【R18】肉食聖女と七人のワケあり夫たち

千咲

文字の大きさ
55 / 91
第二夜

055.聖女、命の実を試食する。

しおりを挟む
「わぁ、確かに真っ白。林檎っぽい!」

 ラルスが持ってきてくれた命の実は、ミニ林檎みたいな形の果実だ。飴でコーティングしたら林檎飴じゃん! まだ熟れていないってことは、育てばもっと林檎に近くなるんじゃない? もう大きくならないのかな?

「食べても大丈夫?」
「ええ、構いませんよ。美味しくはありませんが。剥きましょうか?」
「お願い!」

 今はラルスが人払いをしているため、居室にはわたしと彼しかいない。何とも静かな時間だ。
 レナータは昨日に引き続きテレサとコンビを組まされているため、めちゃくちゃ扱かれていた。言葉づかいに所作、みっちり教え込まされているようだ。今も宮女官の控室で勉強中なんだろうな。昨日からちょっと気の毒だなぁと思って見ている。見ているだけで、助けはしないんだけどね。
 ラルスはナイフを上手に使いながら、スルスルと皮を剥いていく。やっぱり林檎っぽいなぁ。色は完全にカブとか大根だけど。

「こっちの世界にも林檎ってあるじゃん? 元の世界では禁断の果実って呼ばれるんだよ」
「……そうなのですね」
「命の実はどうして命の実なんだろう?」

 聖書みたいなものが七聖教にもあるのかもしれない。創世記とか、神話みたいなものがあるのかもしれない。
 でも、まぁ今は聞くことないか。すぐ忘れちゃいそうだし。
「どうぞ」と皿に盛られた白い果実。大きな緑色の種は桃みたいに一つだけ。緑の国のものだとすぐにわかる。……そういえば、リヤーフとはセックスしていないから、できる実は少ないはず。もらっちゃってよかったのかな。赤とか黄の国からもらったほうがよかったのかも。
 みずみずしい果実をパクリと口に放り込み、「うわぁ」とラルスを見上げる。彼はタオルを持ってニヤリと笑っている。性格悪くなってきたんじゃない?

「何これ、苦い! 渋い! えっ、どういう味!?」
「吐き出すならこちらにどうぞ」

 タオルを受け取って、吐き出す。水を飲んで、「まずい!」と叫ぶ。
 びっくりした。すごい苦味というか渋味があった。渋柿よりも強烈な味。美味しそうなのに、味のギャップが酷い。うわー、まずかったぁ!

「これ、食べる人いるの?」
「干したものを食べる人々はいますが、少数ですね」
「珍味として食べられるってことか」

 一口食べたらそれでいいや。いや、でも、煮物にしたら意外と美味しいのかも。大根っぽいし。あぁ、でもでも、美味しく食べられるものだと乱獲されてしまうから、命の実はまずいままでいいのかも。葛藤しながら、ラルスに下げてもらう。

「こうなると、聖水に浸けた命の実がどうなるのか気になるなぁ。美味しいんだよね?」
「そう聞いております。テレサやスサンナに聞いてみてはいかがです? 二人とも、子を生んだ経験がありますよ」
「えっ、そうなの? じゃあ、あとで聞いてみる」

 ラルスはお茶の準備を始める。香茶かな? その白い背中に、「ラルス」と呼びかける。

「何でしょう?」
「奥さんと仲直りしたの?」
「どうしてですか?」
「だって……紫の国に一緒に帰るんでしょ?」

 ふわり漂う甘い匂い。今日はジャムを入れてもらおうかな。ラルスなら信頼できるから。

「その予定でいます。明日の大聖樹会のあと、こちらを発ちます。宮のことは部下のトマスと女官たちに任せてありますので、テレサやスサンナを頼ってください」
「わかった」
「くれぐれも……くれぐれも、問題を起こさないように、お気をつけください」
「はぁーい」

