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聖女の休日
064.聖女、レナータの事情を知る。
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イキすぎてつらい。めっちゃしんどい。体力を消耗しすぎてしまって、わたしは床にぐったり倒れ込んでいる。
閉じ込められた書庫からどうやって出るのかと思えば、「聖女様、ラルス様、鍵をお持ちいたしました」と扉の向こうからレナータの声がする。エレミアスから鍵を取り返してきたのか、総主教から予備の鍵を拝借してきたのか、わからない。まぁ、ラルスが適切に処理してくれるでしょと思って、わたしは床に転がったままだ。
扉が開いた瞬間、パシンと乾いた音がしたから、もしかしたらラルスがレナータを平手打ちしたのかもしれない。まぁ、それは仕方ない。こんなことになったのは、彼女にも原因があるのだから。
鎖の鍵は、ラルスとの二回のセックスのあとに机の上で見つけた。縄も解いた。けれど、それで体力が回復するわけでもないし、薬の効果が切れるわけでもない。
自分の指が使えるようになってからは、書庫の奥で声を押し殺して自分を慰めていた。ラルスに体を触ってもらったり舐めてもらったりキスしてもらったり指を挿れてもらったりしたけど、頑なにモノの挿入はしてくれなかったから、ぜんぶ一人で何とか処理した。……めちゃくちゃ疲れた。
「聖女様、立てますか」
「無理」
即答である。もう無理。歩けない。走れない。ほんとはさっさと眠ってしまいたい。書庫の床は埃っぽくて眠るには適さないけれど、意外とひんやりしていて気持ちいい。
「では、こちらの木箱に」
レナータが台車を持ってきてくれていたらしく、これ幸いと大きな木箱の中に入れてもらう。割と力持ちなラルスに抱きかかえてもらったのはラッキーだ。
木箱の上にシーツを乗せると、女官がシーツを運んでいるように見えるだろう。どうやって地下から地上に出るのかと思えば、階段とは別にスロープがあるのだと言う。
ひょこりと顔を出して、ラルスの顔を見上げる。あぁ、こんなイケメンとセックスしてしまった……自慰も手伝ってもらった。あぁ美味しかったぁ。顔がにやけてしまう。
「聖女様は先に聖女宮へ戻っておいてください。私にはまだやることがございますので」
「えっ、無茶はダメだよ、ラルス」
「大丈夫。無茶はしませんよ」
ラルスがわたしに何かを差し出す。深い緑色の宝石のついた血塗れの簪と、百人一首の便箋。あ、そっか、閲覧禁止のものをそのまま書庫に置いていくわけにはいかないもんね。レナータの持ってきた鍵に、本棚の鍵はついていないのかも。
「聖女様、お気をつけて」
「はーい。じゃ、またね」
わたしは、知らない。そのとき、ラルスがどんな思いでいたのか。ラルスがどんな表情をしていたのか。「また」がどれほど重い意味を持つのかも。
わたしは、知らなかったのだ。
頬を赤くしたレナータは無言で台車を押していく。エレミアスたちは大聖樹会に出席しているんだろう。目的を達成したから、こっちを見張っておく理由がなかったんだろうな。
ガラガラと音の鳴る台車は、割と乗り心地がいい。めっちゃ眠くなる。
「……申し訳、ありませんでした」
レナータのしょんぼりとした声が聞こえる。わたしが返事をしなくとも、彼女は涙ながらに語り始める。
「わたくしは、今の総主教様の遠い親戚にあたる家の者です。わたくしはずっと前からヒューゴ様をお慕いしており、いずれ結婚できるものと思っておりました。しかし、ヒューゴ様と見合いをしたのは、わたくしの姉でございました」
ヒューゴのお見合い相手の妹、が、レナータ……ルネ。ってことは、やっぱりいいところのお嬢様なんだろうね。
でも、お姉さんはヒューゴとの見合いを断り、レナータに見合いのチャンスは巡ってこなかった。
「ヒューゴ様を諦めきれなくて、父や伯父、そして総主教様にもお願いをしたのですが……その甲斐むなしく、聖女様の夫君となることが決定したのです」
制度の前に恋破れたご令嬢、というやつね。
「それでも、諦めきれなかった」
いやいやいや、諦めようよ! 潔くさぁ! 諦め悪いなぁ!
恋は盲目、とは言うけどさ、ちょっとレナータ盲目すぎじゃない? 周り、見えてなさすぎ!
