君が大主教に辱められていた――にわかには信じがたい話だ。ラルスは執務用の机を離れ、聖女が座るソファのほうへと進む。
「辱めを受けられていたのは、いつからだと?」
「二年前からつい最近まで。酷い話だわ。盲目であることを利用されたのよ、ウィルは」
「そうですか……。大主教は、各国に二人配置されます。どちらかが、第二王子を……紫の君に暴行を」
「はあっ!?」
突然、聖女が立ち上がる。「王子様だったの!?」と驚くところを見ると、どうやら知らされていなかったらしい。聖女は力が抜けたかのようにがっくりとソファに座る。
「王子様に、なんてことを……!」
「紫の君の成人を待ったため、聖女召喚の儀式が二年も遅れたのです」
「ワケありだからって、どうせ聖女にくれてやるんだからって、ウィルの尊厳を踏みにじるだなんて、許せない」
聖女は激昂している。テーブルに茶を置き、ラルスもソファに座る。
ラルスは顎に指を当て、考える。二年前から大主教は変わっていない。第二王子を辱めたのは、どちらだろうか。王家に近い大主教――ラルスは頭を振る。信じたくはないが、まさか、彼が。
「紫の君は、何と? 大主教の任を解いてほしいと?」
「何も言わないよ。ウィルは虐待されていたことにも気づいていないんだもの。ねぇ、わたしの力で失脚させられないの?」
「聖女様に与えられた権限は、わずかしかありませんので」
「役に立たないのね、聖女って。夫の恨みも晴らせないなんて。わたしは何のための妻なのよ……何のための、聖女なのよ」
聖女の嘆きに、ラルスは唇を噛む。聖女を不幸にしてなるものか、と誓ったはずが、また自分の未熟さを思い知らされる。何も変わっていない自分を、ラルスは情けなく思う。
「あ、じゃあ、ラルスは? あなたなら告発できる?」
「証拠や現場を押さえられないと、難しいですね。紫の国では、王家と大主教が同等の権力を持っておりますので、紫の君の証言だけでは……」
「……そっか、難しいんだ。そうだよねぇ。話を聞いて腹が立ったからここに来たけど、ウィルも乗り気じゃなかったし、わたし一人じゃどうにもできないことなんだね。告発は無理かぁ」
聖女は溜め息を吐き出し、茶を口にする。「夫の役に立ちたかったのに」とうなだれる。諦めたようだ。
「あ、でも、大主教の椅子が空いたら、ラルスがそこに座れるんじゃない?」
聖女は諦めが悪かった。ニコニコ笑いながら大主教の失脚を狙う聖女に、ラルスは驚いたのち、苦笑する。
「まだ、難しいですね。推奨年齢というものがありますから」
「ええー、そうなの? ラルス、意外と若いんだねぇ」
一体自分はいくつに見えていたのか気にはなったが、尋ねる勇気はない。ラルスも率先して傷つきたくはないのだ。
「じゃあ、ラルス。ウィルの邸宅に、絶対聖職者を近づけないで」
「ええ、大丈夫ですよ。聖女宮には宮仕えの者しか入れませんから。それは、ご夫君方の邸宅も含まれます。ご安心ください」
「わかった、信用する。ごめんね、愚痴って。でもちょっとスッキリした」
聖女は立ち上がり、扉へと向かう。そして、扉のノブに手をかけながら、振り向いた。
「ラルス」
「はい」
「わたしの名前、忘れたの? 二人のときくらい、名前で呼んでくれたらいいのに」
聖女はけらけらと笑いながら、廊下へと出て行った。残されたラルスは、額に手を当てながら溜め息をつく。もちろん、顔は真っ赤だ。
「……無理ですよ」
名前を忘れたわけではない。呼びたくないわけでもない。聖女の名前を知っていることが、今どれほどラルスを支えていることか、当の聖女は知らないのだ。
コンコンというノックの音に、また聖女だろうかと慌てて緩んだ顔を元に戻す。トマスであっても、他の人であっても、相好を崩した表情は見せられない。ラルスは真面目な男なのだ。
「おい、ラルス」と返事も待たずに入室してきたのは、今ラルスが一番会いたくない金髪の同僚だ。
「……エレミアス」
「何だ、お前。宮女官じゃなくてやっぱり聖女様の手がついたんじゃないか。さっきのアレ、聖女様だろ?」
「聖女様をアレ呼ばわりするのなら、不敬罪で告発いたしますよ」
先ほどまで聖女が「告発」を連呼していたためか、するりとその単語を口にしてしまう。エレミアスは一瞬驚いたような顔を見せ、すぐに不敵な笑みを作った。
「できるものなら、やってみればいい。どうせ握り潰されるだろ」
総主教という後ろ盾があるとこれほどまでに思い上がることができるのか。妻を寝取ったという優越感でここまで人を見下せるものなのか。
