上 下
145 / 173
第八章 再びリアン魔国へ

第百四十話 訪れたユーカ(ジークフリート視点)

しおりを挟む
 あの舞踏会が終わってから、ユーカに差し向けられた刺客達を尋問し、あの公爵令嬢、サーシャ・ハイヤーが裏で糸を引いていたことが判明した。サーシャは最後まで自分の関与を認めなかったが、罪は罪。しかも、魔王の片翼を害そうとした罪は重い。
 ただ、本来なら一族郎党処刑という運びになるのだが、ハイヤー家は、古くから続く忠臣の家系であり、サーシャのみが暴走した結果、起こった事態であったため、ハイヤー公爵にサーシャとの縁を切らせることで、ハイヤー公爵家は伯爵家へと降格するのみの処分、サーシャ本人は、身分剥奪の上、処刑という運びになった。もちろん、処刑に関しては、ユーカが居ない時を狙って行う予定だ。

 そんな忙しいあれこれをこなして、毎日のようにユーカの元へと入り浸っていた俺は、リドルから、『押し過ぎじゃないかしら?』なんて言葉を度々受けながらも幸せな日々を送っていた。きっと、そろそろプロポーズしても大丈夫だろうと思えるくらいには、ユーカの想いを感じることもできていて、不安なことなど何もなかった。


「ご主人様、ユーカお嬢様がお越しです」

「っ、入ってくれ」


 ここ最近、俺達の方がユーカの元へ向かうことが多いせいか、この執務室にユーカが訪ねてくるのは久しぶりのような気がする。心が踊り出すような感覚を抱きながら、入ってきたユーカを抱き締めようと椅子から立ち上がって……すぐに、その異変に気づく。


「ユーカ!? どうした!?」


 扉の外に居たユーカは、今にも泣き出しそうな表情で、何かの紙束をギュッと握り締めていた。


「ジークさん……」


 不安で不安で堪らない。そんな声に、俺は慌ててユーカを部屋に迎え入れる。


「ユーカ、何があった! 誰かから、嫌なことでも言われたか?」


 ユーカに変なことを吹き込む輩が、このプライベート区画に近づけるとは思っていないものの、それでもそう尋ねたくなるくらいには、ユーカの表情は暗かった。


「違います」

「じゃあ、何があったんだ?」


 これは、もしかしたらハミルトンと一緒に慰めた方が良いかもしれないと、俺はメアリーに口パクで、ハミルトンを呼んでくるように指示を出す。


「この手紙……」

「手紙? ユーカ宛の手紙など、俺は知らないが……?」


 そう言いながらユーカが握っているそれをそっと見てみるものの、どうやらその文字は異国のものらしい。しかも、俺の知識にない文字だ。


「この手紙は、秋元凪さんが、私に宛てた手紙だったんです」

「アキモトナギ? …………確か、初代魔王の伴侶がそんな名前だった、ような……」


 まさかと思いつつも、その人物以外に『アキモトナギ』なんていう特殊な名前を思い付けずにいると、ユーカは苦し気な表情でうなずく。


「その秋元さんで間違いないです。これは、過去から未来へ、予言に則って書かれた手紙、みたいなんです」

「予言……? そういえば、初代魔王は予言者だったという説はあるが……」

「そう、みたいです。この手紙には、私の名前も書かれてます」


 つまりは、ユーカ宛の初代魔王の予言書が見つかった、ということなのだろう。それは、恐らく歴史的大発見だ。
 ただ、俺はそんな偉業よりも、ユーカの表情が浮かないことの方が気になった。


「どんな予言がされていたんだ?」


 もしかしたら、悪い予言が書かれていて、そのせいでユーカが落ち込んでいるのかもしれない。そう思って問いかけると、ユーカはジワリとその目に涙を浮かべる。


「っ、ユ、ユーカ!? ど、どうした!? そんなに悪い予言だったのか!?」


 ユーカを泣かせてしまったという事実に、俺は大慌てでユーカを抱き締めてなだめる。


「ユーカっ! っ、ジーク? ユーカに何をしたの!?」

「待て、誤解だ! 俺は、ユーカには何もしてないっ!」


 懸命になだめていると、いきなり扉が開いて、走ってきたらしいハミルトンが入ってくる。そして、ユーカの様子がおかしいことに気づいて、真っ先に俺を疑ってきた。


「ハミル、さん……うぅ……」


 しかし、ユーカはハミルを見ると、余計に泣いてしまう。


「ユーカ!? え、えっと、どういう状況!?」

「分からん! ただ、ユーカは予言書を見つけて混乱しているらしい」

「じゃあっ、その予言書を読めば……」

「俺の知ってる文字じゃない。ハミルは読めるか?」

「ちょっと待って……えーっと、ごめん、さっぱり」


 ユーカの手元にその予言書があることを教えてやれば、ハミルもユーカの手の隙間から文字を観察していたようだが、すぐにお手上げといった様子でうなだれる。


「そ、そうだ! 気分が落ち着く飲み物でも持ってこさせようよ!」

「それだ! メアリー、頼む!」

「は、はいっ」


 今はとにかく、ユーカをなだめることが先決とばかりに、俺達は急いでユーカを席に着かせるのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪女じゃないと駄目ですか?~銀血の王弟殿下は悪女をお望みです~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:167

駆け出し漫画家は××に××される。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:168

朝靄に立つ牝犬

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:2

欲しいのは惚れ薬、私が飲むんです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,356pt お気に入り:13

運命は、手に入れられなかったけれど

恋愛 / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:2,814

処理中です...