「前の聖女様は、奥手で、おしとやかで、お優しい方だったと聞いております。聖樹が花をつけるのにも大層時間がかかったと。ならば、ヒューゴ様と聖女様が懇ろになる前に奪ってしまえばいいと、愚かにもわたくしはそう思っていたのです」
うん、ごめん、それは、どうしようもないくらい愚かな行為だと思うわ。ちょっと擁護できないわ。バカだねー! レナータ、バカだねー!
「つてを使い、宮女官への推薦状を取りつけました。それをどこかで聞いたエレミアス様が、わたくしの願いを叶えてくださると仰ってくださったのです」
あっ、ようやく地上に出たかな。周りは騒がしくないから、大聖樹会はまだ終わっていないみたい。今のうちに聖女宮に戻らなくちゃ。
「エレミアス様は、いずれ総主教になるおつもりだと仰っておりました。聖女宮を掌握し、夫たちに愛人や別の家族を作る自由を与えたいと仰っておられました。いずれ、わたくしもヒューゴ様と家族になりたい……浅はかにも、そう願ってしまったのです」
だよね。浅はかだよね。エレミアスが総主教になるのに、あと何十年かかるの? どれだけ未来の話をしてるの。レナータ、二十年も三十年も待てるの?
「エレミアス様が総主教になるための手伝いをしろと言われていました。聖女様の様子を逐一報告し、どういうお方なのか、わたくしなりに見極めようとしました。聖女様がヒューゴ様のことを愛しておられないのであればすぐにでも奪ってしまおうと、そう思っておりました。しかし……」
嗚咽が聞こえる。泣きながら台車を押すと危ないよ、レナータ。ほら、周り見えなくなるじゃん? あなた、人一倍周りが見えてないんだから。ね?
「しかし、聖女様は、わたくしが思っていた以上に、ヒューゴ様のことを慈しんでおられ、また、他のご夫君方にも同じだけの愛情を注いでおられた……聖樹の花が咲き、実をつけるだけの、情が、あなたにはあった」
えっ、うん、ありがとう。それ、褒められているんだよね? 褒めてはいないのかな? どっちかな?
「ヒューゴ様のことを真に愛するのはわたくしだけだと、ずっと驕っておりました。ヒューゴ様を幸せにできるのは、姉でも聖女様でもなく、わたくしだけなのだと。けれど、それは違うのだと、ようやく、今になってようやく……あぁ、聖女様、わたくしは本当に、愚かで、浅慮で、傲慢な女でございました」
本当にね。まぁ、気づけたんならいいんじゃない? 反省して、罰を受けて、そこからまたやり直し。それでいいじゃないの。更生する機会までは奪いたくない。
エレミアスは……そんな機会を与えてやりたくない。マジ地獄に落ちろ。このこと、絶対に告発してやるんだから!
「わたし、あなたがやったこと、許さないよ」
「……はい、許してもらおうとは思っておりません。聖女様を宮まで送り届けたら、職を辞するようラルス様から仰せつかっております」
まぁ、そうなるよねー。
せっかく歳の近い宮女官が現れたというのに、こんなに早くいなくなっちゃうなんてなぁ。残念だなぁ。マジ残念。
宮の扉の鍵を開け、あたりを窺いながら台車が進む。わたしもリヤーフの簪をぎゅっと握る。けれど、侵入者はもういないみたい。
「……あら?」
ホッとしたのも束の間、レナータが突然、台車を全力で押し始める。えっ? なに、なに? どうした? まさか追いかけられてる?
「テレサ様!」という慌てた声で、そうではないのだと気づく。テレサがどうした? ひょこりと顔を出して、廊下の先で倒れている宮女官に気づく。あの白髪は、テレサだ。間違いない。
「テレサ!? どうしたの!?」
居室に近い扉の前で、テレサは倒れている。あたりに人はいない。台車を止め木箱から出て、テレサのもとに駆けつける。まぁ、気持ちだけ。足は全然動かないけど。
うつ伏せになり、青白い顔をしたテレサの首に手をやると、脈はある。でも、呼吸が浅い。頭部に外傷は、ない。殴られたわけではないみたい。
「そういえば、先日から具合が悪そうで……」
「ええっ、どうしよう? あっ、緑の国で流行っている疫病? ほら、テレサって緑の国出身でしょ? ヤバくない?」
「緑の、国?」
「じゃあ、リヤーフにバラーかサーディクを連れてきてもらう? ここにお医者さんっているの? レナータ、連れてきて、お医者さん!」
頭の病気なら下手に動かさないほうがいいのよね? 心臓の病気? やっぱり疫病? 大丈夫かな?