ラルスは腹立たしくて仕方がない。この男の存在自体が、腹立たしくて仕方ない。
「何かご用ですか? こちらは暇ではありませんので、用がなければお引き取り願いたいのですが」
「まぁそう言うなよ。近いうちに、宮女官に登用してもらいたい女が来る。推薦状も持たせてある。必ず採用しろ」
「宮女官の人手は足りております」
「それでも採用しろ。総主教様からの命令だ」
黄の国の女だ、とラルスは悟る。密偵を滑り込ませておきたいのだろう。つまり、信用できない女だということだ。聖女に近づけたくはない。何をするかわからない。
「命令に背いたら、出世への道が閉ざされるぞ? せっかく、紫の国の大主教の娘を娶ったのになぁ。故郷の大主教になる前に、ここで生涯を終えることになるぞ? わかったな?」
ラルスは溜め息をついて、何も言わずにエレミアスを追い返す。そのあと、ラルスは椅子に座り、紫の国の大主教を思い浮かべる。
件の、紫の国の王家に近い大主教――それは、トニアの父親だ。ラルスにとっては義父に当たる。紫の国へ帰省すると、必ず手厚く迎えてくれる義父だ。酔うと毎回「私の後継者として君を推薦しておくよ」と笑う義父だ。出世の後ろ盾だ。
義父を信じたい気持ちもあるが、信じ切れない自分もいる。聖職者が聖人でないことを、腐敗した人間がいることを、ラルスはよく知っている。
まず、紫の君の話は信用できるのか、調べなければならない。被害に遭っている少年少女がいても、証言は期待できないだろう。また、被害に遭ったのが紫の君だけだと言うのなら、義父には別の思惑があるということになる。
「総主教の椅子、か」
紫の君を籠絡し、聖女宮に送り込む。結実した命の実を聖女に食べさせ、紫の君の子を宿らせる。そうすれば、紫の国の副主教や大主教の中から総主教が選ばれるようになる――はずだ。
もしも総主教の椅子が義父の目的なら、周到な計画を立てているはずだ、とラルスは考える。少なくとも、副主教や他の大主教を陥れるための策は持ち合わせているはずだ。
義父の思惑を打ち砕くことを、是とするか非とするか、ラルスは算段する。
総主教の娘婿として出世をしていくか、義父の愚行を暴き出世の道を閉ざすか。考えなくても利はわかりきっている。
ラルスが義父に苦言を呈したところで、それを聞き入れるような人間ではない。酒を飲みながらラルスを嘲笑うだろう。そんな根も葉もない噂を信じるのか、お前は想像力が豊かだな、と一笑に付されるか。もしくは、お前は何もしなくていい、私の言う通りにすればいい、と開き直られるか。義父との関係が――特に信頼関係が悪化するのは必至だ。
義父との折り合いが悪くなると、トニアとの仲も悪くなるだろう。実家の親と仲良くできない人間とは暮らせない、と紫の国へ帰ってしまうかもしれない。最悪の場合、離縁されることになる。
「……離縁、か」
一年前には、考えもしなかった。聖樹とトニアに生涯の愛を誓い合ったというのに、たった一年で壊れてしまった。誰に原因があるのかと考えても、自分にもトニアにもエレミアスにも非があるという結論になる。
トニアを許すことも考えた。彼女の罪を自分の罪として受け入れ、何もなかったかのように子どもを授かることを想像した。昨晩は一睡もせずに考え抜いた。
しかし、やはりエレミアスごと許すことは、できない。先ほど彼の顔を見て、ラルスは確信した。あの男に触れられた、抱かれた妻を、許すことができない。狭量な自分に、腹も立つ。
愛の脆さを、ラルスは痛感している。
「愛とは、何だ……」
問いかけても、誰かが答えてくれるものでもない。信仰が道を照らしてくれるものでもない。聖女ですらわからないものだ。ラルスは溜め息をつき、覚悟を決める。
何しろ、準備が必要だ。出世の道を残しつつ、聖女の願いを叶えるには、大主教同様、いや義父の算段以上に周到な準備が必要なのだ。
そして、最悪の事態になったとしても、ラルスの願いはただ一つ。
――聖女を不幸にしてはならない。
それだけなのだ。
いくら宮武官があたりを守っているとは言え、聖女直々に人の出入りが多い宮文官の執務室に出向くのは危険だと苦言を呈したのち、ラルスは渋々「どうなさったのですか」と尋ねる。
七国の夫と情を交わし、聖樹は順調に開花、結実している。問題はない。聖女にも夫にも、夫婦の結果にも、聖職者たちは満足しているのだ。
「大主教って、どれだけ偉いの? 王様より偉いの?」
「いきなりどうなさったのですか」