 今まで毎日ラルスがいたから、彼がいない日々を想像できない。小言を言われる回数は少なくなると思うけど。

「いつ帰ってくる?」
「次の大聖樹会までには戻ります」
「一ヶ月もいないんじゃん!」

 大聖樹会って一ヶ月に一回でしょ? 紫の国まで馬車で十日、往復二十日……故郷でゆっくりする日を考えると、妥当な日数だ。

「そっかぁ、ラルスいないのかぁ」
「うるさい人がいなくなって清々するのではありませんか?」
「それはそうだけど」

 カップを置いてくれたラルスを見上げる。彼は不思議そうにわたしを見下ろしている。そっか。好みの顔を毎日見ていられたのは、実は奇跡的なことだったのね。

「寂しくなるなぁ」

 それは紛うことなく、本音だ。毎日毎日、うるさくダメ出しをしてきた人がいきなりいなくなるんだもの。寂しいよなぁ。

「寂しい、ですか」
「うん、寂しいよ。だって毎日会えないんでしょ? 寂しいなぁ」
「……毎日、私に会いたいのですか」

 ラルスが苦笑交じりにそんなこと言うから、ちょっとムッとしてしまう。あのねぇ、イケメンに毎日会えるのを楽しみにして何が悪いのよ。別にいいじゃん。減るもんじゃあるまいし。

「わかってないなぁ、ラルスは」
「はぁ」
「わたしはねぇ、夫だけじゃなくて、ラルスのことも好きなのよ」

 顔がね。めっちゃ好みだからね。怒っていてもイケメンだし、叱られていてもそういうプレイだと思って乗り越えてきたんだもん。続けられないのは残念じゃん。
 と、からかったら、ラルスは顔を真っ赤にして「冗談はおやめください」とか何とか言うんだろうな。真面目だから。
 そう思っていたのだけれど、ラルスは少し寂しげな表情をして、すぐにわたしに背を向けただけだった。……あれ? また何かおかしなことになってる?

「ラルス?」
「すみません、故郷を思うと……浮かれてしまいますね」

 いやいや、それ浮かれてるって顔じゃないじゃん。どっちかって言うと、ブルーなほうじゃん。マタニティブルー的な。「私は本当に父親になれるのでしょうか」的な。

「ラルス、無理しちゃダメだよ。わたしが言うのもアレだけどさ。奥さんと仲直りしてないの? 子どものことは二人で話し合って決めた? 愛のある環境じゃないと、子どもが犠牲になるだけだよ、わたしみたいにさ」

 家庭環境最悪だったからね。たぶん、こんなに歪んで育ってしまった。
 命の実を授かって子どもを生むことは、夫婦の愛の証明にはなるのかもしれない。けれど、夫婦ではない男女のもとに生まれる子どももいるだろう。誤解の末にベアナードのように烙印を押されることもある。
 元の世界でもそうだったけれど、子どもは、命は、必ずしも愛の結晶になるのではない。わたしが一番よくわかってる。

「……もう、決めたことですから」
「でも、全然納得していないって顔してるよ」
「もう決まったことですから」
「ラルス、ちゃんと奥さんと話し合って――」

 わたしは、どこで何を間違えたんだろう。
 ラルスが奥さんのことで悩みを抱えているのは何となくわかっていたけれど、それは夫婦の問題だからわたしが口を出すことじゃないと思っていた。けれど、きっとお節介だったんだろう。余計なお世話だったんだろう。
 わたしは、どこかで、何かを、間違えた。

「あなたにだけは、言われたくない」

 冷たい、明確な拒絶の言葉。すぅっと体温が下がる。
 ラルスは背を向けたまま、こちらを一度も見ることなく居室を出ていった。バタン、と閉まる扉の音がやけに大きく聞こえた。

 ――あなたにだけは言われたくない。

 あぁ、胸を抉るなぁ、この言葉。
 わたしはきっと、夫婦の問題に立ち入りすぎたんだろう。こっちに来てから二週間。夫婦のことなんてまだ全然わかっていないというのに、したり顔で首を突っ込まれたら苛立つのは当たり前だ。
 だから、これは当然の結果なんだろう。わたしのせいだ。わたしが悪い。
 わたしが泣いちゃダメだ。泣きたいのは、きっとラルスのほうだ。

「あぁぁ……わたしの、バカぁぁぁ」

 不釣り合いなほど甘い香りが漂う部屋で、わたしはただ後悔に涙を流すのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...