「では、医者を呼んで参りますが……テレサ様は、青の国の出身ですよ」
「えっ? マジ? 青!?」
「ここに来る前に宮女官の素性は全員調べましたから。では、行ってまいります」
えっ、青? わたし、テレサに嘘つかれたの? 真面目で厳格なテレサが、嘘を? 信じらんない。どうしてそんな嘘を?
容態が急変しないようにテレサを見守りながら、わたしは一つの可能性にたどり着く。いやー……まさかね? ま、さ、か、ね?
「……ベアトリーサ?」
テレサの眉がピクリと動いたのを、わたしは見逃さなかった。マージーかー! ベアトリーサかぁ!
セルゲイの探し人は、思った以上に近くにいたのね。そっかぁ。
レナータが医者と宮武官を呼んできて、テレサは宮の外へと運ばれて行った。あっという間に、宮にはわたし一人になる。
もともと大聖樹会で人員が少なかったから仕方がないことなんだけど、宮武官に居室を確認してもらってからでも良かったかなーなんて思いながら、歩くのさえしんどいけど、各部屋に侵入者がいないか確認をする。
……誰もいない。
良かった。けど、できればオーウェンに模造刀を借りるか、ベアナードにハンマーでも造ってもらうかしないといけない。とりあえず、各部屋に一つは武器が欲しい。扱えるかどうかは別にして。
「疲れたぁ……」
呟いて、ベッドに倒れ込む。めちゃくちゃ疲れた。マジしんどい。熱でもあるんじゃないかな。体がだるい。そりゃ薬使われたもんな。……ラルスとセックスしちゃったもんな。仕方ない。疲れて当然。
やっぱ体力づくりもしないとなぁ。歴史や文字の勉強もしたいし、舐められない程度の権力も手に入れたい。どうすればいいんだろう。誰かに相談しなくちゃ。ラルスに相談すればいいかな? でも、次どんな顔で会えばいいんだろう、ラルスと。絶対挙動不審になっちゃう。
そんなことを考えながら、わたしは気絶するように眠りについていた。
めちゃくちゃ、ぐっすり。
本当にぐっすり。
――何日も、眠ってしまったのだ。
閉じ込められた書庫からどうやって出るのかと思えば、「聖女様、ラルス様、鍵をお持ちいたしました」と扉の向こうからレナータの声がする。エレミアスから鍵を取り返してきたのか、総主教から予備の鍵を拝借してきたのか、わからない。まぁ、ラルスが適切に処理してくれるでしょと思って、わたしは床に転がったままだ。
扉が開いた瞬間、パシンと乾いた音がしたから、もしかしたらラルスがレナータを平手打ちしたのかもしれない。まぁ、それは仕方ない。こんなことになったのは、彼女にも原因があるのだから。
鎖の鍵は、ラルスとの二回のセックスのあとに机の上で見つけた。縄も解いた。けれど、それで体力が回復するわけでもないし、薬の効果が切れるわけでもない。
自分の指が使えるようになってからは、書庫の奥で声を押し殺して自分を慰めていた。ラルスに体を触ってもらったり舐めてもらったりキスしてもらったり指を挿れてもらったりしたけど、頑なにモノの挿入はしてくれなかったから、ぜんぶ一人で何とか処理した。……めちゃくちゃ疲れた。
「聖女様、立てますか」
「無理」
即答である。もう無理。歩けない。走れない。ほんとはさっさと眠ってしまいたい。書庫の床は埃っぽくて眠るには適さないけれど、意外とひんやりしていて気持ちいい。
「では、こちらの木箱に」
レナータが台車を持ってきてくれていたらしく、これ幸いと大きな木箱の中に入れてもらう。割と力持ちなラルスに抱きかかえてもらったのはラッキーだ。
木箱の上にシーツを乗せると、女官がシーツを運んでいるように見えるだろう。どうやって地下から地上に出るのかと思えば、階段とは別にスロープがあるのだと言う。
ひょこりと顔を出して、ラルスの顔を見上げる。あぁ、こんなイケメンとセックスしてしまった……自慰も手伝ってもらった。あぁ美味しかったぁ。顔がにやけてしまう。
「聖女様は先に聖女宮へ戻っておいてください。私にはまだやることがございますので」