「答えて、ラルス。紫の国の大主教に、成人していない盲目の美少年を使って、欲の解放をする権利はあるの?」
ざわ、とラルスの肌が粟立つ。聖女ら何かおぞましい告発をしようとしているのだと、睡眠不足の頭でもすぐに理解する。
「……未成人の子どもと欲の解放を行なうことは、禁じられています」
「禁じられていることでも、罪を犯す人はいるでしょう?」
「ええ、残念ながら」
紫の君が大主教に辱められていた――にわかには信じがたい話だ。ラルスは執務用の机を離れ、聖女が座るソファのほうへと進む。
「辱めを受けられていたのは、いつからだと?」
「二年前からつい最近まで。酷い話だわ。盲目であることを利用されたのよ、ウィルは」
「そうですか……。大主教は、各国に二人配置されます。どちらかが、第二王子を……紫の君に暴行を」
「はあっ!?」
突然、聖女が立ち上がる。「王子様だったの!?」と驚くところを見ると、どうやら知らされていなかったらしい。聖女は力が抜けたかのようにがっくりとソファに座る。
「王子様に、なんてことを……!」
「紫の君の成人を待ったため、聖女召喚の儀式が二年も遅れたのです」
「ワケありだからって、どうせ聖女にくれてやるんだからって、ウィルの尊厳を踏みにじるだなんて、許せない」
聖女は激昂している。テーブルに茶を置き、ラルスもソファに座る。
ラルスは顎に指を当て、考える。二年前から大主教は変わっていない。第二王子を辱めたのは、どちらだろうか。王家に近い大主教――ラルスは頭を振る。信じたくはないが、まさか、彼が。
「紫の君は、何と? 大主教の任を解いてほしいと?」
「何も言わないよ。ウィルは虐待されていたことにも気づいていないんだもの。ねぇ、わたしの力で失脚させられないの?」
「聖女様に与えられた権限は、わずかしかありませんので」
「役に立たないのね、聖女って。夫の恨みも晴らせないなんて。わたしは何のための妻なのよ……何のための、聖女なのよ」
聖女の嘆きに、ラルスは唇を噛む。聖女を不幸にしてなるものか、と誓ったはずが、また自分の未熟さを思い知らされる。何も変わっていない自分を、ラルスは情けなく思う。
「あ、じゃあ、ラルスは? あなたなら告発できる?」
「証拠や現場を押さえられないと、難しいですね。紫の国では、王家と大主教が同等の権力を持っておりますので、紫の君の証言だけでは……」
「……そっか、難しいんだ。そうだよねぇ。話を聞いて腹が立ったからここに来たけど、ウィルも乗り気じゃなかったし、わたし一人じゃどうにもできないことなんだね。告発は無理かぁ」
聖女は溜め息を吐き出し、茶を口にする。「夫の役に立ちたかったのに」とうなだれる。諦めたようだ。
「あ、でも、大主教の椅子が空いたら、ラルスがそこに座れるんじゃない?」
聖女は諦めが悪かった。ニコニコ笑いながら大主教の失脚を狙う聖女に、ラルスは驚いたのち、苦笑する。
「まだ、難しいですね。推奨年齢というものがありますから」
「ええー、そうなの? ラルス、意外と若いんだねぇ」
一体自分はいくつに見えていたのか気にはなったが、尋ねる勇気はない。ラルスも率先して傷つきたくはないのだ。
「じゃあ、ラルス。ウィルの邸宅に、絶対聖職者を近づけないで」
「ええ、大丈夫ですよ。聖女宮には宮仕えの者しか入れませんから。それは、ご夫君方の邸宅も含まれます。ご安心ください」
「わかった、信用する。ごめんね、愚痴って。でもちょっとスッキリした」
聖女は立ち上がり、扉へと向かう。そして、扉のノブに手をかけながら、振り向いた。
「ラルス」
「はい」
「わたしの名前、忘れたの? 二人のときくらい、名前で呼んでくれたらいいのに」
聖女はけらけらと笑いながら、廊下へと出て行った。残されたラルスは、額に手を当てながら溜め息をつく。もちろん、顔は真っ赤だ。
「……無理ですよ」
名前を忘れたわけではない。呼びたくないわけでもない。聖女の名前を知っていることが、今どれほどラルスを支えていることか、当の聖女は知らないのだ。
コンコンというノックの音に、また聖女だろうかと慌てて緩んだ顔を元に戻す。トマスであっても、他の人であっても、相好を崩した表情は見せられない。ラルスは真面目な男なのだ。
「おい、ラルス」と返事も待たずに入室してきたのは、今ラルスが一番会いたくない金髪の同僚だ。
「……エレミアス」
「何だ、お前。宮女官じゃなくてやっぱり聖女様の手がついたんじゃないか。さっきのアレ、聖女様だろ?」
「聖女様をアレ呼ばわりするのなら、不敬罪で告発いたしますよ」