「えっ、無茶はダメだよ、ラルス」
「大丈夫。無茶はしませんよ」
ラルスがわたしに何かを差し出す。深い緑色の宝石のついた血塗れの簪と、百人一首の便箋。あ、そっか、閲覧禁止のものをそのまま書庫に置いていくわけにはいかないもんね。レナータの持ってきた鍵に、本棚の鍵はついていないのかも。
「聖女様、お気をつけて」
「はーい。じゃ、またね」
わたしは、知らない。そのとき、ラルスがどんな思いでいたのか。ラルスがどんな表情をしていたのか。「また」がどれほど重い意味を持つのかも。
わたしは、知らなかったのだ。
頬を赤くしたレナータは無言で台車を押していく。エレミアスたちは大聖樹会に出席しているんだろう。目的を達成したから、こっちを見張っておく理由がなかったんだろうな。
ガラガラと音の鳴る台車は、割と乗り心地がいい。めっちゃ眠くなる。
「……申し訳、ありませんでした」
レナータのしょんぼりとした声が聞こえる。わたしが返事をしなくとも、彼女は涙ながらに語り始める。
「わたくしは、今の総主教様の遠い親戚にあたる家の者です。わたくしはずっと前からヒューゴ様をお慕いしており、いずれ結婚できるものと思っておりました。しかし、ヒューゴ様と見合いをしたのは、わたくしの姉でございました」
ヒューゴのお見合い相手の妹、が、レナータ……ルネ。ってことは、やっぱりいいところのお嬢様なんだろうね。
でも、お姉さんはヒューゴとの見合いを断り、レナータに見合いのチャンスは巡ってこなかった。
「ヒューゴ様を諦めきれなくて、父や伯父、そして総主教様にもお願いをしたのですが……その甲斐むなしく、聖女様の夫君となることが決定したのです」
制度の前に恋破れたご令嬢、というやつね。
「それでも、諦めきれなかった」
いやいやいや、諦めようよ! 潔くさぁ! 諦め悪いなぁ!
恋は盲目、とは言うけどさ、ちょっとレナータ盲目すぎじゃない? 周り、見えてなさすぎ!
「前の聖女様は、奥手で、おしとやかで、お優しい方だったと聞いております。聖樹が花をつけるのにも大層時間がかかったと。ならば、ヒューゴ様と聖女様が懇ろになる前に奪ってしまえばいいと、愚かにもわたくしはそう思っていたのです」
うん、ごめん、それは、どうしようもないくらい愚かな行為だと思うわ。ちょっと擁護できないわ。バカだねー! レナータ、バカだねー!
「つてを使い、宮女官への推薦状を取りつけました。それをどこかで聞いたエレミアス様が、わたくしの願いを叶えてくださると仰ってくださったのです」
あっ、ようやく地上に出たかな。周りは騒がしくないから、大聖樹会はまだ終わっていないみたい。今のうちに聖女宮に戻らなくちゃ。
「エレミアス様は、いずれ総主教になるおつもりだと仰っておりました。聖女宮を掌握し、夫たちに愛人や別の家族を作る自由を与えたいと仰っておられました。いずれ、わたくしもヒューゴ様と家族になりたい……浅はかにも、そう願ってしまったのです」
だよね。浅はかだよね。エレミアスが総主教になるのに、あと何十年かかるの? どれだけ未来の話をしてるの。レナータ、二十年も三十年も待てるの?
「エレミアス様が総主教になるための手伝いをしろと言われていました。聖女様の様子を逐一報告し、どういうお方なのか、わたくしなりに見極めようとしました。聖女様がヒューゴ様のことを愛しておられないのであればすぐにでも奪ってしまおうと、そう思っておりました。しかし……」
嗚咽が聞こえる。泣きながら台車を押すと危ないよ、レナータ。ほら、周り見えなくなるじゃん? あなた、人一倍周りが見えてないんだから。ね?
「しかし、聖女様は、わたくしが思っていた以上に、ヒューゴ様のことを慈しんでおられ、また、他のご夫君方にも同じだけの愛情を注いでおられた……聖樹の花が咲き、実をつけるだけの、情が、あなたにはあった」
えっ、うん、ありがとう。それ、褒められているんだよね? 褒めてはいないのかな? どっちかな?