先ほどまで聖女が「告発」を連呼していたためか、するりとその単語を口にしてしまう。エレミアスは一瞬驚いたような顔を見せ、すぐに不敵な笑みを作った。
「できるものなら、やってみればいい。どうせ握り潰されるだろ」
総主教という後ろ盾があるとこれほどまでに思い上がることができるのか。妻を寝取ったという優越感でここまで人を見下せるものなのか。
ラルスは腹立たしくて仕方がない。この男の存在自体が、腹立たしくて仕方ない。
「何かご用ですか? こちらは暇ではありませんので、用がなければお引き取り願いたいのですが」
「まぁそう言うなよ。近いうちに、宮女官に登用してもらいたい女が来る。推薦状も持たせてある。必ず採用しろ」
「宮女官の人手は足りております」
「それでも採用しろ。総主教様からの命令だ」
黄の国の女だ、とラルスは悟る。密偵を滑り込ませておきたいのだろう。つまり、信用できない女だということだ。聖女に近づけたくはない。何をするかわからない。
「命令に背いたら、出世への道が閉ざされるぞ? せっかく、紫の国の大主教の娘を娶ったのになぁ。故郷の大主教になる前に、ここで生涯を終えることになるぞ? わかったな?」
ラルスは溜め息をついて、何も言わずにエレミアスを追い返す。そのあと、ラルスは椅子に座り、紫の国の大主教を思い浮かべる。
件の、紫の国の王家に近い大主教――それは、トニアの父親だ。ラルスにとっては義父に当たる。紫の国へ帰省すると、必ず手厚く迎えてくれる義父だ。酔うと毎回「私の後継者として君を推薦しておくよ」と笑う義父だ。出世の後ろ盾だ。
義父を信じたい気持ちもあるが、信じ切れない自分もいる。聖職者が聖人でないことを、腐敗した人間がいることを、ラルスはよく知っている。
まず、紫の君の話は信用できるのか、調べなければならない。被害に遭っている少年少女がいても、証言は期待できないだろう。また、被害に遭ったのが紫の君だけだと言うのなら、義父には別の思惑があるということになる。
「総主教の椅子、か」
紫の君を籠絡し、聖女宮に送り込む。結実した命の実を聖女に食べさせ、紫の君の子を宿らせる。そうすれば、紫の国の副主教や大主教の中から総主教が選ばれるようになる――はずだ。
もしも総主教の椅子が義父の目的なら、周到な計画を立てているはずだ、とラルスは考える。少なくとも、副主教や他の大主教を陥れるための策は持ち合わせているはずだ。
義父の思惑を打ち砕くことを、是とするか非とするか、ラルスは算段する。
総主教の娘婿として出世をしていくか、義父の愚行を暴き出世の道を閉ざすか。考えなくても利はわかりきっている。
ラルスが義父に苦言を呈したところで、それを聞き入れるような人間ではない。酒を飲みながらラルスを嘲笑うだろう。そんな根も葉もない噂を信じるのか、お前は想像力が豊かだな、と一笑に付されるか。もしくは、お前は何もしなくていい、私の言う通りにすればいい、と開き直られるか。義父との関係が――特に信頼関係が悪化するのは必至だ。
義父との折り合いが悪くなると、トニアとの仲も悪くなるだろう。実家の親と仲良くできない人間とは暮らせない、と紫の国へ帰ってしまうかもしれない。最悪の場合、離縁されることになる。
「……離縁、か」
一年前には、考えもしなかった。聖樹とトニアに生涯の愛を誓い合ったというのに、たった一年で壊れてしまった。誰に原因があるのかと考えても、自分にもトニアにもエレミアスにも非があるという結論になる。
トニアを許すことも考えた。彼女の罪を自分の罪として受け入れ、何もなかったかのように子どもを授かることを想像した。昨晩は一睡もせずに考え抜いた。
しかし、やはりエレミアスごと許すことは、できない。先ほど彼の顔を見て、ラルスは確信した。あの男に触れられた、抱かれた妻を、許すことができない。狭量な自分に、腹も立つ。
愛の脆さを、ラルスは痛感している。
「愛とは、何だ……」
問いかけても、誰かが答えてくれるものでもない。信仰が道を照らしてくれるものでもない。聖女ですらわからないものだ。ラルスは溜め息をつき、覚悟を決める。
何しろ、準備が必要だ。出世の道を残しつつ、聖女の願いを叶えるには、大主教同様、いや義父の算段以上に周到な準備が必要なのだ。
そして、最悪の事態になったとしても、ラルスの願いはただ一つ。
――聖女を不幸にしてはならない。
それだけなのだ。
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