「ヒューゴ様のことを真に愛するのはわたくしだけだと、ずっと驕っておりました。ヒューゴ様を幸せにできるのは、姉でも聖女様でもなく、わたくしだけなのだと。けれど、それは違うのだと、ようやく、今になってようやく……あぁ、聖女様、わたくしは本当に、愚かで、浅慮で、傲慢な女でございました」
本当にね。まぁ、気づけたんならいいんじゃない? 反省して、罰を受けて、そこからまたやり直し。それでいいじゃないの。更生する機会までは奪いたくない。
エレミアスは……そんな機会を与えてやりたくない。マジ地獄に落ちろ。このこと、絶対に告発してやるんだから!
「わたし、あなたがやったこと、許さないよ」
「……はい、許してもらおうとは思っておりません。聖女様を宮まで送り届けたら、職を辞するようラルス様から仰せつかっております」
まぁ、そうなるよねー。
せっかく歳の近い宮女官が現れたというのに、こんなに早くいなくなっちゃうなんてなぁ。残念だなぁ。マジ残念。
宮の扉の鍵を開け、あたりを窺いながら台車が進む。わたしもリヤーフの簪をぎゅっと握る。けれど、侵入者はもういないみたい。
「……あら?」
ホッとしたのも束の間、レナータが突然、台車を全力で押し始める。えっ? なに、なに? どうした? まさか追いかけられてる?
「テレサ様!」という慌てた声で、そうではないのだと気づく。テレサがどうした? ひょこりと顔を出して、廊下の先で倒れている宮女官に気づく。あの白髪は、テレサだ。間違いない。
「テレサ!? どうしたの!?」
居室に近い扉の前で、テレサは倒れている。あたりに人はいない。台車を止め木箱から出て、テレサのもとに駆けつける。まぁ、気持ちだけ。足は全然動かないけど。
うつ伏せになり、青白い顔をしたテレサの首に手をやると、脈はある。でも、呼吸が浅い。頭部に外傷は、ない。殴られたわけではないみたい。
「そういえば、先日から具合が悪そうで……」
「ええっ、どうしよう? あっ、緑の国で流行っている疫病? ほら、テレサって緑の国出身でしょ? ヤバくない?」
「緑の、国?」
「じゃあ、リヤーフにバラーかサーディクを連れてきてもらう? ここにお医者さんっているの? レナータ、連れてきて、お医者さん!」
頭の病気なら下手に動かさないほうがいいのよね? 心臓の病気? やっぱり疫病? 大丈夫かな?
「では、医者を呼んで参りますが……テレサ様は、青の国の出身ですよ」
「えっ? マジ? 青!?」
「ここに来る前に宮女官の素性は全員調べましたから。では、行ってまいります」
えっ、青? わたし、テレサに嘘つかれたの? 真面目で厳格なテレサが、嘘を? 信じらんない。どうしてそんな嘘を?
容態が急変しないようにテレサを見守りながら、わたしは一つの可能性にたどり着く。いやー……まさかね? ま、さ、か、ね?
「……ベアトリーサ?」
テレサの眉がピクリと動いたのを、わたしは見逃さなかった。マージーかー! ベアトリーサかぁ!
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レナータが医者と宮武官を呼んできて、テレサは宮の外へと運ばれて行った。あっという間に、宮にはわたし一人になる。
もともと大聖樹会で人員が少なかったから仕方がないことなんだけど、宮武官に居室を確認してもらってからでも良かったかなーなんて思いながら、歩くのさえしんどいけど、各部屋に侵入者がいないか確認をする。
……誰もいない。
良かった。けど、できればオーウェンに模造刀を借りるか、ベアナードにハンマーでも造ってもらうかしないといけない。とりあえず、各部屋に一つは武器が欲しい。扱えるかどうかは別にして。
「疲れたぁ……」
呟いて、ベッドに倒れ込む。めちゃくちゃ疲れた。マジしんどい。熱でもあるんじゃないかな。体がだるい。そりゃ薬使われたもんな。……ラルスとセックスしちゃったもんな。仕方ない。疲れて当然。
やっぱ体力づくりもしないとなぁ。歴史や文字の勉強もしたいし、舐められない程度の権力も手に入れたい。どうすればいいんだろう。誰かに相談しなくちゃ。ラルスに相談すればいいかな? でも、次どんな顔で会えばいいんだろう、ラルスと。絶対挙動不審になっちゃう。
そんなことを考えながら、わたしは気絶するように眠りについていた。
めちゃくちゃ、ぐっすり。
本当にぐっすり。
――何日も、眠ってしまったのだ。
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